一条春都の料理帖

藤里 侑

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第六百五十話 スーパーの弁当

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 始業式が月曜日だと、いつにも増して一週間が長く感じる。やっとのことで休みが来たと思ったが、早々に目が覚めてしまった。
「はぁー……」
 今日は眠りこけようと決めていたのだがなあ。
 とりあえず起きて、身支度を済ませて、ソファに横になる。今日はよく晴れてるなあ。ちょっと冷えるけど、春らしい天気だ。
 テレビは特に何もやってないし、うめずは寝てるし、二度寝するにしても目がさえてるし。
 あ、そうだ。散歩行こう。そろそろ桜も見納めだろう。

 朝の空気は少しひんやりとしていて、ところどころに水たまりが見える。雨の香りと若葉の香り。うっすらとぼんやりしていた意識が少しずつはっきりしてくる。
「どこまで歩こうかな」
 とりあえず桜が咲いているところに行くか。と、なると、小学校の前か。
 小学校は高校よりも数日遅れて始まったんだったか。一日行ったら休みって、ちょっとうらやましい。入学式はいつ頃だったかなあ。桜が咲いていたような記憶があるのだが。
「お、残ってる」
 思ったよりも散っていない。しっとりとしているが、これはこれでなかなかきれいなものだ。でもやっぱり、地面には花びらがたくさん落ちている。桜のじゅうたんだ。実際、少しふかふかしている。
 雨に群れた幹は濃い焦げ茶色、淡い花びらとのコントラストが桜らしい。
 休日の校舎は、実に静かなものである。人の気配もなく、どこか寂し気で、少し怖さもあるような。薄暗い空だからだろうか。
 それにしても、この辺りは人通りが少ないなあ。車が数台と、向かいから自転車が一台来るばかりで……
「あれー? もしかして春都~?」
「観月」
 自転車の主は、観月だった。上下ジャージ姿で少し眠そうだ。
「早いねぇ、どうしたの?」
「ただの散歩だ。お前は?」
「おつかい頼まれちゃって。たたき起こされたんだ」
 おつかい、って、この時間に開いている店があっただろうか。たいていの店は九時か十時にしか開かないのだが。
「いったいどこに行くつもりだ」
「駅前の交差点のとこにあるスーパーだよ。あそこ、二十四時間だし」
「そうなのか?」
 それは盲点だった。なかなか寄り付かない場所だから。
「ん? でもそれじゃあ、こっちの道だと遠回りにならないか」
「桜が見たくてね。うちにもあるけど、こないだの雨で散っちゃって」
「そうか」
「よかったら、春都もついてくる? こないだ改装工事が終わって、きれいになってるよ」
 朝からお惣菜もいっぱい並んでるし、というその言葉に、つい興味を持ってしまう。
 財布も持ってきたし、行ってみるか。

「ほお……」
 広い駐車場を抜け、店内に入る。天井が高くて、広くて、スーパーの店内というより倉庫のようでもある。
「時間が限られてる売り場もあるけど、たいていの物は買えるからね~」
 観月は慣れた様子でカートにかごをのせる。
「お総菜コーナーは向こうだよ」
 と、青果コーナーのさらに奥を指さす。ここからでも見えるくらい、お惣菜が並んでいた。
「後でまた集合しよ。僕はお菓子コーナーにいるから」
「分かった」
 朝早くのスーパーって、なんか、静かだな。店内アナウンスがよく聞こえるし、音楽もよく響く。そして何より、人が少ない。いつも人が多い中で買い物してるから、なんか新鮮というか、何というか……
 楽だな。
「おお~……」
 からあげにとんかつ、焼き魚、煮物、ポテトサラダやマカロニサラダ、いなり寿司と豊富なラインナップである。お、弁当もあるのか。
 いっそ、弁当を買うというのもありだな。今日はご飯を炊いていないし。
 とすると、何がいいだろう。幕の内弁当はおかずの組み合わせがいろいろあるし、中華弁当はご飯が炒飯と白米と二種類ある。洋風のやつは、グレードがいろいろあるようだ。豪華なやつにはエビフライやらハンバーグやら、おかずが盛りだくさんだ。
 かつ丼もある。こっちにはでっかい鮭弁当にのり弁当。おにぎりだけってのもある。
 悩むなあ、悩ませるなあ。あっちも気になるし、こっちも捨てがたいし。いっそのこと寿司の詰め合わせとか……
「こっちは何だろう」
 シンプルな透明の弁当箱。大小さまざまに並んでいるが、内容は同じ。
 鮭のおにぎりと高菜のおにぎり、からあげ、いそべ揚げ、卵焼きとウインナー、ポテトサラダ。お総菜コーナーに並んでいたものがおかずである。
 なぜだろう、すごく魅力的に見える。よし、これにしよう。
 お会計はセルフレジか。よし、とっとと払って帰って、朝飯に……
「あ、観月」
 一緒に来てたんだった。えーっと、お菓子コーナーにいるんだっけ。
 思い出してよかった。

 熱い緑茶を入れ、さっそく朝飯にする。
「いただきます」
 おにぎり、食べ応えがある。詰まってるなあって感じだ。鮭のほぐし身は程よく脂がのっていて、塩加減がちょうどいい。噛みしめるほどにうまみが染み出してきて、次々と食べてしまいそうだ。
 からあげは少し冷たいが、衣はサクサクのままである。味付けは当然うちのとは違うが、スーパーの弁当のからあげ、って味付けがうまい。なかなか自分じゃこの絶妙な味は出せないんだ。皮もジューシーでいい。
 いそべ揚げ。お、思ったよりも青のりの風味がする。少ししんなりしているが、甘めの衣はそれでもうまい。ちくわはプリプリだ。
 ポテトサラダは、具がちょっと少なめだろうか。でも、じゃがいもそのものがゴロゴロしているタイプだから、十分それでいい。マヨネーズをたっぷり使っていて、まろやかでなめらかだ。ほんの少しのきゅうりとハムがまた、いい味を出している。
 卵焼きは……なるほど、甘めの出汁巻きといったところか。プルプルしているな。こういう、プルプルした卵焼きって、どうやって作るんだろう。
 高菜のおにぎりって、お店によってまるっきり味が違うんだよなあ。ここの高菜は唐辛子の風味が効いていて、ご飯に合う。シャキシャキ食感の高菜は特有の風味があって、少し酸味がある。
 ウインナーは業務用のものだろうか。この味、たまに無性に食べたくなる。
 朝から弁当なんて、贅沢してしまったなあ。ああ、熱いお茶がよく合う。
 でも、二十四時間のスーパーがあるなら、今度から何かあったときに行けるな。慌てなくてよくなるのは、いいことだ。
 できれば、朝一に行きたいな。あの空気、結構好きだった。

「ごちそうさまでした」
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