一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第七百七話 チーズささみカツ

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 寝起きの歯磨きは、歯磨き粉をつけすぎることが多い。口の中がもっこもこだ。
「ねー、春都ー」
 洗濯機を回しに来た母さんが聞いてくる。
「んー?」
「晩ご飯は何がいい?」
「んん?」
 今、晩ごはんって言った?
 うがいをして、スースーする口で答える。
「朝ごはんじゃなくて?」
「朝はもうできてるよ。みそ汁と、ご飯と、ベーコンエッグ」
 おお、好きなやつ。いやいや、喜んでいる場合じゃない。何だっけ、晩ごはんだよ、晩ごはん。昼ご飯でもなく、晩ごはんだ。
「お昼はねー、オムライスのお弁当にしてるよ」
「うまそう」
「で、夜は何がいい?」
「夜か……」
 うーん、何がいいかなあ。こういう時はまず、素材から考えた方がいいかな。肉か、魚か、野菜か……
「洗濯、入れるのもうない?」「ああ、うん」などと話をしながら考える。
「肉がいい」
 居間に向かいながら答えると、母さんは更に聞いてきた。
「牛? 豚? 鶏?」
「んぐぅ」
 そっかあ、それがあったか~。よりどりみどりだなあ……って、感動している場合ではない。
「いただきます」
 とりあえず、朝食を取りながら考える。
 かために焼かれた黄身、少し透き通っているのが宝石みたいできれいだなあといつも思う。醤油をかけて、ご飯にのせて食べる。ん、この風味。ベーコンのうま味も染みてうまい。
 ベーコンそのものはカリッカリだなあ。白身もうまい。
「……鶏肉がいい」
「胸肉とかモモ肉とか」
 みそ汁をすすりながら、またうなる。からあげもいいんだが……今日はちょっと違うんだよなあ。揚げ物食いたいけど、からあげより……
「フライのやつ。あの、ささみの」
「あー、チーズが入ってるやつかな?」
「そうそれ」
 チーズささみカツ。あれ、弁当にもたまに入ってるけど、無性に食いたくなるときあるんだよなあ。
「分かった。じゃあ、そうしよう」
「ごちそうさまでした」
 朝飯食いながら、晩飯を決める。なんだか不思議な感じだ。思えば、一日を通して人の思考というものは、食事に支配されているような気がする。
 それが楽しいものであれば、何よりなんだがなあ。

「あら、思ったより早かったね。おかえり」
 廊下を掃除していた母さんが、キョトンとした顔で迎えてくれる。
「ただいま」
 いつも通り返ってきたつもりだったが。母さんは時計を見ると、もう一度こっちを見た。
「今日、授業、六時間の日?」
「うん」
「あらあら。てっきりもう一時間あるものだと」
 ああ、あるある。そういうこと。朝間違えようもんなら、その日一日大変なことになる。必要な教科書も、道具も違う。時間割りが変則的だったらもっといけない。
「晩ご飯の準備、もうちょっと後でもいい? 掃除終わらせちゃうから」
「大丈夫。あ、俺がやってもいいけど」
「いいのいいの、勉強してていいよ」
「そう?」
「私たちがいるときくらい任せときなさい」
 じゃあ、お言葉に甘えて。
 居間に行くと、父さんもなんかやっていた。
「何やってんの」
「あ、春都おかえり」
「ただいま」
「衣替えの準備だよ。週末は晴れるからね、洗うものを出しておこうと思って。春都も、厚手のものは、今週末に洗っとかないと。梅雨前にね」
 そっかあ、梅雨に入るのか。またじめじめしてくるなあ。期末テストの最中って、いつも暗い気がするのは、梅雨だからか。
 さて、とりあえず明日の準備をしよう。それから洋服片付けるかな。
 晩飯を楽しみに。

 チーズささみカツは、弁当に入ってるやつは丸っこいフォルムだが、大きいやつは長いというか、笹かまをでっかくしたような形だなあ、と思う。
「いただきます」
 揚げたてのカツだ。ぜいたくだなあ。
 まずはそのままかぶりついてみる。あつあつ、んー、衣が香ばしい。ザクっとした食感で、ジュワッとする。
 ささみは淡白で、あっさりとした味わいだ。主張があまりないのだが、ちゃんとうま味はあるというか、鶏臭さが少ない部位だと俺は思う。確か、薬研軟骨に近いんだっけ。図解を見たことがある気がするけど、忘れてしまった。
 ふわっと、プリッとした肉の後にやってくるのは、もちっ、トロッとしたチーズだ。あったかいチーズは、風味が強い。特にこういうカツのチーズって濃いよな。肉が淡白な分、濃いチーズがよく合うのである。
 そしてこの濃い味わいは、米が進む。
 醤油をたらっとかけて味を変えてみる。おお、和風。やっぱり、醤油を垂らすと一気に和風になるなあ。香ばしさも増す。
 そして付け合わせのキャベツ。靴の付け合わせのキャベツって、熱で少し柔らかくなっているというか、温かいところと冷たいところの差があってそれが楽しい。うっすらと風味が移ってるんだなあ。
 少し冷めてくると、チーズがほろほろした食感になる。これはこれでうまいんだ。ちょっと弁当っぽくなる。
 自分でリクエストしたご飯が待っているのって、幸せだなあ。
 やっぱり飯を食う時は、飯のことを考えているときは、幸せでありたいものだなあ。

「ごちそうさまでした」
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