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日常
第六百八十九話 チキン南蛮
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今日は朝からすっきりと晴れて、日差しがまぶしい。初夏だというのにうろこ雲のようなものが広がっていた。うろこ雲って、確か、秋によく見る雲だよな。確かに、今朝はずいぶんと寒かった。
夜明けは確かに、暑い季節に向かい始めた色をしていたが、吹く風は強く冷たく、秋から冬に変わる頃に似ていたな。
温度差が激しいせいか、なんとなく調子が悪いというか、元気が出ない。クラスでも、風邪ひいたやつが多いもんなあ。どことなく、学校全体がしんなりとした感じである。文化祭も終わったし、燃え尽きたってのもあるのだろうか。
まあ、俺はまだ食欲あるからいいけど。食欲が出なくなったら、自分でもちょっとピンチだなって思う。
そういや咲良も、いつもより五割り増しで眠いって言っていたが、あれは気温のせいなのだろうか。春先にも、暖かくなってきたからいつもより眠い、とか言ってたような。
いまだ冬服の多い学校に、二時間目終わりのチャイムが鳴った。
「ねー、今日寒くない?」
「朝の体育館とか、超冷えんの」
「うちまだストーブついてるよ~」
「うちも」
やっぱり、話題に上がるのはこの寒さだ。廊下は寒いから、なかなか教室からは人が出ないし、窓も開けっぱなしにはしていない。
まるで冬だな、と思いながら財布を持って廊下に出る。
今日は弁当ないし、食券を買いに行く。昼休みでもいいんだが、人が多いからなあ。幸い、今日は移動教室もないことだし、買えそうなときに買っておこう。
さて、何を食べようかな。日替わり定食は確か、ハンバーグだったな。それもいいが、これだけ寒いならうどんもいいかもしれない。カレーは辛いから温まるか、それとも、汗かいて冷えるか。
うーん、悩むなあ……
「お?」
何やら食堂の前に人影が。一年生か。そういや、前に聞いたことがある。一年生は、文化祭が終わってからしか食堂が使えないって。別にそんな決まりはないのだが、暗黙の了解とでもいうべきか、そんな話がまことしやかにささやかれている。
ただし、兄や姉がいる者、先輩と懇意にしている者は例外とする、だっけ?
毎日弁当準備したり、よそで買ったりできるやつらばっかりじゃないんだからさあ。誰だよ、言い出しっぺは。
じゃあ、あの一年生はあれか。初めて食堂に来てみたものの、どうしようか、といった感じか。
「すまん、ちょっと通して……って、青井じゃないか」
「一条先輩」
「こんなところで何やってるんだ。中、入らないのか?」
聞けば青井は、「いやあ」と困ったように笑った。
「今日、弁当なくて。コンビニでも買いそびれたから。どうしようかなーって思ったんですけど、文化祭終わったし、食堂使えるなーって思って」
ああ、やっぱりあの暗黙の了解は、新一年生にも浸透していたか。
「初めて使うものですから。ちょっと、しり込みしてしまいまして」
「そっか。じゃあ、一緒に行こう」
渡りに船、といわんばかりに青井はコクコクと頷いた。そうだよなあ。こういうところを使うのはほとんどが運動部っぽいやつらで、真面目そうな青井は、その迫力に押されてしまうのだろう。
「でも、今の時間に来てよかったよ。昼休みになると人が多くて大変だから」
「そうかなーと思って、今来たんですよ」
「そっか。あ、食券はここで、他に弁当とかパンとか買いたいなら、向こうのレジの方な」
青井は少し悩むそぶりを見せたのち、俺の隣に佇んだ。
「見てていいですか?」
「ん? いいぞー」
さて、俺は何を食おう。んー……あ、チキン南蛮定食。いいな。それのみそ汁をミニうどんに変更しよう。最近、こういうカスタマイズができるようになったのがいい。前は、どっちも食べたけりゃどっちも頼め! みたいなスタンスだったから。
まあ、食べられなくはないんだけどさ。食い過ぎると午後の授業に響く。
「チキン南蛮かあ」
「色々見てみるといい」
青井は悩みに悩んだ結果、日替わり定食の食券を買っていた。大事そうに食券を持ち、少し眺めてから、胸ポケットに入れた。
「ありがとうございます、いろいろと」
「いやいや、意外と緊張するもんな。気にすんな」
「はい。でも、買えたのでよかったです」
そろそろチャイムが鳴る頃だ。急いで教室に戻る。
そういや、食券買うだけであんなだったのに、昼は大丈夫だろうか。ちゃんと席、確保できんのかな。
案の定、右往左往していた青井を見つけ、声をかける。
「自由に座っていいんだからな。まあ、最初は慣れないか」
「何から何まですみません……」
ちょうど二人分の席が空いていたので、そこに座る。青井はそわそわしていたが、絵の前の飯に釘付けである。初めて学食に来た時は、確かに感動したなあ、俺も。高校生になったんだーって実感したというか。
「いただきます」
いまだに、学食の飯を食う時は少しそわそわする。基本弁当だしな。そう考えると、俺も一年生と似たようなもんか?
揚げたてのチキン南蛮には、特製の甘酢とタルタルソースがかかっている。こんがりとした衣と淡く黄色いタルタルソース。いやあ、この見た目だけで米が食えそうだ。でも、それはあくまで、この後食べられるという確信があってのこと。
ザクっとした衣は、薄甘い。ジュワッとあふれ出るのは甘酢と鶏の肉汁。甘酢は酸味が程よく、少しトロッとしている。んー、熱々だあ。
そして、タルタルソース。うちで作るのとはまた違う。辛みが控えめの玉ねぎは細かく刻まれ、シャキシャキとみずみずしくすっきりしている。ピクルスはほんのりと酸味があり、マヨネーズはコクがあってまろやかだ。
薄甘い衣に甘酢、そしてタルタルソース、あふれ出る鶏肉のうま味。そうそう、これがチキン南蛮だ。豚とも牛とも違う、淡白な鶏肉の味。ご飯が進むなあ。
ミニうどんにはかまぼこがのっている。それがうれしい。
出汁はうま味たっぷりで、麺は柔らかいが、少し弾力もある。トッピングもできたのだが、今日は何もなしにした。かけうどんって、結構うまいんだ。
添えられたキャベツにも、甘酢が染みている。キャベツはいろいろなものに添えられるが、そのたびに違う味わいとなって面白い。
「学食のご飯って、結構おいしいですねえ」
と、向かいに座る青井が満足げに言った。
「一人じゃなくて、安心しました」
「そうか、それはよかった」
自分がおいしく飯を食うのはもちろんだが、一緒に食ってるやつが、楽しそうだとなお気分がいいものである。
マナーとかは当然守るべきだし、最低限、気にすべきことはあるだろうが……変な暗黙の了解を気にして、楽しめないのはもったいない。
食事というのは、できる限り、楽しく幸せなものであるといいと、俺は思う。
「ごちそうさまでした」
夜明けは確かに、暑い季節に向かい始めた色をしていたが、吹く風は強く冷たく、秋から冬に変わる頃に似ていたな。
温度差が激しいせいか、なんとなく調子が悪いというか、元気が出ない。クラスでも、風邪ひいたやつが多いもんなあ。どことなく、学校全体がしんなりとした感じである。文化祭も終わったし、燃え尽きたってのもあるのだろうか。
まあ、俺はまだ食欲あるからいいけど。食欲が出なくなったら、自分でもちょっとピンチだなって思う。
そういや咲良も、いつもより五割り増しで眠いって言っていたが、あれは気温のせいなのだろうか。春先にも、暖かくなってきたからいつもより眠い、とか言ってたような。
いまだ冬服の多い学校に、二時間目終わりのチャイムが鳴った。
「ねー、今日寒くない?」
「朝の体育館とか、超冷えんの」
「うちまだストーブついてるよ~」
「うちも」
やっぱり、話題に上がるのはこの寒さだ。廊下は寒いから、なかなか教室からは人が出ないし、窓も開けっぱなしにはしていない。
まるで冬だな、と思いながら財布を持って廊下に出る。
今日は弁当ないし、食券を買いに行く。昼休みでもいいんだが、人が多いからなあ。幸い、今日は移動教室もないことだし、買えそうなときに買っておこう。
さて、何を食べようかな。日替わり定食は確か、ハンバーグだったな。それもいいが、これだけ寒いならうどんもいいかもしれない。カレーは辛いから温まるか、それとも、汗かいて冷えるか。
うーん、悩むなあ……
「お?」
何やら食堂の前に人影が。一年生か。そういや、前に聞いたことがある。一年生は、文化祭が終わってからしか食堂が使えないって。別にそんな決まりはないのだが、暗黙の了解とでもいうべきか、そんな話がまことしやかにささやかれている。
ただし、兄や姉がいる者、先輩と懇意にしている者は例外とする、だっけ?
毎日弁当準備したり、よそで買ったりできるやつらばっかりじゃないんだからさあ。誰だよ、言い出しっぺは。
じゃあ、あの一年生はあれか。初めて食堂に来てみたものの、どうしようか、といった感じか。
「すまん、ちょっと通して……って、青井じゃないか」
「一条先輩」
「こんなところで何やってるんだ。中、入らないのか?」
聞けば青井は、「いやあ」と困ったように笑った。
「今日、弁当なくて。コンビニでも買いそびれたから。どうしようかなーって思ったんですけど、文化祭終わったし、食堂使えるなーって思って」
ああ、やっぱりあの暗黙の了解は、新一年生にも浸透していたか。
「初めて使うものですから。ちょっと、しり込みしてしまいまして」
「そっか。じゃあ、一緒に行こう」
渡りに船、といわんばかりに青井はコクコクと頷いた。そうだよなあ。こういうところを使うのはほとんどが運動部っぽいやつらで、真面目そうな青井は、その迫力に押されてしまうのだろう。
「でも、今の時間に来てよかったよ。昼休みになると人が多くて大変だから」
「そうかなーと思って、今来たんですよ」
「そっか。あ、食券はここで、他に弁当とかパンとか買いたいなら、向こうのレジの方な」
青井は少し悩むそぶりを見せたのち、俺の隣に佇んだ。
「見てていいですか?」
「ん? いいぞー」
さて、俺は何を食おう。んー……あ、チキン南蛮定食。いいな。それのみそ汁をミニうどんに変更しよう。最近、こういうカスタマイズができるようになったのがいい。前は、どっちも食べたけりゃどっちも頼め! みたいなスタンスだったから。
まあ、食べられなくはないんだけどさ。食い過ぎると午後の授業に響く。
「チキン南蛮かあ」
「色々見てみるといい」
青井は悩みに悩んだ結果、日替わり定食の食券を買っていた。大事そうに食券を持ち、少し眺めてから、胸ポケットに入れた。
「ありがとうございます、いろいろと」
「いやいや、意外と緊張するもんな。気にすんな」
「はい。でも、買えたのでよかったです」
そろそろチャイムが鳴る頃だ。急いで教室に戻る。
そういや、食券買うだけであんなだったのに、昼は大丈夫だろうか。ちゃんと席、確保できんのかな。
案の定、右往左往していた青井を見つけ、声をかける。
「自由に座っていいんだからな。まあ、最初は慣れないか」
「何から何まですみません……」
ちょうど二人分の席が空いていたので、そこに座る。青井はそわそわしていたが、絵の前の飯に釘付けである。初めて学食に来た時は、確かに感動したなあ、俺も。高校生になったんだーって実感したというか。
「いただきます」
いまだに、学食の飯を食う時は少しそわそわする。基本弁当だしな。そう考えると、俺も一年生と似たようなもんか?
揚げたてのチキン南蛮には、特製の甘酢とタルタルソースがかかっている。こんがりとした衣と淡く黄色いタルタルソース。いやあ、この見た目だけで米が食えそうだ。でも、それはあくまで、この後食べられるという確信があってのこと。
ザクっとした衣は、薄甘い。ジュワッとあふれ出るのは甘酢と鶏の肉汁。甘酢は酸味が程よく、少しトロッとしている。んー、熱々だあ。
そして、タルタルソース。うちで作るのとはまた違う。辛みが控えめの玉ねぎは細かく刻まれ、シャキシャキとみずみずしくすっきりしている。ピクルスはほんのりと酸味があり、マヨネーズはコクがあってまろやかだ。
薄甘い衣に甘酢、そしてタルタルソース、あふれ出る鶏肉のうま味。そうそう、これがチキン南蛮だ。豚とも牛とも違う、淡白な鶏肉の味。ご飯が進むなあ。
ミニうどんにはかまぼこがのっている。それがうれしい。
出汁はうま味たっぷりで、麺は柔らかいが、少し弾力もある。トッピングもできたのだが、今日は何もなしにした。かけうどんって、結構うまいんだ。
添えられたキャベツにも、甘酢が染みている。キャベツはいろいろなものに添えられるが、そのたびに違う味わいとなって面白い。
「学食のご飯って、結構おいしいですねえ」
と、向かいに座る青井が満足げに言った。
「一人じゃなくて、安心しました」
「そうか、それはよかった」
自分がおいしく飯を食うのはもちろんだが、一緒に食ってるやつが、楽しそうだとなお気分がいいものである。
マナーとかは当然守るべきだし、最低限、気にすべきことはあるだろうが……変な暗黙の了解を気にして、楽しめないのはもったいない。
食事というのは、できる限り、楽しく幸せなものであるといいと、俺は思う。
「ごちそうさまでした」
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