一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

番外編 橘唯織のつまみ食い③

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 そろそろ文化祭の準備が始まるなあ。今年はとても規模が大きいと聞いたから、ちょっと楽しみだ。中学の頃とは、やっぱり違うんだろうなあ。
 一条先輩は、今回、何をするんだろう。話せるかなあ、あわよくば一緒に回っちゃったりして……
「……い、おい、唯織。いーおーりー」
「わっ、なに、太一」
「なに、じゃないよ、まったく。話、聞いてたか?」
 少し呆れたようにそう言うこいつは、友人の青井太一。素直じゃないからいろんな人に誤解されやすいけど、根は良いやつだ。
「あー、文化祭のことでしょ。聞いてたよ」
 今回も、美術部は作品の展示をやるんだって。僕は調理部の方もあるから、ちょっと忙しい。
「説明の間、なんかずっとぼーっとしてただろ。何考えてたんだよ」
「えへへ」
「あっ、いい。何も言うな」
「なんだよ~、自分で聞いてきたくせに~」
 太一は首を横に振りながら、向かいに座った。
「聞いた俺が馬鹿だった。分かり切ってることを。どうせ、お前のことだし、一条先輩のことだろ」
「うん! 大正解!」
「まったく……今回は二日間分の作品、描かなきゃいけないんだからな。ぼーっとしてたら間に合わないぞ」
 もう、分かってるよ。でも仕方ないじゃん。楽しみなんだし。
 さっそく、作品作りに取り掛かる。うーん、何にしようかな。なに描いてもいいんなら、あのキャラクターのこういう構図で……ああ、あっちもいいかなあ。
「太一は何描くの?」
「え、これ」
 太一が見せてきたのは、クリアファイルだった。ああ、あのゲームね。最近アニメにもなったんだっけ。僕もやってる。
「いいねえ、太一が描くそれ、好きだもん」
「愛があるからな、愛が」
「あはは」
「そうだ。二人でさ、一組になるイラスト描かねぇ? 絶対面白いと思うんだけど」
 二つで一つの作品か……確かに、そのゲームはそういうニュアンスのあるキャラクターが登場するし、いいかもしれない。
「いいね、やろう!」
「そんじゃどれにする? やっぱこれかなあ……」
「こっちもいいよねえ」
 あれこれと構図のことを話していたはずなのに、気づけば、推し語りになってしまっていた。うすうす、軌道修正しなきゃとはお互いに分かっていたけど、どうにも楽しくてやめられない。気が付けば、厚紙でそのキャラクターの武器を作っていた。
「これをな、こうしてんだよな!」
「そんで、こう!」
 だんだん盛り上がってきて、セリフを暗唱しながら名シーンを再現する。周りもそれぞれに盛り上がっているから、僕たちのことなんか気にも留めない。
「これ、お前たち。何をやっとんだね」
 こつん、と頭に軽い衝撃が走る。
「あ、南先生」
 美術部顧問のおじいちゃん先生、南保先生。小柄で、ほわほわ~っとした感じだから、たもっちゃん先生、なんて呼ばれていることもある。
「危ないからやめなさい」
「ごめんなさい」
「うん、素直に謝れるのは、偉いね」
 先生はにこっと笑うと、僕たちが持っている武器を見た。
「おお、ずいぶん立派なのを作ったねぇ。展示するのかい?」
「いやこれはその……な、唯織」
「えへへ、つい、盛り上がっちゃって、勢いで作ったものでして」
「そうかあ。先生、こういうの好きだよお」
 南先生はとても大切なものを扱うように、僕たちが作った武器を手に取る。なんか、そうやってると、本物の武器に見えてきた。
「せっかくだから、もっと本格的に作ってみてもいいんじゃないかい?」
「えっ、いいんですか」
「だって君たち、これ、もっと良くしたいんでしょ?」
 なぜ分かる。どうせここまで原型を作ったのなら、突き詰めてみたいと話していたのだ。もしかして聞いてた? いや、まさか。
 太一と視線を合わせる。
「やってみる?」
「……うん、やってみたい」
「ほっほ、やってみなされ」
 先生は心底楽しそうに言うと、武器を返してくれた。
 その様子はまるで、ゲーム内で流れるアニメのワンシーンのように見えた。

 料理部の方は部員が多いこともあって、思ったよりも負担が少なそうだった。それに、美術部が主だから、手伝えるくらいでいいよ、と部長にも言ってもらえたし。でも、今回はいろんな種類のお菓子を作るみたいだから、楽しそうだ。極力参加しよう。
「えーっと、ここをこうして……」
 昼休み、美術室でスケッチブックに設計図を描く。こう言うの、本格的にやったことないから難しい。
 でも、すっごく楽しい。
「お、頑張っとるようだね」
「南先生」
「ほっほ、感心感心」
 先生はちょいちょいと手招きをする。なんだろう。
「頑張る子には、ご褒美を上げないとね」
 先生が渡してきたのは、いろんな飴が入った透明の袋だった。カラフルできれいだなあ、あ、黒糖飴も入ってる。
「えっ、いいんですか?」
「たくさん買ってしまってねえ、食べるの、手伝っておくれ」
「ありがたく、ちょうだいします」
 ちょうど、甘いものが欲しかったんだ。
「さっそく、いただきます」
 どれにしようかなあ、悩むなあ。あ、これにしよう。べっこう飴。
 究極言えば、砂糖の味だ。まじりっ気のない、素朴な甘さ。でも砂糖そのものとは少し違って、香ばしさがある。そして何より、透き通った小さな黄金色を口の中に入れるのがワクワクする。まるで宝物でも食べているみたいな気持ちになる。
 次は何を食べよう。よし、これだ。ハッカ飴。
 べっこう飴とは打って変わって、真っ白な飴だ。包みを開けた瞬間から、爽やかな香りがしてくる。すうっと鼻に抜けるこの風味が、苦手な人もいるんだって。都市化に、独特だよな。ちょっと辛い感じがするような、刺激のある舌触りだし。
 でも、僕は好きなんだ、これ。いろんな飴に混ざってたら、好んで選ぶくらいには。あと二つもある。大事に食べよう。
「ああ、そういえば」
 南先生は、他の人の作品を眺めていたが、こっちを振り返って言った。
「一条君という二年生の子が、唯織君のことを探していたよ」
「一条……」
 先輩が? 僕を? なんでだろう。
「さっきは図書館にいたけれど」
「何だろう、行ってみます!」
 慌てて立ち上がったものだから、シャーペンを落としてしまう。落ち着け落ち着け。
 飴の袋も、大事に閉じて、ポケットにしまう。小さな楽しみがたくさんあるって、心が躍るなあ。
 はっ、急ごう。向かうは図書館。きっと、まだいらっしゃるはずだ。

「ごちそうさまでした」
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