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日常
第759話 チキンカツ
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さーて、今日は、午後から自由だ。
「あ、一条だー。今日は早いね?」
「百瀬」
一組の教室からちょうど、百瀬が出てきた。百瀬は軽やかな足取りで隣に並ぶ。
「部活は休み?」
「ああ、つかの間の」
「体育祭あるもんねえ、忙しそうだ」
そう言う百瀬は、日焼けした肌に真っ白な歯を見せて笑った。ふと自分の腕を見てみる。うーん、結構焼けたと思ったんだけどなあ。
「百瀬、真っ黒だな」
「自転車乗ってるからね~」
そっか、日差しにさらされる時間が、俺より格段に長いんだな。
俺は出不精だもんなあ。いや、でも今年は例年より日差しの下にいた気がするのだが……いや、外出が多いだけで、日差しの下にはいなかったか。
「そういえばさ、次の花火はどうすんの?」
昇降口に差し掛かったところで百瀬が聞いてきた。
「あー……そういや、やるっつってたな」
「忘れないでよー」
「花火大会ももうすぐだぞ!」
おっと、咲良。ぐえ、背中いてぇ。
「いきなり叩くなよ……」
「わりぃわりぃ!」
と、咲良は悪びれもせずに言って笑うと、何事もなかったかのように話を続けた。
「なんかさー、クラスのやつが協賛企業? のチラシ持ってきてて」
「もうそんな時期か」
「夏休み終わっちゃうな~」
少し残念そうに咲良が言う。夏休み終わり、か。なんか、そんな感じしない。課外も部活もあったわけだし。
「花火大会の日に花火をするのか……?」
おや、朝比奈。さては、靴箱の向こうで聞いていたな? 朝比奈はいつもの調子で言った。
「相変わらず賑やかそうな計画を立てているな」
「実行メンバーには朝比奈もいるんだぜー」
「だろうな」
と、朝比奈はうっすらと笑った。
昼下がりの太陽は眩しく、目がじりじりと焼けるようで思わずまぶたを閉じる。これでも朝はずいぶん涼しくなったもんだがなあ……
「ちょっと自転車取ってくるから待ってて~」
百瀬は言うと足早に駐輪場へ向かい、荷物を載せた自転車を押してやって来た。
「花火大会の日に花火っていいよねー。俺、賛成!」
土曜日だし、と百瀬は言った。
「ぜいたくでいいよな! あ、春都はどうよ?」
「いいんじゃないか」
うわ、ちょっと外に出ただけで汗だくだ。この暑さだと、外に出ることが運動になりそうだな。夜になったら少しは涼しいかな。朝はともかく、夜は外になかなか出ないからよく分からん。
「じゃー、花火大会の日に決定!」
「でもうちから見えるかなあ」
「えっ」
ふと呟けば、三人の視線が自分に集まるのを感じる。何だ何だ、そんなに見るなよ。
「いや、新しい建物近くに建ったから……」
「なるほどなあー」
場所は要検討かあ、と咲良は汗をぬぐった。
「なんか悪いな」
「やー、色々考えんのが楽しいんじゃん?」
と、咲良は屈託なく笑った。
それは確かにそうだ。しかし、実際問題、どこでやろうかね。
見通しのいい、花火可の、ちょっとした空き地みたいな、そんな場所があればいいんだけどなあ。そんな都合のいい場所、あるだろうか。
「あー、花火が見えて、花火ができる場所ねぇ」
晩ご飯のチキンカツを揚げながら、母さんは少し考えこんだ。
「なかなかないと思うんだけど」
「そうねえ、うーん」
目の前で次々と揚がっていくチキンカツは、こんがりといい色をしていて、サイズは小さ目だ。大きな鶏肉を切ってくれたようだった。大きいのもいいけど、このサイズのも好きなんだよなあ。
「二階から見るなら見えるだろうけど、花火しながらでしょ?」
「うん……」
「そうねぇ……」
母さんは手際よく片付けをしながら、言った。
「それこそ、じいちゃんとかばあちゃんに聞いてみたら? 知り合いに聞いてくれるかも」
「あー、そっか」
「それがいいよ。はい、持って行って。揚げたてのうちに食べよう」
おお、ずっしり。皿が温かい。
ソースとからしと、後はすりごまも。炊き立てご飯も、外せないのである。
「いただきます」
付け合わせのキャベツにはドレッシング。この醤油ベースのさっぱりした、コクのあるドレッシング。結局、ここに戻ってきてしまう。うまいなあ。
さて、まずはそのまま何もかけずに食べようかな。
揚げる前に塩こしょうをしっかりとしてあるから、これだけでも十分うまい。そうそう、うちのチキンカツはこの味だ。ザクっとした衣に噛み応えがありつつも、食べやすい肉質。にじみ出る鶏肉のうま味に濃い目の塩こしょうの風味。ん~、うまい。これが食べたかった、って感じだ。
さてさて、次はソースを……うん、やっぱり揚げ物にはソースが合う。
爽やかでありながら濃い味のとんかつソースは、淡白な鶏肉にもよく合うのだ。ごまを振れば香ばしく香りよく、お店のやつみたいになるな。
からしはつけすぎない方がいい。程よくつけると、ピリッとしていいアクセントになる。
そしてまた、そのまま。揚げたてよりも少し冷めて、程よく温かい。噛み応えが増すようだな。これも好きだ。塩こしょうの味付けがより一層輝く感じがする。
次の日の朝、温め直したチキンカツも好きなんだよなあ。たっぷりあるから、きっと明日の朝はチキンカツだな。楽しみだ。
花火の時も、なんかうまいもん、食えるといいなあ。
「ごちそうさまでした」
「あ、一条だー。今日は早いね?」
「百瀬」
一組の教室からちょうど、百瀬が出てきた。百瀬は軽やかな足取りで隣に並ぶ。
「部活は休み?」
「ああ、つかの間の」
「体育祭あるもんねえ、忙しそうだ」
そう言う百瀬は、日焼けした肌に真っ白な歯を見せて笑った。ふと自分の腕を見てみる。うーん、結構焼けたと思ったんだけどなあ。
「百瀬、真っ黒だな」
「自転車乗ってるからね~」
そっか、日差しにさらされる時間が、俺より格段に長いんだな。
俺は出不精だもんなあ。いや、でも今年は例年より日差しの下にいた気がするのだが……いや、外出が多いだけで、日差しの下にはいなかったか。
「そういえばさ、次の花火はどうすんの?」
昇降口に差し掛かったところで百瀬が聞いてきた。
「あー……そういや、やるっつってたな」
「忘れないでよー」
「花火大会ももうすぐだぞ!」
おっと、咲良。ぐえ、背中いてぇ。
「いきなり叩くなよ……」
「わりぃわりぃ!」
と、咲良は悪びれもせずに言って笑うと、何事もなかったかのように話を続けた。
「なんかさー、クラスのやつが協賛企業? のチラシ持ってきてて」
「もうそんな時期か」
「夏休み終わっちゃうな~」
少し残念そうに咲良が言う。夏休み終わり、か。なんか、そんな感じしない。課外も部活もあったわけだし。
「花火大会の日に花火をするのか……?」
おや、朝比奈。さては、靴箱の向こうで聞いていたな? 朝比奈はいつもの調子で言った。
「相変わらず賑やかそうな計画を立てているな」
「実行メンバーには朝比奈もいるんだぜー」
「だろうな」
と、朝比奈はうっすらと笑った。
昼下がりの太陽は眩しく、目がじりじりと焼けるようで思わずまぶたを閉じる。これでも朝はずいぶん涼しくなったもんだがなあ……
「ちょっと自転車取ってくるから待ってて~」
百瀬は言うと足早に駐輪場へ向かい、荷物を載せた自転車を押してやって来た。
「花火大会の日に花火っていいよねー。俺、賛成!」
土曜日だし、と百瀬は言った。
「ぜいたくでいいよな! あ、春都はどうよ?」
「いいんじゃないか」
うわ、ちょっと外に出ただけで汗だくだ。この暑さだと、外に出ることが運動になりそうだな。夜になったら少しは涼しいかな。朝はともかく、夜は外になかなか出ないからよく分からん。
「じゃー、花火大会の日に決定!」
「でもうちから見えるかなあ」
「えっ」
ふと呟けば、三人の視線が自分に集まるのを感じる。何だ何だ、そんなに見るなよ。
「いや、新しい建物近くに建ったから……」
「なるほどなあー」
場所は要検討かあ、と咲良は汗をぬぐった。
「なんか悪いな」
「やー、色々考えんのが楽しいんじゃん?」
と、咲良は屈託なく笑った。
それは確かにそうだ。しかし、実際問題、どこでやろうかね。
見通しのいい、花火可の、ちょっとした空き地みたいな、そんな場所があればいいんだけどなあ。そんな都合のいい場所、あるだろうか。
「あー、花火が見えて、花火ができる場所ねぇ」
晩ご飯のチキンカツを揚げながら、母さんは少し考えこんだ。
「なかなかないと思うんだけど」
「そうねえ、うーん」
目の前で次々と揚がっていくチキンカツは、こんがりといい色をしていて、サイズは小さ目だ。大きな鶏肉を切ってくれたようだった。大きいのもいいけど、このサイズのも好きなんだよなあ。
「二階から見るなら見えるだろうけど、花火しながらでしょ?」
「うん……」
「そうねぇ……」
母さんは手際よく片付けをしながら、言った。
「それこそ、じいちゃんとかばあちゃんに聞いてみたら? 知り合いに聞いてくれるかも」
「あー、そっか」
「それがいいよ。はい、持って行って。揚げたてのうちに食べよう」
おお、ずっしり。皿が温かい。
ソースとからしと、後はすりごまも。炊き立てご飯も、外せないのである。
「いただきます」
付け合わせのキャベツにはドレッシング。この醤油ベースのさっぱりした、コクのあるドレッシング。結局、ここに戻ってきてしまう。うまいなあ。
さて、まずはそのまま何もかけずに食べようかな。
揚げる前に塩こしょうをしっかりとしてあるから、これだけでも十分うまい。そうそう、うちのチキンカツはこの味だ。ザクっとした衣に噛み応えがありつつも、食べやすい肉質。にじみ出る鶏肉のうま味に濃い目の塩こしょうの風味。ん~、うまい。これが食べたかった、って感じだ。
さてさて、次はソースを……うん、やっぱり揚げ物にはソースが合う。
爽やかでありながら濃い味のとんかつソースは、淡白な鶏肉にもよく合うのだ。ごまを振れば香ばしく香りよく、お店のやつみたいになるな。
からしはつけすぎない方がいい。程よくつけると、ピリッとしていいアクセントになる。
そしてまた、そのまま。揚げたてよりも少し冷めて、程よく温かい。噛み応えが増すようだな。これも好きだ。塩こしょうの味付けがより一層輝く感じがする。
次の日の朝、温め直したチキンカツも好きなんだよなあ。たっぷりあるから、きっと明日の朝はチキンカツだな。楽しみだ。
花火の時も、なんかうまいもん、食えるといいなあ。
「ごちそうさまでした」
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