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日常
第六百五十四話 豚肉のステーキ
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放課後、図書館でカウンター当番をする片手間に、パンフレットを折っている。
新入生への図書館のオリエンテーションがもうすぐ実施されるらしく、その時に配る資料なのだそうだ。
「別に必要ないと思うのだが」
隣でちまちまと折り紙を折りながら、漆原先生がぼやく。なんでも、他の先生たちから、図書館を飾り付けるようにと言われたほか、折り紙まで託されたのだという。
「小学生でもあるまいし。飾り付けたところで楽しいかね、一条君や」
「さあ……俺は、本そのものに目的があったんで」
「そうなんだよ。図書館は、本を読むところだ。君は正しい」
「あはは……」
図書館の使い方、とポップな字体で書かれたパンフレット。これはずっと前から残っているデータをただ印刷しただけなのだそうだ。
「そんなに言うなら、飾りつけしなきゃいいのに」
そう言うのは咲良だ。咲良は先生の椅子に寄りかかると、先生の手元をのぞき込んだ。
「図書館って、学校の治外法権でしょ。先生の好きなようにすりゃいいんすよ。先生の城なんだから」
「そういうわけにもいかんのだよ」
先生はできあがった折り紙を咲良に渡す。
「いくら治外法権とはいえ、関係性は良好であるべきだ」
「そういうもんっすかねえ」
「逆らったところで何にもならないことは、適当にいなす。譲れないところは、譲らないから」
「かっこいい」
咲良は空いた椅子に座ると、先生が量産した飾りを仕分けし始めた。先生は「とはいえ」と続ける。
「面倒……いや、他のことができないこの時間がなんともいえなくてな。せめて面白い話とかしてくれたらいいのだがなあ」
「あれ? もしかして俺、無茶振りされてる?」
えー、と言いながらも咲良は楽しげだ。
「じゃあ、こないだ博物館に行った話でもします?」
「博物館? ほう、どこの?」
先生は博物館という言葉に食いつく。
「天満宮のとこっす。春都と、他に二人一緒だったんすけど……」
咲良は先日のお出かけのことを事細かに話す。先生は展示品の方に興味があったようだ。
「やはり人は多かったか」
「博物館の方はそんなにかなあ。な、春都」
「朝一だったんで」
なるほど、と先生は頷く。
「やっぱり、出かけるなら朝一番に限るな」
「そうなんですよ」
特に、昼にかけて人が多くなるような場所は、人の少ない朝一番に行動するに限る。お店もあまり開いていない、人影も少ない、そんな時間帯に動く方がいい。
どうやら先生も同じ考えのようだった。
「それで、他には何をしたんだ?」
「鯉に餌をやりました」
先生は驚くでも笑うでもなく、「ああ、あそこ、いるもんな」と頷いた。
「昼飯食った店に麩が売ってたんで」
「まだ売ってるんだな。やってる人、他にいたか?」
「俺と春都だけでした」
そこで先生は笑った。
「仲いいな、お前ら」
「咲良が真似してきたんですよ」
「えー、だって楽しそうだったし~」
「なんだ、二人で並んでやってたのか」
本当に仲がいいな、と先生は言った。
お、パンフレットも終わりが見えてきた。二つ折りにするだけの単純作業ではあったが、結構きついんだ、これ。
「これ、終わった分はどうすればいいですか」
束にしたパンフレットを示すと、先生は「俺の机に置いといてくれ」と言った。
詰所に入り、言われた通り先生の机の上に置く。ふと視界に入ってきたのは、クラスごとに振り分けられたプリントの数々だった。
「まだあるから、よろしく頼むぞ」
そう言われたとき、俺が折っていたのは二クラス分だけだったのだと気づいた。
あと何束あるんだろう。考えるのはやめにして、暇を持て余していた咲良を巻きっこむことに決めた。
ああ、疲れた。これなら、大量の本を書架に戻す作業の方がよっぽどいいと思える。まあ、かといって折り紙をしたいかといわれれば、それもまた嫌だ。
とにかく、今日の仕事は終わりだ。晩飯の準備に取り掛かろう。
今日は、買ってきておいた分厚い豚肉を使う。何を作るかって、そりゃあ、あれだ。
ステーキだ。
塩こしょうをふって、油を敷いて熱したフライパンにのせる。ジュワアッといい音がして、ぶわっと香りが漂う。
いろいろ味付けしてもよかったけど、シンプルに塩こしょうで焼くのが一番かと思う。
「よいしょ、っと」
分厚いから芯まで火が通るように、途中で切り分ける。こうすると、下位仮の部分ができていいんだ。
付け合わせに千切りキャベツ。醤油と、後は七味とかわさびもつけてみようかな。
「いただきます」
まずはそのままで一口。
思ったよりも柔らかい肉質。ジュワッとあふれ出すのはうま味たっぷりの脂だ。少し濃いめの塩こしょうが口を刺激して、白米を次々と運ばせる。ご飯の上にできた豚の脂のシミが、またうまい。
醤油をかけると香ばしさが増す。豚肉に醤油ってのはどうしてこう合うんだろう。
そこにわさびをのせると、風味豊かで、少し上品になる。豚肉とわさび醤油は最高の組み合わせのように思う。ご飯にも合うし。
七味は、思えば初めてかもしれない。なんとなく合うかなって、思いついたから。
量には気を付けて……うん、ヒリッと辛く、七味特有の風味が鼻に抜けていい感じだ。豚の脂とも相性がいい。さっぱりとした感じになるんだな。なるほど、これはうまい。今までやってこなかったのがもったいないくらいだ。
豚のうま味が少し染みたキャベツ。キャベツは添え物ではあるが、なくてはならないものである。それに、メインがなにかによって、味が変化するのも面白い。もやしもそんな感じだな。
歩き回っても飯はうまかったが、単純な労働の後でもうまい。
要は、腹が減って食う飯はうまい、ってことだ。
明日もしっかり、腹を減らそう。そして、うまい飯を食うんだ。
「ごちそうさまでした」
新入生への図書館のオリエンテーションがもうすぐ実施されるらしく、その時に配る資料なのだそうだ。
「別に必要ないと思うのだが」
隣でちまちまと折り紙を折りながら、漆原先生がぼやく。なんでも、他の先生たちから、図書館を飾り付けるようにと言われたほか、折り紙まで託されたのだという。
「小学生でもあるまいし。飾り付けたところで楽しいかね、一条君や」
「さあ……俺は、本そのものに目的があったんで」
「そうなんだよ。図書館は、本を読むところだ。君は正しい」
「あはは……」
図書館の使い方、とポップな字体で書かれたパンフレット。これはずっと前から残っているデータをただ印刷しただけなのだそうだ。
「そんなに言うなら、飾りつけしなきゃいいのに」
そう言うのは咲良だ。咲良は先生の椅子に寄りかかると、先生の手元をのぞき込んだ。
「図書館って、学校の治外法権でしょ。先生の好きなようにすりゃいいんすよ。先生の城なんだから」
「そういうわけにもいかんのだよ」
先生はできあがった折り紙を咲良に渡す。
「いくら治外法権とはいえ、関係性は良好であるべきだ」
「そういうもんっすかねえ」
「逆らったところで何にもならないことは、適当にいなす。譲れないところは、譲らないから」
「かっこいい」
咲良は空いた椅子に座ると、先生が量産した飾りを仕分けし始めた。先生は「とはいえ」と続ける。
「面倒……いや、他のことができないこの時間がなんともいえなくてな。せめて面白い話とかしてくれたらいいのだがなあ」
「あれ? もしかして俺、無茶振りされてる?」
えー、と言いながらも咲良は楽しげだ。
「じゃあ、こないだ博物館に行った話でもします?」
「博物館? ほう、どこの?」
先生は博物館という言葉に食いつく。
「天満宮のとこっす。春都と、他に二人一緒だったんすけど……」
咲良は先日のお出かけのことを事細かに話す。先生は展示品の方に興味があったようだ。
「やはり人は多かったか」
「博物館の方はそんなにかなあ。な、春都」
「朝一だったんで」
なるほど、と先生は頷く。
「やっぱり、出かけるなら朝一番に限るな」
「そうなんですよ」
特に、昼にかけて人が多くなるような場所は、人の少ない朝一番に行動するに限る。お店もあまり開いていない、人影も少ない、そんな時間帯に動く方がいい。
どうやら先生も同じ考えのようだった。
「それで、他には何をしたんだ?」
「鯉に餌をやりました」
先生は驚くでも笑うでもなく、「ああ、あそこ、いるもんな」と頷いた。
「昼飯食った店に麩が売ってたんで」
「まだ売ってるんだな。やってる人、他にいたか?」
「俺と春都だけでした」
そこで先生は笑った。
「仲いいな、お前ら」
「咲良が真似してきたんですよ」
「えー、だって楽しそうだったし~」
「なんだ、二人で並んでやってたのか」
本当に仲がいいな、と先生は言った。
お、パンフレットも終わりが見えてきた。二つ折りにするだけの単純作業ではあったが、結構きついんだ、これ。
「これ、終わった分はどうすればいいですか」
束にしたパンフレットを示すと、先生は「俺の机に置いといてくれ」と言った。
詰所に入り、言われた通り先生の机の上に置く。ふと視界に入ってきたのは、クラスごとに振り分けられたプリントの数々だった。
「まだあるから、よろしく頼むぞ」
そう言われたとき、俺が折っていたのは二クラス分だけだったのだと気づいた。
あと何束あるんだろう。考えるのはやめにして、暇を持て余していた咲良を巻きっこむことに決めた。
ああ、疲れた。これなら、大量の本を書架に戻す作業の方がよっぽどいいと思える。まあ、かといって折り紙をしたいかといわれれば、それもまた嫌だ。
とにかく、今日の仕事は終わりだ。晩飯の準備に取り掛かろう。
今日は、買ってきておいた分厚い豚肉を使う。何を作るかって、そりゃあ、あれだ。
ステーキだ。
塩こしょうをふって、油を敷いて熱したフライパンにのせる。ジュワアッといい音がして、ぶわっと香りが漂う。
いろいろ味付けしてもよかったけど、シンプルに塩こしょうで焼くのが一番かと思う。
「よいしょ、っと」
分厚いから芯まで火が通るように、途中で切り分ける。こうすると、下位仮の部分ができていいんだ。
付け合わせに千切りキャベツ。醤油と、後は七味とかわさびもつけてみようかな。
「いただきます」
まずはそのままで一口。
思ったよりも柔らかい肉質。ジュワッとあふれ出すのはうま味たっぷりの脂だ。少し濃いめの塩こしょうが口を刺激して、白米を次々と運ばせる。ご飯の上にできた豚の脂のシミが、またうまい。
醤油をかけると香ばしさが増す。豚肉に醤油ってのはどうしてこう合うんだろう。
そこにわさびをのせると、風味豊かで、少し上品になる。豚肉とわさび醤油は最高の組み合わせのように思う。ご飯にも合うし。
七味は、思えば初めてかもしれない。なんとなく合うかなって、思いついたから。
量には気を付けて……うん、ヒリッと辛く、七味特有の風味が鼻に抜けていい感じだ。豚の脂とも相性がいい。さっぱりとした感じになるんだな。なるほど、これはうまい。今までやってこなかったのがもったいないくらいだ。
豚のうま味が少し染みたキャベツ。キャベツは添え物ではあるが、なくてはならないものである。それに、メインがなにかによって、味が変化するのも面白い。もやしもそんな感じだな。
歩き回っても飯はうまかったが、単純な労働の後でもうまい。
要は、腹が減って食う飯はうまい、ってことだ。
明日もしっかり、腹を減らそう。そして、うまい飯を食うんだ。
「ごちそうさまでした」
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