一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
795 / 854
日常

第742話 自家製ポテトチップス

しおりを挟む
 クーラーって、ありがたいものだなあ、と教室に入った瞬間に実感する。直ったんだな、よかった。
「お、来た来た。おはよー、春都」
「おう、おはよう……って、なんでお前がいるんだ、咲良」
 机の持ち主より先に席についているとは何事だ。
 咲良は両手で机をパタパタと叩き、にこにこと笑った。まったくこいつときたら、無遠慮というか図太いというか……
「春都早く来ないかなーって、待ってた!」
「そうか、じゃあどけ」
「でさー、春都に聞きたいことあるんだけどー」
「スルーすんのか、すごいな」
 仕方ない、ここは諦めて立っておくか。とりあえず荷物片付けよ。
「ちょっと、引き出し入れさせて」
「ん」
 咲良は身をよじって少し隙間を空ける。そこまでするなら立てばいいのに。
「花火いつやんのかなーと思ってさ」
「あー、花火なあ」
 父さんの実家にも帰るらしいし、いつできるんだろう。こいつらもいろいろ予定あるだろうから、早めに決めないと……
「ま、俺は夏休み中ずっと暇だからいいんだけど」
「……あ、そう」
「早くやりたいなー」
 そう言って咲良は、やっと立ち上がった。
「はいどうぞ、温めといてやったぜ」
「そりゃどうも」
 人がさっきまで座っていた椅子のぬくもりって、なんか変な感じだ。出来れば今の時期は、冷やしといていただきたい。
「朝比奈と百瀬にも聞いたほうがいいよなー」
「そうだな」
「じゃ、ちょっと連れてくる」
「は?」
 咲良は、「待ってて」とだけ言い残すと、足取り軽やかに廊下に出ていってしまった。せわしないやつだなあ。
 さて、一時間目は英語か。辞書取ってこよう。
「お? 待っとかなくていいのか?」
 と、前の席に座る勇樹が、からかうように聞いてくる。
「廊下にいたら分かるだろ」
「はっは、お前の周りは朝から賑やかだなあ」
 本当にな……
 涼しい室内もいいものだが、廊下のこの暑さも夏らしくて嫌いじゃない。
「あっ、春都~。ちょうどよかった」
 咲良が朝比奈を引っ張り、百瀬を引き連れて戻って来た。
「早く決めようぜー、花火の日程!」
「楽しそうだなあ、お前……」
 暑さにやられている朝比奈が、買ったばかりのスポーツドリンクのペットボトルを首元に当てる。
「小学生かよ……」
「いくつになっても夏は楽しいもんだろー」
「治樹と変わんねえ……」
 そうぼそっとつぶやいた朝比奈の言葉が届いたかどうかは分からないが、咲良は百瀬を振り返った。
「百瀬も楽しみだろ?」
「そりゃあね! 花火なんて、買わないからさあ~」
 きょうだいが小さい頃はやってたけど、と百瀬は笑った。
「じゃあ、いつにする?」
「俺はいつでもいいよ~」
 と、百瀬が言う。朝比奈はしばらくの沈黙の後に言った。
「多分、八月の最初と最後なら……」
「朝比奈んち忙しそうだもんなー」
 咲良がそう言ったところで、予鈴が鳴った。
「ありゃ、もうこんな時間? あっ、やべ! 予習やってない!」
「今かよ……」
 咲良は慌てた様子で走り出したが、途中で立ち止まり、振り返ると言った。
「またあとで連絡するからな!」
 ほんと、こいつは人生楽しそうだなあ……
「井上ってさ、人生楽しんでるよね」
「……ずっと小学生って感じ?」
 朝比奈と百瀬の言葉に、思わず笑ってしまった。

 さんさんと日が照る中、なんとか家に帰りついたら、汗だくの制服から涼しい部屋着に着替える。昼飯までは時間があるから、何かちょっと食べたいな。
「春都ー、着替えたー?」
「着替えたー」
「じゃあ、こっち来てー」
 母さんに呼ばれ、台所に行く。
「なに?」
「これ食べてていいよ」
 そう言って渡されたのは、山盛りのポテトチップスがのった皿だった。キッチンペーパーに油が広がっていて、ほんのり温かい。
「揚げたて?」
「そうよー。あ、塩足りないなら追加してね」
 へへ、自家製ポテトチップスか。これは嬉しい。じゃあ、サイダーも飲もう。
「いただきます」
 氷を入れたグラスにサイダーを注ぎ入れる。からん、と涼しげな音がして、しゅわっと炭酸がきらめいた。
 まずはどれから食べようか。薄いやつかな。
 パリッパリで、サックサク。市販のものよりもじゃがいもそのものの味が分かる。噛みしめるほどに滲み出すのは塩気と甘み。これはいくらでも食べられそうだ。向こうが透けるような薄いのもある。ほんのりオレンジがかっていてきれいだ。
 少し分厚いと、ほくっとしている。柔らかい食感と、サクサクッとした食感が相まって面白い。これが家のポテチの醍醐味だ。
 このほんのりやわらかいところ、好きなんだよなあ。フライドポテトとポテトチップスのいいとこどりっていうか。
 指についた塩も舐めてしまう。これ、何気にうまい。
 そこにサイダー。塩と油と、じゃがいも、甘いパチパチ……合わない訳がない。
 キッチンペーパーの上に広がる塩をこすりつけて食べてみる。んん、しょっぱい。でもなんか癖になってしまいそうだ。
 あとの楽しみに取っておこう……とも思ったが、あっという間に食べてしまった。
「そんなにおいしかったなら、またあとで作るよ」
 心を見透かしたかのように、母さんが言った。
「食べたい」
「ふふ、いいよ」
 楽しいことは早く来てほしい気もするし、後にとっておきたい気もする。
 両方だったら、一番うれしいなあ。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

処理中です...