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日常
第六百七十二話 焼きそば
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翌日の休み時間、朝比奈と連れ立って一組へ向かう。
「……そういや咲良はどうした」
うすうす、この場に咲良がいない理由を察した様子で、朝比奈が聞いてくる。
「補習」
「やっぱり」
「提出忘れだと」
いくら文化祭が大規模に行われるとはいえ、当然、授業は通常通り行われている。それをこなしつつ、委員会の仕事もし、部活に励み、心身を健康に保たなければならないのである。まあなんとハードモードだろう。
それでもやるしかないから、何とかやっているが……体の疲れは、少しはあるかな。ま、頑張るしかない。
でなければ、咲良のようになってしまう。
「新学期始まってまだ何日だ……?」
と、心底理解できないといった様子で朝比奈が首をかしげる。そりゃあ、朝比奈は何でもうまいことこなすからなあ、人付き合いはともかくとして。俺に言われたくないか。
「まあ、咲良だからな」
「そういうもんなのか」
「ああ」
きっと、放課後には色々と愚痴を聞かされるのだろう。それを思うと少し面倒な気もするが、退屈しなくてよさそうだ、とも思う。
一組の教室は賑やかで、やっぱり、クラスによって雰囲気って違うんだなあとぼんやり想う。さて、百瀬はどこだろう。
先に見つけたのは、朝比奈だった。
「優太」
あ、なんだ。廊下側の窓際か。ここからじゃあ、見えにくいはずだ。
「お、貴志。と一条も。珍しーね。井上は?」
「補習だ」
「あっはは、相変わらずだねー」
百瀬は読んでいた本にしおりを挟んで机に置くと、こっちの話を聞く姿勢になった。
「どしたの、二人して」
「お前に頼みたいことがあってな、優太」
放送部の発表に関する一連のことを話すと、百瀬は興味津々というように聞き、そして、快く頷いた。
「いいよー、楽しそう! やるやる~」
「助かるよ、百瀬」
「あ、でも~、一人だとちょっとしんどいかも」
それは確かに、百瀬の言うとおりである。おそらく結構な作業になるだろうから、百瀬一人に任せるわけにはいかない。かといって、俺らが手を出すとかえって手間がかかりそうだし。
「分かった。誰か探しとく」
「よろしくね~」
さて、どうしたものか。図書館のカウンターで考える。絵の上手な知り合いなど、他にいただろうか。
「美術部の知り合いとか……」
「美術部……ああ、それなら」
橘、あいつに頼んでみようか。でも、部活掛け持ちって言ってたし、大変だろうか。
「橘?」
「一年生なんだけどな、まあ……咲良の知り合いで。聞いてみるだけでも」
「ああ、そうするしかないな」
「ほっほ、貸し出し、よいかな?」
あ、つい話に夢中になってしまった。
「すみません、南先生」
「いや、なんの」
教員の貸出カードは別のファイルに入っている。正直、生徒以上に先生たちの方が利用する人は限られるので、場所は覚えやすい。美術部顧問の南先生は、しょっちゅう来ている。先生は本を大事そうに抱え、「ありがとう」と言って出ていった。
さて、橘に話をしたところで、了承してもらえるだろうか。まあ、だめだったら、その時はその時考えるとして……
などと考えていた矢先、橘が図書館にやって来た。それはもう、輝かんばかりの笑顔を携えて。
「先輩! 僕のこと探してたって聞きました! 何ですか!」
早い。あ、南先生から聞いたかな。
案の定、というべきか、橘は二つ返事で了承してくれた。ただ、料理部のこともあるので、もう一人、友人を呼んでもいいかという話であった。
人手は多い方がいいので、当然、歓迎だ。
「大変なのにすまないな」
そう言えば橘は、屈託のない笑みを浮かべて言った。
「先輩のお手伝いができて、嬉しいです!」
ここまで何の含みもなく言われてしまえば、遠慮なく頼らなければ申し訳ない気がする。
「全力で、頼らせてもらうぞ」
橘は「はいっ!」と頼もしい返事をして、漆原先生にやさしく注意されていたのだった。
なんだか最近、とても疲れている。でも、どこか気分がスッとするのは何だろう。
とはいえ、使った体力は回復しなければ。そういう時は、肉だ。分厚い豚バラ肉を使った焼きそば。
まずは、油を敷いたフライパンで麺を炒める。こんがりとするまで焼いた方が、俺は好きだ。いい感じになったら皿に移しておいて、今度は豚肉を炒める。火が通ったらもやしを入れてさっと炒め、麺を入れ、ソースで味付けをしたら完成だ。
当然、紅しょうがも忘れちゃいけない。あ、あとマヨネーズも。
「いただきます」
今日は細麺の焼そば。つやつやしてて、いいにおいがする。
太麺もいいが、細麺はなんか口当たりが好きだ。ふわっとしたような、束になってる感じがいい。ソースがしっかり絡んで香ばしい。かたまってるところはほぐしながら食べる。細いから絡まるんだよなあ。
うん、いい感じに焦げ目もついていていい。ちょっと焦げ目があるくらいが好きなんだよなあ、俺。
ソースの焦げ目って、甘くて、香ばしくて、うま味が凝縮している気がする。
シンプルに、もやしと肉って具材だけなのもいい。具だくさんなのもいいが、もやしと肉だけでも十分うまい。
みずみずしいもやしは、食感がいい。味の主張はないが、これがないと物足りないんだ。
そんで、厚切りの豚バラ肉。脂身と肉の部分のバランスがいい。さくさく、ふにふにとした脂身はほのかに甘く、ソースの濃い味とよく合う。肉は噛み応えがあり、噛むほどに滲むうま味。ソースの風味も相まって、香ばしい。
紅しょうがは爽やかだ。色合いももちろん、焼きそばには必要だと思う。なくてもおいしくいただけはするが。
マヨネーズをつけると、まろやかでがっつり食べられる。
それにしても、橘の友達ってどんなやつだろう。まあ、たいていのやつとはそれなりに……やれるだろうか、分からない。
まあ、うまくいくといいな。
「ごちそうさまでした」
「……そういや咲良はどうした」
うすうす、この場に咲良がいない理由を察した様子で、朝比奈が聞いてくる。
「補習」
「やっぱり」
「提出忘れだと」
いくら文化祭が大規模に行われるとはいえ、当然、授業は通常通り行われている。それをこなしつつ、委員会の仕事もし、部活に励み、心身を健康に保たなければならないのである。まあなんとハードモードだろう。
それでもやるしかないから、何とかやっているが……体の疲れは、少しはあるかな。ま、頑張るしかない。
でなければ、咲良のようになってしまう。
「新学期始まってまだ何日だ……?」
と、心底理解できないといった様子で朝比奈が首をかしげる。そりゃあ、朝比奈は何でもうまいことこなすからなあ、人付き合いはともかくとして。俺に言われたくないか。
「まあ、咲良だからな」
「そういうもんなのか」
「ああ」
きっと、放課後には色々と愚痴を聞かされるのだろう。それを思うと少し面倒な気もするが、退屈しなくてよさそうだ、とも思う。
一組の教室は賑やかで、やっぱり、クラスによって雰囲気って違うんだなあとぼんやり想う。さて、百瀬はどこだろう。
先に見つけたのは、朝比奈だった。
「優太」
あ、なんだ。廊下側の窓際か。ここからじゃあ、見えにくいはずだ。
「お、貴志。と一条も。珍しーね。井上は?」
「補習だ」
「あっはは、相変わらずだねー」
百瀬は読んでいた本にしおりを挟んで机に置くと、こっちの話を聞く姿勢になった。
「どしたの、二人して」
「お前に頼みたいことがあってな、優太」
放送部の発表に関する一連のことを話すと、百瀬は興味津々というように聞き、そして、快く頷いた。
「いいよー、楽しそう! やるやる~」
「助かるよ、百瀬」
「あ、でも~、一人だとちょっとしんどいかも」
それは確かに、百瀬の言うとおりである。おそらく結構な作業になるだろうから、百瀬一人に任せるわけにはいかない。かといって、俺らが手を出すとかえって手間がかかりそうだし。
「分かった。誰か探しとく」
「よろしくね~」
さて、どうしたものか。図書館のカウンターで考える。絵の上手な知り合いなど、他にいただろうか。
「美術部の知り合いとか……」
「美術部……ああ、それなら」
橘、あいつに頼んでみようか。でも、部活掛け持ちって言ってたし、大変だろうか。
「橘?」
「一年生なんだけどな、まあ……咲良の知り合いで。聞いてみるだけでも」
「ああ、そうするしかないな」
「ほっほ、貸し出し、よいかな?」
あ、つい話に夢中になってしまった。
「すみません、南先生」
「いや、なんの」
教員の貸出カードは別のファイルに入っている。正直、生徒以上に先生たちの方が利用する人は限られるので、場所は覚えやすい。美術部顧問の南先生は、しょっちゅう来ている。先生は本を大事そうに抱え、「ありがとう」と言って出ていった。
さて、橘に話をしたところで、了承してもらえるだろうか。まあ、だめだったら、その時はその時考えるとして……
などと考えていた矢先、橘が図書館にやって来た。それはもう、輝かんばかりの笑顔を携えて。
「先輩! 僕のこと探してたって聞きました! 何ですか!」
早い。あ、南先生から聞いたかな。
案の定、というべきか、橘は二つ返事で了承してくれた。ただ、料理部のこともあるので、もう一人、友人を呼んでもいいかという話であった。
人手は多い方がいいので、当然、歓迎だ。
「大変なのにすまないな」
そう言えば橘は、屈託のない笑みを浮かべて言った。
「先輩のお手伝いができて、嬉しいです!」
ここまで何の含みもなく言われてしまえば、遠慮なく頼らなければ申し訳ない気がする。
「全力で、頼らせてもらうぞ」
橘は「はいっ!」と頼もしい返事をして、漆原先生にやさしく注意されていたのだった。
なんだか最近、とても疲れている。でも、どこか気分がスッとするのは何だろう。
とはいえ、使った体力は回復しなければ。そういう時は、肉だ。分厚い豚バラ肉を使った焼きそば。
まずは、油を敷いたフライパンで麺を炒める。こんがりとするまで焼いた方が、俺は好きだ。いい感じになったら皿に移しておいて、今度は豚肉を炒める。火が通ったらもやしを入れてさっと炒め、麺を入れ、ソースで味付けをしたら完成だ。
当然、紅しょうがも忘れちゃいけない。あ、あとマヨネーズも。
「いただきます」
今日は細麺の焼そば。つやつやしてて、いいにおいがする。
太麺もいいが、細麺はなんか口当たりが好きだ。ふわっとしたような、束になってる感じがいい。ソースがしっかり絡んで香ばしい。かたまってるところはほぐしながら食べる。細いから絡まるんだよなあ。
うん、いい感じに焦げ目もついていていい。ちょっと焦げ目があるくらいが好きなんだよなあ、俺。
ソースの焦げ目って、甘くて、香ばしくて、うま味が凝縮している気がする。
シンプルに、もやしと肉って具材だけなのもいい。具だくさんなのもいいが、もやしと肉だけでも十分うまい。
みずみずしいもやしは、食感がいい。味の主張はないが、これがないと物足りないんだ。
そんで、厚切りの豚バラ肉。脂身と肉の部分のバランスがいい。さくさく、ふにふにとした脂身はほのかに甘く、ソースの濃い味とよく合う。肉は噛み応えがあり、噛むほどに滲むうま味。ソースの風味も相まって、香ばしい。
紅しょうがは爽やかだ。色合いももちろん、焼きそばには必要だと思う。なくてもおいしくいただけはするが。
マヨネーズをつけると、まろやかでがっつり食べられる。
それにしても、橘の友達ってどんなやつだろう。まあ、たいていのやつとはそれなりに……やれるだろうか、分からない。
まあ、うまくいくといいな。
「ごちそうさまでした」
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