いぶきの受難

安眠豆腐

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始まり

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 僕は小さい頃から女の子のような顔と線の細い体だった。
 そのため、昔から母親は面白おかしく僕に女の子の服を着せたりして遊んでいた。
 僕は嫌だった。成長すれば、筋肉がついてもっと男らしい姿になると信じていた。
 けれど、僕の予想とは裏腹に、筋肉はまるでつかない。むしろそれどころか、成長するにつれて線の細いしなやかな肢体になっていく。
 中学生になった時に、初めて告白されたのは男の子だった。
 最悪だった。
 それから僕は次々と男女から告白を受けた。
 男子用の学生服を着て無ければ女性と間違えられることがある。
 この体は僕にとってコンプレックスだった。
 髪の毛は凄い柔らかくてサラサラだし、背丈は小柄。自分で言うのもなんだけど、肌の艶と張りは、同世代の女性と同等なぐらいきめ細かい色白。そして、声変わりがしたとは思えないぐらいの高音ボイス。
 女性は僕を「王子様」と呼ぶけど、男は「姫様」と呼んでくる。
 それもこれも、こんな女の子みたいな肢体と顔が原因だ。
 そんな自分とおさらばしようと、一念発起で僕は中学の陸上部に入った。
 スポーツをしていれば何時か体格が良くなってくることを願っての事だ。
 足の速さには自信があった。
 練習をこなしていくと、その成果を認められて短距離の代表に選ばれる。
 そして、もうすぐ夏の大会が迫っていた。


 ーーー  ーーー


 家で晩ご飯を食べている時、テレビのニュースが目に入る。
 内容は「変質者出没。未だ犯人は捕まっていない」との報道。加えて、発生した場所が僕の住んでいる場所からそう遠く離れていない場所だった。

「ねぇ、いぶきは今日も走るの?」

 母親から尋ねられる。
 何時も僕が夜遅くに、近くの公園に走り込みをしにいく為だ。

「うん、そのつもりだよ」
「今日は止めたらどう? ニュースの知高市なんてすぐ隣だから、襲われたりしたらどうするの?」
「大丈夫だよ。変質者なんて怖くないし、僕はそもそも男だよ? その時は、ガツンと返り討ちにしてやるよ」
「そう? でも気を付けなさいよ?」
「はいはい。心配性だな、お母さんは」

 こんなテレビのニュースなんて対岸の火事みたいなものなのに。
 直ぐに僕は頭の中から消し去った。
 夜も深まって、皆が寝静まる。それを見計らって、僕は家を出る。
 その日も僕は何時も通り近くの公園にジョギングをしに行く。
 薄手のランニングシャツに、ハーフパンツという練習着だった。
 夏の暑い時は夜の方がかえって過ごしやすい。何時も通り公園へと向かう。

 公園の方は深夜という事もあって人気はない。
 蒸し暑くもなく、風が吹いて過ごしやすい環境だった。
 軽いストレッチを行った後、自分の身体をチェックするため軽やかに駆けだす。
 公園の敷地は広く、日中ならば同じようにジョギングする者や、ボール遊び、犬を遊ばせる場所として使われる。今はただ、ぼんやりと頼りない外灯が幾つか立っているだけだった。
 公園を何度か周回して何時もの練習メニューをこなす。
 何事もなく順調だ。


「ふー、ちょっと休憩しようかな」


 ベンチに置いてあった、水分補給のスポーツドリンクと汗を拭くタオルを手にして、しばらく休憩。


「うわぁ、結構べたべた……」


 シャツの下から手を入れて、汗ばんだ身体をタオルで拭く。
 そんな時、暗闇の中から誰かがこっちにやってくる気配を感じ取る。
 そちらを注視していると、外灯の下に現れたのは、眼鏡を掛けた人の良さそうな痩せた中年男性だった。
 グレーのスーツ姿に、ネクタイをして、手には手提げ鞄。身長は僕よりも高く体格も良い。如何にもサラリーマンといった服装で、僕の存在に気づくと、頭を下げながらやってくる。


「あの、ちょっといいかな?」
「何ですか?」
「実は、終電を逃してしまってね。この辺でホテルとかあれば教えてくれないかな?」
「ホテルですか? それでしたら、この先にありますよ。この公園を抜けて、次の信号を右に曲がって……」
「こんな事言って悪いんだけど、良かったら案内してくれないかな?」


 この通り! と、手を合わせてお願いしてくるサラリーマン。
 うーん、どうしよう……まだ練習の途中なのに。でも、このまま放っておくわけにはいかないよね。


「良いですよ」
「本当かい、助かるよ。いやあ、一時はどうなるかと思ったよ」
「じゃあ、僕が前を歩くのでついてきてください」


 ベンチから立ち上がり、サラリーマンをホテルに案内しようと歩き出した瞬間。

「――――――っ!」

 突然、僕の口と鼻が塞がれた。
 背後から伸びてきた手が、呼吸器官と僕の身体を押さえつけてきている。

「――――! ――――!」

 一瞬の事で何が起こったのか分からなかった。
 後ろの男が僕を拘束している。それに、鼻と口を押えている布から変な薬品の臭いがしてる。
 マズイ。絶対にマズイ。
 それらを振りほどこうとするけど、全然ほどけない。暴れても、ビクともしない。
 おかしい。何だか手足に力が入らなくなってきてる。もしかして、この薬品の臭いのせい?
 手足が震えて、やがて完全に力が入らなくなってしまう。なのに、意識ははっきりとしていた。
 後ろの男にもたれ掛からないと立てないぐらい、僕の全身は糸の切れた人形と同じになっていた。


「ふー、ようやく薬が効いてきたか。もうこうなったらこっちのもんだ」


 男が口元を包んでいた手を離した。
 今だ、大声で叫べば誰か気づいてくれるはず!


(だれ、か……助け、て)


 声が……出ない?
 大声で叫んだはずなのに、口から出たのは弱々しいか細い声だった。


「無駄だよ。この薬を吸うと声が全然出なくなっちゃうんだよ。全身も全然力はいらないだろ?」


 先程の男の声とは思えない声だった。
 僕の耳元で囁きかける声は、怖くて背筋の凍るようなおぞましい声だった。


(たすけて……)


 動けない僕を男は後ろから羽交い絞めして引きずっていく。
 男は公園の茂みに僕を連れ込むと、地面に仰向けに寝かせた。
 そして、何の躊躇もなく僕の衣服を剥ぎ取った。
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