745 / 854
日常
第六百九十六話 冷やしうどん
しおりを挟む
土曜課外、今日は授業ではなく清掃活動がある。
各クラスや部活ごとに割り当てられた場所を掃除するもので、毎年やっている。雨が降るかどうかという天気予報ではあったが、見事に大外れ。雲一つない青空が広がっている。
「めっちゃいい天気」
着替え終わり、廊下に出ると、宮野が嫌そうにつぶやいた。セリフと声音のミスマッチさに、思わず振り返る。
「絶対暑くなるじゃん、これ」
「だなあ」
「風ないし、じめじめしてるし。あー、べたべたして気持ち悪い~」
悪態をひとしきりついて、宮野は諦めたようにため息をつくと歩き始めた。それと入れ替わるように、咲良がやってくる。
こっちは宮野とは真逆に、とても楽しそうである。
「よう! 春都。いい天気だな!」
「お前は素直そうでいいな」
「へ? なんかよくわかんないけど、ありがとー」
連れ立って、人波にまぎれる。
「授業つぶれるし、超ラッキー」
「それで喜んでるんだな」
「だってさあ、その方がよくない?」
「俺はどっちでも」
えー、と咲良は言って笑う。
真夏ほどではないが、外は暑かった。蒸し暑いという感じだろうか。ああ、梅雨が来るんだなあ、と分かる暑さだ。水筒持参で掃除しろ、と言われた理由が分かる。
いったんグラウンドに集合して、いくつか連絡があった後、解散する。
「春都って、どこ掃除?」
「えーっと……」
どこだったっけ。割り当て表を思い出す。校内の見取り図に、蛍光ペンでマーカーされていた。放送部は特別な割り当てがなかったから、クラスのところになるから……
「中庭だな」
「俺らも一緒だ。仲良くやろうぜ」
「遊ぶんじゃないんだぞ」
掃除開始間もなく、汗がだらだらと流れてきた。あっつい中、草むしりをするのはなかなか骨が折れる
「中庭担当ってさ、先生の目が届きにくいって噂らしい」
咲良は雑草を抜き、ゴミ袋に放り込みながら言った。
「さぼらねぇ?」
「お前なあ……」
「必要な休憩だよ。大丈夫、先生たち見てないって」
「そーやって油断してるときに限って、ろくなことないんだぞ」
とはいえ、疲れたのは確かだ。座ったまま、肩を回す。ばあちゃんって、こまめに草取りしてるよなあ。大変だなあ。今度手伝おう。
「じゃ、とりあえず日陰に行く?」
と、咲良は休憩をあきらめきれないらしい。
「草むしっとけ」
「え~? 休もうよ~」
「ちゃんと見てるからな」
うわ、何だ。
「二宮先生~、びっくりさせないでくださいよ~」
背後に立っていたのは、二宮先生だった。先生は笑うと言った。
「休憩するなとは言わんが、さぼりと勘違いされんようにな」
「は~い」
二宮先生は「よし!」と頷くと、見回りに戻った。
「各自、水分補給は十分にするんだぞ。気分が悪いやつはすぐに申し出るように!」
それにしても、本当に暑い。ちょこちょこお茶飲んでないとやっていられない。飲んだはなから水分が蒸発していくようだ。
パンパンになった袋を縛り、回収場所に持って行く。途中、プール掃除をする水泳部の笑い声が聞こえてきた。ああ、水使ってんのかなあ。涼しいだろうなあ。
「腹減った……」
昼飯、何かなあ。
半日学校を頑張って、家に帰ってきて昼飯を食う。
この時間って、何ともいえない幸福感に包まれる。しかも、その昼飯が用意されているって、自分で用意しなくていいって、最高だろう。
「暑かった~」
「日に当たると疲れるもんね」
クーラーはつけていないが、十分涼しい室内。昼飯の完成を待ちながら、椅子に座った。うめずのベッドも夏用に様変わりしている。気持ちよさそうにくつろいでいるなあ。
「春都、うどんにはもう温泉卵のせていい?」
「うん」
今日の昼飯は、冷やしうどんだ。テーブルにはつゆが準備されていて、トッピングにはかまぼこが準備されている。とろろと、温泉卵付きだ。
「はい、どーぞ」
「ありがとう」
真っ白なうどんにこれまた真っ白なとろろ、温泉卵の黄色がうっすらと見え、ねぎの青が際立つ。
「いただきます」
氷が浮いたつゆをかける。あー、うまそう。
まずはそうだなあ……とろろとねぎだけのところを食べよう。
さっぱりうまい。とろろのねばねばと淡白な味わいが甘めのつゆとよく合う。うどんによく絡んで口当たりもいい。ねぎも爽やかで、うまいなあ。こういう、冷たい麺類が一層うまい季節がやって来たんだなあ。
さて、では満を持して卵を割る。
濃い黄色が鮮やかで、まぶしい。この温泉卵はかためなんだな。いい、こういうの好きだ。しっかり混ぜて……ああ、いい感じだなあ。
さっきのさわやかさにまろやかな口当たりが加わって、食べ応えが増した。温泉卵って、どうしてこんなにうまいんだろう。うまいし、テンション上がる。というか、卵ってすごい。いかようにも変化し、うまくなり、楽しめる。
そうそう、かまぼこも食べたい。
ん、これこれ、この歯ざわり。好きだなあ。麺と絡めてもうまいし、醤油とわさびをつけてもうまい。わさびの辛さが際立つ謎は、いまだに解明できないままではある。
動いて日にあたって疲れていたせいもあるし、暑いからっていうのもあるが、あっという間に食べてしまう。箸が止まらない。
口当たりの良さと冷たさが、まさしく求めていたものである。
つゆに残ったとろろとねぎ。当然、飲み干す。
皿はすっからかん、腹と心は満タン。まさしく、理想の昼下がりである。
「ごちそうさまでした」
各クラスや部活ごとに割り当てられた場所を掃除するもので、毎年やっている。雨が降るかどうかという天気予報ではあったが、見事に大外れ。雲一つない青空が広がっている。
「めっちゃいい天気」
着替え終わり、廊下に出ると、宮野が嫌そうにつぶやいた。セリフと声音のミスマッチさに、思わず振り返る。
「絶対暑くなるじゃん、これ」
「だなあ」
「風ないし、じめじめしてるし。あー、べたべたして気持ち悪い~」
悪態をひとしきりついて、宮野は諦めたようにため息をつくと歩き始めた。それと入れ替わるように、咲良がやってくる。
こっちは宮野とは真逆に、とても楽しそうである。
「よう! 春都。いい天気だな!」
「お前は素直そうでいいな」
「へ? なんかよくわかんないけど、ありがとー」
連れ立って、人波にまぎれる。
「授業つぶれるし、超ラッキー」
「それで喜んでるんだな」
「だってさあ、その方がよくない?」
「俺はどっちでも」
えー、と咲良は言って笑う。
真夏ほどではないが、外は暑かった。蒸し暑いという感じだろうか。ああ、梅雨が来るんだなあ、と分かる暑さだ。水筒持参で掃除しろ、と言われた理由が分かる。
いったんグラウンドに集合して、いくつか連絡があった後、解散する。
「春都って、どこ掃除?」
「えーっと……」
どこだったっけ。割り当て表を思い出す。校内の見取り図に、蛍光ペンでマーカーされていた。放送部は特別な割り当てがなかったから、クラスのところになるから……
「中庭だな」
「俺らも一緒だ。仲良くやろうぜ」
「遊ぶんじゃないんだぞ」
掃除開始間もなく、汗がだらだらと流れてきた。あっつい中、草むしりをするのはなかなか骨が折れる
「中庭担当ってさ、先生の目が届きにくいって噂らしい」
咲良は雑草を抜き、ゴミ袋に放り込みながら言った。
「さぼらねぇ?」
「お前なあ……」
「必要な休憩だよ。大丈夫、先生たち見てないって」
「そーやって油断してるときに限って、ろくなことないんだぞ」
とはいえ、疲れたのは確かだ。座ったまま、肩を回す。ばあちゃんって、こまめに草取りしてるよなあ。大変だなあ。今度手伝おう。
「じゃ、とりあえず日陰に行く?」
と、咲良は休憩をあきらめきれないらしい。
「草むしっとけ」
「え~? 休もうよ~」
「ちゃんと見てるからな」
うわ、何だ。
「二宮先生~、びっくりさせないでくださいよ~」
背後に立っていたのは、二宮先生だった。先生は笑うと言った。
「休憩するなとは言わんが、さぼりと勘違いされんようにな」
「は~い」
二宮先生は「よし!」と頷くと、見回りに戻った。
「各自、水分補給は十分にするんだぞ。気分が悪いやつはすぐに申し出るように!」
それにしても、本当に暑い。ちょこちょこお茶飲んでないとやっていられない。飲んだはなから水分が蒸発していくようだ。
パンパンになった袋を縛り、回収場所に持って行く。途中、プール掃除をする水泳部の笑い声が聞こえてきた。ああ、水使ってんのかなあ。涼しいだろうなあ。
「腹減った……」
昼飯、何かなあ。
半日学校を頑張って、家に帰ってきて昼飯を食う。
この時間って、何ともいえない幸福感に包まれる。しかも、その昼飯が用意されているって、自分で用意しなくていいって、最高だろう。
「暑かった~」
「日に当たると疲れるもんね」
クーラーはつけていないが、十分涼しい室内。昼飯の完成を待ちながら、椅子に座った。うめずのベッドも夏用に様変わりしている。気持ちよさそうにくつろいでいるなあ。
「春都、うどんにはもう温泉卵のせていい?」
「うん」
今日の昼飯は、冷やしうどんだ。テーブルにはつゆが準備されていて、トッピングにはかまぼこが準備されている。とろろと、温泉卵付きだ。
「はい、どーぞ」
「ありがとう」
真っ白なうどんにこれまた真っ白なとろろ、温泉卵の黄色がうっすらと見え、ねぎの青が際立つ。
「いただきます」
氷が浮いたつゆをかける。あー、うまそう。
まずはそうだなあ……とろろとねぎだけのところを食べよう。
さっぱりうまい。とろろのねばねばと淡白な味わいが甘めのつゆとよく合う。うどんによく絡んで口当たりもいい。ねぎも爽やかで、うまいなあ。こういう、冷たい麺類が一層うまい季節がやって来たんだなあ。
さて、では満を持して卵を割る。
濃い黄色が鮮やかで、まぶしい。この温泉卵はかためなんだな。いい、こういうの好きだ。しっかり混ぜて……ああ、いい感じだなあ。
さっきのさわやかさにまろやかな口当たりが加わって、食べ応えが増した。温泉卵って、どうしてこんなにうまいんだろう。うまいし、テンション上がる。というか、卵ってすごい。いかようにも変化し、うまくなり、楽しめる。
そうそう、かまぼこも食べたい。
ん、これこれ、この歯ざわり。好きだなあ。麺と絡めてもうまいし、醤油とわさびをつけてもうまい。わさびの辛さが際立つ謎は、いまだに解明できないままではある。
動いて日にあたって疲れていたせいもあるし、暑いからっていうのもあるが、あっという間に食べてしまう。箸が止まらない。
口当たりの良さと冷たさが、まさしく求めていたものである。
つゆに残ったとろろとねぎ。当然、飲み干す。
皿はすっからかん、腹と心は満タン。まさしく、理想の昼下がりである。
「ごちそうさまでした」
24
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる