一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第六百五十一話 天丼

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 風にざわめく木々、小鳥のさえずり、若葉の見え始めた桜はハラハラと舞い、注ぐ日差しは暖かだ。
 国立博物館の周りは、静かである。
「俺、博物館とか初めて行くんじゃねえかなあ」
「いやそんなことはないだろう。小学校の時に行ったことあるって」
「たいてい、社会科見学のコースで組まれてるよね~」
 ただし、同行者たちは騒がしい。咲良に守本、それと観月だ。
 例のごとく観月が博物館の観覧券をもらったらしく、それが四枚あるということだったので、このメンバーで行くことになったのだった。
「天井たけぇー」
 と、エスカレーターを上りながら咲良が言う。視線を上にやれば、複数の木材が複雑に組まれた天井が見える。
「お、パンフレットとかあるぞ。へー、いろんな国の言葉のがあるんだなあ」
「この辺、観光地だもんな。天満宮もあるし」
 そう言うのは守本だ。
「海外からの観光客の方が多いかもよ」
「インターナショナルだ」
「お前それが言いたいだけだろ」
「はい、これ春都の分の観覧券ね」
 観月に手渡された観覧券には博物館の外観の写真が載っていて、ところどころに花のイラストが散りばめられていた。
 入り口を過ぎれば、途端、空気はしんと静まり返る。
 空調の整った薄暗い館内、かすかに聞こえる展示物の説明音声、効果音、ミニシアターからこぼれるナレーションの声。
 博物館に漂うこの独特の空気感。やっぱり、好きだ。
「向こうが特別展示だって」
 観月がそう教えてくれる。
 左手の方にある小部屋には、確かに、きらりと輝く展示物が見えた。開館してすぐだからか人は少なく、ゆっくりと見られそうだ。
 写真撮っていいんだよな、確か、今回の展示は。
 一通り撮って、それからゆっくり見よう。図録とか買っちゃおうかな。

 少し人影が増え始めたところで、外に出る。
「まぶしいなー」
 そう言って咲良は目を細める。初夏にも似た日差しの今日は、暖かく、太陽の光もいつもよりまぶしく思えた。
「さて、どこ行く? やっぱお参り?」
「そうだねえ。確かどっか、道がつながってたはずだけど……」
「あー、あの動く歩道な」
 守本が周りを見回す。
「どこだっけ?」
「向こう」
 何度も来ているから、その辺はよく分かる。
 散策路やカフェ、関係者以外立ち入り禁止の施設を見ながら、天満宮へと向かうトンネルに入る。
 トンネルといえど、そこには動く歩道と普通の通路があり、ポスターや何やらが飾ってある、間接照明が華やかな場所である。
「なんかさー、この上歩くと自分がめっちゃ足早くなった感じしない?」
 そう言いながら動く歩道の上をサクサクと歩くのは咲良だ。
「転ぶなよ」
「普通の通路に出た時が危ないよね」
「通路に乗る時点で転びそうになるけど」
 天満宮に近づくにつれて、人の姿が増えてくる。
「うっわ、人多いな」
 思わず口からそうこぼれるほど、人、人、人である。来園客の少ないイメージだった天満宮内の遊園地も行列ができており、キッチンカーなんかも出ている。
「今日は天気もいいからねえ」
 食事処にはまだ人の姿があまり見当たらなかったので、先に昼飯を済ませることにした。
 食券を買い、店員に渡したら席に着く。
 葉桜とまばらに咲いたつつじが見える、すがすがしい小上がりの席だ。整備の行き届いた池に見えるのは、まだ花が咲かない菖蒲だ。何人かの人がその手入れをしている。
「参道には行く?」
 と、守本が聞いてくる。
「絶対人多いけど」
「せっかくだし行っとこうぜ。自由時間だ、自由時間」
「なかなか来ないもんねえ」
 しっかし、この時間の参道は人で埋め尽くされているんじゃないか? 一直線だけど、迷子になってしまいそうなんだよなあ。まあ、そういうのもなかなか経験しないからいいんだろうけど。
「はいはい、お待たせしました。天ぷらうどんの方」
「はーい、僕です」
 おお、料理が次々と運ばれてくる。
「ざるそばの方は?」
「俺です」
「かつ丼と天丼ね~。どっちがどっちかな?」
「あ、俺がかつ丼で、こっちが天丼っす」
 来た来た、天丼。えびにピーマン、ナスとエリンギ、にんじんの天ぷらがのった、うちではなかなか作らないタイプの天丼だ。
 うちで作るとなると、もっぱら、かき揚げ丼だからな。それはそれでもちろんうまいけど。
「いただきます」
 えびが二本ものっている。じゃあ、さっそくえびから。
 おお、衣が程よく薄く、えびがぷりっぷりだ。揚げたてだから、とても熱い。甘いトロッとしたたれがよく合うなあ。
 こういうたれって、どうやって作るんだろう。なかなかうちじゃ作れない。
 ご飯にもたれがしっかり染みてるのがいい。箸でかき集めるには少々やりづらいが、もちもちとした米の触感と甘いたれはよく合う。天ぷらから滲み出したいろいろな食材のうま味があって、それもまたいい。
 ピーマンは思ったよりも甘い。もうちょっと苦いかなと思ったけど、風味がよく、みずみずしい。
 なすはとろとろで、やけどしそうだ。飾り切りってやつかな、切れ目が入れてあってきれいだ。
 エリンギはなんだかスナック菓子のようでもある。
 あ、でも表面と端の方は確かにカリカリのサクサクだけど、中心の方はきのこらしい食感がする。風味もいいし、食べ応えがあるな。見た目だけで言えばマツタケのようにも見えなくもない。
 セットのみそ汁にはわかめがたゆたっている。付け合わせは甘めのたくあんと、こんぶ。
「思ったより腹減ってたなあ」
 そう言いながら、咲良はかつ丼をかきこむ。
「そりゃお前、動き回ってたからな」
「だってなかなか来ないからさー、博物館って。いろいろ珍しくて。教科書で見たことあるやつとかあったし、テンション上がった」
「それはまあ、分かる」
 あー、なんか、あの博物館の静寂が恋しくなってきた。今はもう、客でいっぱいだろうけど。
 まあ、それはまた今度のお楽しみということで。
 今は喧騒を楽しむとしよう。

「ごちそうさまでした」
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