一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第七百十八話 アメリカンドッグ

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 今日は珍しく、朝比奈から招集がかかった。メンバーは、こないだの勉強した四人組だ。
「どうしたんだろーな、朝比奈」
 校門の前で朝比奈を待つ間、スマホを扱っていた咲良が言った。
「百瀬、なんか聞いてない?」
「なーんも。いつも通りだよ」
 百瀬は片耳にイヤホンをはめ、音楽を聞いているようだった。
 次々と校門から出てくる生徒の中に、朝比奈の姿はまだ見当たらない。咲良はスマホを鞄に入れると言った。
「なんか勉強分かんねーとこあんのかな?」
「えー……朝比奈の分かんねーこと、俺、分かるかなあ」
「俺は無理~」
 と、百瀬は他人事のように言う。咲良は笑った。
「春都なら大丈夫! だって、俺の聞いたことにも答えられるし!」
「だってなあ……咲良のはなあ……」
「あれ? もしかして俺、バカにされてる?」
「してないしてない」
 あれこれと話をしているうちに、朝比奈がやって来た。慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる。
「悪い、遅くなった。ホームルームが長くて……」
「おー、お疲れ~」
 朝比奈がすっかり疲れてしまっているようだったので、バスセンターに移動することにした。あそこは、クーラーも効いてて涼しいしな。
「何でホームルーム長くなったん?」
 咲良が聞くと、朝比奈はげっそりした様子で答える。
「なんか、副担任がおすすめの本を急に紹介しだして……」
「あーあるある。先生たちって、突然スイッチ入るよなあ」
「何だっけ、何とか主義についてどうのこうのって……」
「一個も覚えてねーじゃん」
 と、咲良は大笑いした。
 バスセンターの中の、ちょっとした休憩所みたいな場所。フードコートのように広いわけではないが、バス停よりは広い、簡単な机と椅子と、自販機が置かれた場所に向かう。
「はー、なんか甘いもん飲みたいな」
 そう言って咲良はある自販機に近づいた。それは、瓶入りのジュースの自販機だ。コーラにサイダー、ジンジャーエール、ぶどうとオレンジ。全部炭酸飲料だ。
「よし、コーラにしよう」
「俺も」
 うーん、何にしようか。よし、オレンジジュースにしよう。
 お金を入れて、扉を開く。横向きに入れられた瓶が、縦に並んでいる。蓋が一様にこっちを向いているのが面白い。一本取って、自販機にある栓抜きで蓋を開ける。
 百瀬もサイダーを買い、朝比奈はジンジャーエールを買っていた。
 キンキンに冷えたオレンジジュースは、暑く乾いた体に染みわたる。ほんの少し酸味があって、薄めのオレンジジュース。これ、好きなんだよなあ。
「で、話ってなんだよ」
 咲良が聞くと、少し落ち着いたらしい朝比奈が、鞄からあるものを取り出した。今日方形の紙? なんだろう。
「実は、招待券をもらったんだ」
 よく見るとそれは、野球の招待券のようだった。
「ちょうどテスト明けだし、四人分とれるし……どうかなと思って」
「えっ、最高じゃん!」
 咲良は朝比奈からその紙を受け取ると、楽しげに眺める。百瀬はサイダーを飲み、「いいねえ」と言った。
「テスト明けなら、後はもう、夏休み待つだけって感じだしね」
「招待券とか、すごいな」
「な、な、球場行ったらさ、いろいろあるよな、食べ物。何食う?」
 咲良はすっかりはしゃいだ様子である。
「あれあるよな、きゅうりの一本漬け」
「おー! いいな!」
「弁当とか、限定グルメとか……」
「限定!」
「スイーツも結構あったよねえ。アイスとか」
「スイーツ! いいじゃん、フルコースじゃん」
 フルコースって、いったいどんだけ食うつもりだ。財布がもたないぞ。でもまあ、限定という言葉に惹かれるのは、分からなくもない。
 野球かあ……久しく行ってないなあ。
「じゃ、皆、行く気はあるんだな」
 よかった、と朝比奈は笑った。
 それからしばらく話が弾み、薄らコバルトブルーのジュースの空瓶の表面についた水滴が、机に小さな小さな水たまりを作っていた。

 何も食べず話し込んでしまったから、すっかり腹が減ってしまった。家に帰る前に、なんか腹に入れておこう。
「アメリカンドッグ、一つ」
「ケチャップとマスタードはお付けしますか」
「はい」
 コンビニで、アメリカンドッグを買った。便利だなあ、コンビニって。
 外では咲良が待っていた。こいつも腹が減ったらしく、咲良はフランクフルトを買っていた。
「いただきます」
 ケチャップとマスタードをきれいに絞れると嬉しい。容器をパキッて割る感覚も好きだな。
 ほんのりと温かい表面はザクっと香ばしく、中はふわふわ、ねっちりしている。甘い衣はホットケーキに似ていて、でも、ほんの少し違う。コンビニのアメリカンドッグの衣の味だ。
 ケチャップは甘くて、マスタードが少し酸味がある。ザラ、プチッとした食感は、マスタードの粒だな。
 あ、ソーセージ。魚肉ソーセージみたいな食感だけど、ちゃんと肉だ。
 フランクフルトのソーセージとも、また違うんだよなあ。パリッとした感じがないというか。やっぱそれぞれでおいしい作り方とかあるんだろうか。それとも、同じだけど違うように感じているだけなのだろうか。
「きゅうりの一本漬けってさー、手づかみで食うの?」
 咲良がフランクフルトにかぶりつきながら聞いてくる。
「いや、それこそ、串に刺さってる」
「なにそれ、超楽しそう。絶対食おう」
「もう暑いし、売ってるんじゃないか」
 ただし、とても人気なうえに売ってる場所が限られてるから、買うのは大変だけど。
 串の下の方にある、カリカリをしつこくかじる。ここまで食ってこそ、アメリカンドッグだよな。
 あ、そういや、ケチャップとマスタード、どこに入れるか問題解決してないや。
 ……んー、まあ、いっか。今のままで十分うまいし、きっとうまいから、こういう食べ方になっているんだろうし。
 俺も球場で何食べようかなあ。前に行った時からはずいぶん変わっているだろうから、しっかり調べておくとしよう。

「ごちそうさまでした」
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