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日常
第751話 皿うどん
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長いこと車に揺られてどれくらいたっただろう。
周辺は田んぼや畑、見渡す限り山、聞こえてくるのは小鳥のさえずりと川のせせらぎ、実に穏やかでのんびりとした場所に、父さんの実家はある。
古くて大きな、貫禄のあるお屋敷という風貌の家。中に入るときは、いつも緊張する。
「ただいまー、来たよー」
父さんが玄関先でそう声をかけると、間もなくして足音もなくおばあちゃんがやって来た。
大人しく静かで、上品という言葉が自然と思い浮かぶような、そんな感じの人である。サヤ子さん、という。
「おかえりなさい、久しぶりね」
「なかなか帰ってこられなくて」
「都さんもお久しぶりねぇ」
「はい、お義母さん」
なんとなく形式ばった挨拶が済んだら、部屋に向かう。小さい頃は広すぎて、何度も迷子になったっけ。古い家だからちょっと怖いところもあって、そのくせ、気になるから走り回ってたんだよなあ。
「春都、大きくなったねぇ。元気にしてた?」
「うん、おばあちゃんは?」
「暑くて参っちゃうけど、元気にやってるわ」
すると、荷物を片付けていた父さんが言った。
「元気がないって話だったけど、思ったより元気そうだね」
「あら、春都が来たからよ」
そう言っておばあちゃんは頭をわしゃわしゃと撫でてきた。白くて細い手は、少しひんやりとしていた。
「まあ、ゆっくりしていきなさいね」
「うん」
「兄貴たちも帰ってくるんだろ?」
「そうね。まあでも、あの子たちはしょっちゅう帰ってくるから、帰省って感じがしないのよねえ」
それから一段落したら……何もすることがなくなってしまった。
「別世界だなあ」
縁側に座り、風景を眺めているだけで不思議な感じがする。車の音も、熱も、排気ガスの匂いもしない。青々とした草の匂いと自然の音だけだ。心なしか、うちの近くよりも涼しい感じがする。風通しがいいのだろうか。
靴を履いて、外に出る。広い庭は手入れが行き届いていて、すがすがしい。
「ん?」
何やら、車のエンジン音が聞こえる。誰か来たのだろうか。あ、父さんのお兄さんか。最近は滅多に合わないから、ちょっと緊張する。
縁側に戻り、家の奥の方に歩みを進める。
日が当たらないところは、ひんやりとした空気が広がっていて、床に寝ころんだら気持ちよさそうだ。木々のざわめきがより聞こえるようになり、薄暗くなっていく。少し落ち着くようで、ちょっと怖い。
「なんか逃げてるみたいだ……」
別に、追われているわけでもないけど、なんとなく、つい。会いたくないわけでもないのだが、何となく落ち着かなかった。
さて、無駄な抵抗はそろそろやめて、表に向かおう。
玄関にはやっぱり、父さんのお兄さん、忠秋さんがいた。父さんと話をしていたのだが、俺の姿を見つけると、にっこり笑った。やっぱり兄弟だなあ、雰囲気が似ている。
「やあ、春都君。久しぶりだね」
「お久しぶりです」
外にもまだ人がいるようだった。
「蓮、そっち一人で持てるか」
「重い」
「重いものは、若者が持つのが決まりだぞ」
「三つしか違わないのに……」
大荷物を抱えてやってきたのは、いとこの、優兄さんと蓮兄さんだった。
「お、春都。もう来てたんだな。久しぶりだなあ」
「やあ、春都。大きくなったねぇ」
優兄さんも蓮兄さんも、昔から俺のことをよく構ってくる。年が離れているせいもあるのだろうか。構われ慣れていないから反応に困るが、二人とも、その辺はあんまり気にしないらしい。
「久しぶり、です」
ぺこりと頭を下げると、二人は笑った。
「またゲームやろう。いろいろ仕入れてるんだ」
「兄ちゃん、相変わらずゲームには惜しみないんだから」
「そういうお前も、漫画やらアニメやらにずいぶん入れ込んでいるじゃないか」
言葉を交わすうちに、さっきまでの憂鬱な気分は少し薄れ、短い滞在期間を楽しもうという気分になりつつあった。
どんなゲーム仕入れてんのかな、漫画も気になるな。
少しこそばゆい気持ちには、気づかないふりをした。
とっぷりと日が暮れるとあたりはすっかり静かになり、鈴虫に似た虫の鳴き声が聞こえ始める。そんな中で、夕食の時間を迎えるというのは、なんとも田舎らしいというか。
大きなテーブルには、大皿料理がたくさんだ。中でも目を引くのは、皿うどんである。うちで食う時は一人ずつ盛り付けるのだが、こっちじゃ大皿のものをみんなで分けるのだ。
「たくさん食べてね」
そう言いながら、おばあちゃんは瓶のオレンジジュースの蓋を開けて俺の前に置いた。
「ありがとう、いただきます」
やっぱり、皿うどんから食うかな。
パリッパリの細い麺に、とろりとした餡がかかっている。野菜がたっぷりでおいしそうだ。
麺が香ばしくて、これだけでも食べ進められそうだ。そこに熱々の、うま味がジュワッと広がる餡がよく合う。しゃくしゃくとした白菜はみずみずしくて、にんじんの主張は薄いもののほっくりとした食感がよく、コーンのはじける甘さがいい。
あ、きくらげも入っているのか。この食感、好きなんだよなあ。嬉しい。
ふふ、うずらの卵もある。なんかうれしいんだよなあ、この小さな丸が。どこか愛おしくて、少しだけ口の中で転がして、噛む。鶏の卵とは違う白身の食感と黄身の濃さ。好きだなあ。
そして、瓶のオレンジジュースは、心なしか薄味なのである。
他のおかずも食べたいな。春巻き、春巻きを食べよう。パリッパリ揚げたての春巻きは、中身が熱々だからやけどしそうである。皿うどんの餡よりも濃く、皮はバリバリして、餡が触れたところはもちっとしている。
あとはあっちの方にある、じゃがいもを丸ごと揚げたのが食べたいのだが……
「春都、お皿貸して」
「あ、ありがとう、母さん」
心を読んだのか、母さんは俺の皿にひょいひょいっとじゃがいもをのせてくれた。
「遠慮しなくていいから、言いなさいね」
「うん」
こっちも揚げたてだなあ。サクッと、ほくっと。じゃがいもがとても甘くて、とろっとしてて……フライドポテトとほぼ一緒なんだろうけど、なんか違うんだよなあ、おかずになるし、これだけで十分腹いっぱいになる。
……ふう、結構食ったなあ。腹パンパンだ。
いつもと違う味で腹を満たす。なんだか不思議な気分だ。久しぶりに味わう感覚だな。
さて、明日はどんなおいしいものが食べられるかな。
「ごちそうさまでした」
周辺は田んぼや畑、見渡す限り山、聞こえてくるのは小鳥のさえずりと川のせせらぎ、実に穏やかでのんびりとした場所に、父さんの実家はある。
古くて大きな、貫禄のあるお屋敷という風貌の家。中に入るときは、いつも緊張する。
「ただいまー、来たよー」
父さんが玄関先でそう声をかけると、間もなくして足音もなくおばあちゃんがやって来た。
大人しく静かで、上品という言葉が自然と思い浮かぶような、そんな感じの人である。サヤ子さん、という。
「おかえりなさい、久しぶりね」
「なかなか帰ってこられなくて」
「都さんもお久しぶりねぇ」
「はい、お義母さん」
なんとなく形式ばった挨拶が済んだら、部屋に向かう。小さい頃は広すぎて、何度も迷子になったっけ。古い家だからちょっと怖いところもあって、そのくせ、気になるから走り回ってたんだよなあ。
「春都、大きくなったねぇ。元気にしてた?」
「うん、おばあちゃんは?」
「暑くて参っちゃうけど、元気にやってるわ」
すると、荷物を片付けていた父さんが言った。
「元気がないって話だったけど、思ったより元気そうだね」
「あら、春都が来たからよ」
そう言っておばあちゃんは頭をわしゃわしゃと撫でてきた。白くて細い手は、少しひんやりとしていた。
「まあ、ゆっくりしていきなさいね」
「うん」
「兄貴たちも帰ってくるんだろ?」
「そうね。まあでも、あの子たちはしょっちゅう帰ってくるから、帰省って感じがしないのよねえ」
それから一段落したら……何もすることがなくなってしまった。
「別世界だなあ」
縁側に座り、風景を眺めているだけで不思議な感じがする。車の音も、熱も、排気ガスの匂いもしない。青々とした草の匂いと自然の音だけだ。心なしか、うちの近くよりも涼しい感じがする。風通しがいいのだろうか。
靴を履いて、外に出る。広い庭は手入れが行き届いていて、すがすがしい。
「ん?」
何やら、車のエンジン音が聞こえる。誰か来たのだろうか。あ、父さんのお兄さんか。最近は滅多に合わないから、ちょっと緊張する。
縁側に戻り、家の奥の方に歩みを進める。
日が当たらないところは、ひんやりとした空気が広がっていて、床に寝ころんだら気持ちよさそうだ。木々のざわめきがより聞こえるようになり、薄暗くなっていく。少し落ち着くようで、ちょっと怖い。
「なんか逃げてるみたいだ……」
別に、追われているわけでもないけど、なんとなく、つい。会いたくないわけでもないのだが、何となく落ち着かなかった。
さて、無駄な抵抗はそろそろやめて、表に向かおう。
玄関にはやっぱり、父さんのお兄さん、忠秋さんがいた。父さんと話をしていたのだが、俺の姿を見つけると、にっこり笑った。やっぱり兄弟だなあ、雰囲気が似ている。
「やあ、春都君。久しぶりだね」
「お久しぶりです」
外にもまだ人がいるようだった。
「蓮、そっち一人で持てるか」
「重い」
「重いものは、若者が持つのが決まりだぞ」
「三つしか違わないのに……」
大荷物を抱えてやってきたのは、いとこの、優兄さんと蓮兄さんだった。
「お、春都。もう来てたんだな。久しぶりだなあ」
「やあ、春都。大きくなったねぇ」
優兄さんも蓮兄さんも、昔から俺のことをよく構ってくる。年が離れているせいもあるのだろうか。構われ慣れていないから反応に困るが、二人とも、その辺はあんまり気にしないらしい。
「久しぶり、です」
ぺこりと頭を下げると、二人は笑った。
「またゲームやろう。いろいろ仕入れてるんだ」
「兄ちゃん、相変わらずゲームには惜しみないんだから」
「そういうお前も、漫画やらアニメやらにずいぶん入れ込んでいるじゃないか」
言葉を交わすうちに、さっきまでの憂鬱な気分は少し薄れ、短い滞在期間を楽しもうという気分になりつつあった。
どんなゲーム仕入れてんのかな、漫画も気になるな。
少しこそばゆい気持ちには、気づかないふりをした。
とっぷりと日が暮れるとあたりはすっかり静かになり、鈴虫に似た虫の鳴き声が聞こえ始める。そんな中で、夕食の時間を迎えるというのは、なんとも田舎らしいというか。
大きなテーブルには、大皿料理がたくさんだ。中でも目を引くのは、皿うどんである。うちで食う時は一人ずつ盛り付けるのだが、こっちじゃ大皿のものをみんなで分けるのだ。
「たくさん食べてね」
そう言いながら、おばあちゃんは瓶のオレンジジュースの蓋を開けて俺の前に置いた。
「ありがとう、いただきます」
やっぱり、皿うどんから食うかな。
パリッパリの細い麺に、とろりとした餡がかかっている。野菜がたっぷりでおいしそうだ。
麺が香ばしくて、これだけでも食べ進められそうだ。そこに熱々の、うま味がジュワッと広がる餡がよく合う。しゃくしゃくとした白菜はみずみずしくて、にんじんの主張は薄いもののほっくりとした食感がよく、コーンのはじける甘さがいい。
あ、きくらげも入っているのか。この食感、好きなんだよなあ。嬉しい。
ふふ、うずらの卵もある。なんかうれしいんだよなあ、この小さな丸が。どこか愛おしくて、少しだけ口の中で転がして、噛む。鶏の卵とは違う白身の食感と黄身の濃さ。好きだなあ。
そして、瓶のオレンジジュースは、心なしか薄味なのである。
他のおかずも食べたいな。春巻き、春巻きを食べよう。パリッパリ揚げたての春巻きは、中身が熱々だからやけどしそうである。皿うどんの餡よりも濃く、皮はバリバリして、餡が触れたところはもちっとしている。
あとはあっちの方にある、じゃがいもを丸ごと揚げたのが食べたいのだが……
「春都、お皿貸して」
「あ、ありがとう、母さん」
心を読んだのか、母さんは俺の皿にひょいひょいっとじゃがいもをのせてくれた。
「遠慮しなくていいから、言いなさいね」
「うん」
こっちも揚げたてだなあ。サクッと、ほくっと。じゃがいもがとても甘くて、とろっとしてて……フライドポテトとほぼ一緒なんだろうけど、なんか違うんだよなあ、おかずになるし、これだけで十分腹いっぱいになる。
……ふう、結構食ったなあ。腹パンパンだ。
いつもと違う味で腹を満たす。なんだか不思議な気分だ。久しぶりに味わう感覚だな。
さて、明日はどんなおいしいものが食べられるかな。
「ごちそうさまでした」
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