一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
666 / 854
日常

第六百二十四話 体育祭弁当

しおりを挟む
 体育祭の朝は早い。
「いやー、いい天気だなあ」
 運動場のど真ん中にいる咲良がそう言ったのが聞こえ、テントで機材の準備をしながら振り返る。空を見上げ、咲良は気持ちよさそうに伸びをしていた。
「体育祭日和とは、まさにこのこと」
「あいつ、どんな時でも楽しそうだな」
「……寒い」
 と、朝比奈は長袖ジャージの袖を目いっぱい伸ばした。確かに、朝は冷える。昼は暖かいからいらないかなとも思ったけど、俺もジャージ着てきといてよかったと思う。
「晴れると余計になあ」
 早瀬はこちらにやってくると、マイクの準備ができたのを見、スピーカー近くにいた他の部員に合図をした。部員はスピーカーから離れる。
「ちょっと、マイクテスト失礼」
「おう」
 俺たちも後ろに下がり、コードを束ねていた結束バンドなど細々したものを片付ける。マイクテストの声が響き始めると、咲良はテントの方を振り返った。あいつの役割は、マイクテストの確認だ。
 咲良は腕で丸をすると、軽い足取りで校庭の隅の方へ向かった。
「よいしょ、っと」
 機材が入っていた箱は、倉庫に片付けておく。コンクリートむき出しの倉庫内はひんやりとしていて、まるで冷蔵庫のようだ。
 これで昼は真夏のような暑さになるんだから、たまったもんじゃない。
「揉めてた一件もまあ、一応片付いてよかったな」
 倉庫横の狭くて急な階段に腰掛ける朝比奈に言う。朝比奈は「ああ、あれね……」と寒さによってか、あるいはその事の顛末によってかは分からないが、遠い目をして言った。
「丸く収まった……というか、無理やり丸く収めた感じ。生徒会の先生も出てきたし……」
「生徒会まで巻き込むなんてなあ」
「やっぱ、行事の元締めはほら、生徒会だし」
「元締めて」
 その言い方に思わず笑ってしまう。朝比奈が真剣に言っているのもまたなんかおかしい。
「一部だけ変えたんだよな? 確か」
 朝比奈はこっくりと頷いた。
「早瀬、ちょっとイラついてた……」
「矢口先生も一時期、機嫌悪かったなあ」
 おかげで、国語の授業ペースが異様に早かった。これが国語でよかったと何度思ったか。数学だったら耐えきれない。
「ただいまー、今何時?」
 マイクテストから帰ってきた咲良が言って、俺の腕時計を確認する。
「自分の見るか、時計塔を見ろよ」
「持ってくるの忘れたし、時計塔はこっから見えないもん」
「もん、じゃねえ」
 そのやり取りをみて、朝比奈がクックッと笑っているのが見えた。
 校舎の方も賑やかになってきた。さあ、開会はもうすぐだ。

『――以上で、午前の部を終了します。午後の部は――』
 日差しに加え人の熱気もあって、ジャージはもういらないくらいになった。ギャラリーもたくさんいるなあ。本部テントのすぐそこが立見席みたいになっていて、卒業生が多く詰めかけていた。
「やっとお昼だ~。長かったな~」
 咲良は言って、ギャラリーから隠れるようにして階段に座る。結構上の方に座ったな。じゃあ、俺はその下の方に座ろう。
 放送してるやつらが動けない分、トラブルとか雑用に走り回ってちょっと疲れた。選手より動いたのではなかろうか。
「今日、取材が来てるって……」
 朝比奈が言いながら、疲れ果てたように階段に座った。
「えっ、何の取材?」
「新聞? いや、テレビだったかな……地元の高校を順番に特集するんだって……」
「へえー。じゃあ、俺らも取材受けるかもしれないってことか? うわー、何話そう」
 咲良の言葉に、ふと、咲良が取材を受けている姿を想像した。しどろもどろになるか、あるいはハイテンションになるか……はは、どっちにしても面白そう。
「あ、春都。今笑ったな。何考えた」
「いや、笑ってない、っふふ」
「ほらー、笑ったー」
「……生徒会以外の人は、取材を受けないように、だって」
「なんだよー、それを早く言えよ~」
 あれこれ話しているうちに、解散の号令がかかった。さあ、昼飯だ。生徒やギャラリーが運動場から出て行ったのを見て、本部テントに戻る。
「ここで飯を食えるのは、放送部の特権だ」
 って、早瀬が言ってた。誰もいない、まぶしい校庭を眺めながら昼飯を食うのは楽しそうだ。
「咲良、今日は学食じゃないのか」
「今日は弁当持って来てる。せっかくここで食えるんだし」
「それもそうだ」
 校庭で飯を食うのは非日常だが、一緒に食うやつはいつもと一緒。それがなんか不思議だ。
「いただきます」
 今日はちょっと早起きして、気合入れて作ってしまった。からあげに卵焼き、プチトマト、ハム巻きに小さなえび天。ご飯はおにぎりにして、塩とふりかけ三個ずつ。
 まずはからあげだろう。朝は揚げたてを食べたが、我ながらうまくいったと思う。にんにくがない分、しょうがを利かせたからあげはまたいつもと違った感じでうまい。醤油は香ばしく、衣はサックサク。プリプリの身はジューシーで、皮はもちもち。それは冷めても変わらない。むしろ、冷めたからこそ味が凝縮しているともいえる。
 それに、ハム巻きのマヨネーズをちょっとつける。このささやかな味変がまたいいんだ。
 ハム巻きそのものもうまい。塩気のあるハムにまろやかなマヨネーズ、みずみずしいキュウリの組み合わせは最高だ。弁当って感じがする。
 おにぎりは俵型。塩おにぎりにはのりを巻いてきた。味付け海苔は甘辛く、おかずがなくてもすいすい入っていく。疲れてると妙に炭水化物がうまいんだよなあ。焼きのりも一つ握ってきた。昔は味がない感じがして苦手だったけど、今はこの、のりの風味がダイレクトに味わえるのがうれしい。
 シンプルなおにぎりを食っていると、ちょっと味が欲しくなる。甘い卵のふりかけのおにぎりは、どことなく落ち着く。鮭のおにぎりはちょっとしょっぱいのが嬉しい。わさびのおにぎりはひりひりと辛い。
 プチトマトはほんのり酸味があるが、甘いなあ。口がさっぱりする。
 小さなえび天には塩を少々。小さいながらもぷりっぷりで、衣はサクサクと香ばしい。尻尾まで食べられるのがいい。少しの塩が、えびの風味と甘みを引き立てるんだ。
 少し砂糖を控えめにして、醤油を垂らした卵焼き。卵臭さはなく、程よい甘さがジュワッと出てくる。
 うん、うまかった。
 と、シャッター音が聞こえる。見れば、朝比奈がカメラをこちらに向けて構えていた。
「……うん、いい感じ」
「なんだよ朝比奈。カメラ持参か?」
「ちょっと最近……な」
「へー、面白そう」
 被写体が俺たちでいいのだろうか。
 でもわざわざ飯食ってるときの写真撮らなくても……他に撮るタイミングがあったのではなかろうか。
 ……俺、どんな顔で写ったんだ。あとで見せてもらわねば。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

処理中です...