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日常
第七百九話 ショートケーキ
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洗濯後も晴れることには晴れたのだが、端の方に分厚い雲が見えている。風もどこか冷たく、どことなく雨の匂いがする。
「ちょうどよかったね、全部片付いた後で」
最後の洗濯物を袋に詰めながら、母さんは窓の外の空を眺めて言った。
「まだ洗剤のいいにおいがするな」
と、父さんが廊下の方から戻ってくる。
「本当ね」
「でもさっそく寒い気もするなあ。晩は冷えそうだ」
「そうねぇ」
ベランダから吹き込んでくる風はほんのりと冷たさをはらんでいて、本当に秋口のようである。
『もうすぐ梅雨入り、天気の悪い日が続くと、気がめいっちゃいますよね』
つけっぱなしのテレビから、アナウンサーの声が聞こえてきた。
『さて、そこで今日は、天気の悪い日でも気分を上げていくための情報をお伝えしていこうと思います』
『いいですね~、最近はいろいろなグッズも出ていますからね』
『そうなんです。それに加えて、この時期だからこそのイベントについても紹介していこうと思います。それでは、まず……』
時季になると、その時季ならではの特集が組まれる。規則的なニュースコーナーの後にこういう明るい音楽と、感情のこもったナレーションが聞こえてくると、興味のあるなしに関わらず、ちょっとうれしくなる。
梅雨時のグッズ特集といえば、もっぱら湿気対策グッズだな。確かにじめじめしてるもんなあ。洗濯も乾かないし。
『まずはこちら。傘に関するお悩みを解決してくれるグッズです~』
さて、一段落したことだし、のんびりしよう。久しぶりにスマホゲームでもしようかな。最近、ふと思い出してまたやり始めたゲームが、思いのほか楽しくてなあ。リズムゲームを全クリしてやろうと思っている。
イヤホンつけて、ソファに座る。クッションを抱えた方が安定してとてもいい。
さて、今日はどの曲をしようか。こっちのイベントのやつも楽しかったんだよなあ、あ、これは結構難しいやつ。やりがいはあるが、うーむ、悩む。
よし、これ。ハードモードがまだクリアできてないんだ。
「っし」
リズムゲームは、やり過ぎると指が痛くなる。途中で休憩を挟まないと、目も疲れるんだ。ごっそり体力削ってやってる感じある。
「ふー……」
ぐるりと首を回し、イヤホンを片方外す。テレビもだいぶ進んでいるようだった。梅雨ならではのイベント、ねえ。
『――では、紫陽花祭りが行われています。出店も多く、このお祭りならではのメニューもあるようです。中継がつながっています……』
イベント限定のやつって、惹かれちゃうんだよなあ。その場の空気も相まって、輝いて見えるというか。
ふーん、紫陽花祭りねえ。あ、人が割と少ない。
「さて」
ゲームの続きを……ん、なんかメッセージ来た。
『明日紫陽花祭りいこーぜ!』
あ、咲良。もしや今、同じテレビを見ているな。しかもグループチャットに送ってきてる。朝比奈と百瀬も誘うつもりだな。
『急だな』
『テレビ見てるんでしょー。うちもついてるけど』
『ばれてたかー! でも、いいだろー?』
うーん、行くつもりもなかったが、断る理由もない。
「ねー、明日紫陽花祭り行こうって、咲良が」
言えば母さんは「行って来たら~?」と楽しそうに言った。
「お土産期待してる」
「はは……」
じゃ、行くか。せっかくだし、なんか限定のやつでも食うかな。
間もなくして、インターホンが鳴った。どうやら、じいちゃんとばあちゃんが来たようだった。
「お客さんからケーキ貰ってね~、二人じゃ食べきれないから、持って来ちゃった」
「わあ~、ありがと~。ちょうど甘いものが食べたかったところ~」
一番喜んでいるのは母さんだった。ばあちゃんはケーキの箱をテーブルに置く。じいちゃんはすんっと匂いを嗅ぐと、「洗濯したのか」と言った。
「衣替えだよ」
「お、春都も手伝ったのか?」
「頑張った」
ブイサインをすると、じいちゃんはワシワシと頭をなでてきた。
「偉いぞ。ほれ、好きなケーキ選べ」
「そうよ、春都。おいで」
ばあちゃんに手招きされ、テーブルに向かう。
すげえ、なんかおしゃれだ。きらきらしたゼリーがのった、透明の筒みたいな入れ物に入ったやつとか、つやつやのチョコレートがかかった金箔付きのケーキとか……都会のケーキ屋とかで見るやつだ。
「なんかね、近くに新しいケーキ屋さんができたんだって。買ってきてくれたの」
「へー……」
あ、これは見慣れたケーキだ。薄黄色いスポンジに真っ白なクリーム、真っ赤ないちごがのったそれは、ショートケーキだ。
「これにする」
「いいよー、じゃ、皆で食べましょ」
ほうじ茶を入れて、各々好きなところに座って食べる。ソファを背もたれに座ると、隣にうめずがやって来て、膝の上に顎を置いた。
「いただきます」
ふわあ、とした感じが、フォーク越しに伝わってくる。クリームも、スポンジもフワッフワで……おっ、この感触、いちごのスライスだな。ちょっとかたい。ジャムじゃないんだなあ、このケーキは。
シュワッととろけるクリームは、爽やかな甘さで口当たりがいい。スポンジもふわふわで、ほのかな甘みがクリームとの相性抜群だ。
そんでいちご。酸味が強めで、きゅってなる。でも、これが甘いケーキには合うんだよなあ。甘すぎるいちごは、どっちかというと、そのまま食った方がうまいんだ。酸っぱいいちごは、ケーキとばっちり合う。
クリームだけすくって食べてみる。なんか、ふかふかの新雪みたいだ。あ、うっすら粉砂糖みたいなのかかってる。へー、なんかおしゃれ。
しゃりっとしたこのわずかばかりの食感が、良いアクセントになっている。
そこにほうじ茶。うん、緑茶よりも渋さがなくて、紅茶よりも甘みがない。程よいこの香ばしさが、ケーキの甘さを溶かしていく。
さて、最後は大きないちご。
あっ、これは甘い、甘いぞ。うまいなあ。なんだ、甘いいちごもクリームとよく合うじゃないか。
なんだか大変だった気もするが、良い思いした。
店の場所調べて、自分で買ってこようかな。今度は何のケーキにしようかなあ。
「ごちそうさまでした」
「ちょうどよかったね、全部片付いた後で」
最後の洗濯物を袋に詰めながら、母さんは窓の外の空を眺めて言った。
「まだ洗剤のいいにおいがするな」
と、父さんが廊下の方から戻ってくる。
「本当ね」
「でもさっそく寒い気もするなあ。晩は冷えそうだ」
「そうねぇ」
ベランダから吹き込んでくる風はほんのりと冷たさをはらんでいて、本当に秋口のようである。
『もうすぐ梅雨入り、天気の悪い日が続くと、気がめいっちゃいますよね』
つけっぱなしのテレビから、アナウンサーの声が聞こえてきた。
『さて、そこで今日は、天気の悪い日でも気分を上げていくための情報をお伝えしていこうと思います』
『いいですね~、最近はいろいろなグッズも出ていますからね』
『そうなんです。それに加えて、この時期だからこそのイベントについても紹介していこうと思います。それでは、まず……』
時季になると、その時季ならではの特集が組まれる。規則的なニュースコーナーの後にこういう明るい音楽と、感情のこもったナレーションが聞こえてくると、興味のあるなしに関わらず、ちょっとうれしくなる。
梅雨時のグッズ特集といえば、もっぱら湿気対策グッズだな。確かにじめじめしてるもんなあ。洗濯も乾かないし。
『まずはこちら。傘に関するお悩みを解決してくれるグッズです~』
さて、一段落したことだし、のんびりしよう。久しぶりにスマホゲームでもしようかな。最近、ふと思い出してまたやり始めたゲームが、思いのほか楽しくてなあ。リズムゲームを全クリしてやろうと思っている。
イヤホンつけて、ソファに座る。クッションを抱えた方が安定してとてもいい。
さて、今日はどの曲をしようか。こっちのイベントのやつも楽しかったんだよなあ、あ、これは結構難しいやつ。やりがいはあるが、うーむ、悩む。
よし、これ。ハードモードがまだクリアできてないんだ。
「っし」
リズムゲームは、やり過ぎると指が痛くなる。途中で休憩を挟まないと、目も疲れるんだ。ごっそり体力削ってやってる感じある。
「ふー……」
ぐるりと首を回し、イヤホンを片方外す。テレビもだいぶ進んでいるようだった。梅雨ならではのイベント、ねえ。
『――では、紫陽花祭りが行われています。出店も多く、このお祭りならではのメニューもあるようです。中継がつながっています……』
イベント限定のやつって、惹かれちゃうんだよなあ。その場の空気も相まって、輝いて見えるというか。
ふーん、紫陽花祭りねえ。あ、人が割と少ない。
「さて」
ゲームの続きを……ん、なんかメッセージ来た。
『明日紫陽花祭りいこーぜ!』
あ、咲良。もしや今、同じテレビを見ているな。しかもグループチャットに送ってきてる。朝比奈と百瀬も誘うつもりだな。
『急だな』
『テレビ見てるんでしょー。うちもついてるけど』
『ばれてたかー! でも、いいだろー?』
うーん、行くつもりもなかったが、断る理由もない。
「ねー、明日紫陽花祭り行こうって、咲良が」
言えば母さんは「行って来たら~?」と楽しそうに言った。
「お土産期待してる」
「はは……」
じゃ、行くか。せっかくだし、なんか限定のやつでも食うかな。
間もなくして、インターホンが鳴った。どうやら、じいちゃんとばあちゃんが来たようだった。
「お客さんからケーキ貰ってね~、二人じゃ食べきれないから、持って来ちゃった」
「わあ~、ありがと~。ちょうど甘いものが食べたかったところ~」
一番喜んでいるのは母さんだった。ばあちゃんはケーキの箱をテーブルに置く。じいちゃんはすんっと匂いを嗅ぐと、「洗濯したのか」と言った。
「衣替えだよ」
「お、春都も手伝ったのか?」
「頑張った」
ブイサインをすると、じいちゃんはワシワシと頭をなでてきた。
「偉いぞ。ほれ、好きなケーキ選べ」
「そうよ、春都。おいで」
ばあちゃんに手招きされ、テーブルに向かう。
すげえ、なんかおしゃれだ。きらきらしたゼリーがのった、透明の筒みたいな入れ物に入ったやつとか、つやつやのチョコレートがかかった金箔付きのケーキとか……都会のケーキ屋とかで見るやつだ。
「なんかね、近くに新しいケーキ屋さんができたんだって。買ってきてくれたの」
「へー……」
あ、これは見慣れたケーキだ。薄黄色いスポンジに真っ白なクリーム、真っ赤ないちごがのったそれは、ショートケーキだ。
「これにする」
「いいよー、じゃ、皆で食べましょ」
ほうじ茶を入れて、各々好きなところに座って食べる。ソファを背もたれに座ると、隣にうめずがやって来て、膝の上に顎を置いた。
「いただきます」
ふわあ、とした感じが、フォーク越しに伝わってくる。クリームも、スポンジもフワッフワで……おっ、この感触、いちごのスライスだな。ちょっとかたい。ジャムじゃないんだなあ、このケーキは。
シュワッととろけるクリームは、爽やかな甘さで口当たりがいい。スポンジもふわふわで、ほのかな甘みがクリームとの相性抜群だ。
そんでいちご。酸味が強めで、きゅってなる。でも、これが甘いケーキには合うんだよなあ。甘すぎるいちごは、どっちかというと、そのまま食った方がうまいんだ。酸っぱいいちごは、ケーキとばっちり合う。
クリームだけすくって食べてみる。なんか、ふかふかの新雪みたいだ。あ、うっすら粉砂糖みたいなのかかってる。へー、なんかおしゃれ。
しゃりっとしたこのわずかばかりの食感が、良いアクセントになっている。
そこにほうじ茶。うん、緑茶よりも渋さがなくて、紅茶よりも甘みがない。程よいこの香ばしさが、ケーキの甘さを溶かしていく。
さて、最後は大きないちご。
あっ、これは甘い、甘いぞ。うまいなあ。なんだ、甘いいちごもクリームとよく合うじゃないか。
なんだか大変だった気もするが、良い思いした。
店の場所調べて、自分で買ってこようかな。今度は何のケーキにしようかなあ。
「ごちそうさまでした」
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