一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
818 / 843
日常

第763話 豚の天ぷら

しおりを挟む
 体育祭の練習が本格的に始まると、授業時間が減り、教室にいるよりも視聴覚室にいる時間の方が増え、さらには外に行く回数も増える。
「ちょっと、まだCD提出されてないブロックあるんだけどー?」
「あーそれもう何回も催促してる。矢口先生が、直接、自分に提出するように言ったって」
「最終通告じゃん、それ」
「今日間に合わなかったら、音なしで」
「りょ~」
 部長たちが忙しそうに立ち回る中、俺らも細々と雑用をこなしていく。
 他の生徒たちが体育館や何やらで練習する声を遠くに聞きながら、まだ誰もいない運動場にテントを立てる。
 練習がないからと言って、暇なことはまったくもってない。つつがなく練習が進むよう、準備をするのは、体力も気力もそがれるものだ。
 真っ青な空に、真っ白で分厚い雲が鎮座する。日差しは暑いが、風は秋っぽい。
「なんか、体育祭の練習って感じだなあ!」
 顔に流れる汗を放ったまま、咲良は重い機材を抱えて、半ば投げやりといった様子で言った。
「はー……で、これどこ持ってくんだっけ」
 一度叫んだら落ち着いたのか、咲良はため息をついて言った。
「本部テント。マイクテストまで終わらせないと」
「オッケー」
「おーい、早くー」
 先にグラウンドにいた朝比奈が手招きをする。
「朝礼台、動かすの手伝って」
「あー、それも動かすのかー」
 機材はいったん置いといて、朝礼台を動かしに行く。その下に、色々設営しないといけないんだったか。
「いくぞー……あっつ!」
 何だ何だ、朝礼台、めっちゃ熱いんだが?
「日に照らされて、熱くなっちゃったのか……」
「どーやって運ぶんだよ~」
「タオル挟むか」
 どうにかこうにか運んだら、マイクのセッティングだ。
「マイク設置おわったら、次こっち~」
 容赦なく、先生からの指示が飛ぶ。
「はーい!」
 揃って返事をし、設営の手を速めた。
 はー……これが何日も続くのか……これ、ばてないようにしないとなあ。
 はは、なんかもう、面白くなってきた。

 へとへとになって家に帰ると、居間に明かりがついていた。あれ、消し忘れ……違う、今日は。
「ただいま」
「おかえり、春都」
 ばあちゃんが来ているのだった。うめずも心なしか嬉しそうで、尻尾をパタパタと振っている。
「疲れたでしょ。ほら、お風呂入っちゃいなさい」
「はーい」
 汗だくのシャツと、体操服を洗濯機に入れる。あとはタオルと……暑いと洗濯物が増えるなあ。冬場とは違って、一つ一つはかさばらないけど、とにかく量が。
 放っておくわけにもいかないしな。
 あー、シャワー気持ちいい~。汗まみれだったから、シャンプーをするだけでもすっきりするようだ。
 湯船につかる。あーっつい。
 ちょっと水を出す。この水も気持ちいいな~、顔洗っちゃお。学校の水道はぬるいんだよなあ。それでも、ないよりはいいのだが、やはりあの暑さの下では、冷たいものが恋しくなるのだ。
 それにしたって、今日も相変わらず揉めてたなあ。まあ、部内で揉め事が起きないだけいいのか。たいてい、相手は外部の生徒だ。
 実行委員に生徒会、それと各ブロックのリーダーとか。
「は~……」
 グイッと前髪をかき上げると、ぽたぽたと冷たい水滴が頬に落ちてきた。
「ま、競技に出ないだけ良しとするかあ……」
 放送部として活動する分に、不満はないからな。大変だけど、まあ、それなりに楽しめていることだし。
 風呂から上がると、何やらいい匂いがした。さっさと着替えて、居間に行く。
「やっぱり、そろそろかなと思った」
 揚げ物の音に、香ばしい香り。テーブルの上には、山盛りの豚の天ぷらがあった。それを認識した途端、腹が盛大に鳴る。
「ふふ、お腹空いてるでしょ」
「めっちゃ腹減ってる」
「揚げたての内にどうぞ」
 そうばあちゃんが言うが早いか否か、席に着く。
「いただきます」
 豚の天ぷらは大きくて、食べ応えがありそうだ。天ぷらとは言っているが、からあげっぽさもある。
 ザグッと衣に、にんにく醤油の風味。香ばしくて、うま味がたっぷりだ。肉はもちもちで、口になじむ感じがたまらない。脂身はあっつあつで、ほのかに甘い。にんにく醤油ではあるが、にんにくは少し控えめかな。いつもより少し甘めだ。
 醤油の香ばしさと豚肉って、合う。衣もうまいんだよなあ。いろんなうま味が染みている感じがして、かりかり、ザクザクの食感もいい。
 そこに白米。合わない訳がない。にんにく醤油のうま味と豚肉の味わい、香ばしさと、米の甘味、やわらかさ。
「うまい……」
 さて、次は……お、切り干し大根がある。ばあちゃんの作った切り干し大根って、うまいんだよなあ。
 しゃきしゃき、じゃくじゃく? 切り干し大根の食感って、独特だ。臭みはなく、噛みしめるとほのかに大根の香りがする。
 甘めの味付けは優しくて、一緒に炊いてある揚げもジュワジュワしてうまい。
 丁寧な料理は、心を穏やかにすると思う。
 そしてまた豚肉を。少し冷めると、よりスナックっぽさが増す。せんべいみたいでおいしい。バリバリしたこの食感が……
 あ、少し肉の柔らかな食感。ふふ、なんかうれしい。
 なんかすごく疲れていた気がするけど、すっかり元気になったようだ。これでしっかり寝れば、明日はきっとまた頑張れる。
「ありがとう、ばあちゃん」
 そう言えば、片付けをしていたばあちゃんは、「ふふ、食べてくれてよかった」と笑った。
 さ、明日も頑張ろう。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
 もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。  誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。 でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。 「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」  アリシアは夫の愛を疑う。 小説家になろう様にも投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...