一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第768話 いきなり団子

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 体育祭も終わり、とりあえず一休み、といった週末である。
「あー……」
 ソファに横になり、DVDを再生しながらゲームをする。窓から差し込む光は夏の日差しよりもずいぶんと穏やかになり、心地よいくらいである。うめずの寝る場所も、窓際になることが多くなった。
 何もしなくていい、すべきことがないというその状況は、かくも幸せか。
 買い物とかはばあちゃんがしてくれていたし、課題は昨日までに終わらせた。朝のうちにうめずと散歩にも行ったし、本当にやることがない。
「なんか……甘いもん食いてぇなあ……」
 ケーキとか、ドーナツとか? いや、そうじゃない。和菓子かな。うーん、何だろう。素朴な感じの……あ、あれだ。
 いきなり団子食いたい。
 でも近くで売ってないよなあ……前に家族で買いに行ったのはどこだっけ。あそこって、車でしか行けないよなあ。
 あ、違う。行けるな。あそこ確か、図書館行くときの途中の駅で降りたら、歩いて行ける。
「よし」
 勢いをつけて起き上がり、さっそく準備をする。
 図書館行って、帰りに買おう。

 電車に揺られて数駅、いきなり団子の店のある駅に着く。無人駅で、小ぢんまりしているのだ。帰りはここで降りるのだ、と思うと少しワクワクした。
 そこからさらに数駅進むと、見慣れた駅に着いた。いつもより少し遅く家を出たから、ずいぶん人が多い時間帯になってしまった。その合間を縫って、図書館へと向かう。バスの行列、すごいなあ。
 ここから、どこに行けるんだろう。電車もバスもあるなら、大抵のところには行けるか。久しぶりに、街の方にも行きたいなあ。都会の中を歩くのはとても疲れるが、普段味わえない非日常感と楽しさがあるから好きだ。
 あそこに住んでる人たちとか、よく遊びに来てる人たちからすれば、あの光景も日常なんだろうけど。
 自分にとっての非日常が、誰かにとっての日常って、不思議な感じだ。
 まあ、俺らの住んでるとこみたいに、人の少ない場所に行くことの方が、非日常って人もいるからな。
「久しぶりに来た気がするなあ」
 忙しかったり、疲れてたりして、なかなか来られなかったもんな。
 おや、館内は秋模様。真昼の日差しはまだまだ暑いときもあるが、図書館はオレンジや赤、黄色に茶色とすっかり季節が進んでいる。
 このサツマイモの切り絵、いいなあ。
 窓辺にはハロウィンの装飾。児童書コーナーはその色が強いようだ。最近、ハロウィンの波がだんだん早くやってきているような気がする。そして長い。ハロウィンそのものを過ぎてなお、盛り上がっているところがある。
 そんで、間髪入れずにクリスマスがきて、正月で……日本って、行事多いなあ。
 さて、今日は何を借りよう。色々読めたらいいなあ。

 数冊の本を抱え、ひとけのない駅に降り立つ。電車が走り去ると、民家に茂る木々のざわめきしか聞こえない。
「確か向こうだったよな……」
 おぼろげな記憶をたどりながら住宅街の中を行く。
 見事に人が少ないな。まるでうちの町みたいだ。電車で数駅行った先はあんなに賑やかなのに、不思議だよなあ。
 てかほんとに店、あるんだろうな。
 店の名前覚えてないから調べようがないんだよなあ。見た目はなんとなく覚えてんだけど……肝心の名前が。
「ふうっ」
 緩やかな坂道はじわじわと体力を奪っていく……
 あっ、あった!
 右手に開けた場所があって、そこに、小ぢんまりとした店がある。そうそう、ここだった。車はあまり停まっていないようである。
 人が数人入っただけでもいっぱいになるような店内は、実にシンプルで、いきなり団子のほかに、季節の和菓子が売っているだけのようだった。ああ、あと赤飯とか、もちとか。
 いくつ買おうかなあ。帰りにじいちゃんとばあちゃんのとこに寄るとして……五個入りを二つってところかな。
「今、お待ちのお客様、もう少し待ってくださいね」
 と、カウンターに立つおばちゃんが言った。
「もう二、三分でできますからね」
 なんとどうやら、出来立てをいただけるらしい。

 次の電車が来るまで、まだ時間があるようだ。ベンチに座り、ぼんやりと待つ。
 膝の上が温かい。出来立ての団子はホッカホカで、最初は持てないくらい熱かった。今食べたら、きっと、うまいんだろうなあ。
 ふと横を見ると、自動販売機があった。緑茶、売ってるな……
「……やっぱ、出来立てを食べないとな」
 冷たい緑茶を買い、自分の分の包みを開ける。おお、しっとりしてる。
「あつ、あつっ」
 薄いビニールを剥がすと、ほこっと湯気が立った。
「いただきます」
 生地の向こうに、サツマイモの黄色とあんこの色が見える。やけどしないように様子を見ながら、かぶりつく。
 薄い生地のもちもち食感、次いでサツマイモのほくほくに、あんこのほくトロッとした感じ。そうそう、これが食べたかったのだ。あんこはこしあんで、甘味がちょうどいい。サツマイモも塩ゆでされてあるから、いいしょっぱさだ。しょっぱくて、ちゃんと甘い。
 でもちょっとだけサツマイモが小さい……?
 いや、違う。これ、サツマイモ二個入ってる! あんこを挟むようにして……わあ、なんかうれしいなあ。
 いびつな形の団子は、思った通り素朴で甘くて、おいしい。
 冷たい緑茶の渋みが合う。
 そして何より、できたて熱々ってのがいい。サツマイモも温かいからとろけるようだし、あんこも甘さが程よい。
 つるんとした見た目の皮のモチモチ加減もいい。
「はー……うま」
 こりゃ、あっという間に食べちゃうなあ。冷えたのも楽しみだ。
 ふと風が吹く。ああ、少し冷たい。秋の匂いがする。どことなく甘い香りがするのは、目の前の団子か、あるいは秋の花々か。
 今年も、うまいもん一杯食える秋になるといいなあ。

「ごちそうさまでした」
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