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日常
第六百四十九話 アスパラの豚肉巻き
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今日は朝から、しとしとと雨が降っている。おかげでノートや教科書は湿気でしんなりしているし、廊下は湿っぽい。
四時間目は本来であれば外で体育だったのだが、座学になった。
「せっかく咲いたのになあ」
二宮先生は、教科書を開きながら言った。新しい教科書だから、最初のページに型をつけている。
「桜、散っちゃうかもな」
「先生、花見行きました?」
「忙しくて行ってない」
急いで授業を進める必要がないからか、先生は教卓に手をついて生徒の話を聞く体勢になった。
二宮先生に対しては、友達感覚のやつが多い気がする。
「みんなはどうなの? 花見行った人~」
先生は右手を挙げ、挙手を促す。みんなチラチラと周りを見回し、何人かが手を挙げたのを見ると、結構な人数が手を挙げた。俺も一応、上げておく。
「お~、結構楽しんでるな~。なに、誰と行ったの?」
と、先生は近くの席にいた生徒に聞く。あ、山崎。
山崎は気だるげに頬杖をつくと、「ん~っとねえ」と少し考えた後、少しいたずらっぽく言った。
「女の子」
その言葉に一部の男子が反応し、一部の女子が声を上げ、後のやつらは苦笑と無反応を示した。
先生は、「え、何、彼女?」と聞き返す。
「ご想像にお任せしまーす」
ふと、ため息が聞こえて隣の席をちらっと見る。苦笑でも無表情でもなく、ただあきれた様子の中村だ。おそらくこいつは、山崎の言う「女の子」の正体を知っているのだろう。
俺の視線に気づいたらしい中村が、ぼそっとつぶやいた。
「お姉さんのことだ、あれ」
「あ、あー。いるって言ってたな」
「いっつも連れまわされてるからなあ、あいつ」
よく見てみれば、山崎は声音の割に浮かれた様子ではない。むしろ遠い目をしているというか、何というか。たまに咲良とか百瀬とか朝比奈とかもああいう目をしているような。
「まあいいや。楽しかった?」
「はい、まあ」
「へー、そっかあ。そういや俺、まともに花見したのいつだっけ?」
うーん、と先生は考え込む。みんな、授業がつぶれて嬉しいのか、期待を込めたまなざしを先生に向けた。先生は苦笑して言った。
「何を期待しているんだ、みんな?」
「そりゃ、面白エピソードですよ」
そう言うのは山崎だ。
「そんなに面白いことはないぞー」
「ええー、女の子侍らせてたんじゃないんですか~」
「そういうふうに見えるか?」
先生が聞き返すと山崎は「あー……」と微妙な沈黙の後、「すんません」と頭を下げた。
「謝るな。なんか、それは違う」
先生は咳ばらいをすると話題を変えた。
「花見といえば弁当だよなあ。先生の家さ、小さい頃は親戚とかと集まって花見してたんだよ」
ほう、それは盛大な花見になりそうだ。なんとなく、大きな木の下に青いビニールシートを敷いて、重箱と瓶ビールが並んでいる光景が見えた。
「ホームセンターとかにも売ってるだろ、オードブルの皿。あれにおかず詰めて、おにぎりとかは別にしてな」
おお、オードブルの方だったか。あれもテンション上がるよなあ。なかなか買う機会はないけど。
「それにな、季節の食材を使った料理がいつもあるんだけどね。俺、小さい頃はアスパラが苦手で」
「あー、俺も苦手」
と、誰かが相槌を打つ。何人かそれに同調するように頷いた。まあ、独特の風味がするときあるしなあ。
「でも、豚肉で巻いたやつ食ったの。結構太めのアスパラだったから恐る恐る。それがうまくてなあ」
「えー、ほんとですか~?」
「いやまじで。うまいアスパラってな、ほんとにうまいんだよ」
え~、と半信半疑な声が上がるが、先生の主張は大いに理解できる。同じ野菜だからと言ってすべて同じ味なわけではないし、調理方法によっても変わるもんだ。
話が盛り上がってきたころで、隣の教室の先生がちらっと見にきた。
「楽しそうですね」
要するに、もうちょっと静かにしてはいかがか、ということだろう。正しく理解した二宮先生は、その先生が帰った後、ちゃんと授業を始めた。
……そっか、アスパラか。
我ながら単純だと思う。さっそくアスパラを買ってきてしまった。豚肉で巻くのは少々手がかかるが、食べたいから頑張る。何本かは明日の弁当用に取っておこうか。
食べたい、早く食べたい、と思いながら巻いていたら、あっという間に終わってしまった。
これを塩こしょうでシンプルに焼いて、完成だ。それと厚揚げをレンジでチンして、ねぎをかけたやつ。おお、なんか、食事って感じ。学校から帰って疲れてるのに、よく頑張ったぞ、俺。
「いただきます」
やっぱ焼きたてを食いたいよな。
……うん、これこれ。シャクッとした食感に、豚肉のうま味と塩こしょう、みずみずしさに肉の食べ応えはよく合うのだ。アスパラの頭の方はちょっとほくほくだ。ここがちょっと、青い風味が強いところなんだ。俺は好き。
下の方はみずみずしい。どことなく梨を思わせる。風味は薄く、ほんのりと野菜らしい甘みが香り立つ。
少し醤油をかけると、香ばしさが増す。ご飯が進むことこの上ない。
厚揚げは醤油をかけてネギと一緒に一口で。大豆の風味が強すぎない、油臭くもない、おいしい厚揚げだ。ねぎの触感と風味がよく合う。
ほんのり温かいのもなんかいい。
細かく切って、醤油をひたひたつけて食べるのも好きだな。残ったねぎをかき集めて、厚揚げのかすかな破片と一緒にご飯にかけて食う。これがやりたかった。
山盛り焼いたつもりだったが、あっという間になくなってしまったなあ、アスパラ。豚肉がひらひらと剥がれる。別々に食っても、もちろんうまいがな。アスパラの風味が移ったカリカリの豚肉。たまらん。
明日は弁当に入れるつもりだったが、朝焼いた時、我慢できるかな。
ま、食った時は食ったで仕方がない。別のおかずを考えればいいだけだ。
食いたい時に食うのが、一番うまいからな。
「ごちそうさまでした」
四時間目は本来であれば外で体育だったのだが、座学になった。
「せっかく咲いたのになあ」
二宮先生は、教科書を開きながら言った。新しい教科書だから、最初のページに型をつけている。
「桜、散っちゃうかもな」
「先生、花見行きました?」
「忙しくて行ってない」
急いで授業を進める必要がないからか、先生は教卓に手をついて生徒の話を聞く体勢になった。
二宮先生に対しては、友達感覚のやつが多い気がする。
「みんなはどうなの? 花見行った人~」
先生は右手を挙げ、挙手を促す。みんなチラチラと周りを見回し、何人かが手を挙げたのを見ると、結構な人数が手を挙げた。俺も一応、上げておく。
「お~、結構楽しんでるな~。なに、誰と行ったの?」
と、先生は近くの席にいた生徒に聞く。あ、山崎。
山崎は気だるげに頬杖をつくと、「ん~っとねえ」と少し考えた後、少しいたずらっぽく言った。
「女の子」
その言葉に一部の男子が反応し、一部の女子が声を上げ、後のやつらは苦笑と無反応を示した。
先生は、「え、何、彼女?」と聞き返す。
「ご想像にお任せしまーす」
ふと、ため息が聞こえて隣の席をちらっと見る。苦笑でも無表情でもなく、ただあきれた様子の中村だ。おそらくこいつは、山崎の言う「女の子」の正体を知っているのだろう。
俺の視線に気づいたらしい中村が、ぼそっとつぶやいた。
「お姉さんのことだ、あれ」
「あ、あー。いるって言ってたな」
「いっつも連れまわされてるからなあ、あいつ」
よく見てみれば、山崎は声音の割に浮かれた様子ではない。むしろ遠い目をしているというか、何というか。たまに咲良とか百瀬とか朝比奈とかもああいう目をしているような。
「まあいいや。楽しかった?」
「はい、まあ」
「へー、そっかあ。そういや俺、まともに花見したのいつだっけ?」
うーん、と先生は考え込む。みんな、授業がつぶれて嬉しいのか、期待を込めたまなざしを先生に向けた。先生は苦笑して言った。
「何を期待しているんだ、みんな?」
「そりゃ、面白エピソードですよ」
そう言うのは山崎だ。
「そんなに面白いことはないぞー」
「ええー、女の子侍らせてたんじゃないんですか~」
「そういうふうに見えるか?」
先生が聞き返すと山崎は「あー……」と微妙な沈黙の後、「すんません」と頭を下げた。
「謝るな。なんか、それは違う」
先生は咳ばらいをすると話題を変えた。
「花見といえば弁当だよなあ。先生の家さ、小さい頃は親戚とかと集まって花見してたんだよ」
ほう、それは盛大な花見になりそうだ。なんとなく、大きな木の下に青いビニールシートを敷いて、重箱と瓶ビールが並んでいる光景が見えた。
「ホームセンターとかにも売ってるだろ、オードブルの皿。あれにおかず詰めて、おにぎりとかは別にしてな」
おお、オードブルの方だったか。あれもテンション上がるよなあ。なかなか買う機会はないけど。
「それにな、季節の食材を使った料理がいつもあるんだけどね。俺、小さい頃はアスパラが苦手で」
「あー、俺も苦手」
と、誰かが相槌を打つ。何人かそれに同調するように頷いた。まあ、独特の風味がするときあるしなあ。
「でも、豚肉で巻いたやつ食ったの。結構太めのアスパラだったから恐る恐る。それがうまくてなあ」
「えー、ほんとですか~?」
「いやまじで。うまいアスパラってな、ほんとにうまいんだよ」
え~、と半信半疑な声が上がるが、先生の主張は大いに理解できる。同じ野菜だからと言ってすべて同じ味なわけではないし、調理方法によっても変わるもんだ。
話が盛り上がってきたころで、隣の教室の先生がちらっと見にきた。
「楽しそうですね」
要するに、もうちょっと静かにしてはいかがか、ということだろう。正しく理解した二宮先生は、その先生が帰った後、ちゃんと授業を始めた。
……そっか、アスパラか。
我ながら単純だと思う。さっそくアスパラを買ってきてしまった。豚肉で巻くのは少々手がかかるが、食べたいから頑張る。何本かは明日の弁当用に取っておこうか。
食べたい、早く食べたい、と思いながら巻いていたら、あっという間に終わってしまった。
これを塩こしょうでシンプルに焼いて、完成だ。それと厚揚げをレンジでチンして、ねぎをかけたやつ。おお、なんか、食事って感じ。学校から帰って疲れてるのに、よく頑張ったぞ、俺。
「いただきます」
やっぱ焼きたてを食いたいよな。
……うん、これこれ。シャクッとした食感に、豚肉のうま味と塩こしょう、みずみずしさに肉の食べ応えはよく合うのだ。アスパラの頭の方はちょっとほくほくだ。ここがちょっと、青い風味が強いところなんだ。俺は好き。
下の方はみずみずしい。どことなく梨を思わせる。風味は薄く、ほんのりと野菜らしい甘みが香り立つ。
少し醤油をかけると、香ばしさが増す。ご飯が進むことこの上ない。
厚揚げは醤油をかけてネギと一緒に一口で。大豆の風味が強すぎない、油臭くもない、おいしい厚揚げだ。ねぎの触感と風味がよく合う。
ほんのり温かいのもなんかいい。
細かく切って、醤油をひたひたつけて食べるのも好きだな。残ったねぎをかき集めて、厚揚げのかすかな破片と一緒にご飯にかけて食う。これがやりたかった。
山盛り焼いたつもりだったが、あっという間になくなってしまったなあ、アスパラ。豚肉がひらひらと剥がれる。別々に食っても、もちろんうまいがな。アスパラの風味が移ったカリカリの豚肉。たまらん。
明日は弁当に入れるつもりだったが、朝焼いた時、我慢できるかな。
ま、食った時は食ったで仕方がない。別のおかずを考えればいいだけだ。
食いたい時に食うのが、一番うまいからな。
「ごちそうさまでした」
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