一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第七百十六話 冷やしうどんといなり寿司

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 教室に戻ると、ちらほらと残るクラスのやつらにまぎれて、朝比奈と百瀬がいた。割と居残り勉強してるやつは多いみたいで、他の教室も思いのほか賑やかなものであった。
 普段の放課後より少しばかり騒がしい。
「おー、待ってたよ~」
「……ずいぶん買ってきたんだな」
「咲良があれもこれもって」
「だってー、甘いの食ったらしょっぱいの食いたくなるじゃん」
 ねー、と咲良と百瀬が顔を見合わせて言う。朝比奈は大袋のお菓子を持ち、なるほど……とつぶやいた。納得しなくていいんだぞ、朝比奈。
「菓子食うのが目的じゃねえだろ。ほれ、勉強」
「はーい」
 咲良は、バリッとポテチの袋を開けながら、笑って返事をする。百瀬は百瀬で、チョコレートの大袋を開けている。
「お菓子パーティだ」
 朝比奈がぼそっとつぶやく。この状況は確かに、勉強するようには見えねえなあ。
 ほどほどにお菓子をつまみながらワークを進め、時々咲良に教え、ちょいちょいやってくるよその勉強組や部活組を適当にあしらっていたら、とうとう咲良の集中が切れた。まあ、もった方かな。
「あー、暇ー」
 咲良はペン回しをしながら言う。
「いや、課題あるだろ」
「やってても暇なの」
「それは楽しくないっていうんじゃないの~?」
 もう何袋目か分からないチョコ菓子を口に放り込んだ百瀬が言う。こいつはなんだかんだ言いながら、順調に進んでいるようだ。
 朝比奈は黙々と生物の課題をこなしている。横から見たが、やっぱ理系クラスってやってること違うんだなあ、と実感する。なんか、咲良が勉強聞きに来るから、たいして違わないと思っていたが……
 思わず咲良を見ていたら、咲良はきょとんとこちらを見て言った。
「なんだよ春都、その目は」
「いや……何でもない」
「あ、そう? それよりさ、テスト終わったらどっか遊び行こうぜ~」
 きた、現実逃避。まともに取り合っていると自分の時間が惜しいので、課題をしながら相槌を打つ。
「今度はどこに行きたいんだ」
「えー、遊園地とか?」
「いいねいいね、遊園地!」
 百瀬は意外と乗り気なようである。朝比奈がペンを走らせながら、「遊園地か……」とつぶやく。
 咲良はノートの端に落書きをしながら話を続けた。
「近場でもいいんだけどー、ちょっと遠出してさ。大きいとこ行きたいよなー」
「アトラクションもいっぱいだもんね」
「そーそー、ジェットコースター乗りたいなーって」
 ジェットコースターねえ。そういやまともに乗ったことねぇなあ。
「あ、水族館とかもよくない? 動物園も」
「おー、いいな! 最近行ってないもんなー」
「だいぶ大掛かりな話になってきたな……」
「……夏休みの計画立ててるみたいだ」
 ぼそっとつぶやいた言葉に、朝比奈がそう返す。
「そうだなあ、でも、夏休みもそんなに遊ぶ暇なさそうだけど」
「それな」
 朝比奈はワークを閉じ、時計を見るそぶりをする。俺もそろそろ片付けるかなあ。ちょうど区切りがいいところだし。思ったよりも進んだ。よかったよかった。
「ほれ、遊びに行くにしたって、まずは目の前のテストだろ」
 そう言えば百瀬は「そうだねえ」と言って教科書を閉じ、咲良は、むうっと顔をしかめた。
「ほれ、咲良。そろそろ時間」
「えーもう? 早いなあ。外が明るいから、変な感じ~」
 下校時刻が迫っても外は明るい。が、窓から遠くに見える古い建物のネオンがまぶしいから、それなりの時間であることはなんとなく分かる。
 片づけを済ませ、教室を出る。ちょうど入れ替わりにやってきた先生が廊下で、下校時刻がもう間もなくだということを告げた。
 お菓子は食ったが、腹減った。
 晩飯、どうしようかなあ。

 なんて悩みもすぐに立ち消える、家の明かり。ばあちゃんが来ていたようだ。
「今日の晩飯、何?」
 片付けも早々に、台所にいるばあちゃんに聞く。
「今日は冷やしうどんといなり寿司」
 冷やしうどん、いいねえ。冷たいうどんがおいしい季節になった。
「お風呂入っちゃいなさい」
 思ったよりも汗をかいていたらしい。風呂に入るとさっぱりした。
 テーブルにはうどんといなり寿司がある。
「いただきます」
 真っ白なうどんに真っ白なとろろ、それになめことねぎ。シンプルなのがうれしいな。そこにつゆをかけて、よく混ぜる。
 うどんは冷たく口当たりがいい。とろろのおかげでするするっと入っていく。とろろって、ご飯にも合うけどうどんにもぴったりだよなあ。温かいのにのせるとふわっとして、冷たいのだとつるっとして。
 あ、少しかたまりも入っている。当たりを引いた気分だ。シャキシャキしてる。とろろは程よい芋の風味と、つゆの甘味でうまい。
 ねぎって、あるのとないのとじゃ大違いだよなあ。この風味と食感が、麺の食感の合間に感じられると嬉しい。
 なめこ、プチっとした触感。トロッとしていて、つるつるすべる。噛みしめるとなめこの風味がジワッと滲み出す。みそ汁に入れた時とはまた違う風味に感じるから不思議だ。
 そして、暑くなってくると、粘りのある食材が妙にうまく感じる。
 元気が出るものだって、体が分かってんのかな。すげーよなあ、人間って。
 程よい酸味の酢飯に、甘く炊いた揚げがぴったりのいなり寿司。ジュワッと甘い汁が染み出してきて、酢飯と相まって最高にうまい。いなり寿司も元気出るよなあ。出来立てのほんのり温かいのもいいんだけど、冷えたいなり寿司もまたうまい。
 今度、弁当に入れようかな。
 腹は減っていたがなんとなく億劫な気分の蒸し暑い帰り道だったが、ばあちゃんのおかげで、楽しい飯になった。
 さて、暑さはこれから本格的になる。なにか、元気の出るものを考えないとなあ。
 ま……あれだ。誰かが作ってくれる飯なら、何だって元気になれるんだけどな。

「ごちそうさまでした」
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