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日常
第783話 ぜんざい
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「やっぱり、この辺りは冷えるねえ」
「山の方はね」
父さんと母さんと揃ってやってきたのは、例の駄菓子屋がある町だった。
吐く息は真っ白で、鼻が冷えて痛いくらいだ。すっかり冬になったなあと思うと同時に、秋はどこに行ったのだろう、とも思う。
「それにしても久しぶりね、あの駄菓子屋」
と、母さんがやけに嬉しそうだ。
なんでも母さんは小さい頃、駄菓子屋すぎのに行ったことがあるらしい。
「しょっちゅう通っててね、門限破って怒られたものよ」
「遠いもんね……」
「自転車であっという間だと思ってたんだけど」
「あっという間……」
俺が自転車でここまで来るとしたら……考えただけで息が上がりそうだ。楽して行けるならそっちの方がいい。
あ、店が見えてきた。
「そうそう、ここよ、ここ」
母さんが楽しそうに言った。
「空いているみたいだね」
と、父さん。確かに、今はちょうど客が途切れているらしい。
店内もひんやりとしているが、風がないだけいい。ほんのり薄暗く、音楽もかかっていない静かな空間だ。窓から差し込む日の光に照らされて、陳列されたお菓子がキラキラときらめいている。
「いらっしゃいませ」
と、店主が現れる。若い青年の店主を見て、母さんは「こんにちは」と声をかける。
「昔来たことがあるんです。懐かしい……変わってないですね」
「そうでしたか。確かに、店の方はずっと昔から変わっていないです」
「そうそう、計り売りなのよねぇ」
「ああ、計り売りの駄菓子屋なら、うちの近くにもあったな」
父さんと母さんは、まるで子どものようにきらきらした目でお菓子の棚を眺めている。
あ、あそこのお菓子、初めて見る。こないだは並んでなかったような……こっちのはこないだ食べた。おいしかったなあ。
「また来てくれたんだね、ありがとう」
と、店主がこちらに話しかけてきた。
「この間、友達と来てたでしょう」
「あ、はい。あの、おいしかったです」
「それはよかった」
こないだも思ったが、人当たりのよさそうな、穏やかな人だ。本当に駄菓子屋の店主って感じがする。それか、古本屋の店主とか。
「前は女性の方がお店番をしていたと思ったんだけど。秋子さんといったかな」
母さんが聞くと、店主は言った。
「ああ、きっと僕の祖母です。ずっとこの店を一人で切り盛りしてきましたから。僕は孫の秋成といいます」
店主……もとい、秋成さんは愛想よく笑った。
「そうなの、今は……」
「あ、今も現役ですよ。主に店に立っているのは僕ですけど……」
秋成さんがそう言った時、奥の方から何やら物音が聞こえてきた。
「ほれ、秋成。出来たよぉ」
「ちょうどいいところに。はーい」
秋成さんは聞こえてきた声に答え、立ち上がると声の方に向かって行く。少しして戻ってきた秋成さんは鍋を抱えていた。隣には、小さなおばあさんがいた。秋成さんは言った。
「祖母です」
「あらあ、お客様がいらしたの。どうも~」
秋成さんの祖母、つまり、秋子さんは母さんをじっと見ると、嬉しそうに笑った。
「まあまあ、懐かしいお顔ねえ。昔よく来てくれてたでしょう。都ちゃんでしょ」
「覚えててくれたんですか? 嬉しい~」
「そりゃあもちろん」
秋子さんの記憶力がいいのか、それとも母さんがよっぽど足しげく通っていたのか……おそらく両方だろうなあ……
ふと、素朴な甘い香りが鼻をかすめる。
どうやらそれは、秋成さんが持っている鍋から漂っているようだった。秋成さんはその鍋をどこからか出してきたカセットコンロの上に置いた。
「それは……?」
「冬季限定、すぎののばあちゃん特製ぜんざいだよ」
「ぜんざい」
鍋になみなみと満ちているのは、確かに小豆を炊いたものだった。白玉は別にあるらしく、注文したらよそってくれるのだそうだ。
「あの、今食べられますか」
「もちろん。白玉は何個食べるかな?」
たくさんあるから、いくらでもいいよ。とは言われたが、果たしてどうしたものか。うーん……
「五個」
「はーい、五個ね。いいチョイスだ」
つるんとした白玉に、おたまいっぱいの小豆がかけられる。わ、おいしそう。
「どうぞ。外は寒いし、店の中で食べな」
「ありがとうございます」
この間は気づかなかったが、店の隅の方には椅子がいくつか置いてあった。思い出話に花を咲かせる母さんと秋子さん、それを笑顔で聞いている父さんを見ながら温かなぜんざいを食べる。
なんだか不思議な感じだ。
「いただきます」
白玉は少し小さめで、いくらでも食べられそうな感じだ。箸でつまむともちっとして、口に含むとぷわんとする。そうそう、この食感、たまらないんだ。噛めば結構コシがあるのもいいよな。
もちもち、というだけでは表現できないこの感じ。これが好きなんだよなあ、白玉って。茹で具合でもめっちゃ変わるし。
「あら、おいしそうなもの食べてる」
話を終えた母さんがやってくる。父さんと母さんもぜんざいを頼み、俺の両脇に座った。
小豆は少し甘めだが、寒い冬にはちょうどいい。とろりとした液体の部分と、ほくほくの小豆。小さい頃は苦手だったけど、今じゃありがたさすら感じる。
「お正月を過ぎたら、白玉がお餅になるよ」
と、秋成さんが言った。
「へえ、そうなんですね」
「夏場は白玉をかき氷に添えたり、ソーダをかけたり……」
「おいしそう……」
これは、季節ごとに通わないとなあ。
母さんが何度もここに来る理由が、分かった気がする。
「これは通うなあ……」
「ふふ、そうでしょう」
母さんが楽しそうに笑い、白玉を口にした。父さんはそっと汁を飲む。
小豆に白玉を押し付けてしっかり絡めて、汁と一緒に食べる。少し冷めたがまだ温かいぜんざいは食べやすく、一気に口に含んでしまう。
ああ、冬も悪くない。
また食べに来たいなあ。
「ごちそうさまでした」
「山の方はね」
父さんと母さんと揃ってやってきたのは、例の駄菓子屋がある町だった。
吐く息は真っ白で、鼻が冷えて痛いくらいだ。すっかり冬になったなあと思うと同時に、秋はどこに行ったのだろう、とも思う。
「それにしても久しぶりね、あの駄菓子屋」
と、母さんがやけに嬉しそうだ。
なんでも母さんは小さい頃、駄菓子屋すぎのに行ったことがあるらしい。
「しょっちゅう通っててね、門限破って怒られたものよ」
「遠いもんね……」
「自転車であっという間だと思ってたんだけど」
「あっという間……」
俺が自転車でここまで来るとしたら……考えただけで息が上がりそうだ。楽して行けるならそっちの方がいい。
あ、店が見えてきた。
「そうそう、ここよ、ここ」
母さんが楽しそうに言った。
「空いているみたいだね」
と、父さん。確かに、今はちょうど客が途切れているらしい。
店内もひんやりとしているが、風がないだけいい。ほんのり薄暗く、音楽もかかっていない静かな空間だ。窓から差し込む日の光に照らされて、陳列されたお菓子がキラキラときらめいている。
「いらっしゃいませ」
と、店主が現れる。若い青年の店主を見て、母さんは「こんにちは」と声をかける。
「昔来たことがあるんです。懐かしい……変わってないですね」
「そうでしたか。確かに、店の方はずっと昔から変わっていないです」
「そうそう、計り売りなのよねぇ」
「ああ、計り売りの駄菓子屋なら、うちの近くにもあったな」
父さんと母さんは、まるで子どものようにきらきらした目でお菓子の棚を眺めている。
あ、あそこのお菓子、初めて見る。こないだは並んでなかったような……こっちのはこないだ食べた。おいしかったなあ。
「また来てくれたんだね、ありがとう」
と、店主がこちらに話しかけてきた。
「この間、友達と来てたでしょう」
「あ、はい。あの、おいしかったです」
「それはよかった」
こないだも思ったが、人当たりのよさそうな、穏やかな人だ。本当に駄菓子屋の店主って感じがする。それか、古本屋の店主とか。
「前は女性の方がお店番をしていたと思ったんだけど。秋子さんといったかな」
母さんが聞くと、店主は言った。
「ああ、きっと僕の祖母です。ずっとこの店を一人で切り盛りしてきましたから。僕は孫の秋成といいます」
店主……もとい、秋成さんは愛想よく笑った。
「そうなの、今は……」
「あ、今も現役ですよ。主に店に立っているのは僕ですけど……」
秋成さんがそう言った時、奥の方から何やら物音が聞こえてきた。
「ほれ、秋成。出来たよぉ」
「ちょうどいいところに。はーい」
秋成さんは聞こえてきた声に答え、立ち上がると声の方に向かって行く。少しして戻ってきた秋成さんは鍋を抱えていた。隣には、小さなおばあさんがいた。秋成さんは言った。
「祖母です」
「あらあ、お客様がいらしたの。どうも~」
秋成さんの祖母、つまり、秋子さんは母さんをじっと見ると、嬉しそうに笑った。
「まあまあ、懐かしいお顔ねえ。昔よく来てくれてたでしょう。都ちゃんでしょ」
「覚えててくれたんですか? 嬉しい~」
「そりゃあもちろん」
秋子さんの記憶力がいいのか、それとも母さんがよっぽど足しげく通っていたのか……おそらく両方だろうなあ……
ふと、素朴な甘い香りが鼻をかすめる。
どうやらそれは、秋成さんが持っている鍋から漂っているようだった。秋成さんはその鍋をどこからか出してきたカセットコンロの上に置いた。
「それは……?」
「冬季限定、すぎののばあちゃん特製ぜんざいだよ」
「ぜんざい」
鍋になみなみと満ちているのは、確かに小豆を炊いたものだった。白玉は別にあるらしく、注文したらよそってくれるのだそうだ。
「あの、今食べられますか」
「もちろん。白玉は何個食べるかな?」
たくさんあるから、いくらでもいいよ。とは言われたが、果たしてどうしたものか。うーん……
「五個」
「はーい、五個ね。いいチョイスだ」
つるんとした白玉に、おたまいっぱいの小豆がかけられる。わ、おいしそう。
「どうぞ。外は寒いし、店の中で食べな」
「ありがとうございます」
この間は気づかなかったが、店の隅の方には椅子がいくつか置いてあった。思い出話に花を咲かせる母さんと秋子さん、それを笑顔で聞いている父さんを見ながら温かなぜんざいを食べる。
なんだか不思議な感じだ。
「いただきます」
白玉は少し小さめで、いくらでも食べられそうな感じだ。箸でつまむともちっとして、口に含むとぷわんとする。そうそう、この食感、たまらないんだ。噛めば結構コシがあるのもいいよな。
もちもち、というだけでは表現できないこの感じ。これが好きなんだよなあ、白玉って。茹で具合でもめっちゃ変わるし。
「あら、おいしそうなもの食べてる」
話を終えた母さんがやってくる。父さんと母さんもぜんざいを頼み、俺の両脇に座った。
小豆は少し甘めだが、寒い冬にはちょうどいい。とろりとした液体の部分と、ほくほくの小豆。小さい頃は苦手だったけど、今じゃありがたさすら感じる。
「お正月を過ぎたら、白玉がお餅になるよ」
と、秋成さんが言った。
「へえ、そうなんですね」
「夏場は白玉をかき氷に添えたり、ソーダをかけたり……」
「おいしそう……」
これは、季節ごとに通わないとなあ。
母さんが何度もここに来る理由が、分かった気がする。
「これは通うなあ……」
「ふふ、そうでしょう」
母さんが楽しそうに笑い、白玉を口にした。父さんはそっと汁を飲む。
小豆に白玉を押し付けてしっかり絡めて、汁と一緒に食べる。少し冷めたがまだ温かいぜんざいは食べやすく、一気に口に含んでしまう。
ああ、冬も悪くない。
また食べに来たいなあ。
「ごちそうさまでした」
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