一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
805 / 854
日常

第751話 皿うどん

しおりを挟む
 長いこと車に揺られてどれくらいたっただろう。
 周辺は田んぼや畑、見渡す限り山、聞こえてくるのは小鳥のさえずりと川のせせらぎ、実に穏やかでのんびりとした場所に、父さんの実家はある。
 古くて大きな、貫禄のあるお屋敷という風貌の家。中に入るときは、いつも緊張する。
「ただいまー、来たよー」
 父さんが玄関先でそう声をかけると、間もなくして足音もなくおばあちゃんがやって来た。
 大人しく静かで、上品という言葉が自然と思い浮かぶような、そんな感じの人である。サヤ子さん、という。
「おかえりなさい、久しぶりね」
「なかなか帰ってこられなくて」
「都さんもお久しぶりねぇ」
「はい、お義母さん」
 なんとなく形式ばった挨拶が済んだら、部屋に向かう。小さい頃は広すぎて、何度も迷子になったっけ。古い家だからちょっと怖いところもあって、そのくせ、気になるから走り回ってたんだよなあ。
「春都、大きくなったねぇ。元気にしてた?」
「うん、おばあちゃんは?」
「暑くて参っちゃうけど、元気にやってるわ」
 すると、荷物を片付けていた父さんが言った。
「元気がないって話だったけど、思ったより元気そうだね」
「あら、春都が来たからよ」
 そう言っておばあちゃんは頭をわしゃわしゃと撫でてきた。白くて細い手は、少しひんやりとしていた。
「まあ、ゆっくりしていきなさいね」
「うん」
「兄貴たちも帰ってくるんだろ?」
「そうね。まあでも、あの子たちはしょっちゅう帰ってくるから、帰省って感じがしないのよねえ」
 それから一段落したら……何もすることがなくなってしまった。
「別世界だなあ」
 縁側に座り、風景を眺めているだけで不思議な感じがする。車の音も、熱も、排気ガスの匂いもしない。青々とした草の匂いと自然の音だけだ。心なしか、うちの近くよりも涼しい感じがする。風通しがいいのだろうか。
 靴を履いて、外に出る。広い庭は手入れが行き届いていて、すがすがしい。
「ん?」
 何やら、車のエンジン音が聞こえる。誰か来たのだろうか。あ、父さんのお兄さんか。最近は滅多に合わないから、ちょっと緊張する。
 縁側に戻り、家の奥の方に歩みを進める。
 日が当たらないところは、ひんやりとした空気が広がっていて、床に寝ころんだら気持ちよさそうだ。木々のざわめきがより聞こえるようになり、薄暗くなっていく。少し落ち着くようで、ちょっと怖い。
「なんか逃げてるみたいだ……」
 別に、追われているわけでもないけど、なんとなく、つい。会いたくないわけでもないのだが、何となく落ち着かなかった。
 さて、無駄な抵抗はそろそろやめて、表に向かおう。
 玄関にはやっぱり、父さんのお兄さん、忠秋さんがいた。父さんと話をしていたのだが、俺の姿を見つけると、にっこり笑った。やっぱり兄弟だなあ、雰囲気が似ている。
「やあ、春都君。久しぶりだね」
「お久しぶりです」
 外にもまだ人がいるようだった。
「蓮、そっち一人で持てるか」
「重い」
「重いものは、若者が持つのが決まりだぞ」
「三つしか違わないのに……」
 大荷物を抱えてやってきたのは、いとこの、優兄さんと蓮兄さんだった。
「お、春都。もう来てたんだな。久しぶりだなあ」
「やあ、春都。大きくなったねぇ」
 優兄さんも蓮兄さんも、昔から俺のことをよく構ってくる。年が離れているせいもあるのだろうか。構われ慣れていないから反応に困るが、二人とも、その辺はあんまり気にしないらしい。
「久しぶり、です」
 ぺこりと頭を下げると、二人は笑った。
「またゲームやろう。いろいろ仕入れてるんだ」
「兄ちゃん、相変わらずゲームには惜しみないんだから」
「そういうお前も、漫画やらアニメやらにずいぶん入れ込んでいるじゃないか」
 言葉を交わすうちに、さっきまでの憂鬱な気分は少し薄れ、短い滞在期間を楽しもうという気分になりつつあった。
 どんなゲーム仕入れてんのかな、漫画も気になるな。
 少しこそばゆい気持ちには、気づかないふりをした。

 とっぷりと日が暮れるとあたりはすっかり静かになり、鈴虫に似た虫の鳴き声が聞こえ始める。そんな中で、夕食の時間を迎えるというのは、なんとも田舎らしいというか。
 大きなテーブルには、大皿料理がたくさんだ。中でも目を引くのは、皿うどんである。うちで食う時は一人ずつ盛り付けるのだが、こっちじゃ大皿のものをみんなで分けるのだ。
「たくさん食べてね」
 そう言いながら、おばあちゃんは瓶のオレンジジュースの蓋を開けて俺の前に置いた。
「ありがとう、いただきます」
 やっぱり、皿うどんから食うかな。
 パリッパリの細い麺に、とろりとした餡がかかっている。野菜がたっぷりでおいしそうだ。
 麺が香ばしくて、これだけでも食べ進められそうだ。そこに熱々の、うま味がジュワッと広がる餡がよく合う。しゃくしゃくとした白菜はみずみずしくて、にんじんの主張は薄いもののほっくりとした食感がよく、コーンのはじける甘さがいい。
 あ、きくらげも入っているのか。この食感、好きなんだよなあ。嬉しい。
 ふふ、うずらの卵もある。なんかうれしいんだよなあ、この小さな丸が。どこか愛おしくて、少しだけ口の中で転がして、噛む。鶏の卵とは違う白身の食感と黄身の濃さ。好きだなあ。
 そして、瓶のオレンジジュースは、心なしか薄味なのである。
 他のおかずも食べたいな。春巻き、春巻きを食べよう。パリッパリ揚げたての春巻きは、中身が熱々だからやけどしそうである。皿うどんの餡よりも濃く、皮はバリバリして、餡が触れたところはもちっとしている。
 あとはあっちの方にある、じゃがいもを丸ごと揚げたのが食べたいのだが……
「春都、お皿貸して」
「あ、ありがとう、母さん」
 心を読んだのか、母さんは俺の皿にひょいひょいっとじゃがいもをのせてくれた。
「遠慮しなくていいから、言いなさいね」
「うん」
 こっちも揚げたてだなあ。サクッと、ほくっと。じゃがいもがとても甘くて、とろっとしてて……フライドポテトとほぼ一緒なんだろうけど、なんか違うんだよなあ、おかずになるし、これだけで十分腹いっぱいになる。
 ……ふう、結構食ったなあ。腹パンパンだ。
 いつもと違う味で腹を満たす。なんだか不思議な気分だ。久しぶりに味わう感覚だな。
 さて、明日はどんなおいしいものが食べられるかな。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

処理中です...