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日常
第六百四十五話 ごぼう天うどん
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今朝はずいぶんと、霧深い。肌の表面がほんのり湿って感じるのは気のせいなのか、あるいは本当に水の膜ができているのか。
日が昇ったばかりで、ほんの少し冷たい空気。車の中は少しだけ寒かった。
「ふぁ~あ」
後部座席であくびをすると、ばあちゃんが振り返って言った。
「着くまで寝てたら?」
「んー、でも車じゃ眠れないんだよなあ」
今日は朝から、家族総出でお出かけだ。小さい頃から年に何回かお参りに行っている地蔵尊。ちょっと遠いところにあるから、少し早い出発となる。
ゲームをしてもいいが、せっかくだから外の風景を眺めてみることにする。
小さい頃は高速道路を使って行っていた記憶があるが、最近はもっぱら下道で行く。
目的地までの道には民家が多い。歩く人は少なく、赤信号で止まったときには鳥のさえずりや小川のせせらぎさえも聞こえてくるくらいだ。たまに、トラックやバイクの集団とすれ違う。
「やっぱり、朝は静かだね」
運転席の父さんが言うと、隣に座る母さんが「早いもんね」と答えた。
休みの日の早い時間というのは、やっぱり静かだ。まだ夢の中にいるのか、あるいは俺が気づかないだけで何かをしているのか、それとも今、眠りについたのか。
どこか寂し気で、目が覚める直前の不思議な夢の中のような道を通り過ぎると、見慣れた明かりが目に入る。
人の出入りが多い、うちの町にもあるコンビニ。
その色合いとほんの少しのざわめきに、なんとなくほっとした。
参拝客が多いこの地蔵尊の駐車場は広い。今は数台の車が停まっているばかりで、土産物屋も準備中だ。
そして、町中よりも山の近くのせいか、霧が深い。
「なんか、宿泊訓練の朝みたいだな」
思いっきり深呼吸をする。ピタピタと冷たい空気が、肺一杯に広がって出ていく。体の中の空気が入れ替わる心地がした。
「春都、ほれ」
と、じいちゃんが鞄を差し出す。そうそう、荷物は自分たちの席に置いておけと言って、俺の荷物はじいちゃんとばあちゃんが持っていてくれたんだった。
「ありがとう」
「それにしても、久しぶりだな。いつ以来だ?」
「今年は初めてなんじゃない?」
よそ行きの恰好をしたばあちゃんは、帽子をかぶりなおして言った。
「よし、春都。押してくれ」
運転席から降り、伸びをした父さんが言う。確かに、ここは坂道が多い。結構足にくるんだ。
「えー」
「お母さんも押してよ」
「往復しなきゃじゃん」
「じゃあ、ばあちゃんが手伝ってあげようか」
と、ばあちゃんが言うと母さんは「自分で登るよ」と答えた。
「じゃあ、行くか」
じいちゃんの一声で、歩き出す。人が少ないと足音もよく響いた。
いろいろなお店が準備中とはいえ、賑やかであることに変わりはない。ピンクと黄色の色褪せたテント、小さいテレビから流れる朝のワイドショー、まぶしい明かり、所狭しと並ぶ商品の数々。
たくさんの人たちが昇った階段は丸くなって、手すりがぴかぴかに磨き抜かれている。
手水所には、カエルの親子の置物がある。大きなカエルの上に、小さなカエルがのっていて、なんかかわいい。ん? でもカエルの子どもって、オタマジャクシか? うーん、ま、いいか。
こういうところの水って、どうして他の水より透き通ってキラキラして見えるんだろう。
線香の煙とにおい、お土産物のまんじゅうを蒸しているのか、もうもうと湯気も上がっているのが見える。帰りに買うんだろうな。
何度も小さいころからお参りしているおかげで、要領はよく分かっている。たまに休憩所が改装されていたり、舗装されていたりして、雰囲気が変わっていると少し戸惑うこともあるが。
お参りしていくうちに、だんだんと霧が晴れてきた。幻想的な雰囲気から、明るくすがすがしい風景に変わっていく。
「おみくじ、引く?」
「引く」
さて、正月以来のおみくじだ。
大吉のおみくじは財布にいったんしまっておいて、参拝客が増え始めた駐車場を抜け、帰路に着く。皆が行動開始するくらいの時間に帰る、っていうのはいつものことである。
「お昼はどうしようか」
母さんの言葉に、自分がお腹を空かせていたことに気が付く。お昼時には少し早いが、朝ごはんが早かったので、お昼も少し早くていいだろう。
「帰り道にうどん屋さんがあるよ」
そこなら開いてるんじゃないかな、と、父さんがウインカーをあげながら言うと、じいちゃんもばあちゃんも賛成した。
「春都は、うどんでいい?」
「もちろん」
何食おうかなあ、楽しみだな。
結局悩みに悩んだ結果、ごぼう天うどんにした。まわりまわって、ここに戻って来ちゃうんだよなあ。それと、かしわおにぎり。
「いただきます」
いつも行っているお店の、二号店か三号店か。最近できたんだっけ。出汁の香りはなじみがある。
ふわふわだが、つるっとした口当たりの麺。コシのある麺も好きだが、温かいうどんは、やわらかい方が好きだ。うまみたっぷりの出汁には、金色の油の模様が少しだけ滲む。
ごぼう天、サクサクのところが香ばしい。出汁に浸したところは噛み切るのが難しいが、これもまたごぼう天の醍醐味とでもいうべきか。うどんに巻き込んで食べるのがやっぱり好きだなあ。
一味を振りかけると、ほんの少しの刺激が加わる。それでまた箸が進むんだ。
おにぎりは甘めの醤油味。ふっくら、というよりもちもちの方が強いかな。鶏の小さなかけらと細かいニンジンとごぼう。
うどんとかしわのおにぎりって、どうして合うんだろう。お茶漬け風にして食うのが好きだ。
ごぼう天のうま味が染み出した出汁は、最後まで飲み干してしまいそうだ。底に残った天かすがもったいないから、ねぎと一緒にかき集めて食べ切る。
そして、うどんを食べると、甘いものも食べたくなってしまうというもので。
帰ったら緑茶入れて、アニメ見ながら、饅頭食べよう。
お出かけも楽しいし、帰ってからも楽しいって、幸せなことだ。
ここまでが、地蔵尊へのお出かけ、だよな。
「ごちそうさまでした」
日が昇ったばかりで、ほんの少し冷たい空気。車の中は少しだけ寒かった。
「ふぁ~あ」
後部座席であくびをすると、ばあちゃんが振り返って言った。
「着くまで寝てたら?」
「んー、でも車じゃ眠れないんだよなあ」
今日は朝から、家族総出でお出かけだ。小さい頃から年に何回かお参りに行っている地蔵尊。ちょっと遠いところにあるから、少し早い出発となる。
ゲームをしてもいいが、せっかくだから外の風景を眺めてみることにする。
小さい頃は高速道路を使って行っていた記憶があるが、最近はもっぱら下道で行く。
目的地までの道には民家が多い。歩く人は少なく、赤信号で止まったときには鳥のさえずりや小川のせせらぎさえも聞こえてくるくらいだ。たまに、トラックやバイクの集団とすれ違う。
「やっぱり、朝は静かだね」
運転席の父さんが言うと、隣に座る母さんが「早いもんね」と答えた。
休みの日の早い時間というのは、やっぱり静かだ。まだ夢の中にいるのか、あるいは俺が気づかないだけで何かをしているのか、それとも今、眠りについたのか。
どこか寂し気で、目が覚める直前の不思議な夢の中のような道を通り過ぎると、見慣れた明かりが目に入る。
人の出入りが多い、うちの町にもあるコンビニ。
その色合いとほんの少しのざわめきに、なんとなくほっとした。
参拝客が多いこの地蔵尊の駐車場は広い。今は数台の車が停まっているばかりで、土産物屋も準備中だ。
そして、町中よりも山の近くのせいか、霧が深い。
「なんか、宿泊訓練の朝みたいだな」
思いっきり深呼吸をする。ピタピタと冷たい空気が、肺一杯に広がって出ていく。体の中の空気が入れ替わる心地がした。
「春都、ほれ」
と、じいちゃんが鞄を差し出す。そうそう、荷物は自分たちの席に置いておけと言って、俺の荷物はじいちゃんとばあちゃんが持っていてくれたんだった。
「ありがとう」
「それにしても、久しぶりだな。いつ以来だ?」
「今年は初めてなんじゃない?」
よそ行きの恰好をしたばあちゃんは、帽子をかぶりなおして言った。
「よし、春都。押してくれ」
運転席から降り、伸びをした父さんが言う。確かに、ここは坂道が多い。結構足にくるんだ。
「えー」
「お母さんも押してよ」
「往復しなきゃじゃん」
「じゃあ、ばあちゃんが手伝ってあげようか」
と、ばあちゃんが言うと母さんは「自分で登るよ」と答えた。
「じゃあ、行くか」
じいちゃんの一声で、歩き出す。人が少ないと足音もよく響いた。
いろいろなお店が準備中とはいえ、賑やかであることに変わりはない。ピンクと黄色の色褪せたテント、小さいテレビから流れる朝のワイドショー、まぶしい明かり、所狭しと並ぶ商品の数々。
たくさんの人たちが昇った階段は丸くなって、手すりがぴかぴかに磨き抜かれている。
手水所には、カエルの親子の置物がある。大きなカエルの上に、小さなカエルがのっていて、なんかかわいい。ん? でもカエルの子どもって、オタマジャクシか? うーん、ま、いいか。
こういうところの水って、どうして他の水より透き通ってキラキラして見えるんだろう。
線香の煙とにおい、お土産物のまんじゅうを蒸しているのか、もうもうと湯気も上がっているのが見える。帰りに買うんだろうな。
何度も小さいころからお参りしているおかげで、要領はよく分かっている。たまに休憩所が改装されていたり、舗装されていたりして、雰囲気が変わっていると少し戸惑うこともあるが。
お参りしていくうちに、だんだんと霧が晴れてきた。幻想的な雰囲気から、明るくすがすがしい風景に変わっていく。
「おみくじ、引く?」
「引く」
さて、正月以来のおみくじだ。
大吉のおみくじは財布にいったんしまっておいて、参拝客が増え始めた駐車場を抜け、帰路に着く。皆が行動開始するくらいの時間に帰る、っていうのはいつものことである。
「お昼はどうしようか」
母さんの言葉に、自分がお腹を空かせていたことに気が付く。お昼時には少し早いが、朝ごはんが早かったので、お昼も少し早くていいだろう。
「帰り道にうどん屋さんがあるよ」
そこなら開いてるんじゃないかな、と、父さんがウインカーをあげながら言うと、じいちゃんもばあちゃんも賛成した。
「春都は、うどんでいい?」
「もちろん」
何食おうかなあ、楽しみだな。
結局悩みに悩んだ結果、ごぼう天うどんにした。まわりまわって、ここに戻って来ちゃうんだよなあ。それと、かしわおにぎり。
「いただきます」
いつも行っているお店の、二号店か三号店か。最近できたんだっけ。出汁の香りはなじみがある。
ふわふわだが、つるっとした口当たりの麺。コシのある麺も好きだが、温かいうどんは、やわらかい方が好きだ。うまみたっぷりの出汁には、金色の油の模様が少しだけ滲む。
ごぼう天、サクサクのところが香ばしい。出汁に浸したところは噛み切るのが難しいが、これもまたごぼう天の醍醐味とでもいうべきか。うどんに巻き込んで食べるのがやっぱり好きだなあ。
一味を振りかけると、ほんの少しの刺激が加わる。それでまた箸が進むんだ。
おにぎりは甘めの醤油味。ふっくら、というよりもちもちの方が強いかな。鶏の小さなかけらと細かいニンジンとごぼう。
うどんとかしわのおにぎりって、どうして合うんだろう。お茶漬け風にして食うのが好きだ。
ごぼう天のうま味が染み出した出汁は、最後まで飲み干してしまいそうだ。底に残った天かすがもったいないから、ねぎと一緒にかき集めて食べ切る。
そして、うどんを食べると、甘いものも食べたくなってしまうというもので。
帰ったら緑茶入れて、アニメ見ながら、饅頭食べよう。
お出かけも楽しいし、帰ってからも楽しいって、幸せなことだ。
ここまでが、地蔵尊へのお出かけ、だよな。
「ごちそうさまでした」
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