一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第七百三十四話 ステーキ丼

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 夜、あとは寝るだけという状態で、ソファでだらだらとしていたら父さんの電話が鳴った。
「おっと、はいはい……」
 父さんは電話の主を見ると、すぐに通話ボタンを押した。夜の電話って、なんとなくドキッとする。あんまりよくないことが起きたとか、非常事態ってイメージがあるんだよなあ。なんでだろ。
 うめずをわしゃわしゃと撫でると、うめずもこっちにすり寄ってくる。
「うん……うん、春都が夏休みになってからだから……」
 ん? 俺?
 膝の上にうめずのぬくもりを感じながら父さんの方を見ると、父さんは電話の相手に、「ちょっと待って」と言って、スマホを下ろす。
「春都、夏休みっていつからいつまで?」
「え、再来週から八月いっぱいまで」
「分かった」
 父さんは再び、通話に戻る。それから一言二言話し、「また連絡するよ」と言って、通話を切った。最初に口を開いたのは母さんだ。
「お義兄さん?」
「そう」
 ……ああ、父さんの実家の方か。遠いところだから、あんまりしょっちゅうは行かないんだよなあ。最後に行ったの、いつだっけ。
「母さんが、元気ないって。そしたらね、最近、春都に会ってないねって言いだしたみたいで」
「そうねえ、最近、行ってないもんね」
「顔見せに来てほしいってさ」
 そう言って、父さんはこっちを振り返った。
「春都はどう?」
「あー……部活もあるけど、大して仕事はないし。課外も八月前半は休みだし」
 久しぶりに、知らない風景を見るのも楽しそうだ。
「いいよ。でもまだ、詳しい予定とか分かんないけど」
「分かったら教えてくれる?」
「うん」
 確か、海の幸がおいしいんだっけ、あそこ。それに、滅多に行けないテーマパーク、森の家もあるし。
 長旅にはなるだろうが、楽しそうじゃないか。

「えっ、じゃあ、俺らとの花火はどうなるんだよ!」
 放課後、部室で体育祭の原稿を作りながら、何気なく咲良に話をしたら第一声がこれだ。
「約束破るつもりかぁ~?」
 先生が前もって作っていた原稿をパソコンに打ち込み、印刷する。それを冊子にしてホチキス止めをする。それを部員だけでなく、実行委員他、関係者分作る。
 本来であれば生徒会の仕事のようだが、人手が足りないらしい。
「そんな長期滞在するわけじゃないし」
 ガチャン、ガチャンとホチキス止めするこの感覚、結構好きだ。
「土産も買ってくるから、そう言うな」
「じゃあ、花火はやる?」
「やらずにどうする」
 そう言えば咲良はやっと、問い詰めるのをやめて、納得したように頷いて笑った。やれやれ。
 その合間に、反対隣で、印刷した紙を半分に折るという作業をする朝比奈が口を開いた。
「部活も、俺たちは練習しないし……他のやつらよりは、時間ありそうだもんな」
「そうそう。まあ、今こき使われてはいるんだけど」
「それなー」
 端をそろえて、ホチキスで止める。その繰り返しの作業だけなのだが、地味に疲れてくる。
「あー、なんか、疲れるー」
 それを素直に口にしながら、プログラムの山を積み上げていく咲良。意外と手際がいいな、こいつ。
「腹減ったし、早く帰りてぇ」
 時間ずれると、バスの人が多いんだよなあ、と咲良は机にうなだれた。手際はいいが、長く続かないらしい。困ったやつだ。咲良はだらけたまま言った。
「ねー、今日の晩飯何?」
「え……何だろう」
 なんか、どんぶりにしようとか言ってたのは覚えてんだけど。親子丼かなあ、それとも、豚丼か。牛丼もいいなあ。
「うちねー、麻婆豆腐」
 あ、麻婆豆腐をご飯にかけてもいい。
 飯のこと考えてたら、早く帰りたくなってきた。とっとと終わらせてしまおう。

 ふわあっとフライパンで何かを焼く音がする。この匂いは……牛肉か?
「めっちゃいいにおいする」
 濡れた髪をタオルで拭きながら、台所をのぞき込む。
「ふふ、今日はステーキ丼よ」
「ステーキ丼」
 分厚い肉を切り分けて、フライパンで焼いて、仕上げは焼き肉のたれ。それをホカホカの白米の上にのせ、最後にねぎを散らす。
 はぁ~、うまそう。いや、うまいに決まってる。
「熱いうちに食べちゃって」
 ほのかににんにくの香りもする。
「いただきます」
 まずは、肉だけで。
 赤身肉だから、噛み応えがある。表面は香ばしく、中はジューシー。すじを丁寧に切ってあるから、嫌なかたさがないのがうれしい。肉の繊維を焼き肉のたれの風味とともに感じると、幸福感に包まれる。
 少しだけある脂から、ジュワッとうま味が滲み出す。
「はあ~……うまい」
 さて、次は米だ。
 肉汁と焼肉のたれが染みた白米は、これだけでごちそうだ。鼻に抜ける肉の風味と、甘辛いたれがたまらない。
 そんで、ご飯と一緒に肉も食う。
 厚切りの牛肉がもちもちとして、ほろほろとほぐれる米といい感じに相まって、最高にうまい。食べ応えがあるのに、あっという間に飲み込んでしまう。いつまでも味わっていたいものだ。
 ねぎのさわやかさが、濃い味付けの中ではありがたい。
 がっつり肉は、元気が出る。暑いときはどうしてもさっぱりに気持ちが傾きがちだが、こういうがっつりしたものを食うと、これこれ、って気分になる。
 最後は肉でご飯粒をかき集めてほおばる。
 はあ、うまかった。

「ごちそうさまでした」
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