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日常
第六百六十八話 お弁当
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「よし、観月。いいな?」
「いいよー」
「せーのっ」
うっ、重い。賽銭箱って、やっぱり重いな。
「はー、ちょっと休憩」
すぐそこの倉庫に入れるだけなのに、ずいぶんな苦労をしなければならない。
開け放った窓から穏やかな風がさあっと吹き込んできた。土曜の朝、実に爽やかな青空が広がっている。
今日はばあちゃんに呼ばれて、観月の家の手伝いに来ている。明日、行事があるらしい。久々に予定が合ったなあ、と思ったのもつかの間、来てみれば、早々にこき使われている。まあ、自分でいうのもなんだが、若い手が貴重なんだろう。おかげで、観月と二人でてんてこ舞いだ。
ちなみに、じいちゃんは店番をしている。明日は来るらしい。
「よし、あと少しだ」
「重い……」
何とか倉庫に運び入れ、一息つく。ただでさえ広い室内が、物が少なくなったことでもっと広く見えるようになった。
「春都ー」
「はーい」
ばあちゃんに呼ばれ、次の仕事へ。
「お花が届いたみたいだから、持って来てくれる?」
「了解」
「駐車場に来てると思う」
駐車場はいったん外に出て、隣の敷地にある。ここの手伝いは出入りが多いから、脱ぎ履きしやすい靴で来なければならない。行事の当日は、玄関に簡易的な畳が敷かれるのだが、今はまだである。後で運ばなきゃいけないんだろうなあ。
外では、どこにどうやってテントを立てるかの話があっていた。
「おっ、春都君、観月君。ちょうどよかった」
小さいころから来ている場所なので、ここにいる人たちには顔を知られている。そもそも、じいちゃんとばあちゃんの顔が広いからなあ。
「何ですか~」
愛想よく観月が聞き返す。
「後でテント立てるから、荷物、持って来てくれるか?」
「はーい。今からお花取りに行くんで、その後でもいいですか?」
「おう、構わんよ」
「次はテントか……」
駐車場に行くと、花屋さんが軽ワゴン車で配達に来ていた。二箱分の花を抱え、中に戻る。ばあちゃんはバケツの水を準備しようとしているところだった。
「ああ、ばあちゃん。俺がやるよ」
「ありがとうねえ」
「お花は持って来ましたよ~。いつもありがとうございます、今日もよろしくお願いします~」
バケツ三つ分くらい用意して、足りない分はまたあとで。
さあ、テントだ。体育祭とかでもよく見る骨組みと、学校のものよりも一段と古いテント。ずしっと重く、運ぶだけでも重労働だ。
砂利の上にしっかりとテントを立てたら、また中に戻る。
「春都君、これ持ってって」
「はい」
「観月ー、ちょっと」
「はーい」
なんか、よく動くなあ、俺。
今日はよく眠れそうだ。
翌日も朝は早めである。
昨日のうちにばあちゃんが準備したたくさんの花を各所に置かれた小さな花瓶に挿していく。黄色と白と、紫っぽい赤の小さな菊だ。ささやかな風に吹かれ、少し香りがする。
台所で使わなくなったやかんに水を入れ、溢れないくらいに注いで、花を挿す。
「よし、これで全部か」
抜けがないことを確認したら、台所に向かう。そこにはすでに観月がいた。
「お疲れー。次が待ってるよ~」
「おう」
観月は小さなビニール製の水筒のようなものがぎっしり詰まった袋を抱えていた。これから外で、お茶を準備しなければならない。ドリンクサーバーには緑茶がなみなみと注がれている。
社務所の横に設置されたテントの下に長机を準備する。それと、キャンプ用の長椅子。
「とりあえずいくつか作っとこうか」
「そうだな」
手際よくお茶を入れ、お盆にのせていく。人はまだ少ないが、時々、外の仕事をしている人たちが持って行った。社務所も今日はすっかり片付けられて、お弁当の準備が行われている。
大体の準備が一段落すると間もなく、人が次々やってくる。そうなるとお茶の準備が大変だ。法話が始まる頃、やっと一段落する。
「ほれ、二人とも」
と、そこにじいちゃんがやって来た。手には白い袋が二つ握られている。
「弁当だ。また忙しくなるから、今のうちに食べておくといい」
「ありがとう」
「ありがとうございます~」
「それと、これな」
渡されたのは、お菓子の詰め合わせ。ばらばらで買ってきたお菓子をビニールに詰めて閉じたものだ。小さい頃はよくもらっていた……まあ、いまだに、お参りに来ると貰うんだけど。
俺、今いくつだったっけ、って思う。ありがたく貰うには貰うけどな。
「じゃあ、じいちゃんは向こうにいるから。なんかあったら」
「うん、ありがとう」
とぎれとぎれのスピーカーから聞こえてくる法話と、少しだけ冷たい風、木々のざわめき。川の流れは穏やかで、本当に静かな日曜日だ。
さて、昼飯だ。
「いただきます」
白いプラスチックの入れ物には、見慣れたメンツが勢ぞろいである。
まずは、ちらし寿司。細かく刻んだしいたけと、ごまが見える。でんぶのピンクが目にまぶしい。
うちの味付けとは違うが、これもうまい。酸味が効いているのは、悪くならないためだろう。その分、でんぶの甘さがちょうどいいというものである。しいたけは小さくともうま味があふれ出し、ごまは香ばしい。
おかずは……まずは、煮物かな。レンコン、ごぼう、しいたけ、にんじん。甘く炊いてあるそれは、この弁当に絶対入っている。にんじんはより甘く、れんこんはシャキッと粘りがある。ごぼうの風味もいい。しいたけは出汁をしっかり吸っている。
そしてこの煮物には、飾り切りされたこんにゃくも入っている。妙にうまいんだ、これ。
金時豆はとろとろで、ほぼペースト状だ。つまむというより、すくって食べる感じだな。その横にはかまぼこがある。紅白が鮮やかだ。
ゆで卵は花のように切ってある。添えられたマヨネーズをつけて食べる。弁当で食べる卵って、なんかほっとするんだよなあ。
そうそう、あとはこの酢の物。春雨ときゅうりとわかめ。わかめはトロッとしていて、春雨は酸っぱい。キュウリはみずみずしい。うん、疲労に効きそうだ。
ゼンマイを炊いたのは、独特の風味が子どもの頃は苦手だった。今は喜んで食べる。山菜特有の青臭さとか、そこに合わさる甘辛い味付けとか、絶妙なんだ。
自分で入れたお茶を飲む。水筒には小さなコップがついてるから、それに注いで。
熱々だな。冬場はカイロ代わりになるくらい。そして、少し濃い味だ。
「次に待ってるのはお守り売りと、片付けか」
観月が、弁当に一緒に添えられていた酒まんじゅうをほおばりながらつぶやく。観月は白、俺は赤の紅白饅頭だったので、なんとなく半分こにした。独特の風味が立って、こしあんでうまい。
他にもいろいろ頼まれるんだろうなあ。まあ、楽しいからいいんだけど。
弁当はお手伝いの味。でも、ちゃんぽんもそうなんだよなあ、俺にとっては。帰りにじいちゃん、ばあちゃんと食べに行ってんだ、いつも。
ああ、ちゃんぽんも食いたくなってきた。まだ腹減ってんなあ。
まんじゅうと、お菓子食って、夕方まで耐え抜けるようにしないとな。
「ごちそうさまでした」
「いいよー」
「せーのっ」
うっ、重い。賽銭箱って、やっぱり重いな。
「はー、ちょっと休憩」
すぐそこの倉庫に入れるだけなのに、ずいぶんな苦労をしなければならない。
開け放った窓から穏やかな風がさあっと吹き込んできた。土曜の朝、実に爽やかな青空が広がっている。
今日はばあちゃんに呼ばれて、観月の家の手伝いに来ている。明日、行事があるらしい。久々に予定が合ったなあ、と思ったのもつかの間、来てみれば、早々にこき使われている。まあ、自分でいうのもなんだが、若い手が貴重なんだろう。おかげで、観月と二人でてんてこ舞いだ。
ちなみに、じいちゃんは店番をしている。明日は来るらしい。
「よし、あと少しだ」
「重い……」
何とか倉庫に運び入れ、一息つく。ただでさえ広い室内が、物が少なくなったことでもっと広く見えるようになった。
「春都ー」
「はーい」
ばあちゃんに呼ばれ、次の仕事へ。
「お花が届いたみたいだから、持って来てくれる?」
「了解」
「駐車場に来てると思う」
駐車場はいったん外に出て、隣の敷地にある。ここの手伝いは出入りが多いから、脱ぎ履きしやすい靴で来なければならない。行事の当日は、玄関に簡易的な畳が敷かれるのだが、今はまだである。後で運ばなきゃいけないんだろうなあ。
外では、どこにどうやってテントを立てるかの話があっていた。
「おっ、春都君、観月君。ちょうどよかった」
小さいころから来ている場所なので、ここにいる人たちには顔を知られている。そもそも、じいちゃんとばあちゃんの顔が広いからなあ。
「何ですか~」
愛想よく観月が聞き返す。
「後でテント立てるから、荷物、持って来てくれるか?」
「はーい。今からお花取りに行くんで、その後でもいいですか?」
「おう、構わんよ」
「次はテントか……」
駐車場に行くと、花屋さんが軽ワゴン車で配達に来ていた。二箱分の花を抱え、中に戻る。ばあちゃんはバケツの水を準備しようとしているところだった。
「ああ、ばあちゃん。俺がやるよ」
「ありがとうねえ」
「お花は持って来ましたよ~。いつもありがとうございます、今日もよろしくお願いします~」
バケツ三つ分くらい用意して、足りない分はまたあとで。
さあ、テントだ。体育祭とかでもよく見る骨組みと、学校のものよりも一段と古いテント。ずしっと重く、運ぶだけでも重労働だ。
砂利の上にしっかりとテントを立てたら、また中に戻る。
「春都君、これ持ってって」
「はい」
「観月ー、ちょっと」
「はーい」
なんか、よく動くなあ、俺。
今日はよく眠れそうだ。
翌日も朝は早めである。
昨日のうちにばあちゃんが準備したたくさんの花を各所に置かれた小さな花瓶に挿していく。黄色と白と、紫っぽい赤の小さな菊だ。ささやかな風に吹かれ、少し香りがする。
台所で使わなくなったやかんに水を入れ、溢れないくらいに注いで、花を挿す。
「よし、これで全部か」
抜けがないことを確認したら、台所に向かう。そこにはすでに観月がいた。
「お疲れー。次が待ってるよ~」
「おう」
観月は小さなビニール製の水筒のようなものがぎっしり詰まった袋を抱えていた。これから外で、お茶を準備しなければならない。ドリンクサーバーには緑茶がなみなみと注がれている。
社務所の横に設置されたテントの下に長机を準備する。それと、キャンプ用の長椅子。
「とりあえずいくつか作っとこうか」
「そうだな」
手際よくお茶を入れ、お盆にのせていく。人はまだ少ないが、時々、外の仕事をしている人たちが持って行った。社務所も今日はすっかり片付けられて、お弁当の準備が行われている。
大体の準備が一段落すると間もなく、人が次々やってくる。そうなるとお茶の準備が大変だ。法話が始まる頃、やっと一段落する。
「ほれ、二人とも」
と、そこにじいちゃんがやって来た。手には白い袋が二つ握られている。
「弁当だ。また忙しくなるから、今のうちに食べておくといい」
「ありがとう」
「ありがとうございます~」
「それと、これな」
渡されたのは、お菓子の詰め合わせ。ばらばらで買ってきたお菓子をビニールに詰めて閉じたものだ。小さい頃はよくもらっていた……まあ、いまだに、お参りに来ると貰うんだけど。
俺、今いくつだったっけ、って思う。ありがたく貰うには貰うけどな。
「じゃあ、じいちゃんは向こうにいるから。なんかあったら」
「うん、ありがとう」
とぎれとぎれのスピーカーから聞こえてくる法話と、少しだけ冷たい風、木々のざわめき。川の流れは穏やかで、本当に静かな日曜日だ。
さて、昼飯だ。
「いただきます」
白いプラスチックの入れ物には、見慣れたメンツが勢ぞろいである。
まずは、ちらし寿司。細かく刻んだしいたけと、ごまが見える。でんぶのピンクが目にまぶしい。
うちの味付けとは違うが、これもうまい。酸味が効いているのは、悪くならないためだろう。その分、でんぶの甘さがちょうどいいというものである。しいたけは小さくともうま味があふれ出し、ごまは香ばしい。
おかずは……まずは、煮物かな。レンコン、ごぼう、しいたけ、にんじん。甘く炊いてあるそれは、この弁当に絶対入っている。にんじんはより甘く、れんこんはシャキッと粘りがある。ごぼうの風味もいい。しいたけは出汁をしっかり吸っている。
そしてこの煮物には、飾り切りされたこんにゃくも入っている。妙にうまいんだ、これ。
金時豆はとろとろで、ほぼペースト状だ。つまむというより、すくって食べる感じだな。その横にはかまぼこがある。紅白が鮮やかだ。
ゆで卵は花のように切ってある。添えられたマヨネーズをつけて食べる。弁当で食べる卵って、なんかほっとするんだよなあ。
そうそう、あとはこの酢の物。春雨ときゅうりとわかめ。わかめはトロッとしていて、春雨は酸っぱい。キュウリはみずみずしい。うん、疲労に効きそうだ。
ゼンマイを炊いたのは、独特の風味が子どもの頃は苦手だった。今は喜んで食べる。山菜特有の青臭さとか、そこに合わさる甘辛い味付けとか、絶妙なんだ。
自分で入れたお茶を飲む。水筒には小さなコップがついてるから、それに注いで。
熱々だな。冬場はカイロ代わりになるくらい。そして、少し濃い味だ。
「次に待ってるのはお守り売りと、片付けか」
観月が、弁当に一緒に添えられていた酒まんじゅうをほおばりながらつぶやく。観月は白、俺は赤の紅白饅頭だったので、なんとなく半分こにした。独特の風味が立って、こしあんでうまい。
他にもいろいろ頼まれるんだろうなあ。まあ、楽しいからいいんだけど。
弁当はお手伝いの味。でも、ちゃんぽんもそうなんだよなあ、俺にとっては。帰りにじいちゃん、ばあちゃんと食べに行ってんだ、いつも。
ああ、ちゃんぽんも食いたくなってきた。まだ腹減ってんなあ。
まんじゅうと、お菓子食って、夕方まで耐え抜けるようにしないとな。
「ごちそうさまでした」
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