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日常
第六百七十五話 ひじきご飯
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日ごろの癖というか、習慣というのはすごいもので、たとえ休みの日でもいつもの時間に起きてしまう。
「得したのか、損したのか……」
とりあえずトイレに行って、歯を磨いて、お茶飲んで……さて、どうしよう。このまま起きていても特にやることないしなあ。予習はずいぶん進んだし、課題もほぼ終わりだし……うめずもまだ爆睡してるし。
「……もうひと眠り、しよ」
少しだけ冷たくなった布団に再び潜り込む。もう一度暖かくなるのに、そう時間はかからなかった。
それにしても、朝はまだまだ冷える。家の中は特にだ。昼間の外はあんなに暖かいのになあ。もうしばらくは布団が手放せない。しかし、夜中に暑い時もたまにあるんだ。なんとまあ、過ごしやすいんだか過ごしにくいんだか分からない季節だ。
濃い一週間を過ごしたおかげで、すっかり疲れてしまっている。
ああ、二度寝できる幸せ……
課題は終わっている、予習も済んだ、やるべきことはやっていて、あとは思うように過ごしていい。
そう一瞬でも考えたものだから、油断した。いや、この場合、失敗したわけでもないから、油断というべきではないかもしれない。何が一番しっくりくるかな。
ああ、そうだ。気が抜けたんだ。
「……めっちゃ寝た」
時計を見れば、間もなく正午のサイレンが鳴る頃だった。こんな時間まで寝たのは久しぶりだぞ。
なんか、体がこわばっている感じがする。
「んん~……はあ」
伸びをして、寝返りを打ち、スマホをいじる。だんだんと目が覚めてきたところで、うめずが部屋に入ってくる気配がした。
「わふっ」
「お~、おはよう、うめず」
「あら、起きてたの。おはよう、春都」
うめずが喋った。かと思ったが、んなわけない。どうやらばあちゃんが来ているようだった。
「おはよう……」
「ゆっくり休めたみたいでよかった。朝ごはんは? 昼ご飯になるのかな?」
「んー……うん」
「まだぼーっとしてるみたいね」
ばあちゃんは笑って言った。
「とりあえず、目覚ましにうめずと散歩に行って来たらどう? うめずはもう、ご飯食べてるから」
「……そうする」
うめずは明るく、「わうっ!」と返事をした。
わあ、日が高い。まぶしいなあ。
連休中のうちの町に人は少ない。車の通りもほぼないし、人の声も、子どもの鳴き声も、何もない。静かなのは嫌いじゃないが、ここまでくるとちょっと不安になる。
まさか、自分が眠っている間に、自分たち以外の人間がいなくなったのでは……?
ピロンッ、と通知音が耳に届き、ポケットの中でスマホが振動する。
「……んなわけないか」
咲良からだ。どうやら向こうも、アンデスと戯れているらしい。ずいぶん大きくなったなあ。こりゃ、うめずと同じくらいか? 写真だとよく分からん。
「うめず、写真撮っていい?」
「わふっ!」
言葉を理解してか否か、うめずは行儀よく桜の木の下にお座りした。新緑のみずみずしい葉と地面に落ちる木漏れ日、うーん、絵になる。さすがうめず。一番、いい。
「よーし、撮るぞ」
「わう!」
きらきらと光る黄金の毛並み。いいねえ、今日も調子よさそうだ。
咲良に送り付けてやろう。
「わーう」
うめずが寄って来て、スマホをのぞき込もうとする。かがみこんで、一緒にトーク画面を見ながら、片手でうめずを撫でまわす。
「うめずはかっこいいし、かわいいなあ」
「わふ」
「最強だな」
さて、ずいぶんすっきりした。そろそろ帰ろう。
腹減った。
家に帰りつくと、ほのかだが確かに、良い匂いが漂ってきた。
「なんかいいにおいする……」
「おっ、鋭いね。おかえり」
「ただいま。腹減った」
「ふふ、そう言うと思って」
ばあちゃんは皿に、おにぎりを次々とのせていた。あ、炊き込みご飯だ。半分はのりで巻いてあって、もう半分はそのままだ。
きゅうりのぬか漬けも用意してある。おにぎりからほわほわと上がる湯気が日に当たってきらめき、きゅうりの緑がまぶしい。なんだか、いい景色だ。
「うまそう」
ぐう、とお腹が鳴る。さっそく、席に着いた。
「いただきます」
のりが巻いてない方から食べる。粒が立っていて、うっすらと色づいている。ひじきににんじん、えのきと揚げ。シンプルな具材だが、それが心躍る。
熱々、炊き立てだ。表面は少し熱が飛んでいるが、内側はホワッとする。ハフハフしながら食べないとやけどしてしまう。
出汁の風味に醤油の香ばしさ。しょっぱくないが、うま味が滲み出してきておいしい。噛むほどにご飯粒やえのきからうま味が出てくんだ。ひじきは程よく風味が合って、にんじんは甘い。
揚げはしっかりと油抜きしてあるから、おいしい。くどくないし、油臭くない。丁寧な下ごしらえは、料理のうまさを格段に上げる。
うまいなあ……いくらでも食える。
のりで巻くと、磯の香りが加わって、いい。パリッと食感が、やがてしんなりとし、味付けのりだから、ちょっと全体的に味が濃くなる。
みずみずしいきゅうりのぬか漬け。この食感の風味、おにぎりの間にちょうどいい。
ひんやりした漬物と温かいおにぎり。この温度差がうれしいのは何だろう。ご飯を食べてると、よく分からないけど嬉しくなったり楽しくなったりする。それが全部、うまいってことなんだろう、と俺は勝手に納得する。
ちょっと時間無駄にしたかなあ、という気持ちがないわけではなかったけど、これ食えたから、問題なし。
冷たい麦茶をぎゅっとあおる。
十分に有意義な休日である。
「ごちそうさまでした」
「得したのか、損したのか……」
とりあえずトイレに行って、歯を磨いて、お茶飲んで……さて、どうしよう。このまま起きていても特にやることないしなあ。予習はずいぶん進んだし、課題もほぼ終わりだし……うめずもまだ爆睡してるし。
「……もうひと眠り、しよ」
少しだけ冷たくなった布団に再び潜り込む。もう一度暖かくなるのに、そう時間はかからなかった。
それにしても、朝はまだまだ冷える。家の中は特にだ。昼間の外はあんなに暖かいのになあ。もうしばらくは布団が手放せない。しかし、夜中に暑い時もたまにあるんだ。なんとまあ、過ごしやすいんだか過ごしにくいんだか分からない季節だ。
濃い一週間を過ごしたおかげで、すっかり疲れてしまっている。
ああ、二度寝できる幸せ……
課題は終わっている、予習も済んだ、やるべきことはやっていて、あとは思うように過ごしていい。
そう一瞬でも考えたものだから、油断した。いや、この場合、失敗したわけでもないから、油断というべきではないかもしれない。何が一番しっくりくるかな。
ああ、そうだ。気が抜けたんだ。
「……めっちゃ寝た」
時計を見れば、間もなく正午のサイレンが鳴る頃だった。こんな時間まで寝たのは久しぶりだぞ。
なんか、体がこわばっている感じがする。
「んん~……はあ」
伸びをして、寝返りを打ち、スマホをいじる。だんだんと目が覚めてきたところで、うめずが部屋に入ってくる気配がした。
「わふっ」
「お~、おはよう、うめず」
「あら、起きてたの。おはよう、春都」
うめずが喋った。かと思ったが、んなわけない。どうやらばあちゃんが来ているようだった。
「おはよう……」
「ゆっくり休めたみたいでよかった。朝ごはんは? 昼ご飯になるのかな?」
「んー……うん」
「まだぼーっとしてるみたいね」
ばあちゃんは笑って言った。
「とりあえず、目覚ましにうめずと散歩に行って来たらどう? うめずはもう、ご飯食べてるから」
「……そうする」
うめずは明るく、「わうっ!」と返事をした。
わあ、日が高い。まぶしいなあ。
連休中のうちの町に人は少ない。車の通りもほぼないし、人の声も、子どもの鳴き声も、何もない。静かなのは嫌いじゃないが、ここまでくるとちょっと不安になる。
まさか、自分が眠っている間に、自分たち以外の人間がいなくなったのでは……?
ピロンッ、と通知音が耳に届き、ポケットの中でスマホが振動する。
「……んなわけないか」
咲良からだ。どうやら向こうも、アンデスと戯れているらしい。ずいぶん大きくなったなあ。こりゃ、うめずと同じくらいか? 写真だとよく分からん。
「うめず、写真撮っていい?」
「わふっ!」
言葉を理解してか否か、うめずは行儀よく桜の木の下にお座りした。新緑のみずみずしい葉と地面に落ちる木漏れ日、うーん、絵になる。さすがうめず。一番、いい。
「よーし、撮るぞ」
「わう!」
きらきらと光る黄金の毛並み。いいねえ、今日も調子よさそうだ。
咲良に送り付けてやろう。
「わーう」
うめずが寄って来て、スマホをのぞき込もうとする。かがみこんで、一緒にトーク画面を見ながら、片手でうめずを撫でまわす。
「うめずはかっこいいし、かわいいなあ」
「わふ」
「最強だな」
さて、ずいぶんすっきりした。そろそろ帰ろう。
腹減った。
家に帰りつくと、ほのかだが確かに、良い匂いが漂ってきた。
「なんかいいにおいする……」
「おっ、鋭いね。おかえり」
「ただいま。腹減った」
「ふふ、そう言うと思って」
ばあちゃんは皿に、おにぎりを次々とのせていた。あ、炊き込みご飯だ。半分はのりで巻いてあって、もう半分はそのままだ。
きゅうりのぬか漬けも用意してある。おにぎりからほわほわと上がる湯気が日に当たってきらめき、きゅうりの緑がまぶしい。なんだか、いい景色だ。
「うまそう」
ぐう、とお腹が鳴る。さっそく、席に着いた。
「いただきます」
のりが巻いてない方から食べる。粒が立っていて、うっすらと色づいている。ひじきににんじん、えのきと揚げ。シンプルな具材だが、それが心躍る。
熱々、炊き立てだ。表面は少し熱が飛んでいるが、内側はホワッとする。ハフハフしながら食べないとやけどしてしまう。
出汁の風味に醤油の香ばしさ。しょっぱくないが、うま味が滲み出してきておいしい。噛むほどにご飯粒やえのきからうま味が出てくんだ。ひじきは程よく風味が合って、にんじんは甘い。
揚げはしっかりと油抜きしてあるから、おいしい。くどくないし、油臭くない。丁寧な下ごしらえは、料理のうまさを格段に上げる。
うまいなあ……いくらでも食える。
のりで巻くと、磯の香りが加わって、いい。パリッと食感が、やがてしんなりとし、味付けのりだから、ちょっと全体的に味が濃くなる。
みずみずしいきゅうりのぬか漬け。この食感の風味、おにぎりの間にちょうどいい。
ひんやりした漬物と温かいおにぎり。この温度差がうれしいのは何だろう。ご飯を食べてると、よく分からないけど嬉しくなったり楽しくなったりする。それが全部、うまいってことなんだろう、と俺は勝手に納得する。
ちょっと時間無駄にしたかなあ、という気持ちがないわけではなかったけど、これ食えたから、問題なし。
冷たい麦茶をぎゅっとあおる。
十分に有意義な休日である。
「ごちそうさまでした」
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