一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第747話 弁当

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 八月のカレンダー、一週目の土曜日に丸を付ける。
「えーっと……花火っと」
 カレンダーに文字を書くと、高確率で震えてしまう。カレンダーの位置の問題だろうか。高いところに文字を書くのはちょっと大変だ。
「夏らしい予定が入ったね」
 と、父さんが言う。
「初めてじゃないか? 春都がそういう予定を書き込むのは」
「そんなこと……ない、と、思うんだけど……」
 そう反論してみるものの、実際、そんな気もするからなんとも。海も行かないし、キャンプとかしないし、友達と遊びに行くなんてことも滅多にない上に部活の合宿があるわけでもない。
「カレンダーに書く予定だけが、夏らしいわけじゃないもんね」
 そう言うのは母さんだ。
「家でゆっくりするのも、夏らしいよ」
「それもそうか」
 父さんは新聞を広げ、言う。
「夏場はあちこち出かける印象があるからな」
 取り込んだ洗濯物をたたみながら、母さんは言う。
「うちは夏場お店が忙しかったからね。配達について行ったり家にいたり……遊びに行くことがあったとしても、そこら中を自転車で乗り回すくらいだったから」
「なるほど。色々だな」
「そうねえ」
 テレビではこの夏おすすめのレジャースポットが次々と紹介されていた。アトラクション系のプールに遊園地、サマーフェス、音楽フェス……夏のイベントは、賑やかなものが多い。
「楽しみね、花火」
 と、母さんが言う。
「うん」
「明日からは部活だけだったかな」
「そう、まあ、よそよりは活動日数も時間も短いけど」
 体育祭まで時間があるようで、仕事量を見てみるとそうでもない。見合ってないんだよなあ、いろいろと。
 ま、俺らが文句を言ったところでどうしようもないのだが。頑張るしかないのである。

 前期課外が終わり、部活動だけになった学校はどことなく時間がゆっくり流れているような気がする。
「おはよー、春都」
「おお、咲良。おはよう」
 校門前で会った咲良は、大きな口を開けてあくびをした。
「は~、今日も朝から絶好調に暑いなあ」
「そうだな」
「もー、眠いし、課外ないのに部活はあるとか何なん? 夏休みは休みたいよー」
「同感だ」
 校庭ではすでに運動部が活動を始めていた。放送部はそれより少し遅れての開始だ。お、吹奏楽部もやってるな。楽器の音色が聞こえてくる。
 降り注ぐ太陽の光、暑い空気、あちこちから聞こえてくる規則的な掛け声が重なって不規則に聞こえ、がらんとした駐輪場と教室を横目に昇降口へ向かえば、楽器の音がより一層大きくなって聞こえる。
 ああ、夏だなあ。と、暑さでぼんやりした頭で思う。
「あ、そうだ。春都、褒めて褒めて」
「おー、偉い偉い」
「せめて内容聞いて褒めてほしい」
 咲良は得意げに胸を張った。
「俺、今年は補習がない!」
 徐々に勢力を増していくセミの鳴き声、その中に、ミンミンゼミの声はない。アブラゼミかクマゼミか、何だろうなあ。
「え、ああ。すごいな、補習ないのか」
「そう! 今まではもう、常連って感じだったんだけど~。今回は提出物もちゃんとしたし、成績も赤点ないし、なかった!」
「そうかあ」
 課外が終わっても、補習やってたんだなあ。
 そういえば、課外の後職員室に呼ばれてる人いたけど、あれって補習のお呼び出しだったのかな、などと考えていたら、咲良が言った。
「花火あるし、気兼ねなく遊びたいじゃん」
「そうか……そうだな」
「な?」
 人のいない踊り場に、咲良の楽しげな声が響いた。

 今日は昼からも部活があるので、昼食持参だ。
 涼しい部屋で食えるのはありがたい。
「いただきます」
 きっちり詰まったご飯に卵のふりかけ、豚肉の天ぷら、ピーマンとウインナーを炒めたものにプチトマト。卵焼きと、肉団子を挙げてオーロラソースをかけたのも入っている。うん、見慣れた弁当、安心する。
 まずは、天ぷらだな。
 サクッと香ばしい衣に、噛み応えのある肉。ジュワッと染み出すのは豚肉の甘い脂と醤油の風味だ。うま味があって、ご飯が進む。しっかり冷えたご飯はもちっとしていて、甘いふりかけがよく合うのだ。
 肉団子は結構大きめで、食べ応えがある。甘辛い味付けのやつも、スープに入れたやつも好きだが、素揚げにしてオーロラソースで食うのも好きだ。シンプルで食べやすいし、揚げた肉団子は香ばしくてうまい。まろやかで爽やかなオーロラソースは何にでもあう。
 ピーマンとウインナーの炒め物、ピーマン多めだ。
 ポリポリとみずみずしい食感のピーマンは、いくらでも食べられる。ウインナーのほどよい塩気と油っ気が合うんだ。このおかずは年中出ている気もするが、夏らしいよなあ、といつも思う。
「ピーマンほとんど食ったぞ」
 そう言えば、咲良は笑った。
「マジ? 超食うね。まだ持ってこようか?」
「え、それはいいのか」
「いいよいいよ、うちじゃあんま食べないからさ~」
「こんなにうまいのに」
 生のピーマンにマヨネーズつけるだけでも、十分おやつになるんだがなあ……と思いながらプチトマトを食べたら変な感じがした。ピーマンのことを考えながら、プチトマト。ちょっとバグる。
 甘みが強い、プチッとはじける爽やかさ。いいね。
 卵焼きは安定の甘さだ。ジュワッと染み出す甘さと、卵の風味がいい。最近、あんま食ってなかったからうれしいな。
 さて、午後からもきっとこき使われるだろうから、休み時間暗い、しっかり休んどかないとな。
 それに、帰る頃は多分一番暑い時間帯だろうし。
 登下校だけでくたびれ果ててしまいそうだ。やれやれ、夏休みも楽じゃないな。

「ごちそうさまでした」
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