一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第七百二十四話 おにぎり

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 テスト期間になった。中間テストより期間が長く、範囲も広い。
「やばい、春都」
「どうした、咲良」
 人のごった返す廊下にいるのも嫌だったので、教室の自分の席に座っていたら、咲良が来た。人の少ない教室とはとても風通しが良くていいものだが、咲良が来ると、途端に人口密度が上がった気がするのは何だろう。
 咲良は前の席に座ると、大真面目な顔をして机に肘をつき、手を口元にやった。何だこいつ。
「俺、最高得点取っちゃったかもしんない」
 あー……その確信は吉と出るか凶と出るか。出来たと思い込んで実はてんでだめなこともあるし、本当にいい点数取れるときもある。厄介な確信だ。
「そうか」
「だってさ、分かんないとこなかったし? まあ、全部すらすら解けたってわけでもないんだけど、まったく分かんねー! ってとこないし」
「うんうん」
「いやあ、俺、一位取っちゃうかも?」
 と、得意げに言う咲良。うーん、なんだか嫌な感じがするぞ。
「何の教科だったんだ?」
「え、国語」
 国語ならワンチャンあるなあ。こいつ、国語の成績は文系でも通用するぐらいだもんなあ。ますますもって、どうしてこいつは理系を選んだのか分からん。
「理系科目かと思った」
 言えば咲良は気を悪くするどころか、ケラケラと笑いながら言った。
「まっさかあ、そんなわけないじゃん。俺が理系科目でいい点数? ないない!」
「お前理系クラスだろうが……」
「いいか、春都。理系クラスだからって、理系科目が得意なわけじゃないんだぜ?」
「かっこつけているところ悪いが、その理系科目ができないとしんどいクラスなんじゃないか」
 はっはっは、と咲良は上機嫌に笑ってごまかした。
「何とでも言えばいいさ。俺は今、機嫌がいい!」
「手ごたえがあったからか」
「んーそれもあるけどー」
 まるで演説をするかのごとく、咲良はグッとこぶしを握り締め、テーブルに手をつき、言った。
「これが終わったら、遊園地!」
 そう言い切る咲良を思わずぽかんと見上げる。
 と、その時チャイムが鳴った。咲良は、「あ、やべ」と時計を見ると、ぞろぞろと人が入ってくる前に、慌てて廊下に向かった。
「じゃ!」
「おー」
 まるで小学生みたいだな、あいつ。
 さて、俺も遊園地は楽しみだ。心の底から楽しめるように、今のうちに頑張っておくとしよう。

 手ごたえというものがよく分からないが、まあ、悪いことはないだろう、というような気分で帰路につく。
 うーん、昼の日差しは暑い。今日は雨が降るという話だったが、すっきり晴れているなあ。
「ふー、ただいまー」
 明るいうちに、家に帰りつくのは気分がいい。クーラーを設定していたから、涼しいな。
「わふっ」
「うめずー、ただいま。今日も留守番ありがとうな」
「わう」
 荷物を片付け、着替えをしたところで、台所の方からアラームが聞こえてきた。お、ナイスタイミング。いい仕事するなあ、朝の俺。
「炊き立て~」
 アラームの主は、炊飯器。帰ってくる頃に炊きあがる計算でタイマーをセットしていたが、ちょうど読みが当たったようだった。
 さて、明日の勉強の前に、腹ごしらえだ。
 炊き立てご飯を茶碗で……というのもいいが、今日はちょっと違う。おにぎりにするぞ。しかも、シンプルな塩おにぎり。
「あつ、あつっ」
 ラップ越しに伝わる、炊き立てのご飯の熱。やけどしないように、ひょいひょいっと跳ねるように握る。
 お、ちょっと慣れてきた。きれいに握れたかな。
 塩をふって、皿にのせる。今日はまだまだあるぞ。
 買い置きしている、ウインナー。少し切れ目を入れて、油を広げて熱したフライパンで焼いていく。火が通るにつれて、切れ目が広がっていくのが面白い。カリカリになるくらい焼いて、おにぎりの横に。
 あとは、卵焼きだ。朝以外の時間帯に卵焼きを焼くって、変な感じである。いつ焼いてもいいんだけどなあ、なんだか朝のイメージがあるんだよなあ。
 いつも通りくるくるっと焼いたら、切って盛り付ける。
 うん、うまく焼けた。きっとテストの成績はいいはずだ。
「これだと、咲良とあんま変わんねーな」
 思わず笑ってしまう。卵焼きの出来で、テストの出来を確信するって。ふふ。
 よし、これでいい。これに冷たい麦茶があれば、完璧な夏の昼ご飯だ。
「いただきます」
 炊き立てご飯のおにぎりは、シンプルに味わうのが一番うまいと思う。はふっとほぐれるようなご飯、ほのかな甘い香り、塩気。粒が立っていて、歯ごたえもある感じがして、うまい。柔らかいだけじゃない、この食感。
 噛みしめると、米の甘味が滲み出す。この甘味をおいしく味わえるのが幸せだ。炊き立てご飯の匂いがだめな時って、体調が悪い時だから。
 米がうまいということは、元気だということだ。少なくとも、俺は。
 さて、ウインナーを一つ。ん、いい焼き加減。切れ目のとこがカリッカリで香ばしい。ここまで焼いてこそだなあ、ウインナーって。
 パチッとはじける皮、プリプリの中身。いつも食べているウインナーだけど、こうやって食べるとなんとなく違って感じる。
 卵焼きも焼きたてで温かい。ジュワッとした甘みをよく感じる。冷えたのとはやっぱ違うなあ。お弁当感はなく、おかず、って感じ。うーん、うまく表せないなあ。ともかく、どっちでもうまいということであり、それぞれに良さがあるということだ。
 少し冷えてきた米もうまい。表面が少し乾燥した感じが何となく癖になる。あんまり観想するとかたくてしょうがないが、程よいくらいだと、いいアクセントだと俺は思う。
 口の中でやわらかくなるにつれて、甘味が分かるのが面白い。
 冷たい麦茶は、夏の味方。乾いた体に染みわたる。
「はー……うま」
 腹いっぱいになった。元気も気力も充実した。
 さて、テスト勉強、頑張るかあ。

「ごちそうさまでした」
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