一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第六百三十三話 餅入り茶碗蒸し

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 新しい年になるのは、何となく落ち着かない。ただ、明日が来るだけなんだがな。まあ、店に行って、正月料理を食ったら、そんな落ち着かない気分もどこかへ行ってしまう。
 おせちはほとんどがばあちゃんの手作りだ。えびを煮たのは絶妙な醤油加減。数の子は数日前から丁寧に処理しているから、塩気がしっかり抜けていて、生臭さもなく、うまい。買ってくるのは昆布くらいかな。酢のものも酸味がちょうどいいし、田作りも香ばしい。
 雑煮はいつからか、土鍋でやるようになった。薄く輪切りにした大根、白菜に焼き豆腐、紅白かまぼこ、鶏肉、スルメと昆布、最後に添えるのはかつお菜。
 いろいろなうま味が染み出した雑煮は、正月ならではの味だよなあ。餅も家でついたやつ。ぽわぽわしてて、トロットロでやわらかい。めっちゃ伸びるんだ。いろんな具材を巻き込んで、出汁をしっかり吸っていてうまい。
 一通り正月を終えたら、後はのんびり過ごすのみである。
 小皿によそった黒豆と金時豆。どっちもばあちゃんが煮たものだ。黒豆はプチッとはじける皮とトロリとした舌触り。つやつやの見た目が食欲をそそる。金時豆はほくほくしていて、また違ったうま味と甘みがあって飽きない。
 しょっぱいものは、炙ったスルメイカ。マヨネーズに七味をかけて、食べる。噛めば噛むほどうま味が出るというのは月並みな表現だろうか。マヨのまろやかさに七味の刺激と風味が口になじむ。
 ジャージにはんてん、こたつにもぐって、テレビを流しながらゲーム。
 こんな何気ないことが、なんて幸せか。
 流すテレビ番組は正月特番でもいいが、俺は、ドラマの一挙再放送が好きだな。盛り上がりも何もない、のほほんとしたドラマがいいな。グルメだとなおよし。
 うってつけの番組が放送されていたのは幸いだったな。
「毎年やってるよね、この番組」
 と、母さんがスマホを触りながら言うと、ソファに座っていた父さんは「鉄板だな」と言った。じいちゃんは台所でお酒の追加の準備をしていて、ばあちゃんはその隣で酒のつまみを用意している。
「ふぁ~あ……っと」
 長らく手を付けていなかったゲームだったが、割と早く感覚を取り戻せた。年末年始とか、長期休みは、普段やらないようなゲームをするのにうってつけだ。
「わうっ」
 と、うめずがすり寄ってくる。
「んー、今は待って」
「わふ、わうっ」
「えー?」
「せっかくだし、散歩にでも行ってきたらどうだ? 休憩がてら」
 父さんがそう言うと、うめずが真っ先に反応した。尻尾をバタバタさせ、店の方へと続く扉の前に座る。
 こりゃもう、散歩に行かないという道はないってことか。
「はー……行くかぁ」
「寒くないようにしてね」
 じいちゃんから、お店で着ているというジャンパーを着せられ、ばあちゃんからは、マフラーでぐるぐる巻きにされる。もっこもこだ。寒気が入り込んでくる隙がない。
「いってきまーす」

 はあー、正月は相変わらず、人が少ないなあ。車も全然通ってないし、天気もいいし、散歩日和ではある。
 日陰は寒いけどな。ほら、息が白い。
「どこ行くかね~……」
 うめずの足が赴くまま、時々誘導しながら、のらりくらりと歩く。
 見慣れないナンバーの車が止まっている家、建設途中の小ぢんまりとした建物、ひっそりと静まり返る学校、いつもより少しだけ賑やかな神社、春を待つ桜並木……正月にしか見られない光景だな。
 ふとうめずが足を止めたのは、長い階段の前だった。先には、神社と公園がある。
「わうっ」
 うめずが嬉々として階段に足をかける。
「えー、行くのか?」
「わふ!」
「やめとこうぜ。新年だからって飛ばし過ぎたらもたないぞ」
「わーうっ」
 ここはどうしても行きたいらしい。仕方ない。行くかあ。
「けっこう急だな……」
 学校とかの階段の途中は踊り場とかいうけど、外の階段はなんていうんだろう。やっぱ踊り場なのかな、それとも別の名称があるんだろうか。
 そういや、ここに来るのは久しぶりだなあ。
「おおー」
 なかなかいい眺め。薄青い空から降り注ぐ光に照らされた町は、なんだか知らない場所のように思える。
「今年はどんな年になるんだろうなあ……」
「わふっ」
 うめずがこちらを見上げ、一声。そんなことより散歩の続きだ、とでも言いたげだ。
 帰ったら温かいお茶でも入れて、饅頭でも食べようかなあ。

 贅沢にもだらだらと時間を過ごし、晩飯の時間になる。おせちの残りと茶碗蒸し。うちの正月の晩飯は、たいていこのセットだ。
「いただきます」
 数の子、好きなんだよなあ、って言ったら、ばあちゃんがせっせと準備してくれたんだ。おかげで、食べきれるか心配になるくらいだ。ま、食べきるけどな。
 うま味調味料を少しとかつお節、そして醤油。
 ポリッとした歯触り、はじけるような食感。数の子の味はもちろん、かつお節のうま味と醤油の風味がいい塩梅だ。うま味調味料を振ると、少しだけまろやかになる気がする。口いっぱいに海の香りが満ちていく。
 小さい頃は苦手だったが、数の子、うまいなあ。
 そんで茶碗蒸し。かまぼことしいたけ、かつお菜、鶏肉、銀杏。そして、餅。餅入りの茶碗蒸しは、いつも正月に食べる。
 プルプルの茶碗蒸し、もはや飲み物のようだ。干ししいたけの出汁のうま味が滲み出しているのがいいんだよな。かまぼこのほんの少し甘い魚の味もうまい。かつお菜はほんのりと苦い、大人の味ってやつだ。
 鶏は小さめで、少しパサッとしているが、出汁を含んでいい味を出している。
 しいたけは干ししいたけを戻したものだから、食感が少し違う。噛み応えがあって、これはこれで好きだ。しいたけはしいたけで白だし吸ってるからまたうまい。
 銀杏は柔らかい。独特の風味と苦み、好物とはまだ言えないが、嫌いではなくなったな。
 餅の下には薄く切った大根が敷いてある。ホロホロ、トロットロでうまいんだ、これ。雑煮とか、茶碗蒸しって、ありとあらゆる具材が出しで満ちている。
 餅はよく伸びる。茶碗蒸しのとろとろと、餅のとろとろが相まって、なんだか不思議な感じがする。これがうまいんだよなあ。餅は出汁もだけど、いろんな食材のうま味も吸収してる。茶碗蒸しの餅でしか味わえないやつだな。
 今年もうまいもの、たくさん食えるといいなあ。
 新年早々、幸先よくこんだけたらふくうまいもんが食えたんだ。きっと、食えるだろう。
 楽しみだなあ。

「ごちそうさまでした」
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