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日常
第744話 きのこスパゲティ
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しばらくプールサイドでのんびりした後、再び、プールに戻る。
「おお~、冷た~」
まるで風呂に入るように、咲良はじっくりと肩まで沈んだ。
「なんか、自分が焼けた石になったみたいだな」
「あ~分かる! じゅわーってな!」
ウォータースライダーは人が込み合っていたので、空くまで流れるプールを泳ぐことにした。泳ぐといっても、人が多いから、ほぼ歩くような感じではあるが。
「春都さー、ウォータースライダーやったことある?」
まるで犬がのんびりと泳いでいるような体勢で、咲良が言う。
「いや……やったことないと思う」
「マジで? 楽しいのに」
「そもそも、そういうのがあるプールにあんま行かないから」
「あー、なるほど」
一回、頭まで潜ってみる。炎天下に照らされた頭がひんやりして気持ちがいい。ゴーグル越しに見える水の中は、何とも不思議だ。人がいっぱいで、方向が分からなくなる。
「ぷはっ」
「お、そろそろ空いたみたいだな」
「んー?」
あ、ほんとだ。ちょっと人がはけたな。
「行こうぜ」
「おー」
浮き輪はいったん返却して、ウォータースライダーに向かった。当然、滑り台なのだから、階段を上っていく。なんか緊張というか、ドキドキしてきたな。
「はーい、次の方~」
滑り台の入り口……というのが正しいのか分からないが、スタート地点には係員の人がいた。
「……ん?」
「どしたー? 春都」
「いや……」
「いってらっしゃーい。はい、お次は……お? 一条君じゃないか」
やっぱり、山下さんだ。
「何でいるんですか」
「バイトだよ、夏休みだけね」
山下さんに促されるがまま、スタート地点に座る。ちょっと待て、心の準備ができていないのだが。
山下さんは子どもっぽい笑みを浮かべると言った。
「ゴール地点に何が待っているかは、着いてからのお楽しみ」
「えっ、何」
「じゃ、行ってらっしゃーい!」
「おわっ」
あっという間に滑り台の中だ。おおお、スピードが上がる上がる。筒状になっているから、なんか安心感があるようで、怖いような、奇妙な感じだ。おわぁ、空が見えた。
「ぶっ」
勢いよく着水する。なかなか怖いな、これ。
「はーい、お疲れさまでしたー」
「ん?」
顔をぬぐい、声のした方を見る。次に来る咲良とぶつからないように横によけ、その人に声をかける。
「……こんにちは、田中さん」
「はい、こんにちは」
なんだか、夏が似合う、見知った顔が勢ぞろいだなあ。そう思っていたら、後ろで水しぶきが上がって、思いっきり頭からかぶってしまったのだった。
帰り道はなんだか、賑やかなことになってしまった。ちょうど上がりだという田中さんと山下さんも一緒だ。
夕方近く、太陽の光の色合いが変わってくる頃。電車に揺られて帰路につく。
「いやー、今日は暑かったねえ。でも、気持ちよかったでしょ」
日に焼けた肌が健康的な山下さんが、白い歯を見せて笑う。
「はい、楽しかったです」
「眠い~」
咲良が伸びをして言うと、田中さんが笑った。
「泳ぐと結構疲れるからなあ」
「水泳の授業の後とか、国語だったら百発百中、寝るっすね」
「はは、そうそう。寝てるやつ多かったなあ」
「百発百中って……」
「俺も寝てたなあ」
笑い声が響いても、特段、誰も咎めない。田舎へ向かう電車の中は、俺たち以外に誰もいないのだ。
少し傾きかけた日が差し込む電車に濃い影が落ち、田植えが終わって青々とした田んぼが窓の外を流れていく。
クーラーの風にそよいだ髪から、うっすらと塩素の香りがした。
いくらプールが気持ちいいとはいえ、やはり、家の居心地の良さには敵わない。
「楽しかった?」
晩飯の準備をする母さんが聞いてくる。
「楽しかった」
「ウォータースライダー、滑った?」
と、父さんが夕刊から視線を上げて言う。
「怖かった」
「はは、慣れないとなあ」
「疲れたでしょう、ご飯食べて」
「はーい」
確かに、炎天下で泳ぎまくったら、かなり疲れた。しかし、心地よくもある。
「いただきます」
今日の晩飯は……きのこのスパゲティだ。ぶなしめじとまいたけが入ってる。
まずはそうだなあ、ぶなしめじ食べよう。この食感、好きなんだよなあ。程よく歯ごたえがある。そんで、味の主張は少ないように思う。強すぎないんだよな、そこがいい。
麺をくるくると巻いて、でもうまく巻けないから、半分ぐらいはすすってしまう。
白だしの、うま味がしっかりした味付けにつるっとした麺がよく合う。
ほんの少しだけ紛れた一味唐辛子がいいアクセントになっている。シャキッとねぎも心地よい。それにしても、うま味がすごいなあ、これ。白だしってこんなだったっけ。あ、そうか、まいたけか。
まいたけって、うま味がすごい。
さて、それじゃあまいたけそのものをいただくとしようか。ひらひらとした見た目がきれいだなあ。
少しふわっとしたような上の部分と、歯ごたえのある下の部分。じゃく、サクッとした不思議な食感。あふれ出すうま味。あー、まいたけ、好きだなあ。
あ、そうそう、ベーコンも。きのこスパゲティの中でベーコンは控えめだが、それがいい。程よい塩分と肉のうま味がにじみ出て、コクが出るのだ。
具材と麺、スープを一緒に口に含む。んー、うま味たっぷりだ。
そこに、パン。うま味たっぷりの汁を吸ったパンは、和風とも洋風とも取れる味わいで、どことなく雑炊っぽさもある。
なんか今日は、夏休みらしい夏休みだったなあ。
「明日も休みだから、ゆっくりできるね」
母さんの言葉に、そうだなあ、と思いながら頷く。
この後夜更かししても、明日の朝は、早起きしなくていいのだ。じゃあ、ゲームでもしようかな。
なんだか、ザ・夏休み、って感じの一日だなあ。
まあ、布団に入ってしまえば、あっという間に夢の中だろうけどな。
「ごちそうさまでした」
「おお~、冷た~」
まるで風呂に入るように、咲良はじっくりと肩まで沈んだ。
「なんか、自分が焼けた石になったみたいだな」
「あ~分かる! じゅわーってな!」
ウォータースライダーは人が込み合っていたので、空くまで流れるプールを泳ぐことにした。泳ぐといっても、人が多いから、ほぼ歩くような感じではあるが。
「春都さー、ウォータースライダーやったことある?」
まるで犬がのんびりと泳いでいるような体勢で、咲良が言う。
「いや……やったことないと思う」
「マジで? 楽しいのに」
「そもそも、そういうのがあるプールにあんま行かないから」
「あー、なるほど」
一回、頭まで潜ってみる。炎天下に照らされた頭がひんやりして気持ちがいい。ゴーグル越しに見える水の中は、何とも不思議だ。人がいっぱいで、方向が分からなくなる。
「ぷはっ」
「お、そろそろ空いたみたいだな」
「んー?」
あ、ほんとだ。ちょっと人がはけたな。
「行こうぜ」
「おー」
浮き輪はいったん返却して、ウォータースライダーに向かった。当然、滑り台なのだから、階段を上っていく。なんか緊張というか、ドキドキしてきたな。
「はーい、次の方~」
滑り台の入り口……というのが正しいのか分からないが、スタート地点には係員の人がいた。
「……ん?」
「どしたー? 春都」
「いや……」
「いってらっしゃーい。はい、お次は……お? 一条君じゃないか」
やっぱり、山下さんだ。
「何でいるんですか」
「バイトだよ、夏休みだけね」
山下さんに促されるがまま、スタート地点に座る。ちょっと待て、心の準備ができていないのだが。
山下さんは子どもっぽい笑みを浮かべると言った。
「ゴール地点に何が待っているかは、着いてからのお楽しみ」
「えっ、何」
「じゃ、行ってらっしゃーい!」
「おわっ」
あっという間に滑り台の中だ。おおお、スピードが上がる上がる。筒状になっているから、なんか安心感があるようで、怖いような、奇妙な感じだ。おわぁ、空が見えた。
「ぶっ」
勢いよく着水する。なかなか怖いな、これ。
「はーい、お疲れさまでしたー」
「ん?」
顔をぬぐい、声のした方を見る。次に来る咲良とぶつからないように横によけ、その人に声をかける。
「……こんにちは、田中さん」
「はい、こんにちは」
なんだか、夏が似合う、見知った顔が勢ぞろいだなあ。そう思っていたら、後ろで水しぶきが上がって、思いっきり頭からかぶってしまったのだった。
帰り道はなんだか、賑やかなことになってしまった。ちょうど上がりだという田中さんと山下さんも一緒だ。
夕方近く、太陽の光の色合いが変わってくる頃。電車に揺られて帰路につく。
「いやー、今日は暑かったねえ。でも、気持ちよかったでしょ」
日に焼けた肌が健康的な山下さんが、白い歯を見せて笑う。
「はい、楽しかったです」
「眠い~」
咲良が伸びをして言うと、田中さんが笑った。
「泳ぐと結構疲れるからなあ」
「水泳の授業の後とか、国語だったら百発百中、寝るっすね」
「はは、そうそう。寝てるやつ多かったなあ」
「百発百中って……」
「俺も寝てたなあ」
笑い声が響いても、特段、誰も咎めない。田舎へ向かう電車の中は、俺たち以外に誰もいないのだ。
少し傾きかけた日が差し込む電車に濃い影が落ち、田植えが終わって青々とした田んぼが窓の外を流れていく。
クーラーの風にそよいだ髪から、うっすらと塩素の香りがした。
いくらプールが気持ちいいとはいえ、やはり、家の居心地の良さには敵わない。
「楽しかった?」
晩飯の準備をする母さんが聞いてくる。
「楽しかった」
「ウォータースライダー、滑った?」
と、父さんが夕刊から視線を上げて言う。
「怖かった」
「はは、慣れないとなあ」
「疲れたでしょう、ご飯食べて」
「はーい」
確かに、炎天下で泳ぎまくったら、かなり疲れた。しかし、心地よくもある。
「いただきます」
今日の晩飯は……きのこのスパゲティだ。ぶなしめじとまいたけが入ってる。
まずはそうだなあ、ぶなしめじ食べよう。この食感、好きなんだよなあ。程よく歯ごたえがある。そんで、味の主張は少ないように思う。強すぎないんだよな、そこがいい。
麺をくるくると巻いて、でもうまく巻けないから、半分ぐらいはすすってしまう。
白だしの、うま味がしっかりした味付けにつるっとした麺がよく合う。
ほんの少しだけ紛れた一味唐辛子がいいアクセントになっている。シャキッとねぎも心地よい。それにしても、うま味がすごいなあ、これ。白だしってこんなだったっけ。あ、そうか、まいたけか。
まいたけって、うま味がすごい。
さて、それじゃあまいたけそのものをいただくとしようか。ひらひらとした見た目がきれいだなあ。
少しふわっとしたような上の部分と、歯ごたえのある下の部分。じゃく、サクッとした不思議な食感。あふれ出すうま味。あー、まいたけ、好きだなあ。
あ、そうそう、ベーコンも。きのこスパゲティの中でベーコンは控えめだが、それがいい。程よい塩分と肉のうま味がにじみ出て、コクが出るのだ。
具材と麺、スープを一緒に口に含む。んー、うま味たっぷりだ。
そこに、パン。うま味たっぷりの汁を吸ったパンは、和風とも洋風とも取れる味わいで、どことなく雑炊っぽさもある。
なんか今日は、夏休みらしい夏休みだったなあ。
「明日も休みだから、ゆっくりできるね」
母さんの言葉に、そうだなあ、と思いながら頷く。
この後夜更かししても、明日の朝は、早起きしなくていいのだ。じゃあ、ゲームでもしようかな。
なんだか、ザ・夏休み、って感じの一日だなあ。
まあ、布団に入ってしまえば、あっという間に夢の中だろうけどな。
「ごちそうさまでした」
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他サイトでも掲載中。

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