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日常
第六百六十一話 たけのこ尽くし
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やれやれ、やっと帰りついた。
まだ日は高い、三時くらいか。運動場や教室の方からは、授業の声が聞こえてくる。ほんの数日離れていただけのにこっちの方が慣れていない場所のような感じがするような、一方で勝手の分かる場所に帰って来てほっとするような。変な感じだ。
「ふいー、到着~」
勇樹が軽やかにバスから降りてきた。
「いいねえ、みんなはまだ授業やってる時間に帰れるって」
「物足りないんじゃないか?」
と、やってきたのは二宮先生だ。
「今から授業してもいいんだぞ~」
「勘弁してくださいよ~」
「ははは」
金曜日ということもあってか、空気がなんだかゆるい。学校にいる他の学年にとっても、あと数時間後には帰れるという余裕があるのだろう。
「あ~、やっと帰れる」
「宮野」
この合宿中、宮野の機嫌がよかった時はなかった。不機嫌、ってわけでもないけど、ずーっとテンション低かったなあ。学校に近づくにつれて、少しずつ表情が明るくなっていく様子は面白かった。
「終わっちゃったねえ、合宿」
そう言うのは山崎だ。少し残念そうなその様子に、宮野が怪訝そうな目を向ける。心底理解できないらしい。露骨だなあ。
いったん集合して、週明けの連絡があった後、解散になる。
「他の学年は授業中だから、静かにな~」
バスは帰り、先生たちは校舎に戻る。風景はすっかり日常に戻った。となると、あいつが来るだろう。少しだけその場に立っていたら、案の定、やって来た。
「春都~、お疲れぇ」
「おう、咲良。あんま疲れてないように見えるけどな」
「へへへ」
咲良は楽しそうに笑った。
「やっぱ、いつも通りが一番だなーって思って」
「それは分かるが、急にどうした」
「別に何でも。それよりさ、聞いてよ」
咲良は帰る間中、合宿中のことについて話し続けた。疲れた頭で怒涛の話を処理するのは大変だったが、どことなくほっとするような、しっくりくるような感覚がした。
さて、うめずを迎えに店に行かねば。
「ただいまー」
「おう、おかえり」
店先にはじいちゃんがいた。ちょうど仕事が落ち着いたところだったようで、店の前の水道で手を洗う。
「なんだ、大荷物だな」
「それがさ……」
大量のまんじゅうを見せながら事情を説明すると、じいちゃんは「そうかそうか」とどこか嬉しそうに笑った。
「春都は立派だなあ」
「うーん、遅刻したけどね」
「なに、それくらいなんてことはない。じいちゃんはもっといろんなことをしたぞ」
「え、何したの」
部屋に上がると、ばあちゃんが台所に立っていた。
「おかえり。お疲れ様」
「ただいま。はい、これ。お土産」
「あら、ありがとう。どうしたの」
同じように訳を話すと、ばあちゃんはあっけらかんと笑った。
「偉い偉い。疲れたね」
「んー」
「わふっ」
「おう、うめず。ただいま~」
数日ぶりのうめずは温かくてほっとする。うめずの調子は良さそうだ。そりゃそうだ、じいちゃんとばあちゃんに面倒見てもらえりゃ、そうなるよな。分かる分かる。
「晩ご飯までゆっくりしてなさい」
「はーい」
それから、うめずと一緒に横になっているとすっかり眠ってしまった。
目が覚めたのは、夕暮れ時。空がじんわりと夜に沈み始めた頃だった。
「あ~、よく寝た……」
やっぱり、合宿中は眠りが浅かったのかな。まだまだ眠れそうだ。でも、意を決してグッと起き上がる。
晩飯の匂いがする。
「いいタイミングで起きてきたね。できてるよ」
「腹減った……」
「ほら、お箸持って行って」
「はーい」
おお、今日はたけのこばっかり。春だなあ。鶏肉と炊いたのに天ぷら、わかたけのみそ汁、たけのこご飯。
どおりでいい匂いがするはずだ。
「いただきます」
まずはみそ汁食おう。
みそ汁に入ってるたけのこの、頭の方。少し透明なところもあって柔らかく、しゃくしゃくしてみずみずしい。鼻に抜ける風味がよく、味噌の味とよく合う。わかめもつるんとしていていい。下の方は、歯ごたえがある。
たけのこ料理で好きなの、みそ汁かもしれない。
次は天ぷら。塩か醤油か……よし、塩にしよう。揚げたてジュワジュワの衣にさっと振りかけて……熱っ。
サクッと香ばしく、ほっくりしているようで、しゃくしゃく。たけのこの天ぷらも好きだなあ。一番風味が分かるかなあ。少し塩多めでもいいかな。次々食べてしまう。醤油でも食べてみようか。うん、これもうまい。天ぷららしい風味。
鶏肉と一緒に炊いたやつは、なじみのある味わい。甘辛い味付け、たけのこの風味と鶏肉のうま味。うっすらと滲む鶏肉の油がキラキラしてきれいだ。
たけのこご飯は出汁の味。普段の炊き込みご飯に、たけのこが追加された感じかな。口によくなじんで、うまい。
おにぎりとか、お茶漬けにしてもうまいんだ。
あ、おこげ。もっちり香ばしい。
なんか、ほっとするなあ。長い憂鬱から解放されて、すっきりした気分だ。合宿も悪くはないんだけど、やっぱり、日常にはかなわない。
明日の朝ごはんも楽しみだなあ。
「ごちそうさまでした」
まだ日は高い、三時くらいか。運動場や教室の方からは、授業の声が聞こえてくる。ほんの数日離れていただけのにこっちの方が慣れていない場所のような感じがするような、一方で勝手の分かる場所に帰って来てほっとするような。変な感じだ。
「ふいー、到着~」
勇樹が軽やかにバスから降りてきた。
「いいねえ、みんなはまだ授業やってる時間に帰れるって」
「物足りないんじゃないか?」
と、やってきたのは二宮先生だ。
「今から授業してもいいんだぞ~」
「勘弁してくださいよ~」
「ははは」
金曜日ということもあってか、空気がなんだかゆるい。学校にいる他の学年にとっても、あと数時間後には帰れるという余裕があるのだろう。
「あ~、やっと帰れる」
「宮野」
この合宿中、宮野の機嫌がよかった時はなかった。不機嫌、ってわけでもないけど、ずーっとテンション低かったなあ。学校に近づくにつれて、少しずつ表情が明るくなっていく様子は面白かった。
「終わっちゃったねえ、合宿」
そう言うのは山崎だ。少し残念そうなその様子に、宮野が怪訝そうな目を向ける。心底理解できないらしい。露骨だなあ。
いったん集合して、週明けの連絡があった後、解散になる。
「他の学年は授業中だから、静かにな~」
バスは帰り、先生たちは校舎に戻る。風景はすっかり日常に戻った。となると、あいつが来るだろう。少しだけその場に立っていたら、案の定、やって来た。
「春都~、お疲れぇ」
「おう、咲良。あんま疲れてないように見えるけどな」
「へへへ」
咲良は楽しそうに笑った。
「やっぱ、いつも通りが一番だなーって思って」
「それは分かるが、急にどうした」
「別に何でも。それよりさ、聞いてよ」
咲良は帰る間中、合宿中のことについて話し続けた。疲れた頭で怒涛の話を処理するのは大変だったが、どことなくほっとするような、しっくりくるような感覚がした。
さて、うめずを迎えに店に行かねば。
「ただいまー」
「おう、おかえり」
店先にはじいちゃんがいた。ちょうど仕事が落ち着いたところだったようで、店の前の水道で手を洗う。
「なんだ、大荷物だな」
「それがさ……」
大量のまんじゅうを見せながら事情を説明すると、じいちゃんは「そうかそうか」とどこか嬉しそうに笑った。
「春都は立派だなあ」
「うーん、遅刻したけどね」
「なに、それくらいなんてことはない。じいちゃんはもっといろんなことをしたぞ」
「え、何したの」
部屋に上がると、ばあちゃんが台所に立っていた。
「おかえり。お疲れ様」
「ただいま。はい、これ。お土産」
「あら、ありがとう。どうしたの」
同じように訳を話すと、ばあちゃんはあっけらかんと笑った。
「偉い偉い。疲れたね」
「んー」
「わふっ」
「おう、うめず。ただいま~」
数日ぶりのうめずは温かくてほっとする。うめずの調子は良さそうだ。そりゃそうだ、じいちゃんとばあちゃんに面倒見てもらえりゃ、そうなるよな。分かる分かる。
「晩ご飯までゆっくりしてなさい」
「はーい」
それから、うめずと一緒に横になっているとすっかり眠ってしまった。
目が覚めたのは、夕暮れ時。空がじんわりと夜に沈み始めた頃だった。
「あ~、よく寝た……」
やっぱり、合宿中は眠りが浅かったのかな。まだまだ眠れそうだ。でも、意を決してグッと起き上がる。
晩飯の匂いがする。
「いいタイミングで起きてきたね。できてるよ」
「腹減った……」
「ほら、お箸持って行って」
「はーい」
おお、今日はたけのこばっかり。春だなあ。鶏肉と炊いたのに天ぷら、わかたけのみそ汁、たけのこご飯。
どおりでいい匂いがするはずだ。
「いただきます」
まずはみそ汁食おう。
みそ汁に入ってるたけのこの、頭の方。少し透明なところもあって柔らかく、しゃくしゃくしてみずみずしい。鼻に抜ける風味がよく、味噌の味とよく合う。わかめもつるんとしていていい。下の方は、歯ごたえがある。
たけのこ料理で好きなの、みそ汁かもしれない。
次は天ぷら。塩か醤油か……よし、塩にしよう。揚げたてジュワジュワの衣にさっと振りかけて……熱っ。
サクッと香ばしく、ほっくりしているようで、しゃくしゃく。たけのこの天ぷらも好きだなあ。一番風味が分かるかなあ。少し塩多めでもいいかな。次々食べてしまう。醤油でも食べてみようか。うん、これもうまい。天ぷららしい風味。
鶏肉と一緒に炊いたやつは、なじみのある味わい。甘辛い味付け、たけのこの風味と鶏肉のうま味。うっすらと滲む鶏肉の油がキラキラしてきれいだ。
たけのこご飯は出汁の味。普段の炊き込みご飯に、たけのこが追加された感じかな。口によくなじんで、うまい。
おにぎりとか、お茶漬けにしてもうまいんだ。
あ、おこげ。もっちり香ばしい。
なんか、ほっとするなあ。長い憂鬱から解放されて、すっきりした気分だ。合宿も悪くはないんだけど、やっぱり、日常にはかなわない。
明日の朝ごはんも楽しみだなあ。
「ごちそうさまでした」
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