一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第756話 お休みおやつ

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 本格的に日が照りだす前だと、心持涼しくなったような気がする朝である。
 電車の駅にひとけはない。あと一時間もすれば少しは人が増えるのだろうが、それでも平日よりは少ないのだろう。
 今月末に行われる花火大会のポスターが、すでに日に焼けてしまっている。
 それにしても、久しぶりに静かな休日だ。図書館に行くのもいつぶりだろう。小学生の頃は学校の図書館が毎日のように開いていて、開いている日はすべて行ったものだ。一日でどんだけの本を読んでいたのだろう、と我ながら思う。
 少しかたい、電車の座席。クーラーが効いていて、心地よい。車窓から見える景色は相変わらず夏らしく、真っ青な空がまぶしい。
 ざわざわと揺れる木々の緑、その向こうに、よその高校のグラウンドが見える。こうして見ると、うちの学校って、グラウンド広いんだなあ、といつも思う。ちらほらと人の姿が見え、停車して扉が開くと、掛け声や笛の音がぼんやりと聞こえた。
 あー……もうすぐ学校、始まるなあ……

 図書館はいつもと少し違う雰囲気だ。夏休みだからだろうか、小学生ぐらいの子どもの姿がちょいちょい視界に入ってくる。
「お、これは」
 入り口付近には、夏休みの特設コーナーがあった。
 ひまわりの装飾に囲まれた自由研究の本、科学実験に植物の観察、天気の調査、天体観測のやり方……お、こっちは料理系だな。確かに、料理は化学だともいう。色が変わるジュース、宝石のようなお菓子、なるほどなあ。時間がかかるようなものは、夏休みにもってこいだな。
 こっちは課題図書か。学年ごとに分けられていて、こうやって見ると、一年生から六年生までの本の雰囲気は、まったく違うように思える。
 本の厚さ、内容、文字の大きさや挿絵の雰囲気。
 読書感想文は早々に終わってしまったよなあ、そういえば。絵を描く方が、時間がかかったように思う。
 さて、今日は何を借りようかな。
 こうやって本棚を見ると、おじいちゃんの部屋で見かけた本が多々ある。ここにないものもあったけど。そういや、あの本は翻訳した人が違うやつがいろいろあるって聞いたような……
 おじいちゃんにいろんな本を読ませてもらって、なんだかいろいろな本に目を向けられるようになった気がする。
 本を読むと世界が広がると聞くが、確かに、納得だ。自分の視野も広がるし、本をいろいろ知ることで、本の世界も広がるというか。難しいな、この感覚。つまり、読書というのは楽しくて面白いということだな、うんうん。
 教科書とはまた違うんだよな~。教科書も面白いけど、本は、自由だ。
 何冊か借りたら、外に出る。本格的に日が照りだして、暑い。
「あ、そういえば」
 欲しい本があったんだった。買いに行こう。バスに乗って行けばいいか。

 新しい本でひしめく大きな本屋もいいものだ。図書館とは違って、誰が読んだ形跡もない本が並び、同じ本がたくさんあって、その空間は賑やかだ。
「えーっと……そうそう、これだ」
 最近揃え始めた、アニメの原作漫画。結構な巻数あるから、地道に揃えなければ。せっかく来たし、三冊買っちゃうか。
 確か、ポイントカードにいくらかあったはず。一冊分くらいないかな。
「ふっふっふ」
 いやはや、予想外。ポイントカードに一冊分のポイントがあっただけではなく、期間限定で、特典がついてきたとは。こういうことって、たまにある。本を買うときはたいてい、在庫の有無だけを気にしているから、特典まで気が回らないのだ。
 特別デザインのブックカバーとしおり。ふふ、得した気分だ。
 さて、そろそろ帰ろう。帰って、本を読もう。
 本屋のすぐ近くにはエスカレーターがある。下に行けば、催事場とか食品売り場がある。じわっと香り始めるのは、焼きたてのパンの香り。
「ん……」
 それと、甘いスイーツのような香り。今日はやけに気になるな。
 パン屋のすぐ横に、小さな店舗がある。そこではクロワッサンに似たお菓子が売っているのだ。一口サイズで計り売りの、手ごろなお菓子だ。
 ……よし、買って行こう。
 そんで、食べながら本を読むのだ。
 プレーンな砂糖味にチョコチップ、メープル、期間限定ココナッツ。大きめサイズもあるのか。いちごクリームなんかもあるんだな。
 やっぱりここは、プレーンだな。
 計り売りだからあまり量がつかめなかったが、店員さんが親切に、百グラムだとこれぐらい、と見せてくれたので、スムーズに買えた。父さんと母さんもきっと食べるだろうから、気持ち多めに。
 そうだ、熱い緑茶も入れよう。急いですべきことは何もない。最近は何かとせわしなかったし、ゆっくり過ごすとしよう。

 さて、ソファに座り、テレビの音もない居間。お菓子もお茶も、本も、準備万端だ。
 父さんと母さんも各々で好きに過ごしている。なんていい休日だ。
「いただきます」
 まずは、一つ。まだほんのり温かい。焼きたてだったもんなあ。
 パリッと香ばしい食感にほわんと香るバター。でも、控えめだからちょうどいい。砂糖はいわゆる、キャラメリゼ、とかいう感じで、サクサク、かり、じゃりっとしていてうまい。この状態の砂糖って、どうして特別にうまいのだろう。
 サラサラの砂糖と、べっこう飴の間のような風味とでもいうべきか。生地との相性も抜群だ。
 中は少しもちっとしていて、はらはら、ふわっと層がほどける感じもある。生地そのものもほのかに甘くておいしい。
 さあ、それじゃあ、本を読むとするか。
 緑茶をすする。さっぱりとした風味と苦みが、甘いものに合うのだ。
 へー、アニメと全然絵柄が違う。こんな感じなんだなあ、原作って。これも好きだな。ふふ、会話のテンポとか、小気味よくて面白い。あっという間に読んでしまいそうだ。
「……ふふ」
 間に、お菓子をつまむ。
 少し冷めてきたら、パリパリ感が増した。クロワッサンそのもののパリッと感もあるが、やはり砂糖の食感もいい。
 少し奥の方にあったのは、しんなりしているな。これはこれで、白玉とか餅に似た、愛おしいやわらかさがあっていい。どうしてもちもち、ぷわぷわしたものってあんなに愛おしいのだろうか。
 でもやっぱり、このお菓子はパリパリしたところがうまいよな。この食感と味が、次々手を伸ばさせる。
 ああ、本も止まらない、お菓子も止まらない。
 なんて幸せなのだろう。
 せっかくだから、ゆっくり楽しみたい。まだまだたくさんあることだし、今はこれくらいにして、後でまた食べよう。
 そういや、焼きなおしてもうまいって、いってたなあ……後でやってみよう。

「ごちそうさまでした」
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