一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第七百四十話 かき氷

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 暑い時に食べるとうまいものって、あると思う。冷たいものなり、さっぱりしたものなり。
 特にかき氷は、そうだと思う。もちろん、冬にこたつで食うのも贅沢だ。しかし、かき氷のポテンシャルというものは、夏に発揮されるものだと俺は思っている。
 暑ければ暑いほど、氷の威力は発揮されると思う。
 だから暑いのは割と嫌いじゃない。むしろ、寒いより元気出る。
 しかし、それにしたって……
「暑い!」
 クーラーの効かない教室は、灼熱という表現にふさわしい空間となっていた。
 さっきから山崎がずっと、暑い暑いとぼやいている。ハンディファンもうちわも、扇子も下敷きうちわも何の気休めにもならない。
「よりにもよって、梅雨明けかつ快晴の真夏日に空調が壊れるとはねー」
 勇樹は言って、健康的に日焼けした顔に笑みを張り付けた。だらだらと汗は流れ、タオルが追い付かない。
「見ろよ、健太が溶けてる」
「あ?」
 勇樹の指さす先を見れば、確かに、宮野がいた。机にペチャッと突っ伏して、どうにかして冷たいところを探しているようだった。本を持った片手はだらりと垂れ下がり、窓からそよいでくる風にたまに反応するから、ああ、起きてはいるんだな、と分かる。
「あれは大丈夫なのか?」
「さっき立ち上がってスポドリ買いに行ってた」
「そうなのか……」
 この様子だと、咲良もぐったりしてるだろうなあ。朝比奈とかも。百瀬は……割と元気かもしれない。
「でもさー、この暑さじゃ勉強どころじゃないよなー」
 下敷きでバタバタと首元を仰ぎながら勇樹が言った。
「そうだなあ……」
 実際、先生たちも疲れ果てていた。授業の進みも遅いし、言い間違いも多い。何か心配になる先生もいたし。
「はーい、皆いるかー? いるな? 連絡~」
 うお、担任来た。何の予告もなく来たものだから、何人かスマホを慌てて隠す。先生はそれに気づいていないようで、話を続けた。
「授業はここまでで終了~、部活も中止。速やかに帰宅するように!」
「えっ、じゃあもう帰っていいんですか?」
 ざわめきの中、誰かがそう言うと、先生は頷いた。その拍子に、顔を伝う汗が床に落ちて、先生は足でそれをぬぐいながら言った。
「さすがにこれじゃ授業にならんだろう。明日のことはまた保護者の方に連絡するから、とにかく、熱中症にならないように気を付けるんだぞー」
「はーい」
 その返事の中に、いくつか歓喜の声がまぎれていたのは言うまでもない。
 それから間もなくして、喜色満面の咲良が迎えに来たのも、言うまでもないのである。

「……さて」
 どうしたものか。
 うきうきと家に帰りつけば、父さんも母さんもうめずを連れて出かけていた。そういや、定期検診の日だったな、今日、と思い至り、じいちゃんとばあちゃんの家へ向かうことにした。
 しかしこちらも留守だった。結構遠くの方まで、配達に行っているらしい。それはまあ、仕方ないな。
 うんうん、急に帰るなんてだれにも分からないわけで、俺が昼に帰って来るのに合わせて予定を組むのは当然で、ありがたいことであるのだが。
 この酷暑の中、どう過ごせと。
「コンビニに長居するわけにもなあ……」
 あ、そうだ。図書館に行こう。
 図書館まではバスが走っているし、涼しいし、金もかからない。よし、名案だな。となれば、バス停へ。
「ん? あれー、春都じゃん。どしたの?」
 バス停には、咲良がいた。まだ目的のバスが来ていないようだった。事情を話すと、咲良は困ったような少し気の毒そうな、しかしそれでいて面白がった様子で笑った。
「はは、そりゃ災難だったなあ」
「だから今から図書館に行こうと思ってな」
「おっ、いいねえ」
 図書館か……と咲良はつぶやくと、スマホをしまって言った。
「じゃ、俺もついてくる」
「なんとなく言うと思ったよ」
「いやー、今家に帰っても、妹が居間占領しててゆっくりできねーからさあ」
 昼からは出かけるらしいし、と咲良は嬉しそうに言った。
 久しぶりに乗ったバスは、この世の天国かと思うほどに涼しかった。

 図書館の周辺は日陰になっていて、風通しもよく、結構過ごしやすい。ま、それでも暑いことに変わりはないのだが。
「お、なんか店が出てるぞ」
「ん?」
 咲良が指さした先には、ポップコーンマシーンみたいなものがあった。でも、中に入っているものは透明だ。それに、なびく旗には『氷』の文字がある。
「かき氷だ」
 この暑い中にかき氷の露店を見つけた。この誘惑には抗えない。
「いらっしゃい、何にする?」
 なるほど、砕けた氷が山積みになっているのか。
「いちご下さい」
「俺、ブルーハワイ!」
「はいよー」
 カップは……ああ、上にあるのか。下から引き抜いて取るタイプの入れ物に入ってる。底から取って、氷をすくって入れる。なんだこれ、面白い。やってみたい。
「はい、どうぞ」
 真っ赤なシロップと真っ青なシロップがかかったかき氷は、図書館の窓に夏の飾りとして貼ってある、かき氷の切り絵にそっくりだった。
「いただきます」
 ベンチに座って、サクッと氷の山にスプーンを入れる。
 もう見た目だけで涼しいし、氷に近づくだけで冷たい気がする。
 粒は大きめで、ふわっと、というよりザク、ジャリッとした食感の氷だ。いいね、これくらい食べ応えがあるの好きだ。体の中からがっつり冷える感じがして、気持ちがいい。ああ、氷食うと涼しいなあ。
 甘いシロップは、香料のイチゴ味。このお菓子っぽい味が、この粗っぽい氷に合うんだよなあ。
 そういやシロップは、すべて同じ味だと聞いたことがある。じゃあ、今感じているいちご味って、気持ちの問題なのだろうか。まあいいや、気持ちでも。うまいし。
 おお、みるみる溶けていく。
「こっち来てよかったー。かき氷食えるって思わなかったもん」
 咲良がしゃくしゃくと小気味よく氷を食べながら言った。
「あっ、いかん。キーンッてする」
「そんな勢い良く食うから」
「うう~」
 呻きながら一口食う咲良。
「そこで食うのかよ」
「だって、溶ける……」
「はは、そうだな」
 幾分涼しくなったが、日差しは健在。早く室内に入らねばバテてしまいそうだ。
 サラサラの赤い液体を飲み込み、最後にお茶を飲む。
 イチゴ味のシロップと麦茶が混ざった、奇妙で夏らしい味がした。

「ごちそうさまでした」
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