733 / 854
日常
第六百八十五話 文化祭②
しおりを挟む
文化祭二日目、この日もまた特等席にいた。
「いい眺めだ……」
体育館の二階、ステージの正面。隣にいる朝比奈が、しみじみとつぶやいた。
「人の目が届かない場所って、いいな」
「だなあ」
「体育館横の部屋もよかったけどな!」
と、咲良が言う。ステージでは有志発表が行われていて、今日の音響は一年生がやっている。俺たちは午後からの有志発表の音響担当で、今は、自分たちの発表を待つばかりだ。
「放送部の特権だねぇ」
「おっ、早瀬。来たか」
「うん」
四人並んで、ステージに目を向ける。今は体育館の照明が少し絞られ、薄暗い。上映前の映画館みたいだ。
ここからは、客席もよく見える。
あ、いるいる。じいちゃんとばあちゃん。よそ行きの恰好をしていて、シャキッとしていて、二人ともかっこいい。
「……ん?」
なんだ、隣の二人組と何か話をしている。誰だ、知り合いか?
……あっ!
「へ、えぇ?」
「ん? どしたぁ、春都」
「なんかあったか?」
「……お腹空いた?」
「いや、何でもない」
嘘だろ、父さんと母さんがいるんだけど。あれぇ? なんで? 仕事だから来られないって言ってたような気がするんだけど。聞き間違い?
これは問い詰めなければなるまいよ。
と、その前に、俺らのドラマが上映される。まずはそれを見届けないとな。
「お、そろそろじゃね?」
と、咲良が囁き、肩を叩いてくる。咲良はニパッと笑う。
「楽しみだな!」
「ああ」
やがて体育館内は暗くなり、人がいなくなったステージにはスクリーンが現れる。ますます映画館のようで、そわそわしてきた。
こういう空気は、好きだなあ。
「よかったよ~、すごくよかった!」
「頑張ったんだなあ、春都」
「まあね……って、何で二人ともいるの」
上映が終わったら、昼休みである。体育館の出入り口のうち、あまり使われていない、直接外の階段へと続く場所で、父さんたちと話をする。
母さんは「だってねえ」と嬉しそうに笑った。
「頑張ったら休みが取れそうなスケジュールだったからさ、そりゃ、頑張っちゃうでしょ」
「春都の晴れ舞台だもんな」
そんな、晴れ舞台って……そんなたいそうなものでもないんだけど。なんだかくすぐったい。でも、嬉しい。
「まあ、皆で作ったわけだし……」
言えば父さんと母さんは視線を交わし、優しい笑みを浮かべた。
「そっか、頑張ったんだなあ」
「楽しかったでしょ」
「ん? それは、まあ」
色々大変なこともあったけど、新しい後輩ともかかわるようになったし、ずいぶんにぎやかで、さみしいと思う暇もなかったような気がする。
「……楽しかった」
喧騒がだんだんと遠のいていく。各々の教室に向かっているのだろう。昼飯を食ったら、校内ではいろいろな催し物が開かれる。
「立派なもん見せてもらったから、なんかお祝いしないとな」
そういうのはじいちゃんだ。ばあちゃんも笑って頷いている。
「そうね。食べたいもの、考えておいて」
「分かった」
お祝いって、何か受賞したわけでも、成果を上げたわけでもないのに……いや、今日の発表は、成果といっていいだろうか。
「とりあえず、今日はこれ。はい、お疲れ様」
母さんから袋を渡される。
「これは?」
「お弁当。今日も朝早かったんでしょ? 昼ごはん、満足に準備できなかったんじゃない?」
ばれてたか、まったく、母さんにはかなわないや。
「ありがとう」
「私たちはまた仕事に戻るけど、今度は、早めに帰ってくるからね」
「春都が、寂しくて泣かないようにな」
「何言ってんの」
寂しくなくても、人って、涙が出てくるもんなんだよ。
しかし、二日連続でこんないい弁当を食えるとは、嬉しい限りだ。
今日は視聴覚室に人が少ない、というか、俺だけだ。咲良たちも今日は出し物で忙しそうだし、ま、のんびり食べよう。
「いただきます」
今日は……からあげだ。それと、つくね。卵焼きと、ハム巻きと、プチトマトに小端松菜炒め。お約束のぎゅうぎゅうご飯には、卵のふりかけがかかっている。
青い弁当箱にこの色合いのラインナップ。これぞ、俺の知る弁当だ。
からあげは、食べやすいように半分に切ってある。断面がきれいだ。あ、端の方、少し引きちぎったみたいになってる。衣しっとり、ジュワッとうま味があふれ出す。弁当のからあげは、醤油を強く感じるものだ。
つくねは串に、二つ刺さっている。ふわふわだが食べ応えのある肉は、甘辛いたれでご飯が進む味である。つくね同士の境目のカリカリ……いや、ねっちりしたところ、大好きだ。歯にくっつく感じとか、香ばしさが癖になる。
ハム巻き。ハムにマヨときゅうり、サラダみたいなもんだが、全然違う。マヨネーズがどこか爽やかで、きゅうりがみずみずしく、ハムの塩気がたまらない。
卵焼きはほっとする。やっぱり、母さんの卵焼きは世界一だ。
そして、ご飯のぎゅうぎゅう具合はばあちゃんに引けを取らない。切って食べる米って、何だろう。でも、これが好きなんだよなあ。ふりかけは甘い。
プチトマトは……今日は少し酸味がある。小松菜炒めはきゅうりとはまた違うみずみずしさで、塩気がちょうどいい。
お、そろそろ外が賑やかになってきた。俺も見て回ろうか。
……うーん、でも、今日は少しのんびりしたい気分だ。昨日結構あれこれ楽しんだことだし、後で咲良とかの教室に顔を出すくらいでいっか。
今はまだ、弁当の余韻を楽しみたい。
卵焼きが、最後の一口。じんわりと広がる甘さを噛みしめた。
「ごちそうさまでした」
「いい眺めだ……」
体育館の二階、ステージの正面。隣にいる朝比奈が、しみじみとつぶやいた。
「人の目が届かない場所って、いいな」
「だなあ」
「体育館横の部屋もよかったけどな!」
と、咲良が言う。ステージでは有志発表が行われていて、今日の音響は一年生がやっている。俺たちは午後からの有志発表の音響担当で、今は、自分たちの発表を待つばかりだ。
「放送部の特権だねぇ」
「おっ、早瀬。来たか」
「うん」
四人並んで、ステージに目を向ける。今は体育館の照明が少し絞られ、薄暗い。上映前の映画館みたいだ。
ここからは、客席もよく見える。
あ、いるいる。じいちゃんとばあちゃん。よそ行きの恰好をしていて、シャキッとしていて、二人ともかっこいい。
「……ん?」
なんだ、隣の二人組と何か話をしている。誰だ、知り合いか?
……あっ!
「へ、えぇ?」
「ん? どしたぁ、春都」
「なんかあったか?」
「……お腹空いた?」
「いや、何でもない」
嘘だろ、父さんと母さんがいるんだけど。あれぇ? なんで? 仕事だから来られないって言ってたような気がするんだけど。聞き間違い?
これは問い詰めなければなるまいよ。
と、その前に、俺らのドラマが上映される。まずはそれを見届けないとな。
「お、そろそろじゃね?」
と、咲良が囁き、肩を叩いてくる。咲良はニパッと笑う。
「楽しみだな!」
「ああ」
やがて体育館内は暗くなり、人がいなくなったステージにはスクリーンが現れる。ますます映画館のようで、そわそわしてきた。
こういう空気は、好きだなあ。
「よかったよ~、すごくよかった!」
「頑張ったんだなあ、春都」
「まあね……って、何で二人ともいるの」
上映が終わったら、昼休みである。体育館の出入り口のうち、あまり使われていない、直接外の階段へと続く場所で、父さんたちと話をする。
母さんは「だってねえ」と嬉しそうに笑った。
「頑張ったら休みが取れそうなスケジュールだったからさ、そりゃ、頑張っちゃうでしょ」
「春都の晴れ舞台だもんな」
そんな、晴れ舞台って……そんなたいそうなものでもないんだけど。なんだかくすぐったい。でも、嬉しい。
「まあ、皆で作ったわけだし……」
言えば父さんと母さんは視線を交わし、優しい笑みを浮かべた。
「そっか、頑張ったんだなあ」
「楽しかったでしょ」
「ん? それは、まあ」
色々大変なこともあったけど、新しい後輩ともかかわるようになったし、ずいぶんにぎやかで、さみしいと思う暇もなかったような気がする。
「……楽しかった」
喧騒がだんだんと遠のいていく。各々の教室に向かっているのだろう。昼飯を食ったら、校内ではいろいろな催し物が開かれる。
「立派なもん見せてもらったから、なんかお祝いしないとな」
そういうのはじいちゃんだ。ばあちゃんも笑って頷いている。
「そうね。食べたいもの、考えておいて」
「分かった」
お祝いって、何か受賞したわけでも、成果を上げたわけでもないのに……いや、今日の発表は、成果といっていいだろうか。
「とりあえず、今日はこれ。はい、お疲れ様」
母さんから袋を渡される。
「これは?」
「お弁当。今日も朝早かったんでしょ? 昼ごはん、満足に準備できなかったんじゃない?」
ばれてたか、まったく、母さんにはかなわないや。
「ありがとう」
「私たちはまた仕事に戻るけど、今度は、早めに帰ってくるからね」
「春都が、寂しくて泣かないようにな」
「何言ってんの」
寂しくなくても、人って、涙が出てくるもんなんだよ。
しかし、二日連続でこんないい弁当を食えるとは、嬉しい限りだ。
今日は視聴覚室に人が少ない、というか、俺だけだ。咲良たちも今日は出し物で忙しそうだし、ま、のんびり食べよう。
「いただきます」
今日は……からあげだ。それと、つくね。卵焼きと、ハム巻きと、プチトマトに小端松菜炒め。お約束のぎゅうぎゅうご飯には、卵のふりかけがかかっている。
青い弁当箱にこの色合いのラインナップ。これぞ、俺の知る弁当だ。
からあげは、食べやすいように半分に切ってある。断面がきれいだ。あ、端の方、少し引きちぎったみたいになってる。衣しっとり、ジュワッとうま味があふれ出す。弁当のからあげは、醤油を強く感じるものだ。
つくねは串に、二つ刺さっている。ふわふわだが食べ応えのある肉は、甘辛いたれでご飯が進む味である。つくね同士の境目のカリカリ……いや、ねっちりしたところ、大好きだ。歯にくっつく感じとか、香ばしさが癖になる。
ハム巻き。ハムにマヨときゅうり、サラダみたいなもんだが、全然違う。マヨネーズがどこか爽やかで、きゅうりがみずみずしく、ハムの塩気がたまらない。
卵焼きはほっとする。やっぱり、母さんの卵焼きは世界一だ。
そして、ご飯のぎゅうぎゅう具合はばあちゃんに引けを取らない。切って食べる米って、何だろう。でも、これが好きなんだよなあ。ふりかけは甘い。
プチトマトは……今日は少し酸味がある。小松菜炒めはきゅうりとはまた違うみずみずしさで、塩気がちょうどいい。
お、そろそろ外が賑やかになってきた。俺も見て回ろうか。
……うーん、でも、今日は少しのんびりしたい気分だ。昨日結構あれこれ楽しんだことだし、後で咲良とかの教室に顔を出すくらいでいっか。
今はまだ、弁当の余韻を楽しみたい。
卵焼きが、最後の一口。じんわりと広がる甘さを噛みしめた。
「ごちそうさまでした」
24
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる