一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
765 / 854
日常

第七百十四話 いきなり団子

しおりを挟む
 久しぶりに、何の予定もない日曜日である。
「うめず、散歩に行くか?」
「わうっ」
 せっかく天気も良く、加えて、俺にしては珍しく動く気力がある。少し遠くまで行こうかな。なかなか散歩にも行けないからなあ。
 リードをつけて、さっそく出発だ。
「さー、どこ行こうか?」
「わふっ」
「車の通りが少ないから、どこでも行けるなあ」
 相変わらず、この町の日曜日は静かだ。日曜日に限らず穏やかなものではあるが、それでもやはり、平日に比べるとしんとしている。人はいるはずなんだけど、不思議だなあ。
 この間まで寒いと思っていた朝も、気が付けばすっかり蒸し暑い。
 寝るときはまだ、窓開けて網戸にしていれば、風通しが良くて気持ちがいいんだけどなあ。こうやって、徐々に夏になっていくんだろう。
 夏になったら、何が食べたいかな。
 やっぱり思いつくのは、夏野菜だなあ。とうもろこし、トマト、ピーマン、ゴーヤ……夏が旬の野菜は、鮮やかでまぶしい色のものが多い。太陽の光をたくさん浴びるからなのかな。暑いと陽気なイメージがある。
 今年は、海に行けるかな。
「せっかくだから、うめずも一緒に行きたいな」
「わふっ」
 海の家とか行ってみたいな。屋台もいいなあ。夏は何かと賑やかで、日も長く、騒がしいから好きだ。
 川沿いを行き、観月の家を横目に帰路につく。結構歩いたな。
 汗かいたし疲れたし、着替えてさっぱりしたら、ゆっくりしよう。そうだ、ゲームをしようか。最近ゆっくりできてないもんなあ。
「お」
 マンションのエントランスに、見慣れた姿があった。田中さんと山下さんだ。
 ゆったりとした、だぼだぼのスウェット姿の山下さんは眠そうで、そういう髪のセットなのか寝癖なのかよく分からない感じになっている。
 一方の田中さんは、Tシャツにジーパンというシンプルだけどしっかりとした格好をしている。
「おはようございます」
 声をかけると、二人はそろって振り返った。
「おお、おはよう。一条君」
「やっほ~、元気だねえ。お散歩?」
「はい」
 せっかく早起きしたので、と言うと、田中さんはにやっと笑って山下さんを見た。
「だとよ、晃。少しは一条君を見習ったらどうだ」
「んえ~? 俺はいいよお。のんびり過ごしたいし~」
「たまには一緒に走るか」
「やめてくれえ」
 あはは、仲いいなあ。うめずは二人を交互に見ると、吠えることもなく、俺の横に大人しく座った。
 ただし、山下さんの持っている大きな袋を興味津々で嗅ぎながら。
「こら、うめず。やめろ」
「おっ気になるかあ? これなあ、何だと思う?」
「わう」
 山下さんの問いに答えるようにうめずが吠えると、山下さんはうめずを撫でまわしながら笑って言った。
「正解! いきなり団子でした~」
「いきなり団子?」
 思わず聞き返すと、山下さんは相変わらず眠そうなまま「そうだよ~」と言った。
「熊本の有名なお菓子だよ~」
「知ってます。あんまり食べたことはないですけど」
「じゃあ貰ってくれないか?」
 そう言うのは田中さんだ。見れば田中さんは、大きな袋を抱えている。
「俺の親の実家が熊本でな。たまに持って来てくれるんだが……量が多くてなあ。うちだけじゃ消費しきれないんだ」
「えっ、いいんですか」
「むしろ貰ってくれると助かる」
 こいつにはいつも持って来てるんだけどな、と田中さんは山下さんを指さしながら言った。
「今回は特に多くて」
「ありがとうございます。嬉しいです。さっそくおやつに食べさせてもらいます」
「おう」
 やった、これは思いがけないラッキーだ。
 早起きは三文の徳というが、確かに。さて、ほうじ茶でも入れて食べるとしますかね。

 テレビの前に落ち着いて、ほうじ茶のパックと熱湯を入れた急須を傾ける。いくら暑くても、どうしても熱々のお茶が飲みたい時があるのだ。
 いきなり団子はごつごつした見た目で、薄黄色い皮の向こうに、あんこの茶色とサツマイモの黄色が見える。
「いただきます」
 前に一度食べたことがあるけど、どうだったかなあ。ああ、うん、こんな味だったんだ、って感想だったような。
 さて、今食ったらどんな感じかな。
 薄い皮はつるりとしていて、歯切れがいい。もちっとしていて、粉っぽくなく、しかももちもちし過ぎないから、すごくいい。ちょうどいい。俺の中での、団子の皮の理想形って感じだ。うすら甘いのもいい。
 あんこは少なめだな。粒あんの印象だったけど、これはこしあんなんだ。嬉しいな。粒あんも好きだけど、やっぱり俺はこしあんの方が好きだな。
 甘さ控えめで、少し塩気がある。鼻から抜ける小豆の風味がいい。
 そんでもってこのサツマイモ。なにこれ、超うまい。さつまいも、めっちゃ甘いなあ。ほくほくとねっとりがいい塩梅で、くどくない素朴な甘みがたまらない。
 そんでもってこの三つのバランスがいいんだ。
 歯切れのいい、少しもちっとした生地、甘さ控えめのこしあんの滑らかさ、濃い甘さとほくほくトロッとしたサツマイモ。いきなり団子って、こんなにうまかったかなあ。やっぱ、作るところとか人によって違うんだなあ。
 そこに、温かいほうじ茶。はー、ほっとする。
 あ、テレビも何もつけてなかったな。まあいいや、こういう静かな中で甘いものをじっくり楽しむのも贅沢なことだ。
 あとでまた食べよう。今度は緑茶でもいいかもなあ。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

処理中です...