一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第748話 花火のおやつ

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 夏の夕暮れ時は、すべてのせわしない活動が終わる気配と、何か楽しいことが起こりそうなワクワク感があるように思える。
 薄暗くなり始めた空を店から眺める。車の通りが多く、ヘッドライトがまぶしい。
 何となく落ち着かない気分で扉を開けると、人の声が聞こえた。この辺りはこの時間になると、居酒屋に向かう人たちの声がよく聞こえるのだ。それに合わせて焼き鳥の匂いと炭火の匂いが漂ってくる。
 昼間より暑さがマシになったかなあ。
「おーい、春都!」
「お、来たな」
 バス停のある方から、三つの人影がやって来た。咲良、朝比奈、百瀬だ。
「やっぱそうだった」
「すごいなあ、井上は」
 と、何やら咲良と百瀬が話をしている。なんだ? と首をかしげていたら、朝比奈が言った。
「なんか……店の前の人影は一条か否か、って話をしてたから……」
「なるほどな」
 じいちゃんとばあちゃんもいるのだが、ちょっとだけ挨拶を済ませたら、「あとは自由に楽しんで。何かあったら言ってね」と言って、居間に向かった。
「なーなー、花火ってどれー?」
 さっそく咲良が、裏の部屋に用意していた花火の袋を漁る。遠慮がないなあ、まったく。
「それだ、それ」
「お菓子開けるね~」
「おう、ありがとな」
「飲み物も一応買ってきたぞ……」
「気を使わせて悪いな」
「ねーもうやっていい?」
 と、咲良は花火を両手に持っている。
「待て待て、水と火の準備をしないと」
 バケツに水を張り、ろうそくに火を灯す。よし、準備万端だ。
 百瀬が手持ち花火を一つ持ち、先っぽのひらひらを触りながら言う。
「これって、ちぎんなきゃいけなかったっけ?」
「あー、何かそういう話聞くなあ」
 そう言うと、咲良は「ふーん」と言って花火を振った。
「導火線じゃないんだ?」
「……まあ、ちぎらないことの方が多いけどな」
 朝比奈はそう言いながらも、上手にむしり取った。
 じゃ、さっそく、点火。
 じりじりと先の方が赤くなっていき、ぱちぱちと火花がはぜて火薬のにおいがしたと思えば、しゅわっと鮮やかな光が飛び出した。白にも黄色にも見える、まぶしい火花だ。
「おお、きれーだな」
「見ろ、春都。こっちは赤だぞ!」
 咲良が持っている花火はまた弾け方が違う。バチバチと激しく点滅するようだ。
「おー、すげえ」
「あっ、これ色変わるじゃん」
 と、百瀬は両手の花火をくるくると回す。黄色、赤、オレンジから紫、緑、そして白。
「めっちゃ変わるな」
「すごいねー!」
「うわ、うわうわ。なんだ、これ」
そう戸惑いの声を上げる朝比奈の方を見れば、手持ち花火の先が回転していた。咲良が大笑いする。
「何したんだよ朝比奈~」
「いや、何か火つけて少ししたら、すごい回りだした」
「そんなんあるんだな」
「何でそれ選んだのさ」
 百瀬が効くと、朝比奈は少し慣れてきたのか、うまい具合に花火を操りながら言った。
「なんか形違ったから……珍しいのかなって……」
「あっはっは!」
 他にも、とてもまぶしいのとか変なやつとか、いろいろやった。思ったよりも種類がそろっていて、父さんと母さんは、いったいどんだけテンション上がって買ってきたんだろうと思った。
 一通り終わったら、いったん休憩する。部屋と外の境目に並んで座った。
「お菓子食べてなかったねー」
 と、百瀬が言う。
「あ、そういやそうだ」
「食べようぜ」
「飲み物……、汗かいた……」
 紙コップにサイダーを注ぎ、ポテチとかその他スナック菓子を広げる。
「じゃあ、ありがたくいただきます」
 まずはサイダーを飲む。はー、思ったよりのど乾いてたんだなあ。シュワシュワの甘いサイダーが口に心地よい。ほのかに香るのは、レモンか、ライムか。さっぱりしていていいなあ。
 ポテチはコンソメとうすしおがある。コンソメは久しぶりだ。
 そうそう、このしょっぱさとほのかな甘み。それとうま味。これぞコンソメ味って感じだな。コンソメスープとはまた味わいが違うのは何だろうなあ。まあ、それぞれに合った味付けをするから、それもそうか。
 その後にうすしおを食べると、じゃがいもの味がよく分かる気がする。慣れた味、これもまたうまい。
 ポテチにソーダ。合うよなあ。
「よし、じゃあ、次これ」
 サイダーを飲み干した咲良が、コップを置いて立ち上がる。空になったコップに、百瀬が自然な流れでサイダーを注ぎ入れた。
「火ぃつけとこうぜ」
 咲良が手に取ったのは、背の低い筒状の花火だった。あれだ、吹き出すやつ。
「この辺大丈夫かな~?」
「ああ、そこなら開けてるし、いいと思う」
 周りに物や植物の無い、少し開けた場所に花火を置くと、咲良は嬉々として着火した。
 導火線を日が伝っていくのには、少し時間がかかる。その間に、冷蔵庫からあれを持ってこよう。
「春都、楽しい?」
 居間でテレビを見ていたばあちゃんが聞いてくる。
「うん、楽しい」
「そう、よかった」
 じいちゃんも静かに頷いていた。
 準備していたのは、きゅうりの一本漬けだ。割りばし刺してるから、そのまま食える。
「はい、食う人~」
 思いのほか、みんな喜んで手に取った。
「こーいうのって、夏っぽくていいよなー!」
 咲良がニコニコしてきゅうりを振りかざす。
 きゅうり四本に、砂糖小さじ二杯と塩小さじ一だけで味付けしたのだが、結構これがうまい。
 ポリっといい食感できゅうりのみずみずしさはそのままに、いい感じに漬かって食感がいい。染み出すうま味はきゅうり本来のもの。浅漬けの素もいいんだけど、これもまたいいものである。
 そうこうしているうちに、花火が噴き出してきた。徐々に徐々に光は上へいき、てっぺんまでいった。おお、これはすごい勢いだ。
「すっげぇまぶしい」
「思ったより勢いすごいな……」
「すごいねぇ」
 コップを置いた時、花火の袋に手が当たった。まだまだたくさんあるなあ。
 それこそ、今晩だけでは終わらないくらいに。
「もう一回分くらいあるなあ……」
 当然、咲良がそのつぶやきに気付かない訳もなく。
「じゃ、今度は夏休み終わりごろにやるか!」
 やがて勢いが落ち着いてきた花火の音にまぎれ、咲良は楽しげに言った。
 おそらく確定してしまった、夏休み終わりの予定に思いを巡らせながら、きゅうりの最後の一口を飲み込んだ。 

「ごちそうさまでした」
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