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日常
第776話 おにぎりとみそ汁
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カーテンを開けると、東の空が白み始めているのが見えた。少し早い、休日の朝である。
「んん……」
ジャージに着替え、身支度を済ませたら、台所に立つ。今日は走りに行くぞ。
「運動する前はなんか食った方がいいらしいし……」
動画で見た情報によると、運動する前に何か体に入れておいた方がいいのだそうだ。食べないまま運動すると、筋肉が減るんだったか。
ゆで卵と野菜にしよう。しっかり食ったら動きたくなくなりそうだ。
「いただきます」
ゆで卵って、妙にうまく感じるときがある。塩をぱらっと振っただけのシンプルなものだが、これがいい。ラーメンとか食いたくなってくる。
そこにトマト。トマトにはドレッシングをかけている。程よく甘く、酸味が爽やかだ。
こういう食事してると、アスリートになった気分である。おこがましい限りだ。
「ごちそうさまでした」
さて、それじゃあもうひと準備して、外に出よう。
はあー……
「走りたくない」
「見事に顔に出てるなあ」
家の前で合流したのは、田中さんだった。
こないだスーパーで偶然会った時、「走ることにした」という話をしたところ、時間が合う時は一緒に走ってくれる、と言ってくれたのだった。
「え、何がですか」
「走りたくないーって」
ばれたか。思わず頬に触れると、田中さんは笑った。
「ま、物は試しだ。今日走ってみて、無理ならやめればいいだけだし。さ、行こうか」
「うす」
「結構気持ちいいぞ」
すっかり日は昇ったが、ひとけが少ない。ひんやりと冷えたアスファルトはどことなく湿っていて、ふわっと風に乗って雨上がりの香りが漂った。
確かに、空気は気持ちがいい。
足の裏に伝わる地面を蹴る感覚、少し弾み始めた息。あー、今、俺、走ってんなあー、と思う。うめずに引きずられて走ってるのとはまた違う感じ。
走ることそのものが目的になってるのって、なんか不思議な気がする。
「大丈夫か? きつくない?」
前を行く田中さんが、爽やかな表情で振り返る。
「今の、ところは。だいじょぶ、ですっ」
「なんかあったらすぐに言うんだぞ~」
多分、田中さんは俺に合わせてペースを調整してくれている。ありがたいやら申し訳ないやら、でも、遠慮せずにどうぞとは言えない俺の足である。
「……ふーっ」
あ、なんかちょっと楽な感じがした。さっきまで、もう無理かもしんない、って思ってたのに。呼吸ができて、周りの風景がよく見えるようになった。
朝日を受けてきらきらときらめく川面、行きかう車、仕事に行くのかな、それともお出かけ? バス停にも人がいる。思ったよりも人は起きているし動いている。どんな時間でも、世界が眠っている瞬間はないのかもなあ。
世界が眠るとき、というより、寝ている人が多い時間帯、というかなんというか。
あれれ、楽な時間はそう続かないか? そりゃそうだ、走ってるんだし。それに走り慣れてないんだ、俺は。
「そろそろ帰ろうか」
帰り道は、いつもよりテンポよく歩いて行く。
「田中さん……すごいですね。いつも走ってるんでしょう?」
「はは、俺はもう慣れてるからなあ」
「すごいなあ……」
でも、気分は悪くない。むしろいい気分だ。走ったぞという達成感というか、すがすがしさというか。
「一条君はどうだった、今日」
「疲れたけど……気分がいいです」
「そりゃよかった」
「もうちょっと軽やかに走りたいですねえ」
そう言えば、田中さんは笑った。
サイクリングもいいが、ランニングも悪くない。そう気づけただけでも、今日は収穫だな。
今度は咲良が、一緒に走るって言いそうだなあ。
「はー、ただいま」
「わうっ」
「おう、うめず。疲れたぞー」
うめずの方は元気を持て余しているらしい。散歩に行かなきゃだなあ。行けるかなあ……
「わふ、わうっ」
「おうおう、後で遊ぼうな。飯食わせてくれ」
やっぱ、ゆで卵と野菜だけじゃ足りなかったな。
さて、走りに行く前に準備していたものがある。おにぎりとみそ汁だ。みそ汁は温め直して、おにぎりは冷蔵庫から出しておく。
みそ汁の具材はしいたけとねぎ。ばあちゃんが買って来てくれたんだ、しいたけ。
絶対みそ汁にするって決めてたんだ。うまいんだよ、しいたけのみそ汁。
「よし、そろそろか」
沸騰する前に火を止めて、お椀に盛る。
「いただきます」
待ちに待ったみそ汁のお味は……
「……っはあ~、うめぇ……」
ほっこりとした温度に出汁のうま味、味噌の風味。そしてしいたけから滲み出した唯一無二のうま味。たまらん。
薄切りにしたしいたけがいい食感だ。フニッと噛めばジュワッと出汁が出て、噛み切りやすい。
この食感がいいんだよ、この食感が。
おにぎりはシンプルな塩おにぎり。俵型だと箸で食べやすい、と、思う。
少しきつめの塩味がたまんないなあ。結構汗かいたし。塩が多めだと、米の甘さが際立つようだ。冷たいおにぎりはほろほろとほどけ、一粒一粒の食感がいい。
温かいみそ汁でほどけるおにぎり。
ああ、なんとなく冬を感じる朝ごはんである。
「これから寒くなるんだなあ……」
そうだ、この後こたつを出そうか。布団があるだけで幸せなんだよな。なんかやる気出てきたのは、走ったおかげか?
そんで、こたつにもぐりこんで、お菓子準備して、ゲームして……
あれ、いつも通りだな。
まあいいや。人って、急に変われないもんだし。
走っただけでもよしとしよう、うんうん。
「ごちそうさまでした」
「んん……」
ジャージに着替え、身支度を済ませたら、台所に立つ。今日は走りに行くぞ。
「運動する前はなんか食った方がいいらしいし……」
動画で見た情報によると、運動する前に何か体に入れておいた方がいいのだそうだ。食べないまま運動すると、筋肉が減るんだったか。
ゆで卵と野菜にしよう。しっかり食ったら動きたくなくなりそうだ。
「いただきます」
ゆで卵って、妙にうまく感じるときがある。塩をぱらっと振っただけのシンプルなものだが、これがいい。ラーメンとか食いたくなってくる。
そこにトマト。トマトにはドレッシングをかけている。程よく甘く、酸味が爽やかだ。
こういう食事してると、アスリートになった気分である。おこがましい限りだ。
「ごちそうさまでした」
さて、それじゃあもうひと準備して、外に出よう。
はあー……
「走りたくない」
「見事に顔に出てるなあ」
家の前で合流したのは、田中さんだった。
こないだスーパーで偶然会った時、「走ることにした」という話をしたところ、時間が合う時は一緒に走ってくれる、と言ってくれたのだった。
「え、何がですか」
「走りたくないーって」
ばれたか。思わず頬に触れると、田中さんは笑った。
「ま、物は試しだ。今日走ってみて、無理ならやめればいいだけだし。さ、行こうか」
「うす」
「結構気持ちいいぞ」
すっかり日は昇ったが、ひとけが少ない。ひんやりと冷えたアスファルトはどことなく湿っていて、ふわっと風に乗って雨上がりの香りが漂った。
確かに、空気は気持ちがいい。
足の裏に伝わる地面を蹴る感覚、少し弾み始めた息。あー、今、俺、走ってんなあー、と思う。うめずに引きずられて走ってるのとはまた違う感じ。
走ることそのものが目的になってるのって、なんか不思議な気がする。
「大丈夫か? きつくない?」
前を行く田中さんが、爽やかな表情で振り返る。
「今の、ところは。だいじょぶ、ですっ」
「なんかあったらすぐに言うんだぞ~」
多分、田中さんは俺に合わせてペースを調整してくれている。ありがたいやら申し訳ないやら、でも、遠慮せずにどうぞとは言えない俺の足である。
「……ふーっ」
あ、なんかちょっと楽な感じがした。さっきまで、もう無理かもしんない、って思ってたのに。呼吸ができて、周りの風景がよく見えるようになった。
朝日を受けてきらきらときらめく川面、行きかう車、仕事に行くのかな、それともお出かけ? バス停にも人がいる。思ったよりも人は起きているし動いている。どんな時間でも、世界が眠っている瞬間はないのかもなあ。
世界が眠るとき、というより、寝ている人が多い時間帯、というかなんというか。
あれれ、楽な時間はそう続かないか? そりゃそうだ、走ってるんだし。それに走り慣れてないんだ、俺は。
「そろそろ帰ろうか」
帰り道は、いつもよりテンポよく歩いて行く。
「田中さん……すごいですね。いつも走ってるんでしょう?」
「はは、俺はもう慣れてるからなあ」
「すごいなあ……」
でも、気分は悪くない。むしろいい気分だ。走ったぞという達成感というか、すがすがしさというか。
「一条君はどうだった、今日」
「疲れたけど……気分がいいです」
「そりゃよかった」
「もうちょっと軽やかに走りたいですねえ」
そう言えば、田中さんは笑った。
サイクリングもいいが、ランニングも悪くない。そう気づけただけでも、今日は収穫だな。
今度は咲良が、一緒に走るって言いそうだなあ。
「はー、ただいま」
「わうっ」
「おう、うめず。疲れたぞー」
うめずの方は元気を持て余しているらしい。散歩に行かなきゃだなあ。行けるかなあ……
「わふ、わうっ」
「おうおう、後で遊ぼうな。飯食わせてくれ」
やっぱ、ゆで卵と野菜だけじゃ足りなかったな。
さて、走りに行く前に準備していたものがある。おにぎりとみそ汁だ。みそ汁は温め直して、おにぎりは冷蔵庫から出しておく。
みそ汁の具材はしいたけとねぎ。ばあちゃんが買って来てくれたんだ、しいたけ。
絶対みそ汁にするって決めてたんだ。うまいんだよ、しいたけのみそ汁。
「よし、そろそろか」
沸騰する前に火を止めて、お椀に盛る。
「いただきます」
待ちに待ったみそ汁のお味は……
「……っはあ~、うめぇ……」
ほっこりとした温度に出汁のうま味、味噌の風味。そしてしいたけから滲み出した唯一無二のうま味。たまらん。
薄切りにしたしいたけがいい食感だ。フニッと噛めばジュワッと出汁が出て、噛み切りやすい。
この食感がいいんだよ、この食感が。
おにぎりはシンプルな塩おにぎり。俵型だと箸で食べやすい、と、思う。
少しきつめの塩味がたまんないなあ。結構汗かいたし。塩が多めだと、米の甘さが際立つようだ。冷たいおにぎりはほろほろとほどけ、一粒一粒の食感がいい。
温かいみそ汁でほどけるおにぎり。
ああ、なんとなく冬を感じる朝ごはんである。
「これから寒くなるんだなあ……」
そうだ、この後こたつを出そうか。布団があるだけで幸せなんだよな。なんかやる気出てきたのは、走ったおかげか?
そんで、こたつにもぐりこんで、お菓子準備して、ゲームして……
あれ、いつも通りだな。
まあいいや。人って、急に変われないもんだし。
走っただけでもよしとしよう、うんうん。
「ごちそうさまでした」
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