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日常
第七百十二話 弁当
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今日はいつもより少しだけ朝が慌ただしい。父さんと母さんも仕事に出るからだ。今度は一カ月くらいって言ってたかな。
「じゃ、お先に。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「うん、父さんと母さんも」
母さんから弁当を受け取り、外に出る。いまだにひんやりとした空気で、クーラーが恋しかったのが噓のようだ。冬服を着るほどではないが、何か一枚羽織るものがあるといいなあ、と思う。
「いつになったら暑くなるんだろ……」
何気なくつぶやけば、母さんの「そうねぇ」という声が聞こえた。次いで、父さんが「寒いくらいあるな」と言う。
「まあ、暑すぎても嫌だけど」
「あはは、本当にね」
「――行ってきます」
「気を付けてね」
さて、今日は一時間目から体育だ。エレベーターで降りながら荷物の確認をする。よしよし、大丈夫そうだ。
「テスト前なら、授業にしてくれたっていいのになあ……」
叶わぬ願いをつぶやきながら道路に出て、上を見る。うちのベランダには、父さんと母さんがいた。俺が見上げるということを確信していたかのように、大きく手を振っている。
いつもより太陽がまぶしい気がして、目を細めながら手を振り返した。
「あー……だっるい」
木陰を選んで地面に座る。体育の授業は時々、思い出したように持久走をやる。クラスごとに分かれて、一方のクラスが走っている間、もう一方のクラスは自由時間のようなものを与えられる。
といっても、なにかしらの運動をしなければならないのだが。バスケやサッカーが人気だなあ。
今日は俺たちのクラスが最初に走った。少し涼しい空気のおかげで多少は気分良く走れたが、やっぱり、息苦しいのは好きになれない。
「どーすっかなあ……」
今更、うぇーいだのいえーいだの言って盛り上がっているバスケグループにも入りたくないし、ボールを追いかける気力もない。他にやることといえば……何かなあ。
「あ、やっぱりいた」
「んー? ああ、宮野か」
「一条は何もやってないと思ったよ」
え、なに、急に。宮野はにこにこと笑いながらこちらにやってくると、木陰に入りながら言った。
「人手が足りなくてさ。手伝ってよ」
「何を?」
「あれ」
そう言って宮野が指さした先には、体育倉庫があった。二宮先生と石上先生もいる。それと、大量の荷物。
「なんか体育倉庫の荷物を全部出して、在庫点検? とかするんだって。それで事務室の先生も来てるってさ」
「ふーん……」
「手が空いてるやつは手伝ってくれ、って言ってたけど、なかなか集まんなくて」
「いいよ、暇だし」
何もやっていなくてどやされるのも嫌だし。勢いをつけて立ち上がり、宮野と並んで歩きだす。そういやあの体育倉庫、いろいろ山積みになってたもんなあ。たまに片付けてるって聞いたけど、追いつかないのかな。
「先生、人を連れてきました」
「おー! 助かるよ。一条君、よろしくな」
「なんだ、運動してこなくていいのか?」
素直に笑う二宮先生とは反対に、石上先生がいたずらっぽく笑って言った。俺が運動苦手なのを知ってて言ってんだ。こういうところを見ると、漆原先生の友達なんだなあ、と思う。
「いいんです。今更やったところでどうにもなりませんし」
「そうか」
「今から開花するかもしれないぞ~?」
そう言う二宮先生は、大きな箱を二つも抱えて倉庫から出てきた。
「まさか」
開花する気も、させる気もない。
適当に笑っておいて、片づけを始めた。
「春都の運動能力が開花? いいじゃん、開花させちゃおうぜ」
昼休み、教室にやってきた咲良に話をすれば、そう言って笑った。
「嫌だ、無理だ」
「何もそこまで言い切らなくても……」
「別に俺は健康を保てる程度に運動できればいい」
「そっかあ」
咲良は椅子をもってきて座り、弁当を開いた。さて、俺も。
「いただきます」
咲良も今日は作ってもらったのか。塩ゆでしたらしいえびは、いつも咲良の弁当に入っている。
「春都の弁当って、いつも卵焼きが入ってるよなー」
と、咲良は言った。
「ああ、そうだな。お前の弁当にはえびがいつも入ってる」
「そういやそうだ。なんでだろ、昔っからなんだよな~」
「俺もだ」
さて、その卵焼きから食べようか。
ふわっとした歯触りにジュワッと染み出す甘味。しっかりと層が分かるしっかりした焼け具合。うん、これだよ、これ。幼稚園の頃からよく知っている味。小学校の遠足の時も、中学の校外学習の時も、この味がした。
白米の上には、豚肉を砂糖醤油でカリカリに焼いたやつ。これ、焼きたてでも冷えてもうまいからすごいと思う。米が進むことこの上ない。ごまがまぶしてあるから風味もいいんだ。カリッとしていて、脂がジュワーッ。砂糖醤油が香ばしい。
ピーマンをシンプルに塩こしょうで炒めたやつは、程よい食感。シャキシャキとみずみずしく、青い風味ですっきりする。
あ、今日冷凍のえびグラタンが入っている。これ、結構好きなんだ。甘くて、コーンみたいな風味もして、トロッとしてて。マカロニはもちもち、小エビは最後にとっておく。噛みしめるとじゅわあっと味が染み出してきてうまい。
そしてからあげ。豚肉も入っているし、肉が被っているが問題ない。むしろ大歓迎だ。醤油の濃い香ばしさと、冷めてもなおカリッとした食感の衣、プリプリの肉にジューシーな皮。最高にうまい。
さて……これから一カ月ほどは自分でまかなわなければならない。いつも通りに戻ったといえばそうだが……
あー、早く一カ月後にならないかなあ。
「ごちそうさまでした」
「じゃ、お先に。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「うん、父さんと母さんも」
母さんから弁当を受け取り、外に出る。いまだにひんやりとした空気で、クーラーが恋しかったのが噓のようだ。冬服を着るほどではないが、何か一枚羽織るものがあるといいなあ、と思う。
「いつになったら暑くなるんだろ……」
何気なくつぶやけば、母さんの「そうねぇ」という声が聞こえた。次いで、父さんが「寒いくらいあるな」と言う。
「まあ、暑すぎても嫌だけど」
「あはは、本当にね」
「――行ってきます」
「気を付けてね」
さて、今日は一時間目から体育だ。エレベーターで降りながら荷物の確認をする。よしよし、大丈夫そうだ。
「テスト前なら、授業にしてくれたっていいのになあ……」
叶わぬ願いをつぶやきながら道路に出て、上を見る。うちのベランダには、父さんと母さんがいた。俺が見上げるということを確信していたかのように、大きく手を振っている。
いつもより太陽がまぶしい気がして、目を細めながら手を振り返した。
「あー……だっるい」
木陰を選んで地面に座る。体育の授業は時々、思い出したように持久走をやる。クラスごとに分かれて、一方のクラスが走っている間、もう一方のクラスは自由時間のようなものを与えられる。
といっても、なにかしらの運動をしなければならないのだが。バスケやサッカーが人気だなあ。
今日は俺たちのクラスが最初に走った。少し涼しい空気のおかげで多少は気分良く走れたが、やっぱり、息苦しいのは好きになれない。
「どーすっかなあ……」
今更、うぇーいだのいえーいだの言って盛り上がっているバスケグループにも入りたくないし、ボールを追いかける気力もない。他にやることといえば……何かなあ。
「あ、やっぱりいた」
「んー? ああ、宮野か」
「一条は何もやってないと思ったよ」
え、なに、急に。宮野はにこにこと笑いながらこちらにやってくると、木陰に入りながら言った。
「人手が足りなくてさ。手伝ってよ」
「何を?」
「あれ」
そう言って宮野が指さした先には、体育倉庫があった。二宮先生と石上先生もいる。それと、大量の荷物。
「なんか体育倉庫の荷物を全部出して、在庫点検? とかするんだって。それで事務室の先生も来てるってさ」
「ふーん……」
「手が空いてるやつは手伝ってくれ、って言ってたけど、なかなか集まんなくて」
「いいよ、暇だし」
何もやっていなくてどやされるのも嫌だし。勢いをつけて立ち上がり、宮野と並んで歩きだす。そういやあの体育倉庫、いろいろ山積みになってたもんなあ。たまに片付けてるって聞いたけど、追いつかないのかな。
「先生、人を連れてきました」
「おー! 助かるよ。一条君、よろしくな」
「なんだ、運動してこなくていいのか?」
素直に笑う二宮先生とは反対に、石上先生がいたずらっぽく笑って言った。俺が運動苦手なのを知ってて言ってんだ。こういうところを見ると、漆原先生の友達なんだなあ、と思う。
「いいんです。今更やったところでどうにもなりませんし」
「そうか」
「今から開花するかもしれないぞ~?」
そう言う二宮先生は、大きな箱を二つも抱えて倉庫から出てきた。
「まさか」
開花する気も、させる気もない。
適当に笑っておいて、片づけを始めた。
「春都の運動能力が開花? いいじゃん、開花させちゃおうぜ」
昼休み、教室にやってきた咲良に話をすれば、そう言って笑った。
「嫌だ、無理だ」
「何もそこまで言い切らなくても……」
「別に俺は健康を保てる程度に運動できればいい」
「そっかあ」
咲良は椅子をもってきて座り、弁当を開いた。さて、俺も。
「いただきます」
咲良も今日は作ってもらったのか。塩ゆでしたらしいえびは、いつも咲良の弁当に入っている。
「春都の弁当って、いつも卵焼きが入ってるよなー」
と、咲良は言った。
「ああ、そうだな。お前の弁当にはえびがいつも入ってる」
「そういやそうだ。なんでだろ、昔っからなんだよな~」
「俺もだ」
さて、その卵焼きから食べようか。
ふわっとした歯触りにジュワッと染み出す甘味。しっかりと層が分かるしっかりした焼け具合。うん、これだよ、これ。幼稚園の頃からよく知っている味。小学校の遠足の時も、中学の校外学習の時も、この味がした。
白米の上には、豚肉を砂糖醤油でカリカリに焼いたやつ。これ、焼きたてでも冷えてもうまいからすごいと思う。米が進むことこの上ない。ごまがまぶしてあるから風味もいいんだ。カリッとしていて、脂がジュワーッ。砂糖醤油が香ばしい。
ピーマンをシンプルに塩こしょうで炒めたやつは、程よい食感。シャキシャキとみずみずしく、青い風味ですっきりする。
あ、今日冷凍のえびグラタンが入っている。これ、結構好きなんだ。甘くて、コーンみたいな風味もして、トロッとしてて。マカロニはもちもち、小エビは最後にとっておく。噛みしめるとじゅわあっと味が染み出してきてうまい。
そしてからあげ。豚肉も入っているし、肉が被っているが問題ない。むしろ大歓迎だ。醤油の濃い香ばしさと、冷めてもなおカリッとした食感の衣、プリプリの肉にジューシーな皮。最高にうまい。
さて……これから一カ月ほどは自分でまかなわなければならない。いつも通りに戻ったといえばそうだが……
あー、早く一カ月後にならないかなあ。
「ごちそうさまでした」
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