787 / 854
日常
第七百三十五話 チキンカツ
しおりを挟む
夏休みまで一週間を切ると、心なしか教室の空気が浮ついてくるように思う。
いつもは気だるげな土曜課外も、今日はずいぶんとすがすがしいような。いつもであれば、朝の教室はたいそう静かなものであるが、今日はなんとなく賑やかだ。
「おはよ~、一条。今日も朝から暑いねぇ」
「山崎、おはよう」
後ろの席に座る山崎は、珍しく英単語帳を手にしていた。
「……どした? じっと見て」
「いや、何でも」
「何でもってことはないでしょ~」
山崎は単語帳をめくりながら、俺の椅子をがたがたと揺らしてきた。
珍しいこともあるもんだ、とのどまで出かかったが、ぐっと飲みこむ。すると後ろから、山崎とは違う声が聞こえてきた。
「お前が珍しく、勉強してるからだろ」
「あ、雪ちゃん」
山崎の席にやってきたのは、中村だった。
中村は少し楽しそうに言った。
「こいつ、今までの単語テストの成績悪すぎて、呼び出しくらったらしい」
「え、そうなのか」
「もー、雪ちゃん言わなくていいのに~」
山崎は言いながら、単語帳を頭の上にのせた。一年生の頃から使っているはずだが、表紙が妙に新しい。
「ひどい話だよねえ。課外の後、居残りだなんて」
「はは……」
「こーやって頭にのせてたら、勝手に入ってこないかなあ」
「そうなると便利だな」
それは確かに、俺も思う。日本史の年表とか。枕の下に入れて寝たら、次の日の朝にはすっかり頭に入っている、とかできないかなあって。あとは世界史の、いろんなとこの王様の名前とか。
横文字って、覚えづらいんだよなあ。似てるのいっぱいあるし。
「ほれ、ちゃんと読んどけ。夏休みに呼び出されるのは嫌だろうが」
と、中村が単語帳をこつんと叩くと、山崎は「んん~」と言って、再び単語帳に目を向けた。
「てか夏休みっていっても、ずっと塾じゃん」
「それはそう」
「あー、どっかでさぼろう。絶対」
堂々たるさぼり宣言に、中村は笑った。
「そんな胸張ってさぼるやつがどこにいる」
「ここ」
仲いいなあ、こいつら。俺と席代わってやろうか、中村よ。
二人で話が進み始めたので、視線を前に戻す。お、向こうじゃ勇樹と宮野が話をしている。宮野の机には本が置いてあって、勇樹はそれを指さし何か言っている。二人とも楽しそうに話をしているなあ。
ほんと、いつもの土曜課外とちょっと違う。やっぱ夏休み効果かな。
頬杖をつき、ぼんやりとする。触れた手のひらがなんか生ぬるい。賑やかな教室にまた、誰かがやってきた音が聞こえた。
「どこ見てんだよ、春都」
「ん、んん?」
その声に振り返ると、「よっ」と片手を挙げて笑う咲良が立っていた。
「おはよ」
「ああ……おはよう、咲良」
「なに? そんなにびっくりした?」
咲良は勇樹の椅子に座ると、俺の机に肘を置いた。
「まさか咲良が来るとは思わなかった」
「あはは」
咲良は頬杖をつく。
「廊下歩いてて、春都来てるかなーって教室覗きこんだらさ、遠い目してたから」
まあ、確かにぼんやりとはしていたが。
「周りはめっちゃ賑やかで楽しそうなのに」
「お前も、いつにも増して上機嫌だな、咲良」
「ま、夏休み近いしな!」
花火花火~、と咲良は歌うように言う。
夏休みかあ……夏休みの楽しみといえば、何だろう。旅行とか行かないし……まあ、今年は、ちょっと遠出するけど。
やっぱり、夏休みの楽しみといったら……
これだよなあ。
テーブルに準備された昼ご飯、涼しい部屋、楽な格好、テレビの音。午前中だけの授業を頑張った後の、この時間。
今日は、揚げたてのチキンカツだ。出来立ての飯が食える幸せよ。
「どうしたの、そんなにニコニコして。何かいいことあった?」
母さんが台所を掃除しながら聞いてくる。
「現在進行形でいいことが起きてる」
「あら、ふふ。冷めないうちに食べちゃって」
「うん」
あ、すりごまもある。いいねえ。
「いただきます」
まずは付け合わせのキャベツから食べてみる。揚げたてチキンカツのぬくもりで少ししんなりしたキャベツ。ドレッシングがよくなじんでうまい。
さて……最初は、ソースだけでいくか。
この間の弁当もうまかったけど、揚げたてもうまい。ザクッと衣は香ばしく、染みたソースがジュワッとしてうまい。熱々の肉、噛み応えはあるがホワッとして、うっすらある皮の部分がジューシーだ。
次はごまもかけてみる。
ああ、これこれ。ソースにごま、それにチキンカツ。ごまの食感が加わったソースのとろりとした感じ、好きだ。
一気にお店感が出てくる。
あ、端っこのカリカリ、いいな。ギュッとうま味が詰まっていて、噛みしめるのが好きだ。
濃い口に、白米。ソース味に、ご飯はよく合う。
これ食ったら何しよう。ゲームかなあ、それとも漫画をしこたま読むか? そういやあのゲーム、新章配信だっけ。
やりたいことは山積みだ。もちろん、やらないといけないことも。
さて、今年の夏休みも、思う存分、楽しんでやろう。
「ごちそうさまでした」
いつもは気だるげな土曜課外も、今日はずいぶんとすがすがしいような。いつもであれば、朝の教室はたいそう静かなものであるが、今日はなんとなく賑やかだ。
「おはよ~、一条。今日も朝から暑いねぇ」
「山崎、おはよう」
後ろの席に座る山崎は、珍しく英単語帳を手にしていた。
「……どした? じっと見て」
「いや、何でも」
「何でもってことはないでしょ~」
山崎は単語帳をめくりながら、俺の椅子をがたがたと揺らしてきた。
珍しいこともあるもんだ、とのどまで出かかったが、ぐっと飲みこむ。すると後ろから、山崎とは違う声が聞こえてきた。
「お前が珍しく、勉強してるからだろ」
「あ、雪ちゃん」
山崎の席にやってきたのは、中村だった。
中村は少し楽しそうに言った。
「こいつ、今までの単語テストの成績悪すぎて、呼び出しくらったらしい」
「え、そうなのか」
「もー、雪ちゃん言わなくていいのに~」
山崎は言いながら、単語帳を頭の上にのせた。一年生の頃から使っているはずだが、表紙が妙に新しい。
「ひどい話だよねえ。課外の後、居残りだなんて」
「はは……」
「こーやって頭にのせてたら、勝手に入ってこないかなあ」
「そうなると便利だな」
それは確かに、俺も思う。日本史の年表とか。枕の下に入れて寝たら、次の日の朝にはすっかり頭に入っている、とかできないかなあって。あとは世界史の、いろんなとこの王様の名前とか。
横文字って、覚えづらいんだよなあ。似てるのいっぱいあるし。
「ほれ、ちゃんと読んどけ。夏休みに呼び出されるのは嫌だろうが」
と、中村が単語帳をこつんと叩くと、山崎は「んん~」と言って、再び単語帳に目を向けた。
「てか夏休みっていっても、ずっと塾じゃん」
「それはそう」
「あー、どっかでさぼろう。絶対」
堂々たるさぼり宣言に、中村は笑った。
「そんな胸張ってさぼるやつがどこにいる」
「ここ」
仲いいなあ、こいつら。俺と席代わってやろうか、中村よ。
二人で話が進み始めたので、視線を前に戻す。お、向こうじゃ勇樹と宮野が話をしている。宮野の机には本が置いてあって、勇樹はそれを指さし何か言っている。二人とも楽しそうに話をしているなあ。
ほんと、いつもの土曜課外とちょっと違う。やっぱ夏休み効果かな。
頬杖をつき、ぼんやりとする。触れた手のひらがなんか生ぬるい。賑やかな教室にまた、誰かがやってきた音が聞こえた。
「どこ見てんだよ、春都」
「ん、んん?」
その声に振り返ると、「よっ」と片手を挙げて笑う咲良が立っていた。
「おはよ」
「ああ……おはよう、咲良」
「なに? そんなにびっくりした?」
咲良は勇樹の椅子に座ると、俺の机に肘を置いた。
「まさか咲良が来るとは思わなかった」
「あはは」
咲良は頬杖をつく。
「廊下歩いてて、春都来てるかなーって教室覗きこんだらさ、遠い目してたから」
まあ、確かにぼんやりとはしていたが。
「周りはめっちゃ賑やかで楽しそうなのに」
「お前も、いつにも増して上機嫌だな、咲良」
「ま、夏休み近いしな!」
花火花火~、と咲良は歌うように言う。
夏休みかあ……夏休みの楽しみといえば、何だろう。旅行とか行かないし……まあ、今年は、ちょっと遠出するけど。
やっぱり、夏休みの楽しみといったら……
これだよなあ。
テーブルに準備された昼ご飯、涼しい部屋、楽な格好、テレビの音。午前中だけの授業を頑張った後の、この時間。
今日は、揚げたてのチキンカツだ。出来立ての飯が食える幸せよ。
「どうしたの、そんなにニコニコして。何かいいことあった?」
母さんが台所を掃除しながら聞いてくる。
「現在進行形でいいことが起きてる」
「あら、ふふ。冷めないうちに食べちゃって」
「うん」
あ、すりごまもある。いいねえ。
「いただきます」
まずは付け合わせのキャベツから食べてみる。揚げたてチキンカツのぬくもりで少ししんなりしたキャベツ。ドレッシングがよくなじんでうまい。
さて……最初は、ソースだけでいくか。
この間の弁当もうまかったけど、揚げたてもうまい。ザクッと衣は香ばしく、染みたソースがジュワッとしてうまい。熱々の肉、噛み応えはあるがホワッとして、うっすらある皮の部分がジューシーだ。
次はごまもかけてみる。
ああ、これこれ。ソースにごま、それにチキンカツ。ごまの食感が加わったソースのとろりとした感じ、好きだ。
一気にお店感が出てくる。
あ、端っこのカリカリ、いいな。ギュッとうま味が詰まっていて、噛みしめるのが好きだ。
濃い口に、白米。ソース味に、ご飯はよく合う。
これ食ったら何しよう。ゲームかなあ、それとも漫画をしこたま読むか? そういやあのゲーム、新章配信だっけ。
やりたいことは山積みだ。もちろん、やらないといけないことも。
さて、今年の夏休みも、思う存分、楽しんでやろう。
「ごちそうさまでした」
24
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる