一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第六百八十三話 たこ焼き

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 テストの余韻も間もなく、文化祭の準備がやってきた。
 収録も無事終わり、編集作業もあれこれとみんなで言いながら仕上がった。先生からもいい感じの反応をもらえたし、あとは、そう。
 体育館の準備だ。
「えー、今日の流れについて説明します」
 二時間だけ授業が行われた後、放送部は視聴覚室に集合した。他の生徒は、各々にあてがわれた場所に行って、準備を始めている。
 先生が前に立ち、予定が書かれた書類を持って話を始める。
「まずは体育館の音響設備を整えます。マイクテストの後、リハーサルが始まるから、各々の場所に待機。リハの順番は、今配った書類に書いてあるから、確認しておいて」
 全学年、および有志発表、部活動の発表……結構詰まってるなあ。これ、朝一からやってた方がよかったんじゃなかろうか。
「提出されたCDは持ってるね?」
 と、先生が確認してくる。発表する生徒たちから、音源を預かっているのだ。もちろん、抜かりなく。
「はい」
「体育館に持っていっておいてね。それと、私たちのDVDも。もちろん、試しに上映するから」
「分かりました」
「それじゃあ、さっそく移動します。一応、原稿も持っておいでね」
 解散、という言葉で皆立ち上がる。
 そういえば、前回の文化祭で準備にかかった時間は、相当だったと聞いた。日がだいぶ長くなったこの時期に、真っ暗になるまで体育館にいたというのだ。
 例年通りでそれなら、今年はどうなってしまうんだ。
 大々的にやると決まっているのなら、準備時間もたくさん必要なのでは。
 ……だめだ、考え出したら気が遠くなってきた。とにもかくにも、今、やるべきことをちゃっちゃとこなしていくほかない。
 先生たちの大声が聞こえる体育館、外はまだ、まぶしいほどに明るかった。

 リハーサルは各グループに時間が割り振ってあり、一応、その通りに進んでいく。
 体育館はすっかり準備が整っていた。全面にシートを敷き、二階の手すりには各クラスが準備した横断幕が張られ、椅子は整然と照明に光る。いやあ、いつ見ても、この様は圧巻だ。しかも今回はいつも以上に気合が入っているから、シートにはしわ一つなく、椅子の並びには寸分の狂いもない。
 おかげで、隙間を通るときはひやひやした。本番のマイクテストのときは各所に散らばらないといけないのが、億劫だ。
 放送席は客席からは少し離れた場所にある。そして俺と咲良は、舞台横の放送室で音響を担当している。
 放送席には早瀬が座り、その隣に朝比奈がいる。朝比奈の手元にはストップウォッチが握られていて、各グループの時間を正確に測っている。
 朝比奈が何かを早瀬に耳打ちすると、早瀬はマイクのスイッチを入れる。
『残り時間、五分です』
 ステージに上がっている生徒たちはダンスをするようで、先ほどまで場所の確認をしていたが、そのアナウンスを聞いて動きを変える。
「すいませーん、一曲だけ通しで踊りたいので、曲をお願いしまーす!」
 リーダーらしい生徒が、こちらに声をかける。
「最後の曲です!」
「はーい」
 咲良は舞台に近いところにいて、放送室と演者の中継役をしている。
「春都、最後の曲、通しで」
「おう」
 脚本を仕上げる傍ら、叩きこまれた音響設備の扱い方。おかげで、ただの雑用係から、ちょっと音響設備を操作できる雑用係に格上げされた。
 最後の曲が始まる少し前、前の曲が終わった後のわずかな沈黙に合わせ、音量を調節。準備完了の合図に左手を上げると、咲良が舞台に向かって「流しまーす!」と声をかけた。
 よし、再生。タイミングばっちり。
 始めこそおっかなびっくりやっていたものだが、人って、やってるうちに慣れるもんだな。
「これ終わったら、休憩だっけ?」
 と、咲良が囁いてくる。
「ああ。三十分とちょっとくらい休憩挟んで、第三部だ」
 今年は、発表するグループが多くて、リハの時間も長い。おかげで、時間の管理は一層厳しいものとなっている。
 今日ばかりは普段の時間割りにはとらわれず、下校時刻も定まらず、各々で休憩を取り、下校する、ということになっている。
 だから、今は昼休みではなく、六時間目が終わって少し経ったくらいの時間だ。
 はあ、息がつまる。
 こういう時はうまいもんを食うに限るが……あいにく、食堂はもう閉まっているし、何かを買いに行く余裕もない。
 せめて甘いジュースでも飲もうかな。

 そう思ってサイダーを買って視聴覚室に戻ると、何やらいい匂いがしてきた。香ばしく、心躍るこの香りは……
「ソースの匂い?」
「おっ、鼻が利くねぇ。ほらほら、食べて」
 どうやら、矢口先生がみんなに買ってきてくれたらしい。たこ焼きだ。
「いいんですか?」
「そろそろお腹空いた時間かと思ったんだけど」
「空きました」
 言えば先生は笑って、「遠慮なく食べなさい」と言った。
「いただきます」
 差し入れのたこ焼き、ってなんかいいな。ワクワクする。
 小ぶりのたこ焼きは透明のパックにぎゅうぎゅうに詰め込まれ、ソースたっぷり、マヨネーズと青のり、粉末状のかつお節もかかっている。熱々というより、ほんのり温かいくらいなのがうれしい。
 ソースが零れないように、気を付けながら一口で。ぷわぷわの口当たりにほわほわの中身、ソースは甘くさらっとしていてくどくない。だから、マヨネーズのコクがよく合う。
 かつお節も、青のりも風味がいい。
「うまぁ……」
 すっかり疲れていた面々は、暴力的なほどに香ばしいソースの香りに癒されるばかりである。
 たこは小さめながら、いくつも入っているので嬉しい。噛めばちゃんとたこの味。
 大ぶりのたこが入ってんのもいいけど、こういうのもいいよな。バランスよく食べられるところがいい。
 サイダー、買ってきてよかった。たこ焼きにサイダーって、うまい。
 ソースとマヨが広がる口に、シュワシュワと透き通った甘さを流し込む。ん~、これこれ、これがうまい。
 普段飯を食うことのない、視聴覚室で食ってるっていうのも、おいしさに一役買っているといえよう。
 しっかし、リハーサルって、こんなに疲れるものなのか。大変だ。
 でも、なんか、楽しい。すっげえ疲れることに変わりはないけど、楽しい。
 そう思えるだけで、今は良しとしておこう。さて、まだまだ準備は続く。本番も待っている。
 あと何踏ん張りか、頑張るとしますかね。

「ごちそうさまでした」
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