一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
796 / 854
日常

第743話 ソフトクリーム

しおりを挟む
 部活も課外もない夏休みにすることといえば、家でゲーム三昧、これに限る。
 小学生の頃のように十二時間もできない……こともないか。集中するとあっという間だからな。
「よしっ」
 と、気合を入れた時、スマホが鳴った。また公式アカウントか。
 いや、違う。今度こそ咲良だ。『ここ行こう』というメッセージの後にURLが送られてきた。市民プール……ほう、科学館の近くの。ああ、そういやあったかなあ、あそこ。
 まあ、行ってもいいな。泳ぎたいし。
「オッケーっと」
 スタンプを送ると、さっそく返事が来た。
『じゃあ、今から家出る! 電車の駅で待ち合せな』
「うそだろ」
 今日行くんかい。

「お前は、いつも唐突なんだよ。咲良」
「まーまー、いいじゃん。それでうまくいってんだし」
 連絡が来て一時間もしないうちに、電車に揺られている。水着の入ったバッグを持っているだけでなんとなく非日常な感じがする。ビニール特有の匂いが鼻につく。
 電車から降りたら、バスに乗る。
「今日は晴れてるし、気持ちよさそうだよなー。あ、ウォータースライダーもあるんだって」
「へー、そんなんあるんだな」
 市民プールって、そういうイメージないから少しびっくりする。
 たどり着いた先は、科学館や動物園もほど近い場所だった。すでに賑やかな声が聞こえてくる。
 入場券は……券売機で買うのか、なるほど。そして、更衣室に向かう。
「俺もう、水着、下に着てきたんだ」
 と、咲良が得意げに言う。
「俺も」
「だよなー」
 ロッカーに鍵をかけて、その鍵は手にはめる。これもプールならではだな。
 シャワーを浴びて、外に出る。おお、日差しがまぶしい。
 日に目が慣れたところで、辺りを見回す。へえ、結構広いんだなあ。流れるプールに、あ、あれか、ウォータースライダー。結構でかいな。幼児用プールもある。人がたくさんだが、アトラクションがたくさんあるようなプールよりは少ない。
「あ、浮き輪貸し出し中だって」
 と、咲良がある場所を指さす。プールサイドの片隅で、いろいろと浮き輪やビートバンを貸しているようだった。
「でけえの一個借りねえ?」
「いいんじゃないか」
 おっ、シャチの形のとかある。バナナも。シンプルなのもあるし、めっちゃ可愛い感じのもある。
「じゃ、これ借ります!」
「はーい、お気をつけてー」
 咲良が選んだのは、青のでかい浮き輪だった。咲良はさっそくそれを装着し、ゴーグルも万全に、仁王立ちした。
「じゃあ、行くぞ」
「おー」
 人の少ない場所を選んで入る。
「おっ、冷た!」
 日に当たってぬるいかと思ったが、思ったより冷たい。はじめこそその冷たさに慣れなかったが、徐々に気持ちよくなってきた。
「いやー気持ちいいなあ……」
 浮き輪でぷかぷかと浮く咲良が、水流に任せゆらゆらと移動している。あ、何だろう、すっげえちょっかい出したい。うずうずしてきた。
 浮き輪の端をつかみ、ちょっと右に回してみる。
「おおー、回るー」
 ゆるーく回る咲良は、ケラケラと笑ってその状況を甘んじて受け入れた。よっしゃ、じゃあ、どんどん回してやろう。
「あー、あー。ちょ、春都、めっちゃ回すじゃん」
「あっはっは!」
 なんだこれ、面白れぇ。
「おい、ちょっと、春都交代」
「あ? なんでだよ。お前見てたら面白いんだけど」
「こっち側も面白いって」
「え、じゃあ交代」
 日に照らされた浮き輪は少し熱い。すっぽりとハマると、なんだか懐かしい感じがした。あー、浮き輪ってこんな安心感あったっけ、浮遊感が変な感じだ。
「じゃ、いくぜー」
 咲良が嬉々として回し始める。
 ふっへっへ、なんだこりゃ。ゆらーっと視界が回る。そんで、水流で少しずつ進んでいるから、何ともいえない。
「あっはは、なんだこれ」
「なー? また次代われよ」
「おう」
 結局、そんなしょうもない遊びをしていたら、あっという間に時間が過ぎたのだった。

 しこたま遊び倒して、いったん休憩する。パラソルのある席が空いていたのでラッキーだった。
「おーっす、おまたせー」
 咲良は両手にソフトクリームを持ってやってきた。
「みて、期間限定ラムネ味~」
「めっちゃ水色」
「それな。はい、春都はバニラな~」
「ありがとう」
 ラムネ味も気になるが、なんとなく、冒険しきれない。
「いただきます」
 暑さで瞬く間に溶けそうな、やわらかい真っ白なアイス。パラソルの色が少しうつって、赤くも見える。
 んー、シンプルなバニラ味。ひんやりとした口当たりが気持ちいい。暑い中、外で食う冷たいアイスって、うまいなあ。うまさが増すような気がする。もちろん、涼しいところで食べるアイスも贅沢なものだが。
 でもやっぱり、暑い中だからこそ、冷たさが際立つよな。
「ん、一口いる?」
 と、咲良がラムネ味を差し出す。
「いる」
「じゃ、バニラ一口ちょうだい」
 ラムネ味は甘さが爽やかで、すっきりとしている。どことなくシュワッとした爽快感があるなあ。ちょっとシャーベットっぽさもある。
 そしてバニラに戻ると、なんか、クリームソーダみたいになる。面白い。
「次はウォータースライダーに行こうぜ」
「おう」
 まだまだ夏は始まったばかり。
 少しぬるくなったアイスと一緒に、コーンを口に放り込んだ。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...