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日常
第766話 弁当
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体育祭当日は、すっきりとした青空が広がる、秋らしい朝となった。
「なんか一気に秋っぽくなったなー」
機材のセッティングをしながら、咲良が言った。
「こないだ雨降ってからかな?」
「だなあ」
「このまま涼しくなるといいな!」
暑いのはもう十分、と咲良はげんなりした様子で言った。
「寒すぎるのも嫌だけどな」
「確かに、そうかも」
ふと見上げた空は、冬にはまだ遠く夏からは少し遠ざかったような薄青さで、透き通った風が吹いて、春にも似た匂いがした。
夏の終わりって、春の始まりと錯覚しそうな時がある。
これから寒くなっていくのだなあ、と思うと、半袖半ズボン姿の今がちょっと不思議な感じがした。
体育祭が始まれば、そんな感傷もどこへやら。熱気と日差しに満たされた賑やかなグラウンドは、それはもう暑苦しいことこの上なかった。
「朝の涼しさは何だったんだ」
そう言うのは朝比奈だ。テントの後方で待機しているのだが、特にやることもないので、観客席から隠れるようにして、階段に座っている。
賑やかな場所も嫌いじゃないが、その賑やかさの裏側ってのも割と好きだ。
朝比奈は頬を伝う汗をぬぐい、ため息をつく。
「蒸し暑い……」
「湿気がすごいよなあ」
「これなら、からっと暑い方がいい」
「それはそうだ」
じっとりと肌にまとわりつくような湿気があるから、暑さだけの時よりもいっそう体力をそいでいく。これ、午後までもつだろうか。
「おーい、二人ともー」
と、こっちに来たのは咲良だ。
「もうすぐリレー始まるぞ」
「お、そうか」
「確か、優太が出るはず……」
朝比奈がつぶやくと、咲良は「そうそう」と笑った。
「百瀬の雄姿を見届けに行こうや」
「なんだそれ」
そう言いながら立ち上がり、テントの方へ向かう。放送テントの方は他の部員で埋まっているので、その隣の用具テントの空いた場所に立つ。お、結構見えるな、ここ。
グラウンドには整備担当の生徒が何人かいて、入場門に生徒が並んでいた。入場門のところには旗を持った生徒が立っていて、全員がそろったのを確認すると、その旗を頭上高く掲げた。
その後、グラウンドの整備が終わった生徒が戻って来たら、用具テントの前にいた生徒が旗を掲げ、最後に、朝礼台のところの生徒が旗を掲げる。
それから間もなくして、スピーカーから早瀬の声が響き始めた。
『プログラム十番、各学年選抜選手による、学年別対抗リレーです』
音楽がかかると生徒たちが入場し始める。おおー、なんか、やっぱ選ばれし者たちて感じだ。こう、なんか、身のこなしが違う、気がする。
一つ一つの動きが軽やかなんだよなー。
一年生から順に走るんだったか。お、橘と青井もいるじゃないか。何だ、二人とも足早いのか。
あ、橘がこっちに気付いた。青井に声かけてる。
ひらひらと手を振ったら、橘はぱあっと笑って、青井は緩みそうになった表情をキュッと引き締める。はは、分かりやすい。
一年生が走り終わったら、次は二年生だ。
「おーい、百瀬ーっ」
と、咲良が声をかける。百瀬はばっとこちらを振り向くと、ぶんぶんと両手を振った。さっきの一年生より、なんだか幼く見える。
どうやら百瀬はアンカーらしい。ビブスを着ている。
「早瀬の実況もうまいもんだな」
目の前を颯爽と風のごとく駆け抜けていく同学年を見ながら、咲良が言った。
「なんか、競馬の動画ずっと見てたって言ってたな」
「何で競馬……?」
朝比奈が聞き返してくるが、それは俺にもよく分からない。
「まあ、なんかあるんだろ」
「確かに競馬の実況って、的確だよなー」
咲良がそう言う。
「何で知ってんだよ」
「じいちゃんがよく見てるから」
なるほど、そういうことか。
お、百瀬が走り出した。速いなあ、あんなふうに走れたら、どんなに気持ちいいだろう。
百瀬は悠々とゴールテープを切り、満面の笑みでこちらにピースサインを向けてきたのだった。
昼休憩に入ると、途端にグラウンドが静かになる。放送部はテントで昼食だ。
「いただきます」
さて、今日はばあちゃん手製の弁当だ。学校に行く前に、店に寄って来た。ふふ、うれしい。
俵型のおにぎりにはのりがきちんと巻いてある。それに、からあげと豚の天ぷら、卵焼き、ハム巻きにたこさんウインナー、それとぐるぐる巻きのパン。体育祭というより、運動会っぽい。
まずはからあげかなあ。
醤油味の、焦げ茶色のからあげは、香ばしくてさくさくしていて、おいしい。肉はプリッとしていて、うま味がすごい。冷めても脂っこくないし、ご飯に合う。お、おにぎりの塩はきつめだな。汗かいてたからいい。
からあげって、どんな言葉を連ねるよりなにより、おいしい、という四文字がしっくりくるよなあ。
豚の天ぷらはよりスナック感がある。ほんのり甘くて、衣はふわサクッッと不思議な食感。同じ醤油でも、こっちの方が甘さが際立っている気がする。
たこさんウインナーは、普通のウインナーをたこの形に切ったやつだ。足のところがカリカリで、香ばしくて好きだ。
「午後は最初何だっけ、応援合戦?」
と、咲良がどでかいおにぎりをほおばりながら聞く。
「そうそう」
「今年はどんなかなー。割と楽しみにしてんだよね」
「分かる」
体育祭の中でも、応援合戦は好きだ。参加するとなると話が違ってくるのだが。
さて、次はハム巻き。このハムの塩気にマヨネーズのまろやかさときゅうりのみずみずしさが合うんだ。つまようじに刺さっているから食べやすい。これ、無限にいくらでも食えるな。
卵焼きはジュワッと甘い。んん、ほっとする。
パンはキュッと圧縮された感じがする。これが運動会っぽいんだよなあ。他のものに押しつぶされた感じ。好きだ。
もち、ふわっとしたパン、マヨネーズのまろやかさに、ハムの風味とプチッとはじけるような食感。銀紙に包まれたそれは、なんだか特別感がある。
午後からも暑いだろうなあ、終わりに近づくにつれて慌ただしくなるだろうし、しっかり食べて回復しとかないと。
昼休み終わりまでまだ時間はある。ちょっとばかし、ゆっくり過ごすとしようかな。
「ごちそうさまでした」
「なんか一気に秋っぽくなったなー」
機材のセッティングをしながら、咲良が言った。
「こないだ雨降ってからかな?」
「だなあ」
「このまま涼しくなるといいな!」
暑いのはもう十分、と咲良はげんなりした様子で言った。
「寒すぎるのも嫌だけどな」
「確かに、そうかも」
ふと見上げた空は、冬にはまだ遠く夏からは少し遠ざかったような薄青さで、透き通った風が吹いて、春にも似た匂いがした。
夏の終わりって、春の始まりと錯覚しそうな時がある。
これから寒くなっていくのだなあ、と思うと、半袖半ズボン姿の今がちょっと不思議な感じがした。
体育祭が始まれば、そんな感傷もどこへやら。熱気と日差しに満たされた賑やかなグラウンドは、それはもう暑苦しいことこの上なかった。
「朝の涼しさは何だったんだ」
そう言うのは朝比奈だ。テントの後方で待機しているのだが、特にやることもないので、観客席から隠れるようにして、階段に座っている。
賑やかな場所も嫌いじゃないが、その賑やかさの裏側ってのも割と好きだ。
朝比奈は頬を伝う汗をぬぐい、ため息をつく。
「蒸し暑い……」
「湿気がすごいよなあ」
「これなら、からっと暑い方がいい」
「それはそうだ」
じっとりと肌にまとわりつくような湿気があるから、暑さだけの時よりもいっそう体力をそいでいく。これ、午後までもつだろうか。
「おーい、二人ともー」
と、こっちに来たのは咲良だ。
「もうすぐリレー始まるぞ」
「お、そうか」
「確か、優太が出るはず……」
朝比奈がつぶやくと、咲良は「そうそう」と笑った。
「百瀬の雄姿を見届けに行こうや」
「なんだそれ」
そう言いながら立ち上がり、テントの方へ向かう。放送テントの方は他の部員で埋まっているので、その隣の用具テントの空いた場所に立つ。お、結構見えるな、ここ。
グラウンドには整備担当の生徒が何人かいて、入場門に生徒が並んでいた。入場門のところには旗を持った生徒が立っていて、全員がそろったのを確認すると、その旗を頭上高く掲げた。
その後、グラウンドの整備が終わった生徒が戻って来たら、用具テントの前にいた生徒が旗を掲げ、最後に、朝礼台のところの生徒が旗を掲げる。
それから間もなくして、スピーカーから早瀬の声が響き始めた。
『プログラム十番、各学年選抜選手による、学年別対抗リレーです』
音楽がかかると生徒たちが入場し始める。おおー、なんか、やっぱ選ばれし者たちて感じだ。こう、なんか、身のこなしが違う、気がする。
一つ一つの動きが軽やかなんだよなー。
一年生から順に走るんだったか。お、橘と青井もいるじゃないか。何だ、二人とも足早いのか。
あ、橘がこっちに気付いた。青井に声かけてる。
ひらひらと手を振ったら、橘はぱあっと笑って、青井は緩みそうになった表情をキュッと引き締める。はは、分かりやすい。
一年生が走り終わったら、次は二年生だ。
「おーい、百瀬ーっ」
と、咲良が声をかける。百瀬はばっとこちらを振り向くと、ぶんぶんと両手を振った。さっきの一年生より、なんだか幼く見える。
どうやら百瀬はアンカーらしい。ビブスを着ている。
「早瀬の実況もうまいもんだな」
目の前を颯爽と風のごとく駆け抜けていく同学年を見ながら、咲良が言った。
「なんか、競馬の動画ずっと見てたって言ってたな」
「何で競馬……?」
朝比奈が聞き返してくるが、それは俺にもよく分からない。
「まあ、なんかあるんだろ」
「確かに競馬の実況って、的確だよなー」
咲良がそう言う。
「何で知ってんだよ」
「じいちゃんがよく見てるから」
なるほど、そういうことか。
お、百瀬が走り出した。速いなあ、あんなふうに走れたら、どんなに気持ちいいだろう。
百瀬は悠々とゴールテープを切り、満面の笑みでこちらにピースサインを向けてきたのだった。
昼休憩に入ると、途端にグラウンドが静かになる。放送部はテントで昼食だ。
「いただきます」
さて、今日はばあちゃん手製の弁当だ。学校に行く前に、店に寄って来た。ふふ、うれしい。
俵型のおにぎりにはのりがきちんと巻いてある。それに、からあげと豚の天ぷら、卵焼き、ハム巻きにたこさんウインナー、それとぐるぐる巻きのパン。体育祭というより、運動会っぽい。
まずはからあげかなあ。
醤油味の、焦げ茶色のからあげは、香ばしくてさくさくしていて、おいしい。肉はプリッとしていて、うま味がすごい。冷めても脂っこくないし、ご飯に合う。お、おにぎりの塩はきつめだな。汗かいてたからいい。
からあげって、どんな言葉を連ねるよりなにより、おいしい、という四文字がしっくりくるよなあ。
豚の天ぷらはよりスナック感がある。ほんのり甘くて、衣はふわサクッッと不思議な食感。同じ醤油でも、こっちの方が甘さが際立っている気がする。
たこさんウインナーは、普通のウインナーをたこの形に切ったやつだ。足のところがカリカリで、香ばしくて好きだ。
「午後は最初何だっけ、応援合戦?」
と、咲良がどでかいおにぎりをほおばりながら聞く。
「そうそう」
「今年はどんなかなー。割と楽しみにしてんだよね」
「分かる」
体育祭の中でも、応援合戦は好きだ。参加するとなると話が違ってくるのだが。
さて、次はハム巻き。このハムの塩気にマヨネーズのまろやかさときゅうりのみずみずしさが合うんだ。つまようじに刺さっているから食べやすい。これ、無限にいくらでも食えるな。
卵焼きはジュワッと甘い。んん、ほっとする。
パンはキュッと圧縮された感じがする。これが運動会っぽいんだよなあ。他のものに押しつぶされた感じ。好きだ。
もち、ふわっとしたパン、マヨネーズのまろやかさに、ハムの風味とプチッとはじけるような食感。銀紙に包まれたそれは、なんだか特別感がある。
午後からも暑いだろうなあ、終わりに近づくにつれて慌ただしくなるだろうし、しっかり食べて回復しとかないと。
昼休み終わりまでまだ時間はある。ちょっとばかし、ゆっくり過ごすとしようかな。
「ごちそうさまでした」
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