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日常
第六百二十四話 体育祭弁当
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体育祭の朝は早い。
「いやー、いい天気だなあ」
運動場のど真ん中にいる咲良がそう言ったのが聞こえ、テントで機材の準備をしながら振り返る。空を見上げ、咲良は気持ちよさそうに伸びをしていた。
「体育祭日和とは、まさにこのこと」
「あいつ、どんな時でも楽しそうだな」
「……寒い」
と、朝比奈は長袖ジャージの袖を目いっぱい伸ばした。確かに、朝は冷える。昼は暖かいからいらないかなとも思ったけど、俺もジャージ着てきといてよかったと思う。
「晴れると余計になあ」
早瀬はこちらにやってくると、マイクの準備ができたのを見、スピーカー近くにいた他の部員に合図をした。部員はスピーカーから離れる。
「ちょっと、マイクテスト失礼」
「おう」
俺たちも後ろに下がり、コードを束ねていた結束バンドなど細々したものを片付ける。マイクテストの声が響き始めると、咲良はテントの方を振り返った。あいつの役割は、マイクテストの確認だ。
咲良は腕で丸をすると、軽い足取りで校庭の隅の方へ向かった。
「よいしょ、っと」
機材が入っていた箱は、倉庫に片付けておく。コンクリートむき出しの倉庫内はひんやりとしていて、まるで冷蔵庫のようだ。
これで昼は真夏のような暑さになるんだから、たまったもんじゃない。
「揉めてた一件もまあ、一応片付いてよかったな」
倉庫横の狭くて急な階段に腰掛ける朝比奈に言う。朝比奈は「ああ、あれね……」と寒さによってか、あるいはその事の顛末によってかは分からないが、遠い目をして言った。
「丸く収まった……というか、無理やり丸く収めた感じ。生徒会の先生も出てきたし……」
「生徒会まで巻き込むなんてなあ」
「やっぱ、行事の元締めはほら、生徒会だし」
「元締めて」
その言い方に思わず笑ってしまう。朝比奈が真剣に言っているのもまたなんかおかしい。
「一部だけ変えたんだよな? 確か」
朝比奈はこっくりと頷いた。
「早瀬、ちょっとイラついてた……」
「矢口先生も一時期、機嫌悪かったなあ」
おかげで、国語の授業ペースが異様に早かった。これが国語でよかったと何度思ったか。数学だったら耐えきれない。
「ただいまー、今何時?」
マイクテストから帰ってきた咲良が言って、俺の腕時計を確認する。
「自分の見るか、時計塔を見ろよ」
「持ってくるの忘れたし、時計塔はこっから見えないもん」
「もん、じゃねえ」
そのやり取りをみて、朝比奈がクックッと笑っているのが見えた。
校舎の方も賑やかになってきた。さあ、開会はもうすぐだ。
『――以上で、午前の部を終了します。午後の部は――』
日差しに加え人の熱気もあって、ジャージはもういらないくらいになった。ギャラリーもたくさんいるなあ。本部テントのすぐそこが立見席みたいになっていて、卒業生が多く詰めかけていた。
「やっとお昼だ~。長かったな~」
咲良は言って、ギャラリーから隠れるようにして階段に座る。結構上の方に座ったな。じゃあ、俺はその下の方に座ろう。
放送してるやつらが動けない分、トラブルとか雑用に走り回ってちょっと疲れた。選手より動いたのではなかろうか。
「今日、取材が来てるって……」
朝比奈が言いながら、疲れ果てたように階段に座った。
「えっ、何の取材?」
「新聞? いや、テレビだったかな……地元の高校を順番に特集するんだって……」
「へえー。じゃあ、俺らも取材受けるかもしれないってことか? うわー、何話そう」
咲良の言葉に、ふと、咲良が取材を受けている姿を想像した。しどろもどろになるか、あるいはハイテンションになるか……はは、どっちにしても面白そう。
「あ、春都。今笑ったな。何考えた」
「いや、笑ってない、っふふ」
「ほらー、笑ったー」
「……生徒会以外の人は、取材を受けないように、だって」
「なんだよー、それを早く言えよ~」
あれこれ話しているうちに、解散の号令がかかった。さあ、昼飯だ。生徒やギャラリーが運動場から出て行ったのを見て、本部テントに戻る。
「ここで飯を食えるのは、放送部の特権だ」
って、早瀬が言ってた。誰もいない、まぶしい校庭を眺めながら昼飯を食うのは楽しそうだ。
「咲良、今日は学食じゃないのか」
「今日は弁当持って来てる。せっかくここで食えるんだし」
「それもそうだ」
校庭で飯を食うのは非日常だが、一緒に食うやつはいつもと一緒。それがなんか不思議だ。
「いただきます」
今日はちょっと早起きして、気合入れて作ってしまった。からあげに卵焼き、プチトマト、ハム巻きに小さなえび天。ご飯はおにぎりにして、塩とふりかけ三個ずつ。
まずはからあげだろう。朝は揚げたてを食べたが、我ながらうまくいったと思う。にんにくがない分、しょうがを利かせたからあげはまたいつもと違った感じでうまい。醤油は香ばしく、衣はサックサク。プリプリの身はジューシーで、皮はもちもち。それは冷めても変わらない。むしろ、冷めたからこそ味が凝縮しているともいえる。
それに、ハム巻きのマヨネーズをちょっとつける。このささやかな味変がまたいいんだ。
ハム巻きそのものもうまい。塩気のあるハムにまろやかなマヨネーズ、みずみずしいキュウリの組み合わせは最高だ。弁当って感じがする。
おにぎりは俵型。塩おにぎりにはのりを巻いてきた。味付け海苔は甘辛く、おかずがなくてもすいすい入っていく。疲れてると妙に炭水化物がうまいんだよなあ。焼きのりも一つ握ってきた。昔は味がない感じがして苦手だったけど、今はこの、のりの風味がダイレクトに味わえるのがうれしい。
シンプルなおにぎりを食っていると、ちょっと味が欲しくなる。甘い卵のふりかけのおにぎりは、どことなく落ち着く。鮭のおにぎりはちょっとしょっぱいのが嬉しい。わさびのおにぎりはひりひりと辛い。
プチトマトはほんのり酸味があるが、甘いなあ。口がさっぱりする。
小さなえび天には塩を少々。小さいながらもぷりっぷりで、衣はサクサクと香ばしい。尻尾まで食べられるのがいい。少しの塩が、えびの風味と甘みを引き立てるんだ。
少し砂糖を控えめにして、醤油を垂らした卵焼き。卵臭さはなく、程よい甘さがジュワッと出てくる。
うん、うまかった。
と、シャッター音が聞こえる。見れば、朝比奈がカメラをこちらに向けて構えていた。
「……うん、いい感じ」
「なんだよ朝比奈。カメラ持参か?」
「ちょっと最近……な」
「へー、面白そう」
被写体が俺たちでいいのだろうか。
でもわざわざ飯食ってるときの写真撮らなくても……他に撮るタイミングがあったのではなかろうか。
……俺、どんな顔で写ったんだ。あとで見せてもらわねば。
「ごちそうさまでした」
「いやー、いい天気だなあ」
運動場のど真ん中にいる咲良がそう言ったのが聞こえ、テントで機材の準備をしながら振り返る。空を見上げ、咲良は気持ちよさそうに伸びをしていた。
「体育祭日和とは、まさにこのこと」
「あいつ、どんな時でも楽しそうだな」
「……寒い」
と、朝比奈は長袖ジャージの袖を目いっぱい伸ばした。確かに、朝は冷える。昼は暖かいからいらないかなとも思ったけど、俺もジャージ着てきといてよかったと思う。
「晴れると余計になあ」
早瀬はこちらにやってくると、マイクの準備ができたのを見、スピーカー近くにいた他の部員に合図をした。部員はスピーカーから離れる。
「ちょっと、マイクテスト失礼」
「おう」
俺たちも後ろに下がり、コードを束ねていた結束バンドなど細々したものを片付ける。マイクテストの声が響き始めると、咲良はテントの方を振り返った。あいつの役割は、マイクテストの確認だ。
咲良は腕で丸をすると、軽い足取りで校庭の隅の方へ向かった。
「よいしょ、っと」
機材が入っていた箱は、倉庫に片付けておく。コンクリートむき出しの倉庫内はひんやりとしていて、まるで冷蔵庫のようだ。
これで昼は真夏のような暑さになるんだから、たまったもんじゃない。
「揉めてた一件もまあ、一応片付いてよかったな」
倉庫横の狭くて急な階段に腰掛ける朝比奈に言う。朝比奈は「ああ、あれね……」と寒さによってか、あるいはその事の顛末によってかは分からないが、遠い目をして言った。
「丸く収まった……というか、無理やり丸く収めた感じ。生徒会の先生も出てきたし……」
「生徒会まで巻き込むなんてなあ」
「やっぱ、行事の元締めはほら、生徒会だし」
「元締めて」
その言い方に思わず笑ってしまう。朝比奈が真剣に言っているのもまたなんかおかしい。
「一部だけ変えたんだよな? 確か」
朝比奈はこっくりと頷いた。
「早瀬、ちょっとイラついてた……」
「矢口先生も一時期、機嫌悪かったなあ」
おかげで、国語の授業ペースが異様に早かった。これが国語でよかったと何度思ったか。数学だったら耐えきれない。
「ただいまー、今何時?」
マイクテストから帰ってきた咲良が言って、俺の腕時計を確認する。
「自分の見るか、時計塔を見ろよ」
「持ってくるの忘れたし、時計塔はこっから見えないもん」
「もん、じゃねえ」
そのやり取りをみて、朝比奈がクックッと笑っているのが見えた。
校舎の方も賑やかになってきた。さあ、開会はもうすぐだ。
『――以上で、午前の部を終了します。午後の部は――』
日差しに加え人の熱気もあって、ジャージはもういらないくらいになった。ギャラリーもたくさんいるなあ。本部テントのすぐそこが立見席みたいになっていて、卒業生が多く詰めかけていた。
「やっとお昼だ~。長かったな~」
咲良は言って、ギャラリーから隠れるようにして階段に座る。結構上の方に座ったな。じゃあ、俺はその下の方に座ろう。
放送してるやつらが動けない分、トラブルとか雑用に走り回ってちょっと疲れた。選手より動いたのではなかろうか。
「今日、取材が来てるって……」
朝比奈が言いながら、疲れ果てたように階段に座った。
「えっ、何の取材?」
「新聞? いや、テレビだったかな……地元の高校を順番に特集するんだって……」
「へえー。じゃあ、俺らも取材受けるかもしれないってことか? うわー、何話そう」
咲良の言葉に、ふと、咲良が取材を受けている姿を想像した。しどろもどろになるか、あるいはハイテンションになるか……はは、どっちにしても面白そう。
「あ、春都。今笑ったな。何考えた」
「いや、笑ってない、っふふ」
「ほらー、笑ったー」
「……生徒会以外の人は、取材を受けないように、だって」
「なんだよー、それを早く言えよ~」
あれこれ話しているうちに、解散の号令がかかった。さあ、昼飯だ。生徒やギャラリーが運動場から出て行ったのを見て、本部テントに戻る。
「ここで飯を食えるのは、放送部の特権だ」
って、早瀬が言ってた。誰もいない、まぶしい校庭を眺めながら昼飯を食うのは楽しそうだ。
「咲良、今日は学食じゃないのか」
「今日は弁当持って来てる。せっかくここで食えるんだし」
「それもそうだ」
校庭で飯を食うのは非日常だが、一緒に食うやつはいつもと一緒。それがなんか不思議だ。
「いただきます」
今日はちょっと早起きして、気合入れて作ってしまった。からあげに卵焼き、プチトマト、ハム巻きに小さなえび天。ご飯はおにぎりにして、塩とふりかけ三個ずつ。
まずはからあげだろう。朝は揚げたてを食べたが、我ながらうまくいったと思う。にんにくがない分、しょうがを利かせたからあげはまたいつもと違った感じでうまい。醤油は香ばしく、衣はサックサク。プリプリの身はジューシーで、皮はもちもち。それは冷めても変わらない。むしろ、冷めたからこそ味が凝縮しているともいえる。
それに、ハム巻きのマヨネーズをちょっとつける。このささやかな味変がまたいいんだ。
ハム巻きそのものもうまい。塩気のあるハムにまろやかなマヨネーズ、みずみずしいキュウリの組み合わせは最高だ。弁当って感じがする。
おにぎりは俵型。塩おにぎりにはのりを巻いてきた。味付け海苔は甘辛く、おかずがなくてもすいすい入っていく。疲れてると妙に炭水化物がうまいんだよなあ。焼きのりも一つ握ってきた。昔は味がない感じがして苦手だったけど、今はこの、のりの風味がダイレクトに味わえるのがうれしい。
シンプルなおにぎりを食っていると、ちょっと味が欲しくなる。甘い卵のふりかけのおにぎりは、どことなく落ち着く。鮭のおにぎりはちょっとしょっぱいのが嬉しい。わさびのおにぎりはひりひりと辛い。
プチトマトはほんのり酸味があるが、甘いなあ。口がさっぱりする。
小さなえび天には塩を少々。小さいながらもぷりっぷりで、衣はサクサクと香ばしい。尻尾まで食べられるのがいい。少しの塩が、えびの風味と甘みを引き立てるんだ。
少し砂糖を控えめにして、醤油を垂らした卵焼き。卵臭さはなく、程よい甘さがジュワッと出てくる。
うん、うまかった。
と、シャッター音が聞こえる。見れば、朝比奈がカメラをこちらに向けて構えていた。
「……うん、いい感じ」
「なんだよ朝比奈。カメラ持参か?」
「ちょっと最近……な」
「へー、面白そう」
被写体が俺たちでいいのだろうか。
でもわざわざ飯食ってるときの写真撮らなくても……他に撮るタイミングがあったのではなかろうか。
……俺、どんな顔で写ったんだ。あとで見せてもらわねば。
「ごちそうさまでした」
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