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日常
第780話 チーズウインナー
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いつもより遅めに家を出て学校に行く。どことなくのんびりしているような、それでいてせわしないような、行事の日特有の空気に満ちる校舎内。向かう先は教室ではなく、図書館だ。
「おはよーございまーす……」
「やあ、おはよう。一条君」
すでにいた漆原先生が詰所から出てくる。
図書館内は学園祭のために装飾が施されているものの、普段の飾り付けにちょっと色を付けたようなものである。提出されたポップは外に掲示されているし、投票も外でやる。一応図書館も解放されているから、飾り付けておくか、と余った飾りを置いただけなのだ。
「来るんですかね、人」
「意外と忙しくなるかもな」
「そうかなあ……」
「んー……まあ、暇だろうな、きっと」
漆原先生はそう言って、からからとお気楽そうに笑ったのだった。
漆原先生の予想は、半分当たりで半分外れだった。
一般開放が始まってすぐはそれなりに人の出入りも多く、今日は大変なことになりそうだと思ったが、徐々に人波は落ち着き、今ではすっかり、見慣れた顔ぶれだけになってしまった。カウンターから見える景色は、いつもとさほど変わらない。
他の委員会は割と気合入れて準備しているみたいだから、きっとそっちに行ったのだろう。まあ、これはこれでいいや。
「思ったより暇だなあ、学園祭って」
そう言いながら、咲良はグーッと伸びをした。
「うちだけだぞ、暇なの。たぶん」
「だろうなあ」
図書館内は静かだが周りが賑やかなので、かろうじて今日が学園祭だと思い出す。
「体育委員会って、なんかレクレーション? アトラクション? 準備してるんだっけ」
「体育館でな。保健委員会は……」
「体にいい食べ物とか、飲み物準備してたな。試食できるって」
「そうそう、それだ」
確か、体育委員の催しに人手がいるからって、委員会に所属してない生徒はそっちに駆り出されてるんだったか。
咲良は頬杖をつき、ポケットから、くちゃくちゃになったパンフレットを取り出した。
「学級委員会は……あれ、ない」
「案内係だろ。お偉いさんとか」
「なーるほどね」
咲良がパンフレットをこっちにも見せてくる。まぶしい黄色の用紙に印刷された、催し物と案内図。それと、有志発表のプログラム。いかにも学校行事って感じのデザインだなあ。イラストは美術部作である。
「美化委員会は……歴代のポスター展示?」
「よく残ってたな」
「生徒会もなんかやってんじゃん。学校の歴史? 人来るか?」
「さあ……あ、でも、普段は行けないところを案内します、って書いてある」
「一般客より生徒の参加数の方が多そう」
「暇そうだな、君ら」
と、漆原先生が、何やら袋を引っ提げてやってきた。咲良はそれを目ざとく見つけると、楽しげに笑った。
「お菓子っすか?」
「もっといいものだ。そろそろ、小腹が空いてきたんじゃないか?」
漆原先生に言われ、そういえば、と空腹を自覚する。昼飯には早いが、ちょっと腹が減る頃だ。じっとしているものの、それでも、減るものは減るのだ。
「空きました!」
咲良と揃って答えると、漆原先生はにっこりと笑って頷いた。
「うん、じゃあ、もう少し待っていてくれ。何かよその展示を見に行ってもいいんだぞ」
図書委員会の他のメンバーは、残っている人たちもいるが、軒並み展示を見に行ってしまっている。朝比奈も百瀬に引き連れられて行ってしまった。
うーん、どうしようかな。咲良と視線を交わす。
「なんか見たいもんあるか?」
「いんや、俺は特にないかなあ」
咲良はパンフレットを見ながら言った。
「だって、健康にいい物って、俺絶対食えねぇのあるし」
「味とか?」
「うん。体育委員はー……疲れるし。あとの展示は特に……」
「おや、意外だな。井上君ならどこかしら行きたがると思っていたが」
先生が言うと、咲良は笑った。
「なんか今日はいいかなーって気分っす」
「そうか、そういう日もあるよな。じゃあ、のんびりしているといい」
先生は詰所に引っ込んだ。
来客もなく、ただうすぼんやりとしながら咲良と話をしていたら、やけにいいにおいが漂ってきた。
「なんかピザっぽい匂いしねぇ?」
咲良が、スンスンと鼻を鳴らす。
「分かる」
そう返した時、詰所から、軽快な音が聞こえてきた。
「さて、お二人さん、ちょいとこっちに来ないか?」
漆原先生に手招きされ、詰所の中の、衝立の向こうに行く。そこは先生が食事をとる場所になっていて、簡易的な台所みたいにもなっている。
そこにあるテーブルに、匂いの正体がのっていた。
「ウインナーだ!」
咲良の言う通り、棒の突き刺さったウインナーがあったのだ。しかも、ケチャップとチーズつきで。どうやらとろけるチーズを巻いて、オーブンで焼いたらしい。
「一人一本ずつしかないが、食べるか?」
「これを目の前にして食うなって言う方がひどいです」
咲良の真剣な声に、先生は笑った。
「はは、それもそうだ。じゃあ、熱々のうちに食ってくれ」
「いただきます!」
ウインナーをそっと持ち上げる。アルミホイルについたチーズもしっかり取って、巻く。おお、伸びる伸びる。
表面はパリッと焼き色がついて香ばしく、中の方は柔らかい。もっちりしていて、癖はなく、ピザの上の部分だけを食べているような気分になる。ケチャップは酸味が飛んで甘く、ウインナーはプリッとしていてうまい。
ウインナーって、なんで棒が刺さっているだけでワクワクするんだろう。しかもそこに、ケチャップとチーズ何度がトッピングされていれば、もっとワクワクする。
遊園地……いや、これはどっちかっていうと屋台っぽいワクワクだな。
「うめぇな、これ」
「ん、うまい」
ウインナーにはちょっと切れ目が入っていて、その部分の食感もいい。
確か棒付きのウインナーって、どっかで見たなあ。今度買ってきて、うちで作ってみようかな。腹にもたまるし、うまいし。
学園祭、どうなることかと思ったが、おいしいもんが食えるとは。しかも、こういう場所で食うのって、なんか特別な感じがしていい。
あ、あっという間に食い終わってしまった。でも、満足だ。後でジュース、買いに行こうかな。
「ごちそうさまでした」
「おはよーございまーす……」
「やあ、おはよう。一条君」
すでにいた漆原先生が詰所から出てくる。
図書館内は学園祭のために装飾が施されているものの、普段の飾り付けにちょっと色を付けたようなものである。提出されたポップは外に掲示されているし、投票も外でやる。一応図書館も解放されているから、飾り付けておくか、と余った飾りを置いただけなのだ。
「来るんですかね、人」
「意外と忙しくなるかもな」
「そうかなあ……」
「んー……まあ、暇だろうな、きっと」
漆原先生はそう言って、からからとお気楽そうに笑ったのだった。
漆原先生の予想は、半分当たりで半分外れだった。
一般開放が始まってすぐはそれなりに人の出入りも多く、今日は大変なことになりそうだと思ったが、徐々に人波は落ち着き、今ではすっかり、見慣れた顔ぶれだけになってしまった。カウンターから見える景色は、いつもとさほど変わらない。
他の委員会は割と気合入れて準備しているみたいだから、きっとそっちに行ったのだろう。まあ、これはこれでいいや。
「思ったより暇だなあ、学園祭って」
そう言いながら、咲良はグーッと伸びをした。
「うちだけだぞ、暇なの。たぶん」
「だろうなあ」
図書館内は静かだが周りが賑やかなので、かろうじて今日が学園祭だと思い出す。
「体育委員会って、なんかレクレーション? アトラクション? 準備してるんだっけ」
「体育館でな。保健委員会は……」
「体にいい食べ物とか、飲み物準備してたな。試食できるって」
「そうそう、それだ」
確か、体育委員の催しに人手がいるからって、委員会に所属してない生徒はそっちに駆り出されてるんだったか。
咲良は頬杖をつき、ポケットから、くちゃくちゃになったパンフレットを取り出した。
「学級委員会は……あれ、ない」
「案内係だろ。お偉いさんとか」
「なーるほどね」
咲良がパンフレットをこっちにも見せてくる。まぶしい黄色の用紙に印刷された、催し物と案内図。それと、有志発表のプログラム。いかにも学校行事って感じのデザインだなあ。イラストは美術部作である。
「美化委員会は……歴代のポスター展示?」
「よく残ってたな」
「生徒会もなんかやってんじゃん。学校の歴史? 人来るか?」
「さあ……あ、でも、普段は行けないところを案内します、って書いてある」
「一般客より生徒の参加数の方が多そう」
「暇そうだな、君ら」
と、漆原先生が、何やら袋を引っ提げてやってきた。咲良はそれを目ざとく見つけると、楽しげに笑った。
「お菓子っすか?」
「もっといいものだ。そろそろ、小腹が空いてきたんじゃないか?」
漆原先生に言われ、そういえば、と空腹を自覚する。昼飯には早いが、ちょっと腹が減る頃だ。じっとしているものの、それでも、減るものは減るのだ。
「空きました!」
咲良と揃って答えると、漆原先生はにっこりと笑って頷いた。
「うん、じゃあ、もう少し待っていてくれ。何かよその展示を見に行ってもいいんだぞ」
図書委員会の他のメンバーは、残っている人たちもいるが、軒並み展示を見に行ってしまっている。朝比奈も百瀬に引き連れられて行ってしまった。
うーん、どうしようかな。咲良と視線を交わす。
「なんか見たいもんあるか?」
「いんや、俺は特にないかなあ」
咲良はパンフレットを見ながら言った。
「だって、健康にいい物って、俺絶対食えねぇのあるし」
「味とか?」
「うん。体育委員はー……疲れるし。あとの展示は特に……」
「おや、意外だな。井上君ならどこかしら行きたがると思っていたが」
先生が言うと、咲良は笑った。
「なんか今日はいいかなーって気分っす」
「そうか、そういう日もあるよな。じゃあ、のんびりしているといい」
先生は詰所に引っ込んだ。
来客もなく、ただうすぼんやりとしながら咲良と話をしていたら、やけにいいにおいが漂ってきた。
「なんかピザっぽい匂いしねぇ?」
咲良が、スンスンと鼻を鳴らす。
「分かる」
そう返した時、詰所から、軽快な音が聞こえてきた。
「さて、お二人さん、ちょいとこっちに来ないか?」
漆原先生に手招きされ、詰所の中の、衝立の向こうに行く。そこは先生が食事をとる場所になっていて、簡易的な台所みたいにもなっている。
そこにあるテーブルに、匂いの正体がのっていた。
「ウインナーだ!」
咲良の言う通り、棒の突き刺さったウインナーがあったのだ。しかも、ケチャップとチーズつきで。どうやらとろけるチーズを巻いて、オーブンで焼いたらしい。
「一人一本ずつしかないが、食べるか?」
「これを目の前にして食うなって言う方がひどいです」
咲良の真剣な声に、先生は笑った。
「はは、それもそうだ。じゃあ、熱々のうちに食ってくれ」
「いただきます!」
ウインナーをそっと持ち上げる。アルミホイルについたチーズもしっかり取って、巻く。おお、伸びる伸びる。
表面はパリッと焼き色がついて香ばしく、中の方は柔らかい。もっちりしていて、癖はなく、ピザの上の部分だけを食べているような気分になる。ケチャップは酸味が飛んで甘く、ウインナーはプリッとしていてうまい。
ウインナーって、なんで棒が刺さっているだけでワクワクするんだろう。しかもそこに、ケチャップとチーズ何度がトッピングされていれば、もっとワクワクする。
遊園地……いや、これはどっちかっていうと屋台っぽいワクワクだな。
「うめぇな、これ」
「ん、うまい」
ウインナーにはちょっと切れ目が入っていて、その部分の食感もいい。
確か棒付きのウインナーって、どっかで見たなあ。今度買ってきて、うちで作ってみようかな。腹にもたまるし、うまいし。
学園祭、どうなることかと思ったが、おいしいもんが食えるとは。しかも、こういう場所で食うのって、なんか特別な感じがしていい。
あ、あっという間に食い終わってしまった。でも、満足だ。後でジュース、買いに行こうかな。
「ごちそうさまでした」
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