683 / 854
日常
第六百四十話 トマトソースのスパゲティ
しおりを挟む
明日の課外の無い、金曜の昼休みはどこか気が抜けている。あと二時間の授業と掃除を終わらせてしまえば家に帰れるっていうのが、そういう雰囲気にさせるんだろう。
冬もそろそろ終わりかというような、温かい日差し。吹く風はまだ冷たいし、時々、寒い日もあるけど、着実に春に近づいているのだなあと思う日が増えた。その分、昼飯の後は眠くなるんだが。
生ぬるい教室の温度も相まって、頭がぼんやりとしている。こないだ店で見つけて、つい嬉しくなって買い過ぎたひまわりの種チョコをポリポリ食べながら、怠惰な時間を過ごす。香ばしいし、程よく甘くて好きなんだ、これ。
向かいに座る咲良は嬉々として、持参してきた雑誌を読んでいるが……こいつのことだ。五時間目は夢の中だろうな。
「春都はもうこれ見に行った?」
「なんだ?」
「これこれ」
咲良が見せてきたのは、映画情報のページだった。そこにはどでかく『編集部イチオシ!』という派手な書体の文字が躍っている。
「春都の好きなアニメじゃん、これ」
「そーなんだよ。やってんだよ。行きたいよ」
「行ってないの? 行きゃいいのに」
「ん~、でもなあ」
映画って、楽しいんだけど、なんか踏ん切りつかないっていうか。一人で行くとなると、なんとなくなあ。
「俺も見たいんだよねー」
咲良は再び雑誌に視線を戻すと、「そうだ!」と言って、またこっちに目を向けた。
「一緒に行こうぜ、明日」
「明日ぁ?」
「なんか予定ある?」
別にないけど……と言えば、咲良は「じゃあ決定な」と笑った。
「こういうのは見たい時に見とかないと」
「……お前のその行動力、ほんと何なの」
楽しいことには全力投球なんだよなあ、こいつ。
それにしたって、思いがけず映画を見に行くことになってしまった。学生証を忘れないようにしないと。
「行くなら朝一の回がいい」
「頑張って起きるかあ」
ショッピングモール内の映画館の、朝一の回を見に行く楽しみの一つに、開店前の店を見ることがある。
「なんか不思議な感じするよなあ」
と、咲良が周りを見渡しながら言う。どこもかしこもシャッターが下ろされカーテンが閉じ、柵のようなものが設置されている。人の気配もなく、ただ静かに商品が陳列されているのが見えるだけだ。
通路もすべて解放されているわけではなく、映画館に続く通路だけが明るく開かれている。
これから熱を持つであろう空間は、嫌いじゃない。それに……
「迷わなくて済む」
「確かに」
チケットを発券し、物販を見た後、コラボメニューを見つけたのでそれを注文する。何の変哲もないポテトだが、ソースが二種類ついてくるらしい。それと、特典のポストカード。
ぐちゃってならないように、鞄にしまう。
「楽しみだな」
「ああ」
開場までの間、ポテトをちょこちょこつまむ。
塩は甘めで、そのままでもうまい。でもここはやっぱりソースをつけて……まずはチーズから。
「わ、あったけぇ」
温かいソースか。程よい風味、コクのある感じ。色も結構黄色いし、くどいかなと思ったけど、ポテトによく合う。
もう一つはサルサソースとかいうやつだな、たぶん。トマトの酸味とさわやかさが、断然、ポテトに合う。ほんのちょっとだけピリッとするのがいいアクセントだ。チーズとサルサソースも合う。ピザ食ってる気分だ。
『お待たせいたしました。お客様にお知らせいたします。ただいまより……』
お、入場開始か。このアナウンス、さあ、今から始まるぞーって気分を盛り上げてくれるから好きだ。
ちょっとドキドキしてきたぞ。
映画が終わり、放心状態のまま劇場を出る。
さっきまで見ていた映像が頭の中で繰り返され、セリフが反響し、主題歌が聞こえてくる気がする。
足が向くまま、下の階に降りていくが、一階に降りたところで我に返る。
「めっちゃよかったな!」
どちらからからともなく出てきた言葉は、人混みの喧騒に紛れる。
「え、なに、すごい。もっかい見たい」
「それな! こりゃ人気なわけだ」
なんかすごく走り出したい気分だ。うずうずする気持ちを押さえつつ、周りを見渡す。
「あ、ここレストラン街だ」
「せっかくだし昼飯にしようぜ。人多くなる前に」
しばらく来ないうちに、ずいぶんと店の顔触れが変わったものだ。でも、変わってない店もある。このレストランは、ずっとある。ちょっと行ってみたかったんだよなあ。
待ち時間もそんなになさそうだったし、ここに決めた。
通された店内はおしゃれだけど、あまり身構えない感じでよかった。実はもう何食うかは決めてんだ。
トマトソースのスパゲティにモッツァレラチーズがのったやつ。
咲良はカルボナーラを注文していた。
映画の話で盛り上がっていたら、料理が出てくるのもあっという間に感じた。
「いただきます」
真っ赤なソースにごろっとトマトのかけら、真っ白なチーズが見るからにもっちりとのっている。添えられたバジルの緑が鮮やかだ。
まずはトマトソースだけのところから……
あ、自分で作るのと全然違う。酸味はなくて、甘くて、みずみずしい。こういうのをフレッシュというのだろうか。アルデンテとかいう茹で加減の麺。なるほど、これがアルデンテ。半生とか、そういう想像をしていたが……申し訳ない気分だ。
チーズそのものにはあまり味がないのだな。あまり温まっていないところは歯切れがいいが、ソースと相まって温かいところは伸びる伸びる。
あっ、トマトの味と合わさると、チーズの風味が少しわかる。それに、歯触りが面白い。モッツァレラチーズならではの食感。これこれ、これが食いたくて頼んだんだ。
バジルも風味がいいんだよなあ。しそっぽいものを想像していたが、別もんだ。
「はやくDVD出ねーかなあ」
咲良がうまそうにカルボナーラをほおばって言う。こっちまで漂ってくるチーズとミルクの香り。それもいいなあ。
「春都は買う?」
「値段次第だな」
「高いもんな~。でも欲しい」
「欲しいな」
何なら、もう一回……いや、三回くらい見たいし。
そういや、入場特典の第二段が来月辺りに始まるんだったか。……それに合わせていくか。
その時はまた違うスパゲティを食おう。今度はたらことか、いいかもなあ。
「ごちそうさまでした」
冬もそろそろ終わりかというような、温かい日差し。吹く風はまだ冷たいし、時々、寒い日もあるけど、着実に春に近づいているのだなあと思う日が増えた。その分、昼飯の後は眠くなるんだが。
生ぬるい教室の温度も相まって、頭がぼんやりとしている。こないだ店で見つけて、つい嬉しくなって買い過ぎたひまわりの種チョコをポリポリ食べながら、怠惰な時間を過ごす。香ばしいし、程よく甘くて好きなんだ、これ。
向かいに座る咲良は嬉々として、持参してきた雑誌を読んでいるが……こいつのことだ。五時間目は夢の中だろうな。
「春都はもうこれ見に行った?」
「なんだ?」
「これこれ」
咲良が見せてきたのは、映画情報のページだった。そこにはどでかく『編集部イチオシ!』という派手な書体の文字が躍っている。
「春都の好きなアニメじゃん、これ」
「そーなんだよ。やってんだよ。行きたいよ」
「行ってないの? 行きゃいいのに」
「ん~、でもなあ」
映画って、楽しいんだけど、なんか踏ん切りつかないっていうか。一人で行くとなると、なんとなくなあ。
「俺も見たいんだよねー」
咲良は再び雑誌に視線を戻すと、「そうだ!」と言って、またこっちに目を向けた。
「一緒に行こうぜ、明日」
「明日ぁ?」
「なんか予定ある?」
別にないけど……と言えば、咲良は「じゃあ決定な」と笑った。
「こういうのは見たい時に見とかないと」
「……お前のその行動力、ほんと何なの」
楽しいことには全力投球なんだよなあ、こいつ。
それにしたって、思いがけず映画を見に行くことになってしまった。学生証を忘れないようにしないと。
「行くなら朝一の回がいい」
「頑張って起きるかあ」
ショッピングモール内の映画館の、朝一の回を見に行く楽しみの一つに、開店前の店を見ることがある。
「なんか不思議な感じするよなあ」
と、咲良が周りを見渡しながら言う。どこもかしこもシャッターが下ろされカーテンが閉じ、柵のようなものが設置されている。人の気配もなく、ただ静かに商品が陳列されているのが見えるだけだ。
通路もすべて解放されているわけではなく、映画館に続く通路だけが明るく開かれている。
これから熱を持つであろう空間は、嫌いじゃない。それに……
「迷わなくて済む」
「確かに」
チケットを発券し、物販を見た後、コラボメニューを見つけたのでそれを注文する。何の変哲もないポテトだが、ソースが二種類ついてくるらしい。それと、特典のポストカード。
ぐちゃってならないように、鞄にしまう。
「楽しみだな」
「ああ」
開場までの間、ポテトをちょこちょこつまむ。
塩は甘めで、そのままでもうまい。でもここはやっぱりソースをつけて……まずはチーズから。
「わ、あったけぇ」
温かいソースか。程よい風味、コクのある感じ。色も結構黄色いし、くどいかなと思ったけど、ポテトによく合う。
もう一つはサルサソースとかいうやつだな、たぶん。トマトの酸味とさわやかさが、断然、ポテトに合う。ほんのちょっとだけピリッとするのがいいアクセントだ。チーズとサルサソースも合う。ピザ食ってる気分だ。
『お待たせいたしました。お客様にお知らせいたします。ただいまより……』
お、入場開始か。このアナウンス、さあ、今から始まるぞーって気分を盛り上げてくれるから好きだ。
ちょっとドキドキしてきたぞ。
映画が終わり、放心状態のまま劇場を出る。
さっきまで見ていた映像が頭の中で繰り返され、セリフが反響し、主題歌が聞こえてくる気がする。
足が向くまま、下の階に降りていくが、一階に降りたところで我に返る。
「めっちゃよかったな!」
どちらからからともなく出てきた言葉は、人混みの喧騒に紛れる。
「え、なに、すごい。もっかい見たい」
「それな! こりゃ人気なわけだ」
なんかすごく走り出したい気分だ。うずうずする気持ちを押さえつつ、周りを見渡す。
「あ、ここレストラン街だ」
「せっかくだし昼飯にしようぜ。人多くなる前に」
しばらく来ないうちに、ずいぶんと店の顔触れが変わったものだ。でも、変わってない店もある。このレストランは、ずっとある。ちょっと行ってみたかったんだよなあ。
待ち時間もそんなになさそうだったし、ここに決めた。
通された店内はおしゃれだけど、あまり身構えない感じでよかった。実はもう何食うかは決めてんだ。
トマトソースのスパゲティにモッツァレラチーズがのったやつ。
咲良はカルボナーラを注文していた。
映画の話で盛り上がっていたら、料理が出てくるのもあっという間に感じた。
「いただきます」
真っ赤なソースにごろっとトマトのかけら、真っ白なチーズが見るからにもっちりとのっている。添えられたバジルの緑が鮮やかだ。
まずはトマトソースだけのところから……
あ、自分で作るのと全然違う。酸味はなくて、甘くて、みずみずしい。こういうのをフレッシュというのだろうか。アルデンテとかいう茹で加減の麺。なるほど、これがアルデンテ。半生とか、そういう想像をしていたが……申し訳ない気分だ。
チーズそのものにはあまり味がないのだな。あまり温まっていないところは歯切れがいいが、ソースと相まって温かいところは伸びる伸びる。
あっ、トマトの味と合わさると、チーズの風味が少しわかる。それに、歯触りが面白い。モッツァレラチーズならではの食感。これこれ、これが食いたくて頼んだんだ。
バジルも風味がいいんだよなあ。しそっぽいものを想像していたが、別もんだ。
「はやくDVD出ねーかなあ」
咲良がうまそうにカルボナーラをほおばって言う。こっちまで漂ってくるチーズとミルクの香り。それもいいなあ。
「春都は買う?」
「値段次第だな」
「高いもんな~。でも欲しい」
「欲しいな」
何なら、もう一回……いや、三回くらい見たいし。
そういや、入場特典の第二段が来月辺りに始まるんだったか。……それに合わせていくか。
その時はまた違うスパゲティを食おう。今度はたらことか、いいかもなあ。
「ごちそうさまでした」
23
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる