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日常
第六百四十六話 チーズケーキ
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今日は父さんも母さんも家にいない。仕事は休みなのだが、出かける用事があるのだそうだ。
「友達が遊びに来たら、好きにしていいからね」
と、言われてはいるが、そうそう都合よく誰かが遊びに来ることもないだろうし、どう過ごそうかな。
……なんて、思っていたけど。
「なー、百瀬~。これどこ置いとけばいい?」
「それは外に出しといて。貴志、そっちの袋とって」
「我が物顔だな……お前たち」
咲良、百瀬、朝比奈と揃って、エプロンを付けて台所に立っている。
おかげでうめずも大喜び。
まったくどうして、こんな賑やかになったんだか。
「いやー、それにしたって、一条が家にいてくれてよかったよ!」
百瀬が意気揚々と調理器具を準備しながら言う。好きに使えとは言ったが、ここまで遠慮がないといっそすがすがしいな。
「急に連絡来て、何事かと思ったわ」
「なんかみんなでケーキ作りたいなあ、って思いついてなあ。うちだと邪魔が入るから、じゃあ、朝比奈の家かなって、最初は思って」
「……うちは今日、来客があるから。あんまり騒がしくできないし、台所は使えない」
「で、次は井上の家かな、って」
咲良はエプロンの紐を結びなおしながら言った。
「楽しそうなことは、妹のいないところでやりたい」
「そういうもんか……」
「そういうもん」
俺の些細な疑問に、三人はそろって頷いた。そうか、そういうもんか。それでうちに来たわけか。
自由だなあ。
「で、何作るんすか。百瀬先生」
と、咲良がうきうきと尋ねると、百瀬は料理番組の先生風に、朗らかに答えた。
「今日は、初心者でも簡単、チーズケーキを作ろうと思います」
「チーズケーキっすか。いっすね~」
なんかガラの悪いアシスタントだなあ。
「じゃ、まずはこれを砕いてくださーい」
そう言って百瀬に手渡されたのは、クッキーだった。
「ビニール袋に入れて、程よく砕いてね」
「程よく……」
その表現に困惑するのは朝比奈だ。
朝比奈はとりあえずクッキーをビニール袋に入れ、しばし観察した後、麺棒で思いっきり粉砕した。
「容赦ねえな」
その様子を見ていた咲良がつぶやく。
朝比奈はその後も、クッキーに特別な恨みでもあるのか、親の仇を討つがごとく念入りにクッキーを粉々にした。
「殺意を感じるんだが」
「だって、程よくって言うから」
「やり過ぎじゃね?」
かく言う咲良は、大雑把なものである。
「お前は適当すぎる」
「えー、だって、手が痛いし」
「あっはっは。おいしければいいよ、おいしければ」
別に売るわけじゃないし、と百瀬は言いながら、手際よく作業を進めていく。
常温に戻したクリームチーズを練って、砂糖と混ぜる。そこに卵を入れて混ぜ、次に薄力粉、最後に生クリームとレモン汁を入れてしっかりと混ぜ合わせる。
砕いたクッキーには溶かしたバターを混ぜる。
「今日使う型はこちらになります」
と、百瀬は小さめの丸い型を取り出した。そこにクッキーを敷き詰める。ぎゅっぎゅっとしっかり押さえつけなければいけないが、これがちょっと楽しかった。ビニール袋越しにクッキーを押し付ける感覚がなんとも言えない。
しっかり敷き詰めたら百瀬が用意した中身を注ぎ入れ、予熱しておいたオーブンで焼いていく。
「一条、お湯ってどれで沸かしていいんだ」
洗い物をしていると、朝比奈が聞いてきた。手には洒落た紅茶の缶がある。
「そこに一応電気ケトルはある。やかんとかがいいなら、そこの棚に」
「んー……電気ケトル、借りるよ」
「おう。水は冷蔵庫にあるから」
「ありがとう」
間もなくして、紅茶のいい香りが漂い始めた。チーズケーキの焼ける香ばしい香りと相まって、こう、すごくいい。
「カフェみたいなにおいする」
と、咲良がテーブルでだらけながら言った。
「都会のちょっと人通りの少ない道にあるおしゃれなカフェ」
「具体的だな……」
「ちょっと分かるけどねー」
百瀬は笑い、オーブンの中を見る。
「そろそろかな」
オーブンから出され皿に並んだチーズケーキは、やっぱりおしゃれで、すごくいいにおいがしていた。
「食べよー」
焼きたてを一つ、残りは冷やしておく。
「いただきます」
焼きたてのチーズケーキって、なかなか食べない。
「……!」
思っていた食感と、違う。ふわっとしているし、シュワっともしているし、トロッとした感じもある。スフレのような、スポンジのような……不思議な食感だ。あ、ムースっぽさもあるな。
甘さは控えめで、チーズのコクがありつつ、さっぱりと食べられる。レモンの風味と酸味がまたいい。
クッキー部分はバターの風味が程よい。ザクザクしていて、いい食感だ。
「焼きたてって、こんなにうまいのか!」
と、咲良が感動した様子で言った。百瀬は「そうだよー」とチーズケーキをほおばり、幸せそうに笑った。
「これこれ、手作りの醍醐味だよねえ」
「店で買うのよりうまいな……」
朝比奈がそう言って、きらきらした目でチーズケーキを見つめた。
「朝比奈が普段食ってるチーズケーキも食ってみたいけどな」
咲良のつぶやきに、思わず頷いてしまった。
あまりに我慢できず、少し冷やしたチーズケーキも食べることにした。ま、まだあるしいいだろ。
おお、冷やすとなじみ深いチーズケーキの食感に。レモンの風味がより際立つような気がする。
少しかたい食感もまた、いいものである。
「紅茶も合うな」
渋すぎず、香りのいい紅茶。癖のないその温かさが、濃厚なチーズケーキの風味が残る口の中を通り抜ける。
チーズケーキと紅茶、合う。ふわあっといい香りに包み込まれる感覚だ。
「なあ、今度は何作る?」
と、咲良が次々と食べながら言う。
「気が早い」
「タルトとかもうまいよね~」
「じゃ、また春都の家で作ろっか。いつ空いてる?」
「お前なあ……」
一人で過ごすはずだったのに、ずいぶんと賑やかになったものだ。
新学期もまた、この調子で過ぎていくんだろうなあ。
「ごちそうさまでした」
「友達が遊びに来たら、好きにしていいからね」
と、言われてはいるが、そうそう都合よく誰かが遊びに来ることもないだろうし、どう過ごそうかな。
……なんて、思っていたけど。
「なー、百瀬~。これどこ置いとけばいい?」
「それは外に出しといて。貴志、そっちの袋とって」
「我が物顔だな……お前たち」
咲良、百瀬、朝比奈と揃って、エプロンを付けて台所に立っている。
おかげでうめずも大喜び。
まったくどうして、こんな賑やかになったんだか。
「いやー、それにしたって、一条が家にいてくれてよかったよ!」
百瀬が意気揚々と調理器具を準備しながら言う。好きに使えとは言ったが、ここまで遠慮がないといっそすがすがしいな。
「急に連絡来て、何事かと思ったわ」
「なんかみんなでケーキ作りたいなあ、って思いついてなあ。うちだと邪魔が入るから、じゃあ、朝比奈の家かなって、最初は思って」
「……うちは今日、来客があるから。あんまり騒がしくできないし、台所は使えない」
「で、次は井上の家かな、って」
咲良はエプロンの紐を結びなおしながら言った。
「楽しそうなことは、妹のいないところでやりたい」
「そういうもんか……」
「そういうもん」
俺の些細な疑問に、三人はそろって頷いた。そうか、そういうもんか。それでうちに来たわけか。
自由だなあ。
「で、何作るんすか。百瀬先生」
と、咲良がうきうきと尋ねると、百瀬は料理番組の先生風に、朗らかに答えた。
「今日は、初心者でも簡単、チーズケーキを作ろうと思います」
「チーズケーキっすか。いっすね~」
なんかガラの悪いアシスタントだなあ。
「じゃ、まずはこれを砕いてくださーい」
そう言って百瀬に手渡されたのは、クッキーだった。
「ビニール袋に入れて、程よく砕いてね」
「程よく……」
その表現に困惑するのは朝比奈だ。
朝比奈はとりあえずクッキーをビニール袋に入れ、しばし観察した後、麺棒で思いっきり粉砕した。
「容赦ねえな」
その様子を見ていた咲良がつぶやく。
朝比奈はその後も、クッキーに特別な恨みでもあるのか、親の仇を討つがごとく念入りにクッキーを粉々にした。
「殺意を感じるんだが」
「だって、程よくって言うから」
「やり過ぎじゃね?」
かく言う咲良は、大雑把なものである。
「お前は適当すぎる」
「えー、だって、手が痛いし」
「あっはっは。おいしければいいよ、おいしければ」
別に売るわけじゃないし、と百瀬は言いながら、手際よく作業を進めていく。
常温に戻したクリームチーズを練って、砂糖と混ぜる。そこに卵を入れて混ぜ、次に薄力粉、最後に生クリームとレモン汁を入れてしっかりと混ぜ合わせる。
砕いたクッキーには溶かしたバターを混ぜる。
「今日使う型はこちらになります」
と、百瀬は小さめの丸い型を取り出した。そこにクッキーを敷き詰める。ぎゅっぎゅっとしっかり押さえつけなければいけないが、これがちょっと楽しかった。ビニール袋越しにクッキーを押し付ける感覚がなんとも言えない。
しっかり敷き詰めたら百瀬が用意した中身を注ぎ入れ、予熱しておいたオーブンで焼いていく。
「一条、お湯ってどれで沸かしていいんだ」
洗い物をしていると、朝比奈が聞いてきた。手には洒落た紅茶の缶がある。
「そこに一応電気ケトルはある。やかんとかがいいなら、そこの棚に」
「んー……電気ケトル、借りるよ」
「おう。水は冷蔵庫にあるから」
「ありがとう」
間もなくして、紅茶のいい香りが漂い始めた。チーズケーキの焼ける香ばしい香りと相まって、こう、すごくいい。
「カフェみたいなにおいする」
と、咲良がテーブルでだらけながら言った。
「都会のちょっと人通りの少ない道にあるおしゃれなカフェ」
「具体的だな……」
「ちょっと分かるけどねー」
百瀬は笑い、オーブンの中を見る。
「そろそろかな」
オーブンから出され皿に並んだチーズケーキは、やっぱりおしゃれで、すごくいいにおいがしていた。
「食べよー」
焼きたてを一つ、残りは冷やしておく。
「いただきます」
焼きたてのチーズケーキって、なかなか食べない。
「……!」
思っていた食感と、違う。ふわっとしているし、シュワっともしているし、トロッとした感じもある。スフレのような、スポンジのような……不思議な食感だ。あ、ムースっぽさもあるな。
甘さは控えめで、チーズのコクがありつつ、さっぱりと食べられる。レモンの風味と酸味がまたいい。
クッキー部分はバターの風味が程よい。ザクザクしていて、いい食感だ。
「焼きたてって、こんなにうまいのか!」
と、咲良が感動した様子で言った。百瀬は「そうだよー」とチーズケーキをほおばり、幸せそうに笑った。
「これこれ、手作りの醍醐味だよねえ」
「店で買うのよりうまいな……」
朝比奈がそう言って、きらきらした目でチーズケーキを見つめた。
「朝比奈が普段食ってるチーズケーキも食ってみたいけどな」
咲良のつぶやきに、思わず頷いてしまった。
あまりに我慢できず、少し冷やしたチーズケーキも食べることにした。ま、まだあるしいいだろ。
おお、冷やすとなじみ深いチーズケーキの食感に。レモンの風味がより際立つような気がする。
少しかたい食感もまた、いいものである。
「紅茶も合うな」
渋すぎず、香りのいい紅茶。癖のないその温かさが、濃厚なチーズケーキの風味が残る口の中を通り抜ける。
チーズケーキと紅茶、合う。ふわあっといい香りに包み込まれる感覚だ。
「なあ、今度は何作る?」
と、咲良が次々と食べながら言う。
「気が早い」
「タルトとかもうまいよね~」
「じゃ、また春都の家で作ろっか。いつ空いてる?」
「お前なあ……」
一人で過ごすはずだったのに、ずいぶんと賑やかになったものだ。
新学期もまた、この調子で過ぎていくんだろうなあ。
「ごちそうさまでした」
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