713 / 843
日常
第六百六十七話 ナポリタン
しおりを挟む
「デパートの食堂?」
就寝前、珍しくテンション高めな父さんから電話がかかってきたから何かと思えば、開口一番、デパートの食堂を見つけた、と。
『そう、デパートの食堂』
「デパートの食堂……」
『春都は知らないか。昔はな、デパートの屋上にあったんだよ』
そもそもデパートになかなか行かないからなあ。などと考えていたら、父さんは続けた。
『最近は見ないなあ、と思ってたんだけどな。今日行った先で、見つけたんだ』
「へえー」
自分の知らない、食べ物の話を聞くのは好きだ。今はもうなくなってしまった店や、きっと食べることはかなわないであろう料理。自分がそういうのを味わえないのは惜しいが、話を聞くだけでも楽しいものである。
あ、でも、父さんが言ってることはちょっと違うな。昔あったけど今はもうなくなってしまった、と思っていたものが見つかった、ってことだもんな。
「どういう場所?」
『ショーケースに食品サンプルがずらっと並んでてな、悩んじゃうんだよ~』
父さんは相当嬉しかったのか、話したくてしょうがないらしい。食品サンプルって、確かにワクワクするよな。
『広い場所に席があってな。レストランとはまた違うんだけど、広いテーブルがあって……』
「フードコートみたいな?」
『う~ん、ちょっと違うんだよなあ。なんていうんだろう。やっぱり、食堂って感じなんだよ、とにかく』
「なるほど?」
『一緒に行ってみたいなあ。楽しいぞ~』
それはもう、父さんの話を聞いていたら分かる。
「なんか食べた?」
『ナポリタン』
「おー」
それはベタな、というべきか、意外なのか。分からん。何せその、デパートの屋上にある食堂というものに行ったことがないから。ナポリタンって、どっちかっていうと喫茶店のイメージが強い。
「おいしかった」
『うん、それはもちろん。あの空気の中で食べるのもいいんだよ』
「ほう」
『デザートにはバニラアイスだね。金属の器に盛られてて、さくらんぼとウエハースが添えられてるんだ』
それは、また、いかにもなバニラアイスだなあ。ちょっとあこがれる。うちで作れないこともないけど、やっぱお店で出されると特別感、あるよなあ。
「楽しんでるなあ」
『ちゃんとお土産買ってくるから、心配するな』
「それはまあ……うん」
『きっと、母さんも知ってると思うよ、そういう食堂。聞いてみるといい』
「うん、聞いてみる」
父さんとの通話の後、母さんにも電話をかけてみる。食堂のことを聞けば、案の定、楽しそうにいろいろな思い出話を話してくれた。それはもう、盛り上がったものだ。
二人とも、ナポリタンが好きなようで。さんざん話を聞かされたおかげで、ナポリタンが食いたくなってしまったじゃないか。
確か食堂にあったな、ナポリタン。明日食べよう、そうしよう。
食堂に向かう途中、咲良にもデパートの食堂のことを話すと、「俺も聞いたことある」と言った。
「それで、ナポリタンの話聞かされて」
「なるほど、それでナポリタンね。納得~」
咲良が弁当だったらどうしようかと思ったが、今日はそもそも、咲良も食堂に行く予定だったらしい。
「咲良は何にするんだ、またかつ丼か?」
「へっへっへ、今日は違いまーす」
咲良はポケットから、わざとらしいしぐさで食券を取り出した。
「なんだ、もう買ってるのか?」
「人気だからすぐ売り切れるんだよ、ジャンボカツ定食」
ジャンボカツ定食。薄く伸ばした鶏肉と豚肉を揚げたものが一枚ずつのっている定食だ。薄いからって油断していると、持ち帰りをする羽目になる代物である。腹ペコであればペロリだが、それでもなかなかのボリュームで、満腹間違いなしである。
「今日はこれ食うために、間食しなかった」
「そうか、偉いな」
「だろ? でもさ、ナポリタンもいいなあ」
「さすがに食べきれないんじゃないか?」
食堂に人の姿はまだ少ない。これなら、早々に食べられそうだ。
「うん、無理。だからさ、春都。一口ちょうだい」
咲良はにっこりと笑ってこちらを見る。
「別にいいけど」
「俺のカツ、二切れあげるから」
「いいだろう」
出来立てのナポリタンは甘いようなしょっぱいような、ケチャップの香りがして、真っ赤である。ベーコンとピーマン、玉ねぎといったシンプルな具材の、ナポリタンといわれれば多くの人が思いつくであろうビジュアルのものだ。
「いただきます」
他のスパゲティよりふわっとしたような食感の麺。それに絡まる、ケチャップソース。もともとのケチャップよりもトマト感強めで、コクがある。これはバターだろうか。しょっぱすぎず、甘すぎなくておいしい。
ソースがよく絡んだ面は、鮮やかなオレンジ色。それにピーマンの緑がよく映える。
ポリポリとみずみずしい食感のピーマン。このうっすらとした苦みが、ナポリタンの中ではいい感じに輝く。ピーマン多めにしてほしいくらいだ。
ベーコンからにじみ出たうま味もいい。塩気がトマトの風味と相まって、ちょうどよくなる。
玉ねぎはほぼ主張がないが、確かに、うまさに一役買っている。
咲良から貰ったカツも一緒に食べてみよう。
あっ、うまい。チキンカツは思ったよりあっさりとしていて、濃い目の味付けのナポリタンとばっちりだ。食べ応えもあるし、何より、香ばしさが加わってまた、違うおいしさというか。塩こしょうがやや強めだから、淡白な肉質でも負けていない。
とんかつはジューシーだ。そういや、ベーコンも豚肉だなあ。そりゃ合うに決まってる。
しかも薄くしてあるから、食べやすい。これが分厚いと、こうはいかないんだろうな。ナポリタンに合わせるなら、薄めのカツがいい。
デパートの食堂。ちょっとあこがれるな。父さんが行った場所はちょっと遠いし、近くにないか探してみよう。
その時は何を食べようか。やっぱりナポリタンかな。うーん、決めきれるかなあ、俺。
「ごちそうさまでした」
就寝前、珍しくテンション高めな父さんから電話がかかってきたから何かと思えば、開口一番、デパートの食堂を見つけた、と。
『そう、デパートの食堂』
「デパートの食堂……」
『春都は知らないか。昔はな、デパートの屋上にあったんだよ』
そもそもデパートになかなか行かないからなあ。などと考えていたら、父さんは続けた。
『最近は見ないなあ、と思ってたんだけどな。今日行った先で、見つけたんだ』
「へえー」
自分の知らない、食べ物の話を聞くのは好きだ。今はもうなくなってしまった店や、きっと食べることはかなわないであろう料理。自分がそういうのを味わえないのは惜しいが、話を聞くだけでも楽しいものである。
あ、でも、父さんが言ってることはちょっと違うな。昔あったけど今はもうなくなってしまった、と思っていたものが見つかった、ってことだもんな。
「どういう場所?」
『ショーケースに食品サンプルがずらっと並んでてな、悩んじゃうんだよ~』
父さんは相当嬉しかったのか、話したくてしょうがないらしい。食品サンプルって、確かにワクワクするよな。
『広い場所に席があってな。レストランとはまた違うんだけど、広いテーブルがあって……』
「フードコートみたいな?」
『う~ん、ちょっと違うんだよなあ。なんていうんだろう。やっぱり、食堂って感じなんだよ、とにかく』
「なるほど?」
『一緒に行ってみたいなあ。楽しいぞ~』
それはもう、父さんの話を聞いていたら分かる。
「なんか食べた?」
『ナポリタン』
「おー」
それはベタな、というべきか、意外なのか。分からん。何せその、デパートの屋上にある食堂というものに行ったことがないから。ナポリタンって、どっちかっていうと喫茶店のイメージが強い。
「おいしかった」
『うん、それはもちろん。あの空気の中で食べるのもいいんだよ』
「ほう」
『デザートにはバニラアイスだね。金属の器に盛られてて、さくらんぼとウエハースが添えられてるんだ』
それは、また、いかにもなバニラアイスだなあ。ちょっとあこがれる。うちで作れないこともないけど、やっぱお店で出されると特別感、あるよなあ。
「楽しんでるなあ」
『ちゃんとお土産買ってくるから、心配するな』
「それはまあ……うん」
『きっと、母さんも知ってると思うよ、そういう食堂。聞いてみるといい』
「うん、聞いてみる」
父さんとの通話の後、母さんにも電話をかけてみる。食堂のことを聞けば、案の定、楽しそうにいろいろな思い出話を話してくれた。それはもう、盛り上がったものだ。
二人とも、ナポリタンが好きなようで。さんざん話を聞かされたおかげで、ナポリタンが食いたくなってしまったじゃないか。
確か食堂にあったな、ナポリタン。明日食べよう、そうしよう。
食堂に向かう途中、咲良にもデパートの食堂のことを話すと、「俺も聞いたことある」と言った。
「それで、ナポリタンの話聞かされて」
「なるほど、それでナポリタンね。納得~」
咲良が弁当だったらどうしようかと思ったが、今日はそもそも、咲良も食堂に行く予定だったらしい。
「咲良は何にするんだ、またかつ丼か?」
「へっへっへ、今日は違いまーす」
咲良はポケットから、わざとらしいしぐさで食券を取り出した。
「なんだ、もう買ってるのか?」
「人気だからすぐ売り切れるんだよ、ジャンボカツ定食」
ジャンボカツ定食。薄く伸ばした鶏肉と豚肉を揚げたものが一枚ずつのっている定食だ。薄いからって油断していると、持ち帰りをする羽目になる代物である。腹ペコであればペロリだが、それでもなかなかのボリュームで、満腹間違いなしである。
「今日はこれ食うために、間食しなかった」
「そうか、偉いな」
「だろ? でもさ、ナポリタンもいいなあ」
「さすがに食べきれないんじゃないか?」
食堂に人の姿はまだ少ない。これなら、早々に食べられそうだ。
「うん、無理。だからさ、春都。一口ちょうだい」
咲良はにっこりと笑ってこちらを見る。
「別にいいけど」
「俺のカツ、二切れあげるから」
「いいだろう」
出来立てのナポリタンは甘いようなしょっぱいような、ケチャップの香りがして、真っ赤である。ベーコンとピーマン、玉ねぎといったシンプルな具材の、ナポリタンといわれれば多くの人が思いつくであろうビジュアルのものだ。
「いただきます」
他のスパゲティよりふわっとしたような食感の麺。それに絡まる、ケチャップソース。もともとのケチャップよりもトマト感強めで、コクがある。これはバターだろうか。しょっぱすぎず、甘すぎなくておいしい。
ソースがよく絡んだ面は、鮮やかなオレンジ色。それにピーマンの緑がよく映える。
ポリポリとみずみずしい食感のピーマン。このうっすらとした苦みが、ナポリタンの中ではいい感じに輝く。ピーマン多めにしてほしいくらいだ。
ベーコンからにじみ出たうま味もいい。塩気がトマトの風味と相まって、ちょうどよくなる。
玉ねぎはほぼ主張がないが、確かに、うまさに一役買っている。
咲良から貰ったカツも一緒に食べてみよう。
あっ、うまい。チキンカツは思ったよりあっさりとしていて、濃い目の味付けのナポリタンとばっちりだ。食べ応えもあるし、何より、香ばしさが加わってまた、違うおいしさというか。塩こしょうがやや強めだから、淡白な肉質でも負けていない。
とんかつはジューシーだ。そういや、ベーコンも豚肉だなあ。そりゃ合うに決まってる。
しかも薄くしてあるから、食べやすい。これが分厚いと、こうはいかないんだろうな。ナポリタンに合わせるなら、薄めのカツがいい。
デパートの食堂。ちょっとあこがれるな。父さんが行った場所はちょっと遠いし、近くにないか探してみよう。
その時は何を食べようか。やっぱりナポリタンかな。うーん、決めきれるかなあ、俺。
「ごちそうさまでした」
34
お気に入りに追加
252
あなたにおすすめの小説
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
(完結)私より妹を優先する夫
青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。
ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。
ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。
【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?
との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」
結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。
夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、
えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。
どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに?
ーーーーーー
完結、予約投稿済みです。
R15は、今回も念の為
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる