一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
759 / 854
日常

第七百九話 ショートケーキ

しおりを挟む
 洗濯後も晴れることには晴れたのだが、端の方に分厚い雲が見えている。風もどこか冷たく、どことなく雨の匂いがする。
「ちょうどよかったね、全部片付いた後で」
 最後の洗濯物を袋に詰めながら、母さんは窓の外の空を眺めて言った。
「まだ洗剤のいいにおいがするな」
 と、父さんが廊下の方から戻ってくる。
「本当ね」
「でもさっそく寒い気もするなあ。晩は冷えそうだ」
「そうねぇ」
 ベランダから吹き込んでくる風はほんのりと冷たさをはらんでいて、本当に秋口のようである。
『もうすぐ梅雨入り、天気の悪い日が続くと、気がめいっちゃいますよね』
 つけっぱなしのテレビから、アナウンサーの声が聞こえてきた。
『さて、そこで今日は、天気の悪い日でも気分を上げていくための情報をお伝えしていこうと思います』
『いいですね~、最近はいろいろなグッズも出ていますからね』
『そうなんです。それに加えて、この時期だからこそのイベントについても紹介していこうと思います。それでは、まず……』
 時季になると、その時季ならではの特集が組まれる。規則的なニュースコーナーの後にこういう明るい音楽と、感情のこもったナレーションが聞こえてくると、興味のあるなしに関わらず、ちょっとうれしくなる。
 梅雨時のグッズ特集といえば、もっぱら湿気対策グッズだな。確かにじめじめしてるもんなあ。洗濯も乾かないし。
『まずはこちら。傘に関するお悩みを解決してくれるグッズです~』
 さて、一段落したことだし、のんびりしよう。久しぶりにスマホゲームでもしようかな。最近、ふと思い出してまたやり始めたゲームが、思いのほか楽しくてなあ。リズムゲームを全クリしてやろうと思っている。
 イヤホンつけて、ソファに座る。クッションを抱えた方が安定してとてもいい。
 さて、今日はどの曲をしようか。こっちのイベントのやつも楽しかったんだよなあ、あ、これは結構難しいやつ。やりがいはあるが、うーむ、悩む。
 よし、これ。ハードモードがまだクリアできてないんだ。
「っし」
 リズムゲームは、やり過ぎると指が痛くなる。途中で休憩を挟まないと、目も疲れるんだ。ごっそり体力削ってやってる感じある。
「ふー……」
 ぐるりと首を回し、イヤホンを片方外す。テレビもだいぶ進んでいるようだった。梅雨ならではのイベント、ねえ。
『――では、紫陽花祭りが行われています。出店も多く、このお祭りならではのメニューもあるようです。中継がつながっています……』
 イベント限定のやつって、惹かれちゃうんだよなあ。その場の空気も相まって、輝いて見えるというか。
 ふーん、紫陽花祭りねえ。あ、人が割と少ない。
「さて」
 ゲームの続きを……ん、なんかメッセージ来た。
『明日紫陽花祭りいこーぜ!』
 あ、咲良。もしや今、同じテレビを見ているな。しかもグループチャットに送ってきてる。朝比奈と百瀬も誘うつもりだな。
『急だな』
『テレビ見てるんでしょー。うちもついてるけど』
『ばれてたかー! でも、いいだろー?』
 うーん、行くつもりもなかったが、断る理由もない。
「ねー、明日紫陽花祭り行こうって、咲良が」
 言えば母さんは「行って来たら~?」と楽しそうに言った。
「お土産期待してる」
「はは……」
 じゃ、行くか。せっかくだし、なんか限定のやつでも食うかな。
 間もなくして、インターホンが鳴った。どうやら、じいちゃんとばあちゃんが来たようだった。
「お客さんからケーキ貰ってね~、二人じゃ食べきれないから、持って来ちゃった」
「わあ~、ありがと~。ちょうど甘いものが食べたかったところ~」
 一番喜んでいるのは母さんだった。ばあちゃんはケーキの箱をテーブルに置く。じいちゃんはすんっと匂いを嗅ぐと、「洗濯したのか」と言った。
「衣替えだよ」
「お、春都も手伝ったのか?」
「頑張った」
 ブイサインをすると、じいちゃんはワシワシと頭をなでてきた。
「偉いぞ。ほれ、好きなケーキ選べ」
「そうよ、春都。おいで」
 ばあちゃんに手招きされ、テーブルに向かう。
 すげえ、なんかおしゃれだ。きらきらしたゼリーがのった、透明の筒みたいな入れ物に入ったやつとか、つやつやのチョコレートがかかった金箔付きのケーキとか……都会のケーキ屋とかで見るやつだ。
「なんかね、近くに新しいケーキ屋さんができたんだって。買ってきてくれたの」
「へー……」
 あ、これは見慣れたケーキだ。薄黄色いスポンジに真っ白なクリーム、真っ赤ないちごがのったそれは、ショートケーキだ。
「これにする」
「いいよー、じゃ、皆で食べましょ」
 ほうじ茶を入れて、各々好きなところに座って食べる。ソファを背もたれに座ると、隣にうめずがやって来て、膝の上に顎を置いた。
「いただきます」
 ふわあ、とした感じが、フォーク越しに伝わってくる。クリームも、スポンジもフワッフワで……おっ、この感触、いちごのスライスだな。ちょっとかたい。ジャムじゃないんだなあ、このケーキは。
 シュワッととろけるクリームは、爽やかな甘さで口当たりがいい。スポンジもふわふわで、ほのかな甘みがクリームとの相性抜群だ。
 そんでいちご。酸味が強めで、きゅってなる。でも、これが甘いケーキには合うんだよなあ。甘すぎるいちごは、どっちかというと、そのまま食った方がうまいんだ。酸っぱいいちごは、ケーキとばっちり合う。
 クリームだけすくって食べてみる。なんか、ふかふかの新雪みたいだ。あ、うっすら粉砂糖みたいなのかかってる。へー、なんかおしゃれ。
 しゃりっとしたこのわずかばかりの食感が、良いアクセントになっている。
 そこにほうじ茶。うん、緑茶よりも渋さがなくて、紅茶よりも甘みがない。程よいこの香ばしさが、ケーキの甘さを溶かしていく。
 さて、最後は大きないちご。
 あっ、これは甘い、甘いぞ。うまいなあ。なんだ、甘いいちごもクリームとよく合うじゃないか。
 なんだか大変だった気もするが、良い思いした。
 店の場所調べて、自分で買ってこようかな。今度は何のケーキにしようかなあ。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

処理中です...