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日常
第七百十一話 餃子
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月曜の朝、慣れた面倒くささとだるさをあくびでごまかしながら、身支度を済ませる。
「……何やってんの?」
台所が何やら騒がしいと行ってみれば、母さんがいろいろ準備をしていた。キャベツにひき肉、それとこの丸い皮はもしや……
「餃子?」
「そ、作っておこうと思ってね。もうすぐ仕事だから」
「あー」
そっか、もうそんな頃か。それにしたってこれは量が多すぎないか?
「いっぱいできそう」
「冷凍しておいたら食べられるでしょ?」
「うん、助かる」
「ちなみに、今日の晩ご飯も餃子だからね」
「はーい」
餃子かあ、焼いても揚げても、茹でてもうまい。自分ちで作った餃子が一番うまいと、俺は思う。もちろん、中華料理屋の餃子もいいんだけど、無限に食えるのは、うちの餃子だ。
からあげもそうだが、うまいと思うものはたくさんあれど、延々と食える気がするのは、やっぱり、うちのやつなんだよなあ。何なんだろ。やっぱ慣れとかあんのかな?
「さて、まずは何から作ろうかな……お父さんも手伝ってね!」
「おー頑張るぞ」
楽しみだなあ……ん? まずは何から、って言ったか? 今。またなんか企んでいるんだろうなあ。
それも含めて、楽しみにさせてもらうとしよう。
「餃子といえば、白飯だろう」
放課後の図書館で蔵書整理をしながら話をしていたら、漆原先生はそう言った。
「あれ、この間はビールとか言ってませんでした?」
「そりゃあ、合うよな。餃子用のビールがあるくらいだし。ハイボールもうまい」
「でも今、白飯って言いましたよね」
「なんというか、最近、そう感じるようになってな」
漆原先生は楽しそうに言った。へえ、そんなもんか。俺は当然、酒を飲めないから、酒とどう合うかはよく分からない。
「よう、禁酒は順調か?」
何やら低い声が聞こえてきた。
「やあ一条君も、こんにちは」
「こんにちは、石上先生」
石上先生は二冊、本を持って立っていた。
「返却、お願いしてもいいか?」
「はい、俺、やります」
「頼むよ」
さっき、禁酒って聞こえたけど、漆原先生、酒飲んでないのかな。結構好きそうだったのに。何かあったのかな。
「あいつな」
石上先生は少し声を潜めて、楽し気に話しかけてきた。
「健康診断で数値が悪かったの気にしてんの」
「あ、ああー……」
「まあ、いったん一カ月? やめてみるんだと」
「石上先生は大丈夫なんですか?」
聞けば先生は、にやっと笑った。
「まあな」
返却手続きを終えたところで、漆原先生がやってきた。先生はカウンター内に入りながら、笑って言う。
「全く飲まなくなるわけじゃないからな」
「何念を押すように言ってんだ」
石上先生は笑った。
大人って、いろいろあるんだなあ。
「あ、石上先生なら、餃子といえばなんだと思います?」
「そりゃもちろん、ビールだろう」
即答した石上先生に、漆原先生は「こいつ……」とつぶやいた。
「餃子にはビール……」
きれいに整列した餃子を眺めていたら、つい、口をついて出る。食品保存用のパックに餃子を詰めていた父さんが顔を上げた。
「どうした、急に」
「いや、よく聞くから、合うのかなーって……」
「そりゃ合うよ。ま、白飯でも十分うまいけどな」
「ふーん……」
今日は水餃子のようである。なんか久しぶりだな。基本、焼くか揚げるかだったから。揚げ餃子は、弁当にもいいんだよなあ。
「よし、終わり」
父さんが冷凍庫を占めると、母さんが言った。
「こっちもできたよ、食べようか」
大皿に乗った水餃子には、ねぎが散らされている。ポン酢を回しかけ、最後にごま油を少し垂らす。
「いただきます」
おっとっと。水餃子はつるつる滑るからつかみづらい。箸で取るのは結構至難の業だ。
よし、取れた。出来立ての水餃子は熱々だから、半分に割る。ほかあっと湯気が立ち上り、いい香りが漂う。
つるんとした皮は噛むともちもちしていて、食べ応えがある。まるで餅のようだとも思う。ひだの部分が特にもちもちしている。
さっぱりとした中身もまたいい。野菜がたっぷりだから、こってりしていないんだ。肉のふわふわにキャベツのジューシーさと甘み、そこにポン酢のさわやかな酸味がよく合う。ねぎのシャキシャキも、いい味出してる。
そこにごま油がよく効いている。さっぱりしすぎないのは、この風味のおかげだ。
柚子胡椒もつけてみる。ん、ピリッとして、柚子の風味が加わってうまい。柚子胡椒って、たいていのものに合うよなあ。
ラー油はまた違った辛さで、餃子によく合う。焼き餃子にも使うもんな。
「そうそう、今日はね、デザート餃子も作ったの」
たれのついたご飯を描きこんでいたら、母さんが言った。
「デザート?」
「そう、甘いの。冷凍してあるから、揚げて、食べてみてね」
「分かった。ちなみに、何が入って……」
「それは食べてみてのお楽しみ~。いろいろ作ってるから、楽しみにしててね」
おお、それで朝はあんなに楽しそうにしていたのか。甘い餃子かあ、楽しみだな。
……ちゃんとデザート用って、書いてあるんだろうか。分からずにたれなんぞにつけて食べたら、衝撃が計り知れない。
いや、意外とうまいのか? そこまでもくろんでいるかもしれない。なにせ、この母さんのことである。
とりあえず後で、冷凍庫を確認しておくとしよう。
「ごちそうさまでした」
「……何やってんの?」
台所が何やら騒がしいと行ってみれば、母さんがいろいろ準備をしていた。キャベツにひき肉、それとこの丸い皮はもしや……
「餃子?」
「そ、作っておこうと思ってね。もうすぐ仕事だから」
「あー」
そっか、もうそんな頃か。それにしたってこれは量が多すぎないか?
「いっぱいできそう」
「冷凍しておいたら食べられるでしょ?」
「うん、助かる」
「ちなみに、今日の晩ご飯も餃子だからね」
「はーい」
餃子かあ、焼いても揚げても、茹でてもうまい。自分ちで作った餃子が一番うまいと、俺は思う。もちろん、中華料理屋の餃子もいいんだけど、無限に食えるのは、うちの餃子だ。
からあげもそうだが、うまいと思うものはたくさんあれど、延々と食える気がするのは、やっぱり、うちのやつなんだよなあ。何なんだろ。やっぱ慣れとかあんのかな?
「さて、まずは何から作ろうかな……お父さんも手伝ってね!」
「おー頑張るぞ」
楽しみだなあ……ん? まずは何から、って言ったか? 今。またなんか企んでいるんだろうなあ。
それも含めて、楽しみにさせてもらうとしよう。
「餃子といえば、白飯だろう」
放課後の図書館で蔵書整理をしながら話をしていたら、漆原先生はそう言った。
「あれ、この間はビールとか言ってませんでした?」
「そりゃあ、合うよな。餃子用のビールがあるくらいだし。ハイボールもうまい」
「でも今、白飯って言いましたよね」
「なんというか、最近、そう感じるようになってな」
漆原先生は楽しそうに言った。へえ、そんなもんか。俺は当然、酒を飲めないから、酒とどう合うかはよく分からない。
「よう、禁酒は順調か?」
何やら低い声が聞こえてきた。
「やあ一条君も、こんにちは」
「こんにちは、石上先生」
石上先生は二冊、本を持って立っていた。
「返却、お願いしてもいいか?」
「はい、俺、やります」
「頼むよ」
さっき、禁酒って聞こえたけど、漆原先生、酒飲んでないのかな。結構好きそうだったのに。何かあったのかな。
「あいつな」
石上先生は少し声を潜めて、楽し気に話しかけてきた。
「健康診断で数値が悪かったの気にしてんの」
「あ、ああー……」
「まあ、いったん一カ月? やめてみるんだと」
「石上先生は大丈夫なんですか?」
聞けば先生は、にやっと笑った。
「まあな」
返却手続きを終えたところで、漆原先生がやってきた。先生はカウンター内に入りながら、笑って言う。
「全く飲まなくなるわけじゃないからな」
「何念を押すように言ってんだ」
石上先生は笑った。
大人って、いろいろあるんだなあ。
「あ、石上先生なら、餃子といえばなんだと思います?」
「そりゃもちろん、ビールだろう」
即答した石上先生に、漆原先生は「こいつ……」とつぶやいた。
「餃子にはビール……」
きれいに整列した餃子を眺めていたら、つい、口をついて出る。食品保存用のパックに餃子を詰めていた父さんが顔を上げた。
「どうした、急に」
「いや、よく聞くから、合うのかなーって……」
「そりゃ合うよ。ま、白飯でも十分うまいけどな」
「ふーん……」
今日は水餃子のようである。なんか久しぶりだな。基本、焼くか揚げるかだったから。揚げ餃子は、弁当にもいいんだよなあ。
「よし、終わり」
父さんが冷凍庫を占めると、母さんが言った。
「こっちもできたよ、食べようか」
大皿に乗った水餃子には、ねぎが散らされている。ポン酢を回しかけ、最後にごま油を少し垂らす。
「いただきます」
おっとっと。水餃子はつるつる滑るからつかみづらい。箸で取るのは結構至難の業だ。
よし、取れた。出来立ての水餃子は熱々だから、半分に割る。ほかあっと湯気が立ち上り、いい香りが漂う。
つるんとした皮は噛むともちもちしていて、食べ応えがある。まるで餅のようだとも思う。ひだの部分が特にもちもちしている。
さっぱりとした中身もまたいい。野菜がたっぷりだから、こってりしていないんだ。肉のふわふわにキャベツのジューシーさと甘み、そこにポン酢のさわやかな酸味がよく合う。ねぎのシャキシャキも、いい味出してる。
そこにごま油がよく効いている。さっぱりしすぎないのは、この風味のおかげだ。
柚子胡椒もつけてみる。ん、ピリッとして、柚子の風味が加わってうまい。柚子胡椒って、たいていのものに合うよなあ。
ラー油はまた違った辛さで、餃子によく合う。焼き餃子にも使うもんな。
「そうそう、今日はね、デザート餃子も作ったの」
たれのついたご飯を描きこんでいたら、母さんが言った。
「デザート?」
「そう、甘いの。冷凍してあるから、揚げて、食べてみてね」
「分かった。ちなみに、何が入って……」
「それは食べてみてのお楽しみ~。いろいろ作ってるから、楽しみにしててね」
おお、それで朝はあんなに楽しそうにしていたのか。甘い餃子かあ、楽しみだな。
……ちゃんとデザート用って、書いてあるんだろうか。分からずにたれなんぞにつけて食べたら、衝撃が計り知れない。
いや、意外とうまいのか? そこまでもくろんでいるかもしれない。なにせ、この母さんのことである。
とりあえず後で、冷凍庫を確認しておくとしよう。
「ごちそうさまでした」
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