728 / 854
日常
番外編 春都と咲良①
しおりを挟む
中学三年生の恒例行事、高校見学。貸し切りバスで向かうのは、うちの中学で受ける人が多い私立高校の一つだ。三年生全体が三つの班に分けられ、それぞろえ違う学校に見学に行くという。
見学そのものは楽しみなんだけど、その後、レポートをまとめて意見交換をするとかいうのがめんどくさい。
あ、そうだ。レポート用紙は手元にあることだし、今のうちに書いておこうか。
「えーっと……」
愛用しているシャーペンを取り出す。分かる人には分かる、アニメのグッズだ。ぱっと見は何でもない文房具だが、俺からしてみれば、眺めるだけでもテンションが上がるというものだ。
「あ、春都。もう書くの?」
と、隣に座る観月がいたずらっぽく囁いてくる。
「いけないんだー」
「別にいいだろ」
「ちゃんと見た後にしようよ、一応」
「いつ書いたって一緒だよ……」
とはいうものの、実は、ちょっと迷っていたから手が止まる。書いていたら楽だけど、なにも見ないで描くのもなんだか失礼な気もするし、ずるしてる気分だ。
でも、学校のパンフレットはしっかり読んだし、体験学習の内容は想像がつく。試しに入試問題を解いてみるとか、美術系の学部もある学校だからなんか作るとか、あとは学校紹介の映像見て、学食行って、教室の見学して……
「てか、過去問は学校で解いたし……」
「そりゃそうだけどさー」
観月は生徒会に所属していることだし、いろいろと大変そうだ。代表挨拶とかもしないといけないらしい。
「それこそ、観月も書いとけば。楽だぞ」
「んー、帰りに書くよ」
……そうだな、俺もやめておこう。もやもやしながらやったことはあまりいい結果にならない。レポート用紙をしまって、シャーペンは絶対になくさないように……
「到着だー。降りるぞー」
えっ、もう? 悠長に荷物を片付けている暇はなさそうだ。とりあえずポケットに入れておこう。
駐車場、広いなあ。お、向こうは駐輪場か。二階建てだ。立体駐車場みてぇ。
「ほれ、上靴出せ~。ちゃっちゃと動くぞ」
玄関も広いし明るい。学校じゃないみたいだ。
通うことになるかもしれないし、ならないかもしれない学校……来年の今頃はもしかしたら、ここにいるかも、なんて。
まあ、大方、公立高校に行くことになるだろうけど。
私立高校の雰囲気ってなかなか味わえないし、しっかり楽しんでおこう。
「今日は他の学校が後から来るから、きびきび動けよ」
へえ、別の学校ねえ。どこだろう。というか、一日のうちに二校来ることあるんだ。大変そうだなあ。
大ホールに移動して、席に着く。これから学校紹介の映像が流れるらしい。
あ、そうだ。今のうちにシャーペンを片付けておこう。
「……あれ?」
反対のポケットかな。いや、ない。確かに入れたはず……バスの中で落としたかな。いや、でも、確かに入れははず……
どうしよう、どこにもない。
結局、学校見学は半分ほど上の空だった。
こんなことになるなら、しっかり片付けておけばよかった。見つからなかったらどうしよう。なくても別に、命にかかわるものでもないけど……落ち着かないし、ないと、いやだ。
「帰るぞー」
一縷の望みをかけて、帰り道をしっかり探す。あ、別の学校って、もしかして前から来てるやつらかな。あの制服……ああ、あの学校か。結構近くにあるんだよな。
って、それどころじゃない。俺はシャーペンを探さないと……
「ん? どうしたの、なんか探し物?」
「えっ」
すれ違いざまに、向こうの学校のやつに声をかけられた。ふわふわで色素の薄い髪、そして俺より少し背が高いやつだ。
「なんかきょろきょろしてたから」
「あー……シャーペンを失くして……」
「どんなの?」
「黒字に白で文字が書いてあって、赤色とか……」
俺は何を言っているんだ。でも、それで見つかればいいし、あー、でも、言ったってどうにもならないだろ。
「あー、もしかして、これ?」
と、そいつは何かを差し出してきた。あ、これ。
「これだ」
「よかったー、駐車場に落ちてたんだ。もしかしたらだれか探してるかもって思って拾ってさ。はい、よかったな」
そいつはのんきそうにニパッと笑った。
「ほらー、井上。早く~」
「あ、はーい。じゃ、またな!」
「あ、ああ。ありがとう」
「おうっ!」
そいつは先を行く集団に向かって歩き出そうとしたが、ふいに振り返って言った。
「そのアニメ、俺も好きなんだ。じゃーな!」
あ、気づいたんだ。という驚きと同時に、「またな」って、なんだよ、と笑ってしまう。
結局、バスの中でレポートは書けなかった。なんとなく、ふわふわ気分がしていた。
その日は、きっと疲れているだろう、ということで、母さんがからあげを揚げてくれていた。
「いただきます」
バランスよく盛られた定食とは違う、山盛りキャベツに山盛りからあげ。うちのスタイルだ。これが心をワクワクさせる。
揚げたてのからあげっておいしいなあ。カリッと香ばしく、歯ごたえがありつつも、噛みづらくはない程よい歯ざわり。皮は熱々でジューシーだから、やけどしないようにしないといけない。ん~、染み出す脂と醤油の味、たまらん!
マヨネーズはもちろん付けないとな。どうして、からあげとマヨネーズってこんなに合うんだろう。こってりとしてるのに、パクパク食べられる。
柚子胡椒も好き。風味がいいよな。
「今日はどうだった? 楽しかった?」
向かいに座る母さんが、からあげをつまみながら聞く。キャベツのみずみずしさを飲み込んで、答える。
「うん、親切なやつに会ったよ」
「どういうこと?」
事の顛末を話すと、母さんは楽しそうに笑った。
「そう、それはよかったね」
「またな、って。何だろうな」
「案外、同じクラスになっちゃうかも」
「まさか」
でも、学区は隣だし、あり得ない話ではない。
もし本当にそうなったら、面白いな。
「ごちそうさまでした」
見学そのものは楽しみなんだけど、その後、レポートをまとめて意見交換をするとかいうのがめんどくさい。
あ、そうだ。レポート用紙は手元にあることだし、今のうちに書いておこうか。
「えーっと……」
愛用しているシャーペンを取り出す。分かる人には分かる、アニメのグッズだ。ぱっと見は何でもない文房具だが、俺からしてみれば、眺めるだけでもテンションが上がるというものだ。
「あ、春都。もう書くの?」
と、隣に座る観月がいたずらっぽく囁いてくる。
「いけないんだー」
「別にいいだろ」
「ちゃんと見た後にしようよ、一応」
「いつ書いたって一緒だよ……」
とはいうものの、実は、ちょっと迷っていたから手が止まる。書いていたら楽だけど、なにも見ないで描くのもなんだか失礼な気もするし、ずるしてる気分だ。
でも、学校のパンフレットはしっかり読んだし、体験学習の内容は想像がつく。試しに入試問題を解いてみるとか、美術系の学部もある学校だからなんか作るとか、あとは学校紹介の映像見て、学食行って、教室の見学して……
「てか、過去問は学校で解いたし……」
「そりゃそうだけどさー」
観月は生徒会に所属していることだし、いろいろと大変そうだ。代表挨拶とかもしないといけないらしい。
「それこそ、観月も書いとけば。楽だぞ」
「んー、帰りに書くよ」
……そうだな、俺もやめておこう。もやもやしながらやったことはあまりいい結果にならない。レポート用紙をしまって、シャーペンは絶対になくさないように……
「到着だー。降りるぞー」
えっ、もう? 悠長に荷物を片付けている暇はなさそうだ。とりあえずポケットに入れておこう。
駐車場、広いなあ。お、向こうは駐輪場か。二階建てだ。立体駐車場みてぇ。
「ほれ、上靴出せ~。ちゃっちゃと動くぞ」
玄関も広いし明るい。学校じゃないみたいだ。
通うことになるかもしれないし、ならないかもしれない学校……来年の今頃はもしかしたら、ここにいるかも、なんて。
まあ、大方、公立高校に行くことになるだろうけど。
私立高校の雰囲気ってなかなか味わえないし、しっかり楽しんでおこう。
「今日は他の学校が後から来るから、きびきび動けよ」
へえ、別の学校ねえ。どこだろう。というか、一日のうちに二校来ることあるんだ。大変そうだなあ。
大ホールに移動して、席に着く。これから学校紹介の映像が流れるらしい。
あ、そうだ。今のうちにシャーペンを片付けておこう。
「……あれ?」
反対のポケットかな。いや、ない。確かに入れたはず……バスの中で落としたかな。いや、でも、確かに入れははず……
どうしよう、どこにもない。
結局、学校見学は半分ほど上の空だった。
こんなことになるなら、しっかり片付けておけばよかった。見つからなかったらどうしよう。なくても別に、命にかかわるものでもないけど……落ち着かないし、ないと、いやだ。
「帰るぞー」
一縷の望みをかけて、帰り道をしっかり探す。あ、別の学校って、もしかして前から来てるやつらかな。あの制服……ああ、あの学校か。結構近くにあるんだよな。
って、それどころじゃない。俺はシャーペンを探さないと……
「ん? どうしたの、なんか探し物?」
「えっ」
すれ違いざまに、向こうの学校のやつに声をかけられた。ふわふわで色素の薄い髪、そして俺より少し背が高いやつだ。
「なんかきょろきょろしてたから」
「あー……シャーペンを失くして……」
「どんなの?」
「黒字に白で文字が書いてあって、赤色とか……」
俺は何を言っているんだ。でも、それで見つかればいいし、あー、でも、言ったってどうにもならないだろ。
「あー、もしかして、これ?」
と、そいつは何かを差し出してきた。あ、これ。
「これだ」
「よかったー、駐車場に落ちてたんだ。もしかしたらだれか探してるかもって思って拾ってさ。はい、よかったな」
そいつはのんきそうにニパッと笑った。
「ほらー、井上。早く~」
「あ、はーい。じゃ、またな!」
「あ、ああ。ありがとう」
「おうっ!」
そいつは先を行く集団に向かって歩き出そうとしたが、ふいに振り返って言った。
「そのアニメ、俺も好きなんだ。じゃーな!」
あ、気づいたんだ。という驚きと同時に、「またな」って、なんだよ、と笑ってしまう。
結局、バスの中でレポートは書けなかった。なんとなく、ふわふわ気分がしていた。
その日は、きっと疲れているだろう、ということで、母さんがからあげを揚げてくれていた。
「いただきます」
バランスよく盛られた定食とは違う、山盛りキャベツに山盛りからあげ。うちのスタイルだ。これが心をワクワクさせる。
揚げたてのからあげっておいしいなあ。カリッと香ばしく、歯ごたえがありつつも、噛みづらくはない程よい歯ざわり。皮は熱々でジューシーだから、やけどしないようにしないといけない。ん~、染み出す脂と醤油の味、たまらん!
マヨネーズはもちろん付けないとな。どうして、からあげとマヨネーズってこんなに合うんだろう。こってりとしてるのに、パクパク食べられる。
柚子胡椒も好き。風味がいいよな。
「今日はどうだった? 楽しかった?」
向かいに座る母さんが、からあげをつまみながら聞く。キャベツのみずみずしさを飲み込んで、答える。
「うん、親切なやつに会ったよ」
「どういうこと?」
事の顛末を話すと、母さんは楽しそうに笑った。
「そう、それはよかったね」
「またな、って。何だろうな」
「案外、同じクラスになっちゃうかも」
「まさか」
でも、学区は隣だし、あり得ない話ではない。
もし本当にそうなったら、面白いな。
「ごちそうさまでした」
23
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる