786 / 854
日常
第七百三十四話 ステーキ丼
しおりを挟む
夜、あとは寝るだけという状態で、ソファでだらだらとしていたら父さんの電話が鳴った。
「おっと、はいはい……」
父さんは電話の主を見ると、すぐに通話ボタンを押した。夜の電話って、なんとなくドキッとする。あんまりよくないことが起きたとか、非常事態ってイメージがあるんだよなあ。なんでだろ。
うめずをわしゃわしゃと撫でると、うめずもこっちにすり寄ってくる。
「うん……うん、春都が夏休みになってからだから……」
ん? 俺?
膝の上にうめずのぬくもりを感じながら父さんの方を見ると、父さんは電話の相手に、「ちょっと待って」と言って、スマホを下ろす。
「春都、夏休みっていつからいつまで?」
「え、再来週から八月いっぱいまで」
「分かった」
父さんは再び、通話に戻る。それから一言二言話し、「また連絡するよ」と言って、通話を切った。最初に口を開いたのは母さんだ。
「お義兄さん?」
「そう」
……ああ、父さんの実家の方か。遠いところだから、あんまりしょっちゅうは行かないんだよなあ。最後に行ったの、いつだっけ。
「母さんが、元気ないって。そしたらね、最近、春都に会ってないねって言いだしたみたいで」
「そうねえ、最近、行ってないもんね」
「顔見せに来てほしいってさ」
そう言って、父さんはこっちを振り返った。
「春都はどう?」
「あー……部活もあるけど、大して仕事はないし。課外も八月前半は休みだし」
久しぶりに、知らない風景を見るのも楽しそうだ。
「いいよ。でもまだ、詳しい予定とか分かんないけど」
「分かったら教えてくれる?」
「うん」
確か、海の幸がおいしいんだっけ、あそこ。それに、滅多に行けないテーマパーク、森の家もあるし。
長旅にはなるだろうが、楽しそうじゃないか。
「えっ、じゃあ、俺らとの花火はどうなるんだよ!」
放課後、部室で体育祭の原稿を作りながら、何気なく咲良に話をしたら第一声がこれだ。
「約束破るつもりかぁ~?」
先生が前もって作っていた原稿をパソコンに打ち込み、印刷する。それを冊子にしてホチキス止めをする。それを部員だけでなく、実行委員他、関係者分作る。
本来であれば生徒会の仕事のようだが、人手が足りないらしい。
「そんな長期滞在するわけじゃないし」
ガチャン、ガチャンとホチキス止めするこの感覚、結構好きだ。
「土産も買ってくるから、そう言うな」
「じゃあ、花火はやる?」
「やらずにどうする」
そう言えば咲良はやっと、問い詰めるのをやめて、納得したように頷いて笑った。やれやれ。
その合間に、反対隣で、印刷した紙を半分に折るという作業をする朝比奈が口を開いた。
「部活も、俺たちは練習しないし……他のやつらよりは、時間ありそうだもんな」
「そうそう。まあ、今こき使われてはいるんだけど」
「それなー」
端をそろえて、ホチキスで止める。その繰り返しの作業だけなのだが、地味に疲れてくる。
「あー、なんか、疲れるー」
それを素直に口にしながら、プログラムの山を積み上げていく咲良。意外と手際がいいな、こいつ。
「腹減ったし、早く帰りてぇ」
時間ずれると、バスの人が多いんだよなあ、と咲良は机にうなだれた。手際はいいが、長く続かないらしい。困ったやつだ。咲良はだらけたまま言った。
「ねー、今日の晩飯何?」
「え……何だろう」
なんか、どんぶりにしようとか言ってたのは覚えてんだけど。親子丼かなあ、それとも、豚丼か。牛丼もいいなあ。
「うちねー、麻婆豆腐」
あ、麻婆豆腐をご飯にかけてもいい。
飯のこと考えてたら、早く帰りたくなってきた。とっとと終わらせてしまおう。
ふわあっとフライパンで何かを焼く音がする。この匂いは……牛肉か?
「めっちゃいいにおいする」
濡れた髪をタオルで拭きながら、台所をのぞき込む。
「ふふ、今日はステーキ丼よ」
「ステーキ丼」
分厚い肉を切り分けて、フライパンで焼いて、仕上げは焼き肉のたれ。それをホカホカの白米の上にのせ、最後にねぎを散らす。
はぁ~、うまそう。いや、うまいに決まってる。
「熱いうちに食べちゃって」
ほのかににんにくの香りもする。
「いただきます」
まずは、肉だけで。
赤身肉だから、噛み応えがある。表面は香ばしく、中はジューシー。すじを丁寧に切ってあるから、嫌なかたさがないのがうれしい。肉の繊維を焼き肉のたれの風味とともに感じると、幸福感に包まれる。
少しだけある脂から、ジュワッとうま味が滲み出す。
「はあ~……うまい」
さて、次は米だ。
肉汁と焼肉のたれが染みた白米は、これだけでごちそうだ。鼻に抜ける肉の風味と、甘辛いたれがたまらない。
そんで、ご飯と一緒に肉も食う。
厚切りの牛肉がもちもちとして、ほろほろとほぐれる米といい感じに相まって、最高にうまい。食べ応えがあるのに、あっという間に飲み込んでしまう。いつまでも味わっていたいものだ。
ねぎのさわやかさが、濃い味付けの中ではありがたい。
がっつり肉は、元気が出る。暑いときはどうしてもさっぱりに気持ちが傾きがちだが、こういうがっつりしたものを食うと、これこれ、って気分になる。
最後は肉でご飯粒をかき集めてほおばる。
はあ、うまかった。
「ごちそうさまでした」
「おっと、はいはい……」
父さんは電話の主を見ると、すぐに通話ボタンを押した。夜の電話って、なんとなくドキッとする。あんまりよくないことが起きたとか、非常事態ってイメージがあるんだよなあ。なんでだろ。
うめずをわしゃわしゃと撫でると、うめずもこっちにすり寄ってくる。
「うん……うん、春都が夏休みになってからだから……」
ん? 俺?
膝の上にうめずのぬくもりを感じながら父さんの方を見ると、父さんは電話の相手に、「ちょっと待って」と言って、スマホを下ろす。
「春都、夏休みっていつからいつまで?」
「え、再来週から八月いっぱいまで」
「分かった」
父さんは再び、通話に戻る。それから一言二言話し、「また連絡するよ」と言って、通話を切った。最初に口を開いたのは母さんだ。
「お義兄さん?」
「そう」
……ああ、父さんの実家の方か。遠いところだから、あんまりしょっちゅうは行かないんだよなあ。最後に行ったの、いつだっけ。
「母さんが、元気ないって。そしたらね、最近、春都に会ってないねって言いだしたみたいで」
「そうねえ、最近、行ってないもんね」
「顔見せに来てほしいってさ」
そう言って、父さんはこっちを振り返った。
「春都はどう?」
「あー……部活もあるけど、大して仕事はないし。課外も八月前半は休みだし」
久しぶりに、知らない風景を見るのも楽しそうだ。
「いいよ。でもまだ、詳しい予定とか分かんないけど」
「分かったら教えてくれる?」
「うん」
確か、海の幸がおいしいんだっけ、あそこ。それに、滅多に行けないテーマパーク、森の家もあるし。
長旅にはなるだろうが、楽しそうじゃないか。
「えっ、じゃあ、俺らとの花火はどうなるんだよ!」
放課後、部室で体育祭の原稿を作りながら、何気なく咲良に話をしたら第一声がこれだ。
「約束破るつもりかぁ~?」
先生が前もって作っていた原稿をパソコンに打ち込み、印刷する。それを冊子にしてホチキス止めをする。それを部員だけでなく、実行委員他、関係者分作る。
本来であれば生徒会の仕事のようだが、人手が足りないらしい。
「そんな長期滞在するわけじゃないし」
ガチャン、ガチャンとホチキス止めするこの感覚、結構好きだ。
「土産も買ってくるから、そう言うな」
「じゃあ、花火はやる?」
「やらずにどうする」
そう言えば咲良はやっと、問い詰めるのをやめて、納得したように頷いて笑った。やれやれ。
その合間に、反対隣で、印刷した紙を半分に折るという作業をする朝比奈が口を開いた。
「部活も、俺たちは練習しないし……他のやつらよりは、時間ありそうだもんな」
「そうそう。まあ、今こき使われてはいるんだけど」
「それなー」
端をそろえて、ホチキスで止める。その繰り返しの作業だけなのだが、地味に疲れてくる。
「あー、なんか、疲れるー」
それを素直に口にしながら、プログラムの山を積み上げていく咲良。意外と手際がいいな、こいつ。
「腹減ったし、早く帰りてぇ」
時間ずれると、バスの人が多いんだよなあ、と咲良は机にうなだれた。手際はいいが、長く続かないらしい。困ったやつだ。咲良はだらけたまま言った。
「ねー、今日の晩飯何?」
「え……何だろう」
なんか、どんぶりにしようとか言ってたのは覚えてんだけど。親子丼かなあ、それとも、豚丼か。牛丼もいいなあ。
「うちねー、麻婆豆腐」
あ、麻婆豆腐をご飯にかけてもいい。
飯のこと考えてたら、早く帰りたくなってきた。とっとと終わらせてしまおう。
ふわあっとフライパンで何かを焼く音がする。この匂いは……牛肉か?
「めっちゃいいにおいする」
濡れた髪をタオルで拭きながら、台所をのぞき込む。
「ふふ、今日はステーキ丼よ」
「ステーキ丼」
分厚い肉を切り分けて、フライパンで焼いて、仕上げは焼き肉のたれ。それをホカホカの白米の上にのせ、最後にねぎを散らす。
はぁ~、うまそう。いや、うまいに決まってる。
「熱いうちに食べちゃって」
ほのかににんにくの香りもする。
「いただきます」
まずは、肉だけで。
赤身肉だから、噛み応えがある。表面は香ばしく、中はジューシー。すじを丁寧に切ってあるから、嫌なかたさがないのがうれしい。肉の繊維を焼き肉のたれの風味とともに感じると、幸福感に包まれる。
少しだけある脂から、ジュワッとうま味が滲み出す。
「はあ~……うまい」
さて、次は米だ。
肉汁と焼肉のたれが染みた白米は、これだけでごちそうだ。鼻に抜ける肉の風味と、甘辛いたれがたまらない。
そんで、ご飯と一緒に肉も食う。
厚切りの牛肉がもちもちとして、ほろほろとほぐれる米といい感じに相まって、最高にうまい。食べ応えがあるのに、あっという間に飲み込んでしまう。いつまでも味わっていたいものだ。
ねぎのさわやかさが、濃い味付けの中ではありがたい。
がっつり肉は、元気が出る。暑いときはどうしてもさっぱりに気持ちが傾きがちだが、こういうがっつりしたものを食うと、これこれ、って気分になる。
最後は肉でご飯粒をかき集めてほおばる。
はあ、うまかった。
「ごちそうさまでした」
24
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる