一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第757話 アイス

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 後期課外が始まり、夏休みも終盤である。
「春都ー、部活行こうぜー」
「おー」
 四時間目が終わり、咲良が教室まで迎えに来た。今日は部員全員が参加しなければならない日である。
 放送部が本格的に参加する学校行事は二学期以降に増える。少なくとも、うちの学校はそうだ。だから、その確認とか、日程の説明とか、あるらしい。大会も控えているようなので、忙しくなりそうだ。
「とりあえず昼飯食って~……」
「おーい、お二人さーん」
 陽気な呼びかけに振り返ると、早瀬と朝比奈がいた。声の主はもちろん、早瀬だ。早瀬は咲良の隣に並ぶ。
「なー、休みの間、なんかした~?」
「特に何も。あ、春都と遊び行ったか。なー」
「まあ」
「いつも通りだな~」
 徐々に賑わってくる廊下と、日差しを増す太陽。でもどこか、夏の終わりが近づいてくるような気配。
 ああ、二学期始まるんだなあ、と頭で思うより先に肌がそう感じた。

「せっかくだし、お菓子とか買ってこようか」
 そう言ったのは、昼食中にひょっこりと顔を出した矢口先生だった。
「お菓子?」
「何もなしで話し合いするのも、味気ないじゃない?」
 どうやら、軍資金は用意してあるらしい。封筒を部長に手渡す。
「じゃ、準備よろしくね~」
 先生はそれだけ言うと、扉を閉めて早足で立ち去って行った。部員同士、しばし顔を見合わせた後、部長が口を開いた。
「……昼ご飯の後、じゃんけんしよっか!」
 昼食を終えた部員たちはおもむろに円になり、準備運動のような動きをした。これだけの人数でじゃんけんして、勝負がつくのだろうか?
「じゃあ……最初はグー!」
「じゃんけん」
 ポン。
「あ」
 チョキとグーだけ。勝負着いた。
「うっそだろ」
 そう言って大笑いするのは咲良だ。その視線は、俺に向いている。そうだ、俺の手もチョキの形になっているのだ。ちくしょう、俺、いつも最初にチョキ出す癖があるから。
「じゃ、よろしくね!」
 部長から、軍資金が入った封筒を渡される。
「俺ら二人だけかあ」
 咲良が封筒を透かすように見ながら言うと、早瀬が言った。
「じゃ、俺らもついてくるよ」
「……二人だと、大変だろうし」
 朝比奈も頷いて言う。
 かくして、買い出しは四人で行くことになったのだった
 歩いて近くのスーパーに行くだけで、汗だくになってしまうほどの暑さである。
「あっち~。ねー、アイス買おうぜ~?」
 と、咲良がポイポイとかごにお菓子を入れながら言う。
「おい、考えなしに入れるんじゃない」
「チョコレートすぐ溶けそうだな……」
「あ、かりんとう買っていいか? あと、饅頭と~」
 二人とも部員たちから聞いたリクエストを書いた紙を見ながら、自分たちの好きなように買っていく。二人に任せていたらあっという間に買い出しが終わりそうだ。
 朝比奈と一緒にスマホの電卓で計算をしながら予算とにらめっこする。
 ジュースはスポドリを買った。これはなんとなく、自然と選んでしまった。暑いせいだろうか、とりあえず、リクエストにあった炭酸系も買っておく。
「あ、見ろよ。これ」
 と、早瀬が何か見つけたようで、ポスターを指さした。よく見るような、キャンペーンのポスターだ。ジュースを何本買ったら何かがついてくる、この会社の物を買ったらプレゼントがある、とか。
「該当商品を二つ買ったら、アイスプレゼント、だって」
 一斉にかごの中に視線をやる。
「あるな、ちょうど四つ」
 朝比奈のつぶやきのあと、誰からともなくアイスコーナーに向かったのは、いうまでもないのである。

 店先の日陰、人が寄り付かない場所でしばし休憩である。
「じゃ、春都はこれね」
「ん」
 二つしかアイスをもらえないので、二人ずつで分けられるタイプのアイスを買った。棒が二本刺さった、真ん中で割るタイプのやつだ。咲良から、片割れをもらう。
「割るのうまいな」
「妹と分けるとき、うまく分けらんねえと無駄な争いが起きるからな」
「なるほど……」
 淡い水色の、ソーダ味のアイス。夏にぴったりのさわやかな気配だ。
「いただきまーす」
 ん~、ひんやり、冷たい。もうそれだけですがすがしい気分だ。
 そこに、甘いソーダ味がにじんでくると、もっといい。あまり食べない味だが、おいしいなあ、これ。ソーダ味のアイスって、なかなかうまい。
 少し溶けた表面はジャリッとしていて、中心の方はサクッとした感じだ。かき氷とはまた違う氷の感じ、いいなあ。涼しい。ラムネとかが入っているわけでもない、シンプルな水色だけのアイスだが、それがいい。
 この駄菓子っぽさがたまらないんだよなあ。じゅーっと吸って、味だけ吸い出すとかしてみちゃってさ。少し透明になった氷が面白い。
 暑さがすごくて、早々に溶けてしまう。もったいない、もったいない。一気に食べるとキーンってするけど、溶けてほしくもないし。忙しい。でも、楽しい忙しさは歓迎だ。
「さて、そろそろ帰るか~」
 と、早瀬がけだるげに言う。
 サンサンと日が降り注ぎ、セミの鳴き声が聞こえる。夏真っ盛りという風景なのに、なんとなく終わりの気配がするのは、何だろう。
 そんなことを思いながら、今日の空の青さに似た、半分溶けた甘いアイスを口に放り込み、飲み込んだ。
 ほんの少しぬるくはなっていたが、確かにそれは冷たかった。

「ごちそうさまでした」
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