727 / 854
日常
第六百八十話 バナナスコーン
しおりを挟む
さっそく、翌日の放課後から作成に取り掛かる。視聴覚室は放送組が練習していたり、大会の準備をしていたりとてんやわんやなので、和作法室を使わせてもらっている。
畳張りのささやかな一室で、障子を閉めて中庭が見えないようにしてしまえば、ここが学校だということを忘れてしまいそうだ。
「大体の骨組みは、先生が考えたんだっけ?」
と、咲良が書類を眺めながら言う。先生が今朝、渡してきたものだ。思いついたアイデアを書き連ねているらしい。
「なんか、こういう話がいいなーっていうのはあるらしい」
「じゃ、それを元にいろいろ付け加えていけばいいのか」
ふむ、と朝比奈は昨日撮った写真を眺める。
咲良はいったん書類から視線を上げると、少し気だるげな表情を浮かべて言った。
「てかさー、俺らの脚本が見たいとか言って、結局先生の案じゃんね?」
「まあ、顧問の意見も入るもんだろ」
「……出されたのはアイデアだけで、肉付けするのは俺らだからなあ」
先生からアイデアを渡されたとき、一から作らなくていいのかと拍子抜けする半面、それとなく道しるべができたことにほっとした。先生はそれも思って、アイデアを提供してくれたのかもしれない。どうだろう。
「先輩、それ、一緒に見てもいいですか」
後ろからのぞき込んで来たのは青井だ。なんか、昨日あたりからずいぶん懐いてんだよな。慣れたのか。なんか、近所の野良猫が近寄ってきた感覚だ。
「ん、いいぞ。ほれ」
「ありがとうございます」
先生のアイデアが書かれたメモは、脚本組三人分しかない。青井にも見えるように書類をずらしてやると、いそいそと隣にやってきて正座をする。
「あ、太一だけずるい。僕にも見せてください!」
そう言って反対側の隣に滑り込んで来たのは橘だ。青井がネコなら、橘は犬っぽい。
二人に見えるように書類の位置を移動させる。二人は食い入るようにアイデアを眺めると、パッと顔を上げた。
「イメージボード、作ってみたいね」
「俺も思った」
「イメージボード?」
その言葉に反応したのは百瀬だ。
「いいねえ、作ろっか」
「イメージボードってなんだよ」
咲良の問いに百瀬が答える。
「まー、文字通りイメージだよ。どんな作品にすんのか、何枚か絵を描いてみるんだ。重要なシーンを抜粋して」
「おー、なんか本格的」
「やっぱ文字だけじゃわかんないことあるからねー」
そう言いながら、百瀬は何やら銀色の箱を取り出した。なんか見たことある。あ、おかきとかが入ってる箱だ。画材でも入ってんのか?
「ま、とりあえずさ。みんなお腹空かない?」
百瀬の唐突な問いに、皆がきょとんとする。百瀬はにっこりと笑った。
「まずは腹ごしらえ。甘いもの食べながら、話そうよ」
百瀬は輪の中心にその箱を置いた。みんなの視線がそれに集中したのを確認して、百瀬は「じゃーん!」と蓋を開けた。
箱の中にはクッキー……いや、スコーンが山のように入っていた。パステルカラーの敷布のおかげで、なんか、外国のピクニックのようだ。
「バナナのスコーンだよ。あ、苦手な人はこっちね」
プレーンもあるから、と百瀬はもう一箱取り出した。その中には、いちごジャムとマーマレードジャムが入っている。
「すげえ、でも、口乾かねえ?」
咲良が言うと、朝比奈も控えめに頷いた。すると百瀬はどこか得意げに笑い、どこからかポットと紙コップを出してきた。
「紅茶があるよ」
「用意周到かよ」
抜かりの無さに、思わず笑ってしまう。百瀬はお茶の準備をしながら言った。
「まー、これは借りものだけどね。今年の茶道部は、明治時代風の喫茶店をやるんだって。練習は食堂でやるらしいけど、和作法室使うって言ったら一つ貸してくれたんだ」
人脈広いなあ、百瀬。
「さ、食べよ」
いつの間にやら、紙皿も用意してある。完全にお茶会の様相だ。打ち合わせはどうした、打ち合わせは。
……まあ、深いことは考えまい。
「いただきます」
じゃあ、バナナの方から。結構大振りだなあ。
さくさく感は控えめで、どちらかといえばしっとりしている。これはバナナを混ぜているからだろうか。ふうっと鼻に抜けるのは、甘い香りとバナナの風味。へえ、バナナのスコーンって、うまいんだな。
バナナってちょっと苦手だと思っていたが、この間のバナナジュースといい、うまいのはうまいんだなあ。
「これ、おいしいです。どうやって作るんですか?」
橘が聞くと、百瀬はにこにこと愛想よく笑って答えた。
「簡単だよー、ホットケーキミックスと混ぜてね……」
ああ、この風味はホットケーキミックスだったのか。どこかで食べたことのある味だと思った。小麦粉っぽいというより、ちょっと甘めで……
プレーンにはジャムをつけるらしい。あ、こっちはちょっとサクッとしてる。半分に割って、まずはマーマレードジャムから。
オレンジの風味が爽やかで、シンプルな味わいのスコーンとの相性がいい。このジャムもうまいなあ。まったく、百瀬のお菓子に対する熱にはかなわない。
いちごジャムは甘くて、疲れた脳に染みるようだ。
「中学の時にスコーン作りにはまってね~。山のように作ったから上達したんだよ。ね、貴志!」
話を振られた朝比奈は、まるで、今飲んでいる紅茶がとても渋いというような表情で頷いた。
「……毎日、俺のおやつはスコーンだった」
「あはは、巻き込まれたのか」
と、咲良が笑う。
それまでずっと聞き役に徹していた青井が、ふとこちらを見上げたのを感じた。視線って、分かりやすいもんなんだなあ、と思いながら青井を見る。
「どうした?」
「あの、先輩たちの中学時代って、どんな感じだったんですか?」
その問いに、二年生同士、視線を交わす。
「どう……って、そんな、別になあ」
「朝比奈と百瀬は同じ学校だっただろうけど、俺と春都は違うもんな」
「今とあんま変わんないよー。まあ、多少変わったとこもあるかなあ?」
「まったくない、ってことはないだろう……」
ふと見れば、橘も青井も、きらきらと期待に満ちた目をしている。
「それでも、聞きたいです!」
橘の言葉に、青井はうんうんと頷いた。そんなに気になるのかなあ。なんか変な感じだ。自分が先輩だ、ってうっすらと自覚する。
甘いバナナスコーンをほおばり、紅茶を飲む。薫り高い紅茶は市販のものだが、十分、気分を華やがせてくれる。
「まあ、話せそうなことを思い出したら話すよ」
言えば三人も頷いた。一年生二人はそわそわしながら、スコーンをほおばった。
さて、糖分も補給したし腹も満たされた。作業を再開するとしよう。
「ごちそうさまでした」
畳張りのささやかな一室で、障子を閉めて中庭が見えないようにしてしまえば、ここが学校だということを忘れてしまいそうだ。
「大体の骨組みは、先生が考えたんだっけ?」
と、咲良が書類を眺めながら言う。先生が今朝、渡してきたものだ。思いついたアイデアを書き連ねているらしい。
「なんか、こういう話がいいなーっていうのはあるらしい」
「じゃ、それを元にいろいろ付け加えていけばいいのか」
ふむ、と朝比奈は昨日撮った写真を眺める。
咲良はいったん書類から視線を上げると、少し気だるげな表情を浮かべて言った。
「てかさー、俺らの脚本が見たいとか言って、結局先生の案じゃんね?」
「まあ、顧問の意見も入るもんだろ」
「……出されたのはアイデアだけで、肉付けするのは俺らだからなあ」
先生からアイデアを渡されたとき、一から作らなくていいのかと拍子抜けする半面、それとなく道しるべができたことにほっとした。先生はそれも思って、アイデアを提供してくれたのかもしれない。どうだろう。
「先輩、それ、一緒に見てもいいですか」
後ろからのぞき込んで来たのは青井だ。なんか、昨日あたりからずいぶん懐いてんだよな。慣れたのか。なんか、近所の野良猫が近寄ってきた感覚だ。
「ん、いいぞ。ほれ」
「ありがとうございます」
先生のアイデアが書かれたメモは、脚本組三人分しかない。青井にも見えるように書類をずらしてやると、いそいそと隣にやってきて正座をする。
「あ、太一だけずるい。僕にも見せてください!」
そう言って反対側の隣に滑り込んで来たのは橘だ。青井がネコなら、橘は犬っぽい。
二人に見えるように書類の位置を移動させる。二人は食い入るようにアイデアを眺めると、パッと顔を上げた。
「イメージボード、作ってみたいね」
「俺も思った」
「イメージボード?」
その言葉に反応したのは百瀬だ。
「いいねえ、作ろっか」
「イメージボードってなんだよ」
咲良の問いに百瀬が答える。
「まー、文字通りイメージだよ。どんな作品にすんのか、何枚か絵を描いてみるんだ。重要なシーンを抜粋して」
「おー、なんか本格的」
「やっぱ文字だけじゃわかんないことあるからねー」
そう言いながら、百瀬は何やら銀色の箱を取り出した。なんか見たことある。あ、おかきとかが入ってる箱だ。画材でも入ってんのか?
「ま、とりあえずさ。みんなお腹空かない?」
百瀬の唐突な問いに、皆がきょとんとする。百瀬はにっこりと笑った。
「まずは腹ごしらえ。甘いもの食べながら、話そうよ」
百瀬は輪の中心にその箱を置いた。みんなの視線がそれに集中したのを確認して、百瀬は「じゃーん!」と蓋を開けた。
箱の中にはクッキー……いや、スコーンが山のように入っていた。パステルカラーの敷布のおかげで、なんか、外国のピクニックのようだ。
「バナナのスコーンだよ。あ、苦手な人はこっちね」
プレーンもあるから、と百瀬はもう一箱取り出した。その中には、いちごジャムとマーマレードジャムが入っている。
「すげえ、でも、口乾かねえ?」
咲良が言うと、朝比奈も控えめに頷いた。すると百瀬はどこか得意げに笑い、どこからかポットと紙コップを出してきた。
「紅茶があるよ」
「用意周到かよ」
抜かりの無さに、思わず笑ってしまう。百瀬はお茶の準備をしながら言った。
「まー、これは借りものだけどね。今年の茶道部は、明治時代風の喫茶店をやるんだって。練習は食堂でやるらしいけど、和作法室使うって言ったら一つ貸してくれたんだ」
人脈広いなあ、百瀬。
「さ、食べよ」
いつの間にやら、紙皿も用意してある。完全にお茶会の様相だ。打ち合わせはどうした、打ち合わせは。
……まあ、深いことは考えまい。
「いただきます」
じゃあ、バナナの方から。結構大振りだなあ。
さくさく感は控えめで、どちらかといえばしっとりしている。これはバナナを混ぜているからだろうか。ふうっと鼻に抜けるのは、甘い香りとバナナの風味。へえ、バナナのスコーンって、うまいんだな。
バナナってちょっと苦手だと思っていたが、この間のバナナジュースといい、うまいのはうまいんだなあ。
「これ、おいしいです。どうやって作るんですか?」
橘が聞くと、百瀬はにこにこと愛想よく笑って答えた。
「簡単だよー、ホットケーキミックスと混ぜてね……」
ああ、この風味はホットケーキミックスだったのか。どこかで食べたことのある味だと思った。小麦粉っぽいというより、ちょっと甘めで……
プレーンにはジャムをつけるらしい。あ、こっちはちょっとサクッとしてる。半分に割って、まずはマーマレードジャムから。
オレンジの風味が爽やかで、シンプルな味わいのスコーンとの相性がいい。このジャムもうまいなあ。まったく、百瀬のお菓子に対する熱にはかなわない。
いちごジャムは甘くて、疲れた脳に染みるようだ。
「中学の時にスコーン作りにはまってね~。山のように作ったから上達したんだよ。ね、貴志!」
話を振られた朝比奈は、まるで、今飲んでいる紅茶がとても渋いというような表情で頷いた。
「……毎日、俺のおやつはスコーンだった」
「あはは、巻き込まれたのか」
と、咲良が笑う。
それまでずっと聞き役に徹していた青井が、ふとこちらを見上げたのを感じた。視線って、分かりやすいもんなんだなあ、と思いながら青井を見る。
「どうした?」
「あの、先輩たちの中学時代って、どんな感じだったんですか?」
その問いに、二年生同士、視線を交わす。
「どう……って、そんな、別になあ」
「朝比奈と百瀬は同じ学校だっただろうけど、俺と春都は違うもんな」
「今とあんま変わんないよー。まあ、多少変わったとこもあるかなあ?」
「まったくない、ってことはないだろう……」
ふと見れば、橘も青井も、きらきらと期待に満ちた目をしている。
「それでも、聞きたいです!」
橘の言葉に、青井はうんうんと頷いた。そんなに気になるのかなあ。なんか変な感じだ。自分が先輩だ、ってうっすらと自覚する。
甘いバナナスコーンをほおばり、紅茶を飲む。薫り高い紅茶は市販のものだが、十分、気分を華やがせてくれる。
「まあ、話せそうなことを思い出したら話すよ」
言えば三人も頷いた。一年生二人はそわそわしながら、スコーンをほおばった。
さて、糖分も補給したし腹も満たされた。作業を再開するとしよう。
「ごちそうさまでした」
24
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる