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日常
第六百九十一話 パングラタンとクリームソーダ
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メルヘンチックなパステルピンクの門、青い屋根に黄色とオレンジのストライプの旗が立つ塔、咲き誇る花々、おそらくうさぎモチーフのマスコットキャラの銅像、子どもの笑い声、軽快な音楽、大きな遊具が稼働する音。
「はーい、高校生二名様ですね」
「これ、使いたいんですけど」
「招待券ですね。かしこまりました」
行ってらっしゃいませ、という明るい声を背に、園内に入る。大層にぎわっているとも、かといって閑古鳥が鳴いているわけでもない、天満宮内にある遊園地だ。
なぜ、こんなところにいるのか。その理由は隣を楽しそうに歩く大きな子ども、咲良にある。
昨日の放課後のことである。
「おじさんがさ、遊園地の招待券くれたんだ。仕事場でもらったとか……なんとか。一緒に行こうぜ」
「ああ、いいな。いつだ?」
「明日!」
「明日ぁ?」
かくして、今に至るというわけである。
相変わらず、唐突過ぎる。でも、俺の周りって正直、こういう人たちが多いからもう慣れた。こういうときは、大人しく楽しんでおくに限る。
「あ、あれ、順番待ちないじゃん。最初に乗るのに、ちょうどよくない?」
と、咲良が指さした先にはコーヒーカップがある。
「うわ、目が回りそう」
「いいじゃん。そういうのも楽しみのうちっしょ? 乗ろうよ!」
「まあ別にいいけど」
「よーし、じゃあ、走るぞー! この招待券、遊具乗り放題だし。バンバン行くぞ~」
遊園地って、移動そのものがアトラクションな気がする。敷地は広いし、遊具同士の距離も結構あるし。今日は特に快晴だから、日差しも暑い。
「あれー、コーヒーカップってこんなに小さかったっけ? もーちょい大きいイメージあったんだけど」
「そりゃお前、自分がでかくなったんだよ」
「なるほど~」
遊具が動き出す前は、アラーム音が鳴り響く。分かっていてもちょっとびくっとする。
『遊具からは、立ち上がらないように……』
スタッフの人のアナウンスの後、ゆっくりと動き出すコーヒーカップ。他にもいろんな人が乗ってんだなあ、とのんきに周りを眺めていたら、急に視界が回った。
「うおっ!」
「へっへっへ、見ろ! 俺のハンドルさばき!」
咲良が、目の前にあるテーブル状の銀色の装置を回している。そうそう、これで回転を変えるんだよな……って。
「回し過ぎ!」
「こういうのは回ってなんぼだろ!」
「限度がある、限度が!」
ああ、ああ、目が回る。回している本人である咲良も、その回転に翻弄されている。その様子を見ていると、なんか、あほらしくなって笑えてきた。
「はー、楽しかったな!」
「くらくらする……」
コーヒーカップを降りると、なんだか足元がふわふわしていた。
「さ、次だ次!」
「お前も足ふらっふらの癖に……」
「へっへへ、次は~あれ!」
は? 何言ってんだこいつ。ありゃあ、遊園地の遊具の中でも屈指の目が回るアトラクションだぞ。鏡張りの壁がぐるぐる回る……想像しただけで酔いそうだ。
「あれは、やめよう。やめた方がいい」
「えー、目が回ったついでにさあ」
「ほーら、他にも楽しそうなのがたくさんだぞ~」
咲良の意識をそらすために、無理やり方向転換させる。咲良は最初こそ不服そうに、「あれ楽しそうなのにぃ」とぶつぶつ言っていたが、少し冷静になるにつれて、別のアトラクションにした方がいいと思い至ったらしい。
「色々見て回ろっか」
「そうだな、それがいい」
遊園地って、ハイテンションになりがちだ。いつもなら冷静でいられるところも、勢いで行けると思ってしまう。まあ、それが醍醐味なのだろうか。でもできれば、気分良くいたいものだからな。無理は禁物である。
その後、あちこちを歩いて回って、腹が減ったところで外に出た。
近くの喫茶店が空いていたので、そこに入ることにする。食事も充実しているようで、おしゃれな店内ながら、客層はいろいろなので入りやすい。店員さんたちは、着物にエプロンという、コスプレチックな感じだ。遊園地の近く、って感じでいいな。
「おい、おい春都。これ見て」
少し興奮気味に、向かいに座る咲良が言う。
「なんだ」
「これ、うまそう」
「なになに……パングラタン?」
ほお、一斤使ったやつか。ちょっとあこがれのやつだ。一人で頼むのは少々ためらうが、今日は咲良もいる。
「頼んでみるか?」
「頼もうぜ」
それと飲み物は、クリームソーダを頼む。写真では結構なボリュームだったけど、実物はどうだろうなあ。
「お待たせしました~。パングラタンとクリームソーダです。グラタンの方、熱くなっておりますのでお気を付けください」
おお、これは思った以上にでかい。思わず、二人して写真を撮る。
「いただきます」
……さて、どう食べる?
中身がくりぬかれた食パンに、クリームソースがたっぷりと。外に添えてあるのはくりぬいたパンの中身だろう。
「半分か? 半分に分けるか?」
「だな……」
ザクっとフォークを入れると、ほわあっと湯気が立ち上り、中身があふれそうになる。それを横に倒し被害を最小限にして、皿にのせる。うん、うまくいった。
では、さっそく。
パンはサックサクに焼かれていて、香ばしい。中身はシチューのようにも見える。玉ねぎと、少しの肉、チーズはふんだんに使われていた。
あっつい。あ、でもこれ、めっちゃうまい。サクッとしたパンはクリームソースを含んでジュワっともしていて、口になじむ。パンの耳ってかたいもんだと思ってたけど、これは程よくカリサクで、ほわほわしていて食べやすい。チーズはカリッとサクッとしたところと、もっちりしたところがあってうまい。
中身の方はふわふわだぁ。なんだか、食パンの白いところだけって贅沢というか、悪いことしてる気になるのは何だろう。
クリームソースもくどくない。こんなにたっぷりで食べきれるだろうか、と思ったが杞憂だったようだ。
しっかりとコクとうま味はありつつも、バターの香りは控えめ。なめらかな口当たりで、すうっと入っていく。紛れた肉は、鶏肉か。プリッとしててうまい。クリームに鶏肉って、合うよな。
くったりとした玉ねぎ。主張はなさそうだが……あ、甘い。これがうま味を引き出しているのか。へえ、すごい。
そこに、クリームソーダを。
炭酸強めの緑のシュワシュワ。カラント音を立てる氷は透き通り、爽やかな甘さが口を一掃する。アイスはさっぱり系だなあ。氷に触れたところはシャーベットみたいだ。
「これ、一斤いけるかも」
と、咲良が言う。
「俺も思った」
「な、うまいよな!」
しかし、半分でも十分な量だ。腹パンパン。
「今日の招待券さ、今日中だったら何回でも入場可能だって。またあとで行かねぇ?」
「そうだな」
歩き回るのは、腹ごなしにいいかもしれない。
また腹が減ってしまいそうだ。そのときは、帰りにソフトクリームを買おう。
遊園地では、浮かれてしかるべきである。
「ごちそうさまでした」
「はーい、高校生二名様ですね」
「これ、使いたいんですけど」
「招待券ですね。かしこまりました」
行ってらっしゃいませ、という明るい声を背に、園内に入る。大層にぎわっているとも、かといって閑古鳥が鳴いているわけでもない、天満宮内にある遊園地だ。
なぜ、こんなところにいるのか。その理由は隣を楽しそうに歩く大きな子ども、咲良にある。
昨日の放課後のことである。
「おじさんがさ、遊園地の招待券くれたんだ。仕事場でもらったとか……なんとか。一緒に行こうぜ」
「ああ、いいな。いつだ?」
「明日!」
「明日ぁ?」
かくして、今に至るというわけである。
相変わらず、唐突過ぎる。でも、俺の周りって正直、こういう人たちが多いからもう慣れた。こういうときは、大人しく楽しんでおくに限る。
「あ、あれ、順番待ちないじゃん。最初に乗るのに、ちょうどよくない?」
と、咲良が指さした先にはコーヒーカップがある。
「うわ、目が回りそう」
「いいじゃん。そういうのも楽しみのうちっしょ? 乗ろうよ!」
「まあ別にいいけど」
「よーし、じゃあ、走るぞー! この招待券、遊具乗り放題だし。バンバン行くぞ~」
遊園地って、移動そのものがアトラクションな気がする。敷地は広いし、遊具同士の距離も結構あるし。今日は特に快晴だから、日差しも暑い。
「あれー、コーヒーカップってこんなに小さかったっけ? もーちょい大きいイメージあったんだけど」
「そりゃお前、自分がでかくなったんだよ」
「なるほど~」
遊具が動き出す前は、アラーム音が鳴り響く。分かっていてもちょっとびくっとする。
『遊具からは、立ち上がらないように……』
スタッフの人のアナウンスの後、ゆっくりと動き出すコーヒーカップ。他にもいろんな人が乗ってんだなあ、とのんきに周りを眺めていたら、急に視界が回った。
「うおっ!」
「へっへっへ、見ろ! 俺のハンドルさばき!」
咲良が、目の前にあるテーブル状の銀色の装置を回している。そうそう、これで回転を変えるんだよな……って。
「回し過ぎ!」
「こういうのは回ってなんぼだろ!」
「限度がある、限度が!」
ああ、ああ、目が回る。回している本人である咲良も、その回転に翻弄されている。その様子を見ていると、なんか、あほらしくなって笑えてきた。
「はー、楽しかったな!」
「くらくらする……」
コーヒーカップを降りると、なんだか足元がふわふわしていた。
「さ、次だ次!」
「お前も足ふらっふらの癖に……」
「へっへへ、次は~あれ!」
は? 何言ってんだこいつ。ありゃあ、遊園地の遊具の中でも屈指の目が回るアトラクションだぞ。鏡張りの壁がぐるぐる回る……想像しただけで酔いそうだ。
「あれは、やめよう。やめた方がいい」
「えー、目が回ったついでにさあ」
「ほーら、他にも楽しそうなのがたくさんだぞ~」
咲良の意識をそらすために、無理やり方向転換させる。咲良は最初こそ不服そうに、「あれ楽しそうなのにぃ」とぶつぶつ言っていたが、少し冷静になるにつれて、別のアトラクションにした方がいいと思い至ったらしい。
「色々見て回ろっか」
「そうだな、それがいい」
遊園地って、ハイテンションになりがちだ。いつもなら冷静でいられるところも、勢いで行けると思ってしまう。まあ、それが醍醐味なのだろうか。でもできれば、気分良くいたいものだからな。無理は禁物である。
その後、あちこちを歩いて回って、腹が減ったところで外に出た。
近くの喫茶店が空いていたので、そこに入ることにする。食事も充実しているようで、おしゃれな店内ながら、客層はいろいろなので入りやすい。店員さんたちは、着物にエプロンという、コスプレチックな感じだ。遊園地の近く、って感じでいいな。
「おい、おい春都。これ見て」
少し興奮気味に、向かいに座る咲良が言う。
「なんだ」
「これ、うまそう」
「なになに……パングラタン?」
ほお、一斤使ったやつか。ちょっとあこがれのやつだ。一人で頼むのは少々ためらうが、今日は咲良もいる。
「頼んでみるか?」
「頼もうぜ」
それと飲み物は、クリームソーダを頼む。写真では結構なボリュームだったけど、実物はどうだろうなあ。
「お待たせしました~。パングラタンとクリームソーダです。グラタンの方、熱くなっておりますのでお気を付けください」
おお、これは思った以上にでかい。思わず、二人して写真を撮る。
「いただきます」
……さて、どう食べる?
中身がくりぬかれた食パンに、クリームソースがたっぷりと。外に添えてあるのはくりぬいたパンの中身だろう。
「半分か? 半分に分けるか?」
「だな……」
ザクっとフォークを入れると、ほわあっと湯気が立ち上り、中身があふれそうになる。それを横に倒し被害を最小限にして、皿にのせる。うん、うまくいった。
では、さっそく。
パンはサックサクに焼かれていて、香ばしい。中身はシチューのようにも見える。玉ねぎと、少しの肉、チーズはふんだんに使われていた。
あっつい。あ、でもこれ、めっちゃうまい。サクッとしたパンはクリームソースを含んでジュワっともしていて、口になじむ。パンの耳ってかたいもんだと思ってたけど、これは程よくカリサクで、ほわほわしていて食べやすい。チーズはカリッとサクッとしたところと、もっちりしたところがあってうまい。
中身の方はふわふわだぁ。なんだか、食パンの白いところだけって贅沢というか、悪いことしてる気になるのは何だろう。
クリームソースもくどくない。こんなにたっぷりで食べきれるだろうか、と思ったが杞憂だったようだ。
しっかりとコクとうま味はありつつも、バターの香りは控えめ。なめらかな口当たりで、すうっと入っていく。紛れた肉は、鶏肉か。プリッとしててうまい。クリームに鶏肉って、合うよな。
くったりとした玉ねぎ。主張はなさそうだが……あ、甘い。これがうま味を引き出しているのか。へえ、すごい。
そこに、クリームソーダを。
炭酸強めの緑のシュワシュワ。カラント音を立てる氷は透き通り、爽やかな甘さが口を一掃する。アイスはさっぱり系だなあ。氷に触れたところはシャーベットみたいだ。
「これ、一斤いけるかも」
と、咲良が言う。
「俺も思った」
「な、うまいよな!」
しかし、半分でも十分な量だ。腹パンパン。
「今日の招待券さ、今日中だったら何回でも入場可能だって。またあとで行かねぇ?」
「そうだな」
歩き回るのは、腹ごなしにいいかもしれない。
また腹が減ってしまいそうだ。そのときは、帰りにソフトクリームを買おう。
遊園地では、浮かれてしかるべきである。
「ごちそうさまでした」
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