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日常
第七百十五話 アイス
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四時間目の終盤。今日も相変わらず蒸し暑い。体力を地面に吸われるような感覚である。クーラーは動いているが、窓の向こうから湿気がにじり寄ってくる。
「はい、今日はここまで」
先生が教科書をめくりながら言う。
「テストは前回やったところまでが範囲です。しっかり復習しておくように」
ああ、そっか、そろそろ期末テストか。
チャイムが鳴り、先生が「号令~」と言う。一年生の頃よりも緩慢な動きになった号令が終わると、先生は教室を出ていく。さて、昼休みだ。
ざわつく教室と廊下、ただでさえ蒸し暑いのにこの人口密度じゃ、余計に疲れてしまいそうだ。
「春都~」
「おっ、来たな」
移動教室から帰って来たらしい咲良は、自分の教室へは向かわず、こっちにやってくる。
「もうすぐテストだよー、やばいよー」
ほら来た。そろそろかなあ、とは思っていたんだ。先生たちが本格的にテストの話をしだすとやっと焦り始めるのが咲良である。
「俺何もやってねえってことに今、気がついた」
「だいぶ遅いなあ」
「っつーわけだから、よろしくな!」
「は?」
何がどうよろしくなんだ。訳が分からず咲良を見ると、咲良はにっこりと笑って言ったものである。
「今日の放課後から、いろいろ勉強教えてくれ!」
「え、やだよ」
「即答かよ。薄情な」
咲良はそう言いながらも笑っていた。
「ま、そうはいっても春都は優しいから見捨てるようなことはしないよな?」
「見捨てるとは人聞きの悪い。俺は、とっとと帰りたいだけだ」
「まぁいいじゃん、たまにはさ。居残り勉強って、学生らしいだろ」
「さっさと家に帰って勉強するのも、学生らしいと思うがな」
「それだと教えてもらえないし」
そんなわけだから、と咲良は強引に話題を変えた。
「弁当持って教室来るから! じゃ!」
「あ、おい!」
ちぇっ、こうなると咲良は頑固なんだ。今日は、諦めて勉強に付き合ってやるほかない、か。
「こういう時の井上に逆らっても、ろくなことはない」
ふいに背後から声が聞こえてきた。
「朝比奈」
「……って、そんなこと、一条が前に言ってたなあって」
「……正解だ」
「えーなになに? 勉強会? いいねぇ、楽しそう。俺らも混ぜてよ!」
「百瀬」
いつの間にやら朝比奈と俺の間に入り込んでいた百瀬が、楽しげに言った。朝比奈は少しびっくりした顔で百瀬を見た。
「……俺もか?」
「せっかくだし、ね?」
「んー……まあ、今日は予定ないし、いいか」
かくして、放課後の勉強会が決定したのである。
「……で、なんでドラッグストアにいるんだ」
学校近くにできた、ドラッグストアのお菓子売り場。咲良にかごを持たされ、ついて行きながら聞く。
「そりゃあ、勉強会にお菓子は必須だろー」
次々とお菓子をかごに放り込んでいく咲良。余ったら持って帰るから、俺が買う、とは言っていたが……わざと余らせようとしてるんじゃないかって量だ。
「いや、その理屈は分からん」
「えー? 甘いもの食った方が頭も回るっていうじゃん」
「限度がある。遊びじゃないんだぞ」
「分かってるって。あ、これ新作? 買っちゃお」
結局、袋二つ分になるくらいの量のお菓子を買って、店を出た。
夕方ではあるがまだ日は高く、昼間のようである。そろそろセミが鳴いてもおかしくないようなぬるい風に、思わず眉間のしわが深くなる。
「あっつ……」
「やっぱこの時期は蒸し暑いよなあ」
「冷たいものが食べたくなる」
かといって取り過ぎてもいけないのだが。でもやっぱり、アイスが食いたくなる。あー、さっき買っとけばよかったかなあ。
「ふっふっふ、そう言うと思って」
咲良は意味深に笑うと、袋に手を突っ込んで漁り始めた。「あれ、どこいった? 上の方にあったはず……」などとつぶやいていたが、「あった!」とあるものを取り出した。
「じゃーん、アイス! 二つ入りのやつね」
あー、カフェオレ味の。二本つながってるやつだ。
「ソーダ味もあったんだけど、やっぱこっちかなーって。はい、春都」
「おう、サンキュー」
手になじむ、ひんやりとした感覚が心地よい。おっと、のんびりしていたらとけてしまう。
「いただきます」
シャリシャリと細かい氷の入った、カフェオレ味のアイス。トロッとしているようで、シャーベットのようでもある。よく味わえば、不思議な食感である。
この、鼻から抜けるコーヒーの風味がいいんだよなあ。
コーヒーって、苦いけど、風味が好きだ。しかし、このアイスのコーヒー味は甘い。ついつい一気に吸ってしまいそうになってしまう。そしたら頭が痛くなって大変だから、じっくり、でも溶けない程度に、食べる。
もにもにと容器を揉む。うーん、この手触りも好きだ。アイスを揉むって、なんか不思議だよな。
「あ、やべ、朝比奈たちの分のアイス、買ってない」
容器をくわえたまま、咲良は言った。
「いいや、黙っとこ。春都も内緒な」
「おう」
最後の方はサラサラになっているので、サーッと口に流しこむ。
少しぬるくなったアイスが、やけにおいしく感じた。
「ごちそうさまでした」
「はい、今日はここまで」
先生が教科書をめくりながら言う。
「テストは前回やったところまでが範囲です。しっかり復習しておくように」
ああ、そっか、そろそろ期末テストか。
チャイムが鳴り、先生が「号令~」と言う。一年生の頃よりも緩慢な動きになった号令が終わると、先生は教室を出ていく。さて、昼休みだ。
ざわつく教室と廊下、ただでさえ蒸し暑いのにこの人口密度じゃ、余計に疲れてしまいそうだ。
「春都~」
「おっ、来たな」
移動教室から帰って来たらしい咲良は、自分の教室へは向かわず、こっちにやってくる。
「もうすぐテストだよー、やばいよー」
ほら来た。そろそろかなあ、とは思っていたんだ。先生たちが本格的にテストの話をしだすとやっと焦り始めるのが咲良である。
「俺何もやってねえってことに今、気がついた」
「だいぶ遅いなあ」
「っつーわけだから、よろしくな!」
「は?」
何がどうよろしくなんだ。訳が分からず咲良を見ると、咲良はにっこりと笑って言ったものである。
「今日の放課後から、いろいろ勉強教えてくれ!」
「え、やだよ」
「即答かよ。薄情な」
咲良はそう言いながらも笑っていた。
「ま、そうはいっても春都は優しいから見捨てるようなことはしないよな?」
「見捨てるとは人聞きの悪い。俺は、とっとと帰りたいだけだ」
「まぁいいじゃん、たまにはさ。居残り勉強って、学生らしいだろ」
「さっさと家に帰って勉強するのも、学生らしいと思うがな」
「それだと教えてもらえないし」
そんなわけだから、と咲良は強引に話題を変えた。
「弁当持って教室来るから! じゃ!」
「あ、おい!」
ちぇっ、こうなると咲良は頑固なんだ。今日は、諦めて勉強に付き合ってやるほかない、か。
「こういう時の井上に逆らっても、ろくなことはない」
ふいに背後から声が聞こえてきた。
「朝比奈」
「……って、そんなこと、一条が前に言ってたなあって」
「……正解だ」
「えーなになに? 勉強会? いいねぇ、楽しそう。俺らも混ぜてよ!」
「百瀬」
いつの間にやら朝比奈と俺の間に入り込んでいた百瀬が、楽しげに言った。朝比奈は少しびっくりした顔で百瀬を見た。
「……俺もか?」
「せっかくだし、ね?」
「んー……まあ、今日は予定ないし、いいか」
かくして、放課後の勉強会が決定したのである。
「……で、なんでドラッグストアにいるんだ」
学校近くにできた、ドラッグストアのお菓子売り場。咲良にかごを持たされ、ついて行きながら聞く。
「そりゃあ、勉強会にお菓子は必須だろー」
次々とお菓子をかごに放り込んでいく咲良。余ったら持って帰るから、俺が買う、とは言っていたが……わざと余らせようとしてるんじゃないかって量だ。
「いや、その理屈は分からん」
「えー? 甘いもの食った方が頭も回るっていうじゃん」
「限度がある。遊びじゃないんだぞ」
「分かってるって。あ、これ新作? 買っちゃお」
結局、袋二つ分になるくらいの量のお菓子を買って、店を出た。
夕方ではあるがまだ日は高く、昼間のようである。そろそろセミが鳴いてもおかしくないようなぬるい風に、思わず眉間のしわが深くなる。
「あっつ……」
「やっぱこの時期は蒸し暑いよなあ」
「冷たいものが食べたくなる」
かといって取り過ぎてもいけないのだが。でもやっぱり、アイスが食いたくなる。あー、さっき買っとけばよかったかなあ。
「ふっふっふ、そう言うと思って」
咲良は意味深に笑うと、袋に手を突っ込んで漁り始めた。「あれ、どこいった? 上の方にあったはず……」などとつぶやいていたが、「あった!」とあるものを取り出した。
「じゃーん、アイス! 二つ入りのやつね」
あー、カフェオレ味の。二本つながってるやつだ。
「ソーダ味もあったんだけど、やっぱこっちかなーって。はい、春都」
「おう、サンキュー」
手になじむ、ひんやりとした感覚が心地よい。おっと、のんびりしていたらとけてしまう。
「いただきます」
シャリシャリと細かい氷の入った、カフェオレ味のアイス。トロッとしているようで、シャーベットのようでもある。よく味わえば、不思議な食感である。
この、鼻から抜けるコーヒーの風味がいいんだよなあ。
コーヒーって、苦いけど、風味が好きだ。しかし、このアイスのコーヒー味は甘い。ついつい一気に吸ってしまいそうになってしまう。そしたら頭が痛くなって大変だから、じっくり、でも溶けない程度に、食べる。
もにもにと容器を揉む。うーん、この手触りも好きだ。アイスを揉むって、なんか不思議だよな。
「あ、やべ、朝比奈たちの分のアイス、買ってない」
容器をくわえたまま、咲良は言った。
「いいや、黙っとこ。春都も内緒な」
「おう」
最後の方はサラサラになっているので、サーッと口に流しこむ。
少しぬるくなったアイスが、やけにおいしく感じた。
「ごちそうさまでした」
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